第98話 うちの天才料理人
ユキナさんが客を出迎えれば、その相手は見知ったメンバー。
ヒロキたちだった。
「へへ、ユリちゃんが来てるって寮母さんに聞いたんだ。お邪魔していいかな?」
ユキナさんは一度こちらに視線を向けたのでユリと二人頷くと彼らは招き入れられた。
そして一番気にしていたヒロキに開戦しそうだという情報を伝える。
「……マジか。はえぇよ! ルイ、ちょっと時間稼ぎして来いって!」
「おう。勿論行くぞ。俺にとっちゃレスタールは故郷だからな」
「またそうやって危険な所にほいほいと……頭悪過ぎよ!」
「いや、冗談で言ったんだけど……お前すげぇな」と笑うヒロキに、心配して怒り出すナオミ。
ああ、なんか帰ってきたって感じだなという思いをユリと共感する。
「それで……英雄アキトはどのくらい進んだんだ?」
「茶化すのはやめてよ! けどまあ、結構進んだよ?」
「やめろやめろ。
ルイは馬鹿みたいに進んでるんだから引っ張っても仕方ねぇだろ」
自信気に語ろうとするアキトを止めてヒロキが「三十三だ」とぶっきら棒に答えた。
「お前ら、それ大丈夫なの……? 二人は兎も角アミとナオミはきついだろ」
俺はユリを相手にして嫌というほど学んだ。身体能力が上がっても戦闘技術が付いて来なければ大きなハンデを負い続ける事を。
「何よ! 馬鹿にしてるの? 最低限の役割はちゃんとこなせてるわ!」
「あはは、まあそれも流石に厳しくなってきてるけどねぇ……」
アミの言葉を聞いて俺はユリの切り刻まれた姿が脳裏にフラッシュバックし、焦燥感に襲われ二人に説教を始めていた。
お前たちが急いで強くなりたいならせめてパーティーを分けろ。死なせてからじゃ遅いんだと。
全力で説得を試みてみれば二人は引いていた。
周囲に目を向けると全員が驚愕した視線をこちらに向けている。
「ルイ……私はもう負けたりしませんから」とユリの悲痛な顔を見て自分が必死になり過ぎて居たことに気が付いた。
「悪い。ユリが全身から血を流していたあの時を思い出したら止まらなくなって……」
気が付けばいつの間にか涙が滴っていた。
「あはは、もう年だな。涙腺が緩くなっちまったもんだ」とどうにかチャラけてみたが更に引かれてしまった様子。
やっちまったと後悔していればアミが突拍子もない事を言い出した。
「えっ、全然大丈夫そうだけど……もしかしてこのユリちゃんは幻影!?」
「んな訳あるか! エリクサーでギリギリ助かったんだよ!」
うぅ、俺が過剰反応しちゃった所為で勘違いしちゃってるな。
「そもそも幻影なんて作れないっての!
まあ、心臓が止まっててもエリクサーなら生き返る可能性はあるけども」
「うへぇ。あれって心臓止まってても生き返るの?」
「まあ一応可能だけど、時間制限があるし体の損傷具合にも寄るぞ」
最後の一言にみんな興味深々な視線を向けた。
だから俺は懇切丁寧に人工呼吸や心臓マッサージのやり方を説明しつつ、その他の条件を伝える。
エリクサーが利く状態な上、死後十分程度なら経験測だが蘇生可能だったと。
「おっぱい揉んでキスをすればってあんた……騙してる訳じゃないわよね!?」
おい! そんな説明はしていないぞ!
ナオミ、お前は何を聞いていた……
てか胸を抱え込むのやめろ。何もしないっての!
「チューかぁ……ルイとユリちゃんはもうチューした?」
「お、おう。ユリからしてくれた」
「ル、ルイ!!!」
素直に答えたら恥ずかしいから言うなと怒るユリ。
そんないつものやり取りのお陰で概ねいつもの空気に戻ったが、ヒロキだけは深刻な顔をしている。
「悪いな。変に感情的になっちまって」
「いや、そうじゃねぇんだ。当たり前の事なんだけどよ……
やっぱり、戦争は誰彼構わず殺されるんだなってな」
身近な人が死の淵までいったって聞かされれば実感するわ、と彼は頭痛でも堪えるかのように頭を抑えた。
「よし! パーティーマジで分けるか。アミがもう無理なのはわかってたしな」
「そうだね……今はギリギリ行けそうだけど、先を見ればどっちにしても無理がくるだろうし今が最善かもね」
「そう、ね……一般のハンターとしてなら強さは十分。夢を叶えるのにこれ以上はいらないわね」
三人が納得し掛けた時、アミが「は? 私は一緒に行くけど?」と珍しく本気で怒っている様子を見せた。
「いや、お前結構厳しいって自分で言ってただろ」
「だから頑張ってるんじゃん!
もう直ぐ回復魔法だって覚えられそうだし、お母さんのポジションでもやっていけるもん!」
どうやらアキトから回復魔法を教わっているみたいだ。
いや、覚えられそうって言ってるんだからサユリさんからも教わってたのかな?
そんな事を思いながら二人の言い争いを眺めた。
「確かにまだもう少しくらいは安定してやれるとは思うけどよ……」
と、結局アミの押しに負けてこちらを見るヒロキ。
「うーん……もしこのまま駆け降りるつもりなら一応これを使っとけ」
そう言って取り出したのは、猿皮のコート。
ユリにと思って作って貰った物だが、彼女にはもっと防備が完璧なのを渡してある。汚したくないとか言って使ってくれてないが。
試作段階の劣化品ではあるが、有ると無いでは大違いだとアミに投げ渡す。
「わぁ、可愛い! 本当にくれるの!?」
「ああ。ユリの為の装備を作った時の試作品だから性能は保証する」
勿論ユリの為に作らせた特注だから可愛さも重視している。
なので火の魔法をガードする時には障壁の魔道具で保護させる場所が結構あるのが玉に瑕だが、緊急時は自然に魔力を出して守ろうとするので自然と発動される。
もし後手に回っても火傷程度で済むだろう。
「ルイ君がユリちゃんの為に作った物なら絶対安心だね」と着て見せてくるくると回るアミ。
そうしてそこに一段落が着くと今度はナオミに視線が向く。
お前はどうするんだ、と。
「もし、先が決まってないならベルファストで料理屋でも出すか?」
「はぁ? 何でベルファストなのよ!」
「治安が良いから安心だし、何かあっても俺の名前で少しくらいは守ってやれる。
ナオミさえその気なら店も建ててやれるぞ?」
「えっ……」と驚いた顔を見せるナオミ。
「私に店をくれるってこと?」
「まあ、一応は出資者って立ち位置だな。
失敗した場合は俺が全額負担してやるけど、成功して儲かったら掛かった費用を少しずつ返してくれればいいよ。お前なら絶対成功するだろうしな」
「どうする?」と彼女を見詰める。
「そっ、そんなのやるに決まってるじゃない!
でも待って……どうしようかしら! わかんないけどどうしよう!」
ガシっと手を握られ、ぶんぶんと振り回しながら慌てるナオミ。
こんな緩んだ顔は初めて見た。
しかしまあ本気の夢が叶うかの境だと考えれば当然か。
「よし! じゃあ、どうせだから百貨店にして大きな店でも作るか」
「あら、百貨店とは何かしら。どういうものなの?」
興味を示したリアーナさんに説明する。
巨大な店に色々な種類の売り物を販売して営業するのだと。
「ナオミさんが営むのは料理屋ですよね……?」
「うん。買い物に来た人たちが客になりやすいじゃん。
店をやるなら人が集まる所を取れるのはかなり有利だからそれを作れればなってさ」
「なるほど。市場の様なものね。面白そうだわ。出来たら是非私も呼んで頂戴」
興味を持ったリアーナさんも混ざり、話が進んでいく。
料理屋、食材、薬、魔道具、衣服とこれは入れたいという物を上げてみたり、従業員はアキトの家族に頼んだらと言われたりと構想の段階だからか話が盛り上がったが、一先ず今日はもう遅いからまた明日と解散して日を跨いだ。
そして次の日。
集まったのは俺とユリとナオミの三人だ。
「おっし、じゃあ店を確保しに行くぞ。
俺たちには数日の猶予しか無いから出来る所までは詰めに行く。いいか?」
「はぁ? 私の店なんだからもっと時間掛けなさいよ!」
「いや、戦時中は無理だから。
まあ大丈夫だ。ちゃんと俺が居なくても進むように頼んでみるから」
そう、ベルファストならお願いを聞いてくれる人は居る。
まあお金はちゃんと俺から出すつもりだし自国じゃなくとも商人を雇ったりもできるが信頼度が全然違うからな。
そんなことを考えていれば、ナオミがお城に行くのを怖がって引っ付いてくるからユリがブスっとし始めてしまった。
早期に終わらせる為にも即行動だ。
直ぐに話を詰めてご機嫌を取らなければと学校に暫く休む申請を出して三人でベルファスト城へ。
キョドるナオミを宥めながら中へ入り、魔道具製作の管理人として城詰めになっているコナー伯に来てもらった。
「シュタール伯爵、お呼び立てしてすみません。
ちょっと私的なお願いがあって相談に乗って貰えないかと思いまして」
「おや、コナーと呼んで下さった方が私的には嬉しいのですが」
ナオミも居るので一応彼女が呼んでもおかしくならない呼び方をしてみたが、コナー伯には不評だった様だ。
しかし「ご相談でしたらなんなりと」と言ってくれたので大規模な店を出したいと構想を説明した。
「ははは、私の分野じゃないですか。勿論お任せください。何より面白い発想だ!」
どうやら気に入ってくれた様子。
そう、彼はラズベル時代の十五年で商売を大成功させている。
戦争での資金も彼のお陰で成り立っていたまであるほどに。
そんな話を聞いていた俺は迷わず彼に声を掛けたのだ。
そんな彼が気に入るのだからやる価値は十分ありそうだ。
この世界でも集客の為に寄り添って店を出すくらいは普通にある。
しかし百貨店の様なものはない。
それには理由があり客を奪われる小売店がそれを嫌がるからだ。客の減少という被害を受ければ横の繋がりで結束し、大事になれば大棚である大商会も動く。
そうした繋がりを大事にして己の身を守っているのだそうだ。
であれば、小売店を中に引き込んでの営業となれば話は別になるだろう。
そう、この街の店に支店を出させる形式での出店をさせればいいだけだ。
それならば人員のお給料とテナントを借りれるだけの資金を回収できればそれで成り立つ。
勿論、俺に入ってくる金なのでいくらでも融通が利く。お試し期間として二か月程度無料で貸し出して利益を確かめさせればいい。
まあ、それでダメだってなってもナオミの料理を知って貰うには十分な期間だ。
「出資に大金貨百枚用意します。利益を求めるつもりはありません。
一先ずは維持費と何かあった時の為に積み立てるお金が僅かに回収できればそれで」
「大金貨百枚、ですか……それほどに大きな建物を建てるおつもりで?」
彼の問いかけに頷いて返す。
近場で入りたい店舗のほとんどが入れる形にしたいと。
「なるほど。では外来は受け付けない方が良いですね」
「ええ。先ずはここの住人に恩恵を。余る様なら構いませんが」
どういった形にするかは魔装で模型を作り説明した。
外装や内装もシンプルで良いが綺麗で目を引く形にしたいと話を詰めていく。
「ここのスペースがかなり広く取られていますが、何かご予定が?」
と指を刺した場所はナオミの店の予定地だ。
一階の入り口付近にある一等地。
「彼女に任せる飲食店ですね。
今回、これをやる切欠になった元パーティーメンバーの天才料理人です」
変な誤解をされても困ると正確に伝えたつもりだが彼は「ははーん」と意味深な顔を見せた。
「違いますってば! ナオミ、コナー伯に料理作って! 下に厨房あるから!」
「えっ! い、いいけど、お城で!?」
無理やりナオミを厨房に押し込み、周りの料理人にも彼女のサポートを頼んだ。
そうした強引なやり取りには理由がある。ユリちゃんがご立腹なのだ。
「友人として夢を応援しただけだからな?」と廊下にて弁解を入れる。
「わかっています! だから黙っているじゃないですか!」
「お、おう。出来た人が婚約者でよかったよ。早くお嫁さんになって欲しいな」
「お、お嫁さんですか!? 私が、ルイの……お嫁さん。えへっ、えへっ」
不機嫌な顔から一転ふにゃりと顔を緩めふわふわした空気を出すユリ。
そんな彼女と手を繋ぎながら再び部屋に戻り、コナー伯と話を詰めていればナオミの作った料理が到着した。
「これは、パンですか?」
「は、はい。中にオーク肉の挽肉が入ってます」
とおどおどしながらも受け答えするナオミ。
ああ、わかった肉まんだとかぶり付けばパリッと何かが破れて水餃子ばりにじゅわぁと肉汁があふれる。
なんだこれ、うますぎる。
小気味いい音がしたけど、ソーセージみたいな感じになってるのか?
がつがつと喰らい付き一瞬で平らげた。
周囲を見れば一口食べて目を見開いているコナー伯とパクパクと一生懸命食べているユリ。
とりあえずユリが食べ終わるまで眺め続け、最後の一口が終わると同時にコナー伯へと視線を戻す。
「ねっ、成功するでしょ?」
「え、ええ。これだけを出しても繁盛するでしょうね」
だからここがメインなんですと改めて伝えて話を進めた。
しかし流石に直ぐには出来ないと言われ、一先ずは建物を改装して小規模から始める事に。
それであれば一月もあれば準備できるだろうと言う。
上手くいく様ならその間に一等地の土地を買い上げ、建築を開始すればいいと話が付いた。
そこまでは全てコナー伯が準備すると言ってくれた。
周辺の店への根回しも問題なく行えるそうだ。頼もしい。
「ですから殿下は帝国の対策の方へ時間を使って下さい。
この先、私の力は及ばないでしょうから」
「ありがとうございます」と頭を下げてお任せすることにした。
それからナオミに開店まで城の厨房で修行させて欲しいと頼まれた。
どうやら付いて貰った料理人のサポートに感動した模様。
さっきの料理も自分が思い描くよりも更に上のものになったのだとか。
「お願い! あれだけ料理に真剣に向き合う人は私以外じゃ初めてだったの!」
興奮気味に語る彼女の願いに応え、一緒に厨房へお願いしに行った。
彼らもナオミの姿勢に関心していた様子で、俺の紹介で彼女ならば歓迎だと迎え入れてくれてお城の使用人枠として住み込みで働く事が決まった。
ハンター学校はどうするかを聞いたら、こっちと比べたらどうでもいいと彼女らしい答えが返ってきたが、一応念のためにオルダムへと報告に戻ったついでに先生に長期休暇を貰えないかと頼んでみた。
「今のあいつなら数ヶ月に一度顔を見せる程度でも卒業に必要な分の評価は残る。評価は引き継げるからベルファストの学校に入れてやればいい」
少なくともこのまま三ヶ月は放置しても問題ないと聞いたのでこれは後からでも良さそうだと一度レーベンへと戻る事を決めた。
ついでに帝国への偵察をしてこようとユリと二人空の旅を楽しむ。
さて、レーベンはどうなったかなぁ。
領主の屋敷が襲撃されてたりして、なんてユリと乾いた笑いを響かせながらお空を飛び回った。
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