第99話 スパイ



 ベルファストから飛び立ち北へと飛べば、ジェラールの町を軍が包囲している様が見えた。

 上空から「あれがランドール侯爵軍か」と二人で眺めた後、一応親父に報告を入れた。


 進軍の早さに驚いては居たが、都合が良いと喜んでいた。

 このまま帝国の偵察に飛んで、異常が見受けられなければそのままレーベンに戻る旨を伝え、元王都ミルドラドを飛び立つ。


 そうしてリースから北上し帝都を大きく周ってみたのだが、特に兵が集まっている様子もない。

 仕方がないと山脈を越えてレーベンへと戻ろうとした所でユリが「あれ、なんでしょうか」と指を差した。


 高度を落として近づけば、巨大な熊の集団に追いかけられている一人の男が見えた。


 何で山に?


 この世界では山とはダンジョンよりも遥かに危険な場所だと周知されている。

 この山は特に人が入っていいレベルじゃないから気を付けろと親父から注意を受けたばかりだ。


 まさか、魔物をレーベンに押し付ける気か!?


 方角から言って間違いなくレーベンへ向かっている。

 放置は出来ないと空から二人でレーザーガンを使い熊を狙い撃ちしていく。


「は、速い! 撃ちながら横に引いたのでは簡単に避けられてしまいますね……」

「ああ。正面から戦ったら死ねる強さだな。

 一発で即死じゃないし、下手したら奈落以上かも」


 苦い顔になりながらも速射を続ける。

 だが、然程多くは引き付けて居なかったので直ぐに殲滅は終わった。

 ならば次はあいつから情報を引き出さねばと警戒しながら男に近づく。


 間違いなく強者だ。あの熊から逃げ続けたのだから。

 しかし、幸いな事に虫の息だ。背中を大きく裂かれている。


「おい、お前どこの……ってお前あのクソイケメンの部下の!!」

「あ、ああ……これは夢か?

 貴方にお会いしたくて来た。助けて頂き感謝す……る……」


 男はそう言って気絶した。

 一体なんだってんだと困惑しながらも回復魔法を起動して傷口を塞ぎ、男を魔装で動けなくした後、倒した魔物を回収しレーベンへと運んだ。


 戻って早々に聴取に付き合って欲しいとゲンゾウさんを呼び、イグナート軍の副官を起こした。


「それで、お前の目的は?」


 最初は魔物を流す事かと思ったが、彼ほどの強者を先ず失敗するであろう作戦に当てる可能性は低い。

 敗戦の責任的な罰でなら帝国であればありえそうだが、レーベンの町をそこまでして潰す価値は無い。

 戦場で兵器を使用してた俺が此処に居る事を掴んでいたからか?

 

「はい。王子殿下にお願いがあって参りました」


 彼は拘束されたままその場で平伏し、来た用向きを話した。

 どうやらイグナートの嫁さんが病気で光魔法での治療が必要だと言う。

 何でもするから治療を引き受けて欲しいと言い、先ずは手荷物に入っている帝国大金貨百枚を差し出すと言い出した。


「無茶を言っているのはわかっております。

 そちらの要望も無茶な事でも引き受けるつもりです。

 ですからどうか、どうかお願い致します!!」

「ふむ、ではこれからこちらのスパイとして働いて貰うと言っても引き受けて貰えるのだろうか?」


 絶対に即反対する。

 そう思っていたゲンゾウさんが彼にそう問いかけた。


「その程度でいいのであれば、全力で。

 我らイグナート侯爵家は一同、帝国にほとほと愛想が尽いております故」


 あらら……確かにイグナートも亡命できるならしたいなんて言ってたけど。


「であれば貴殿が働きで信用を作り、治療をするに足る働きを示した時に引き受けるとしよう。無論、殿下を行かせる事などあり得ぬがな」


 ゲンゾウさんは「それでも良いか」と問う。


「治療を行える者が来てくれるのであれば是非も無し!」

「魔道具でもいいの?」

「えっ? ええ。治療が行えるなら勿論何でも……」


 うーん、光魔法の魔道具なら数点ある。しかしどれも魔物討伐用だから細いんだよな。

 俺でも作れるっちゃ作れるが、ちゃんとした魔道具にしてない物じゃ魔法陣を写されたら敵に使われるし……


 うん? そう言えばそもそも助ける義理あるか?


 いやでも情報を寄越すって言ってるのはでかい。

 二重スパイの可能性もあり得るが、兵の招集なんかは俺が空から確かめられるから嘘は吐けないとわかるはず。

 こっち情報も与えなければ良いだけだし。


 敵軍の動きを早期に知れるというのは大きなアドバンテージとなる。

 地雷とかを設置できるこちらにとっては尚更だ。


「ちなみに光魔法が必要ってどんな病気なん?」

「はい……ナタリア様は魔力硬化症を患ってしまっております」

「は……?」


 それを聞いた瞬間、思わず声が漏れた。

 俺の母さんと同じ病気を装って同情を誘おうってのかと。

 だが、彼は困惑した顔を見せるのみ。

 まだ疑うには早いかと話を続けた。


「硬化症って光魔法で治るの?」

「いえ、硬化した魔力を打ち消すので良くはなりますが延命されるだけ、ですね。

 硬化は止まりませんから……」


 彼は目を伏せ口を引き絞る。

 演技であれば迫真のものと言える程には嘘が無さそうに見えるな……


「今現在、もう下腹部まで硬化が進んでおります。医師の見立てでは一月から三月だと。ですからどうか、二月以内で判断して頂きたい。

 その後も誠心誠意働きます故」

「そう。じゃあ先ずは今掴んでる帝国の動きを教えてくれる?」


 流石にまだ信じられないが、話も聞かずに終わらせるのはただの馬鹿だ。

 裏取りをすればいいのだ。

 何を優先的に調べるべきかの当たりが付くだけでも大きいのだから。

 決別するのは情報が嘘だった時でも遅くはない。

 こいつもイグナートも部下に慕われていた。調べてみる価値はあると思う。

 無条件で信じるほど馬鹿じゃないが、逆もまた然りだ。


 強者だから管理が面倒だとも思ったが、帝国で活動させて帝国側に情報を取りに行けばいい。

 誰も居ない平野に呼び出せば飛んで逃げれる俺に危険は無いだろうしな。


 そう思って内情を聞いたのだが、割と詳細まで話してくれた。

 レスタールがリースを落とすという情報を二日前に掴み急遽会議が開かれ、イグナートもそれに呼ばれたそうで、その時に決まった内容を全て明かした。

 序列二位ロイド、序列七位ミーシャ、序列八位ビンセント、序列十位エインの四名の参戦が決まり、そいつらの兵と周辺貴族から大規模な強制徴兵が行われるのだとか。


「大凡の数は?」

「わかりません。ですが限界まで集めても四万前後が限度かと。

 北の戦争に二万ほど取られていますので」


 四万て……いや、二千で二万は撃破したけども。帝国兵は馬鹿みたいに強いらしいしなぁ。

 そう思っていたらゲンゾウさんからの問いかけが始まった。


「エストック伯爵軍の兵は全体で上位の強さと見て良いのか?」

「……一応は。ただあの程度であれば我が軍を抜いても一万近くは集まるかと」


 あの程度かよ……うちの精鋭でも奈落装備無しじゃ苦戦するレベルだったんですけど。

 北を攻めている二万を抜いてのことだよな……?

 世界征服とか言い出す強さは持っているってことか。


「なぁ、お前治療が終わっても暫くは手を貸してくれるんだよな?」

「っ!? 奥方様を治して頂けた暁には勿論!!」


 うーん、と考えようと思ったその時、ゲンゾウさんに腕を引かれてユリと共に部屋から連れ出された。


「殿下、なりませんぞ!」

「でもさ、情報の信憑性を図るには良いかと思うんだよねぇ。

 魔道具なら魔法陣は盗まれないでしょ。損無しに測れるならやっておくべきじゃない?」


「む……と、言いますと?」と首を傾げる彼に説明する。


 今持ってる情報は抜いたのだから次は当分先だろう。

 その間に信用が出来るのか否かを魔道具を持って帰ってくるか、情報に嘘が無いかで試していかないかと。


「話が本当だったとして、先に治療をさせてはその後戻ってくる筈がありません」

「うん。だから話が早いかなって。せめて約束を守る人間じゃないと情報貰ってもね?

 イグナートは話した感じ悪い奴じゃなかったから、ここは誠実に接しておくべき場所だと感じてるんだよね」


「ちゃんと魔法陣にも仕掛けを施すつもりだからさ」とゲンゾウさんを説得する。


 その仕掛けとは、高出力で発動するが長持ちしない物にするというもの。

 あいつらならそんな仕組みなんて簡単に作ってくれるだろう。


「誠実に接する場所、ですか……」

「うん。レスタール王もそういう人だと感じたから手を繋ごうとしたし、逆にレスタールの人でもこいつは駄目だと思う奴も一杯居た。

 国がこうだから全員ダメって考えは取れる手の幅を狭めると思うんだ。

 確かに敵側だから全面的に疑ってかからなきゃいけないし面倒だけど……」


 まあ実際の所、それほど深くは考えてない。

 損は無いなら試しにやっておこう的なものだ。


「わかり申した。殿下がそう仰るのであれば。しかし危険なことはなりませんぞ」

「よし、許可も貰えたしその線で行動してみよう」


 こうして俺は再びベルファストへ飛びミズキに魔道具を作って貰った。

 ミスリル線を細くして作ったお陰で仮に未知の技術で分解できてもまず間違いなく形が崩れるだろうから大丈夫だ、と魔道具部隊からの太鼓判を押してもらえた。


 それを渡して彼をイグナート領に降ろした。


「一応これも持って行け」と彼に小さな小瓶を渡す。

 薄めた少量のエリクサーだ。結構な金を貰っているからサービスしておいた。


「これは?」と首を傾げる彼に「超高級なポーションだ」と濁して答え、信じられなきゃ捨てても良いと伝えた。


「では二日後、軍の情報を出来るだけ掴んで再び此処に戻ります。

 奥方様の治療が終わらせ、その時にこちらも返却致しますが……」

「わかってる。必要になればまた貸してやる」


 ミズキの魔力でだが数時間は持つ程度には長く使える物らしい。

 一人治療するには十分だろう。仮に戻って来なくても魔法陣を複製されなければそれでいい。

 裏切ったところで元から敵なんだから別にいいし。

 

 そして俺はレーベンの町へと戻り、数日振りに街の中を見て回る事にした。

 ハンターギルドを見に行ってみれば、臨時営業所として別の場所でやっているとの立て札があり解体作業が行われていた。

 記してあった場所に行き、受付にてその後は大丈夫かと尋ねればかなり怯えていたが問題ないと返され別の場所へ。


 次は元レーベン商会へと足を運んだ。

 今までの仕組みを全て壊されては大変だろうと大棚の役割は残してある。

 そちらに顔を出し、商人を数人捕まえて現状を尋ねた。

 おべっかか事実かが判断付かなかったが、俺のお陰で利益が上がっていると彼らは怯えながらも感謝を示した。

 次は貧民街へと進むが、人気が全然無かった。


 あれ……皆出て行った感じ?


 彼らにそんな金がある筈ないんだが……と鉱山に行けば人でごった返しになっていた。

 ロゼを捕まえて事情を聞けば、給与の良さに貧民街の住人のほぼ全員が食い付いたのだそうだ。

 出来上がった金を見せられ「凄いだろ」と言われたが、どれくらいが凄いのかなんてわからない。

 しかし、大きさから大金貨を百枚近く作れそうだ。

 千人雇用していると考えて、一人頭銀貨七枚だと仮定しても大金貨七枚だ。

 一週間程度の成果らしいから大凡大金貨五十枚だと仮定しても十分やっていけそうだ。

 しかし売却ルートはどうしたら……って金を刷るなら国しか無いか。

 んじゃ、親父に持って行ってどうしたらいいかを聞こう。

 他にも銀や銅を受け取った後、兵士の方にも問題が無いかを尋ねた。


「ええと、給与の受け渡しと両替が厳しいくらいですかね」


 と苦く笑う彼。どうやら押収したのは全て金貨で、支払いが銀貨の為大規模な両替が必要となる。それに毎回千人に給与を渡すのが大変だと言う。

 おおう、そこは考えてなかった。……いつまでもそんな仕事を兵にやらせちゃ駄目だよな。

 事務仕事の奴らも作らなきゃだ。


 もう一度ロゼと話し、読み書き計算が出来て信用できる人間を紹介してくれと頼んだ。

 すると二人の男が連れて来られた。


「あの……一応読み書きと軽い計算程度はできますが、私に何か?」


 恐る恐る問いかける男。もう一人は黙ってこちらを見ている。


「お前らに、金庫番を頼みたい。勿論、金の守りには兵を置く。

 仕事は給与受け渡しを含めた経理関係だ。

 従業員の名前や役割、給与額をしっかり明記して欲しい」


 そう。自己申告での受け取りでは流石にもう拙い人数だ。


「それと、使う物の在庫管理や支出も計算して欲しい。

 今は出て行くばかりだけど、これからは純金を売ってお金が入ってくるからな」


 金抽出に必要な酸も坑道に塗るスライムゼリーもタダじゃない。

 掛かる費用はきっちり計算して把握して貰わないと困る。

 それすらも兵士が動いて何とかしてくれてたみたいだから、そりゃ苦い顔もするわな。


「とりあえず、渡す給与を間違えないようにしっかり誰がどこを受け持ち給与が幾らなのか明記してくれれば他は周囲に頼ってもいい。日給銀貨八枚で頼めないか?」


 八枚はかなり上位だ。

 総監督をしていて一番多く貰っているロゼが大銀貨一枚なくらいに。

 彼らは口を揃えて「やります!」と元気よく応えた。

 しっかりと金を横領するような真似をしたらクビだからなといい含めた。

『そんな恐ろしいことは頼まれてもできません』と頷いたので恐らくはちゃんとやってくれるだろう。


 屋敷に戻って落ち着いた頃警備の兵士に、俺たちが居ない間に襲撃とかなかったかと尋ねたがそんな事は一切無かったらしい。


 まあ、そりゃそうか。

 あそこまでビビらせたら怖くて手出しできないわな。


 奴隷制度撤廃はゲンゾウさんたちから伝えてくれたみたいだし、本当に放置で良さそう。

 二日後情報を貰ったら将軍たちがリースへ向かうまでの間どこか遊びに行こうかとユリに相談したら、ダンジョンに行きたいと言われた。

 それなら明日はダンジョンにしようかと計画を練った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る