第103話 いざ、リースへ
あれから数日、毎日ナタリアさんが遊びに来た。
目的はユリだ。妹にしたいと豪語している。精神的にはナタリアさんのが妹なのに。
そのお陰で帝国軍が動き出した今でもまだレーベンに居る。
勿論偵察はしているので十分間に合うがそろそろ行かなければならないのでイグナートにレーベンを一度離れると告げた。
彼は自分が平和に暮らしていていいのかと何度も尋ねてきたが、信用が出来たら扱き使ってやるから今は遊んでろと告げて納得させた。
連れて行くのはゲンゾウさんが率いる兵士四十人だ。
そんなに連れて行っていいのかなと不安に思ったが、いつの間にかレーベンの兵士が増えていてレーベン兵だけでも百近くは居るそうだ。
確かにレーベンの隊長に兵士増やしてと伝えてあったと今更ながらに思い出した。
ただ、かなり弱く雑用しか頼めないので念の為の戦力としてうちの兵士を十置いておくと決めたそうだ。
今回は近いので陸路を走っている。
リースは戦場なのでラクたちはお留守番だ。
久しぶりに野営込みの移動となり逆に少し新鮮だった。
そんなこんなでたどり着いたはリースの町。
空から見た時は寂れた空気を感じていたが、今は人で溢れている。
売り子が声を上げ、活気ある賑わいを見せていた。
これも戦争特需と言うのだろうか。
領主の館に寄り先ずは此処を任された領主に挨拶するのだが、どうやらリストル伯爵家が任されたらしい。
少し気が重いが、同盟国として此処を素通りする訳にもいかないので仕方なく立ち寄った。
「これはこれはベルファスト国の王子が自ら参戦とは。
レスタールとの友好関係をちゃんと考えているようで何よりだ」
出てきたのはちょび髭を生やしたおっさん。
ゲンゾウさんもユリもピリピリした空気を放っている。
「そう思って頂けたなら来た甲斐がありました。
今日は急ぎ砦までの通行の許可を頂きに来たのですが、構いませんか?」
この人がどんな人間かは知らないけども、流石に此処で世話になるつもりはない。
ぶっちゃけて言うと食事すら此処で食べるのは遠慮したい。
エリクサーがあるとはいえ、安心できない場所での食事なんて普通に嫌だ。
「それは勿論だが……急ぎ、とは?」
「ええ。こちらが掴んでいる情報ではもう既に帝国は動き出していますから」
「ほう……その情報、お伺いしても……?」
特に断る理由も無いので了承して応接間へと移動。
その後、帝都から三万を超える軍が動き出したという情報だけを伝えた。
「その情報はどこから……?」
彼は国境は全て封鎖されているがと訝しげに視線を鋭くさせた。
「そこは伏せさせて頂きたい。
情報戦は始まっていますからどこに帝国の耳があるかもわかりません。
仲間の命に関わることですのでご了承下さい」
「それは困る……困りますなぁ。
その様に情報を秘匿されては王子に疑いの目を向けられますぞ?」
ちょび髭を弄りながら舐め切った顔で言うリストル伯に『ああ、やっぱりこいつはあいつの親だ』と納得させられた。
そもそも情報源を明かせない事があるのは普通だろ?
同盟国とはいえ他国だぞ。馬鹿なの?
てか、言えるなら言っちゃってもいいんだけど、帝国に情報源が伝わったらイグナートの実家が責任負わされるだろうからなぁ。
あれ……
この情報は大丈夫か。
イグナートからも情報を貰ったが、最終的に俺が飛んで見てきた情報だし。
そういうことならいいや。
でも素直に言うのはなんかムカつくし意地の悪い答え方をしておこう。
「大丈夫ですよ。どうして軍が動いたかを察知できるのかは、レスタール王であればわかる事ですから。陛下にはちゃんとお伝えしてありますので」
「であれば何故この場で隠されるので?」
「それは最初に申した通りですが?」
ニコリと笑ってリストル伯爵を煽ってみた。
珍しくゲンゾウさんが見下しながら笑みを浮かべている。
「情報はそれだけですので、急ぎ出立させて頂きます。失礼」
「何っ! まだ話は終わって――――――――」
リストル伯が立ち上がって部屋を出ようとした俺に伸ばした手をゲンゾウさんが掴んで止めた。
「我が国の王子に手を出すとは、どういう了見ですかな?」
「な、何を言う! 今ので手を出したというのは横暴が過ぎるぞ!」
「ほう……自分の振る舞いがおかしい事すらわからぬのか。
王族を掴んで止めるなど切り捨てられても文句は言えんぞ」
腕をがっちり掴み殺意満々で見下ろすゲンゾウさん。
いつも保守姿勢を見せているのにリストル家と何かあったのだろうか、と少し疑問に思いながらも「もういいよ、行こう」と声を掛けた。
流石に同盟に罅を入れる訳にはいかない。
皆に同盟を我慢してと言った俺がそれをしては総スカンだろう。
ここまでなら相手にしっかり落ち度があるから問題ない。
というか俺は悪い事はしていない。
今なら弁解の必要性すらないのでここで止めるのが無難だとスタスタとその場を後にした。
颯爽と獣車に乗り込めばゲンゾウさんが頭を下げた。
「現状では問題行動でした。申し訳御座いません」
「いや、逆に良かったんじゃない。あの手の輩には示威行為は必要だよ。
同盟関係に問題のないラインで止めたんだから良い仕事だったと思うけど」
コクコクと頷くユリと「ねぇぇ!」共感を分かち合う。
でもどうしてそんなに怒ってたのと問いかければ、どうやらジュリアン・リストルの一件を知っていたらしく俺の事で怒ってくれていたようだ。
将軍たちには言ってない細部まで知っていたのでどこ情報で知ったのかと問えば隣の女の子が手を上げた。
ああ、なるほど。
そりゃ詳しく知ってて当然だわ。
そうして話していれば直ぐにベースキャンプが見えてきた。
砦の手前にある本陣だ。
見渡す限りの沢山のテントが張られ色々な旗が立っている。
「うちのはどこかな?」と、ベルファスト城に掲げられていた模様の旗を探して見回す。
「あそこですな」とゲンゾウさんの声に視線を向ければ、端の方に見慣れてきた旗が立っていた。そのまま合流しようと道から外れ獣車を進める。
うちの陣に入っていけば見知った人ばかり。
直ぐに気付いてくれて将軍の所へ案内して貰えた。
「で、殿下、もう来てしまわれたので!?」と驚く将軍。
中にはルーズベルトさんの他、ドーラ子爵などお爺ちゃん勢も居た。
「ええ。帝国が動いたので。
まだ二日程度はあると思いますが、状況を見て置かないとと思いまして」
「数は……」と問われ「三万は居たと思います」と応えれば難しい顔で眉間に皺を寄せた。
「まあ、今回はこちらも二万は居ますし援軍ですから。
当然見てるだけは無理ですけど、有用性さえ見せれば後方からの支援を多少繰り返しても問題ない筈です」
そう、ここに居るだけで二万だ。まだ五千は来るらしい。
「ちなみに、親父は今もミルドラドに?」
「いえ、予定通りなら城へと戻った筈ですぞ。王が城を空け続けるのも問題ですから」
ベルファストに戻ったんだ。そりゃ安心だ。
まあ、うちの親父も強いから刺客とか来ても返り討ちにしそうだけど。
「えっと、俺はとりあえずどうしたらいいかな。挨拶に行くべきだよね?」
「そうですね。今すぐである必要はありませんが、到着を知らせ開戦前までにはランドール侯爵と顔合わせをして置くべきでしょう」
あ、やっぱりランドール侯爵が大将なのか。レスタール最強だもんな。
リアーナさんの親父さんなら安心だ。助けて貰ったお礼も言いに行こう。
と、早速行く事を告げて将軍とルーズベルトさんに案内され侯爵家の陣へとお邪魔した。
どうやら会議の最中だったらしく、兵士とは別に六人の軍服を着た中年男性が並んでこちらを出迎えた。
少しドキドキしていたが、半数は知り合いだった事にほっとする。
「これはこれは、まさか王子自ら参戦して頂けるとは。
私は此度の総大将を任されたファルト・ゼル・ランドールと申す。
以後よろしくお願いしたい」
「貴方が……お噂は兼ね兼ね。私はルイ・フォン・ベルファストと申します。
御息女リアーナ嬢には命を救って頂いた恩が御座います。
ランドール侯爵家には改めて深い感謝を」
若々しい外見だが、総大将を任せられるくらいだから恐らくは彼女のお父さんなのだろうと深く頭を下げたが、逆にこちらこそ娘を守ってくれて感謝すると返されてしまった。
「命を救って貰ったというなら私もだな。まさか王子だとは思わなかったよ。
碌にお礼も言えずにすまなかった。私も礼を言わせてくれ。ありがとう」
と、ライリー殿下が綺麗な所作で頭を下げる。
「いえいえ、お礼は陛下から頂いておりますから。それより、殿下が参戦してしまって良いんですか?」
「それはお互い様だろう。まあ、私は戦えないのだけどね……」
「という事は象徴とか軍師の役割ですかね?」
象徴としても十分意味はある。
兵士が絶対に負けられない引けないと気合が入るだろうし。
陛下からは優秀だと聞いているし、参謀もこなせるのかもしれない。
「いや、軍師って程の事は無理だけどね。策はある程度練ってきているよ」
ニコリと笑って返す殿下。
流石に初陣だろうに相当に胆力もありそうだと感じさせられた。
「ええと、先生と子爵様も参戦したんですね……」と二人に視線を送れば渋い顔をされた。
強制されたからだろうかと思ったがどうやら違う様子。
「公の場だ。挨拶にも順番があるんだよ」と先生が教えてくれてはっとして向き直る。
「失礼しました」と、まだ言葉を交わしていない二人と向き合う。
「レスタール王国軍を纏める、聖騎士ホールド・シーレンス伯爵である。
此度のベルファストの援軍、深く御礼申し上げる」
「皆顔見知りだが改めて。ボルグ・オルダム子爵だ、宜しく頼む」
「聖騎士オーウェンです。男爵位を賜っていますが家名はまだありません。
オルダムにてルイ王子の講師をしておりました。宜しく」
「聖騎士シンゾウ。士爵、同じく家名は無い……です」
家名が決まっていないということは爵位を受けた当人という事。
口調がたどたどしく、こういった場所に慣れてない感を強く感じた。
先生よりも少し若いくらいだろうか。
何やら親近感の湧く人だ。
侯爵や先生、オルダム子爵を見るにレスタールでも有数の騎士たちなのだろう。
シーレンス伯爵とシンゾウ士爵とは初対面なので改めて名乗れば、着席を促された。
さっそく情報共有を行おうと軍の出立を確認したと告げた。
「なにっ!? マジでもう来たのか!?」
「ええ、正確な数字はわかりませんが空から見た感じ三万くらいかと……」
驚く子爵に「おい、公の場だって自分で言ったばかりだぞ」とラズベル将軍が睨み付けるが「挨拶が終わったんだからもういいじゃないですか」と俺からお願いした。
それから開戦までの流れを聞いた。
互いに布陣を終わらせた後、将が言葉を交わすらしい。
決まり文句である『レスタール国での行軍を認めない。即刻退去しなければ武力行使する』と告げ、相手の言い分を聞いてからの開戦だ。
開戦になる事はわかりきっているが、避けられぬ戦いだと兵に知らしめる儀式のようなものだと侯爵は言う。
「一つ言っておかねばならんことがある。
そちらには申し訳ないのだが、内通者が居てな……」
侯爵の言葉にライリー殿下が頷き言葉を引き継いだ。
「リース守護を任せたリストル伯なのですが十中八九帝国と繋がっていると思います。ですので一番槍をやらせようと思っていますが、最初は少々荒れるかも知れません」
その言葉にルーズベルトさんが眉間に皺を寄せる。
「そちらには迷惑を掛けぬ。
敵側に押し出せば反旗を翻してもそのまま我らで押しつぶす」
「いや、そこじゃないんだランドール侯爵。
リストル伯が寝返りを見せたその時には、我らの手で討たせてくれないか」
侯爵は驚きの視線をラズベル将軍にも向けるが、彼も頷いた。
「同盟が成ったから諦めるつもりで居たが、リストル家は殿下の仇だ。当然だろ?」
「いや将軍、俺は生きてますからね?」
「それに家は関係無いから」と言葉を続けたが「ルイは黙っててください!」とユリに言葉を止められ、彼女も参戦の意思を固めている。
「それは正直助かるが、良いのか? リースへはヘストア候も援軍を出しているぞ」
「つぅことはへストア候爵家も敵か……数は?」
「数も力も大した事は無い。千五百程度だ。リースへ送って来たのは、だがな……」
そこからは将軍と侯爵の話し合いが続き、こちらの立ち位置についての話し合いが行われた。
それは銃に寄る遠距離攻撃にて敵を減らすというサポートを行うというもの。
こちらの攻撃手段の特殊さに侯爵も困惑気味だったが、最初に見せて有用性が証明できればそのポジションでも構わないと言う。
「それならば雑魚だと言うリストル伯爵軍との戦いで見せられるので好都合ですね」
そう返せばライリー殿下が困った顔をしていたので問いかければ考えていた作戦とズレるのをどう修正するかを考えていたと言う。
聞けば、一番槍として向かわせ内部に潜ませた殿下の手の者が帝国軍へと攻撃をし無理やり戦闘へと持ち込む手筈となっていたそうだ。
「ああ、それなら是非そっちで行きましょう!
敵同士が戦ってくれるならそれが一番ですから」
「いいのかい?」とライリー殿下は将軍たちに視線を向けるが、彼らが何かを言う前に言葉を返した。
「構いません。俺のモットーは命を大事に、ですから」
「ねっ?」とうちの面々に視線を向ければ将軍は後ろ頭を掻き、ユリは口を尖らせたが、ルーズベルトさんは息を吐きながらも柔らかい表情を見せた。
「確かにルイ殿下はずっとそうでした。死ぬ気がしない相手ですので少し不服ですがね」
「いやいいじゃん。孤立無援の道化になる様でも見て気を静めればさ」
てか、そもそも家は関係無いというのが俺の思いだ。こっちの常識では違うので同意は貰えなかったが。
ただ、敵に内通している裏切者らしいので討つことに躊躇いなど無い。
そのお膳立てまで全部ライリー殿下がやってくれるのであれば大歓迎だと、そのまま彼の用意した策を聞いた。
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