第100話 亡命願い


 予定通りダンジョンに朝から晩まで篭って狩り三昧の一日だった。

 そして今日は副官カイとの約束の日。

 ちゃんと待っているかなと昼間にユリと共に降ろした場所へと向かったのだが、そこに居たのはイグナートだった。

 一応一人だけだが、何のつもりだと少し距離を取り問いかけた。


「来るのはカイ一人だった筈だけど?」

「すまない。どうしてもお礼を言いたくてね……

 妻が数年ぶりに私を抱きしめてくれたんだ」


 んなこたぁどうでもいいんだよ!

 ユリに近づくんじゃねぇ!

 

 そんな思いで睨みつけて居たのだが、よく見れば彼は土偶みたいな顔をしていた。

 明らかに泣きすぎて腫れちゃった感じだ。

 いい感じに不細工になっている。

 俺はユリを連れてとことこイグナートに近づいた。

 これがイグナートだ。よく覚えてくれと。


「そんで……交わした契約を守る気はあるのか?」

「当然だよ!! 私の全てを賭けて守る!

 完全に本心からそちらに寝返りたい想いだよ!」


 お、おおう。なんか元気がいいな。

 いや、そりゃ愛する奥さんが元気になったんだからそうなるか。

 てか、流石にこりゃ嘘じゃねぇな。

 お芝居でこんな土偶みたいな顔作る意味ないし。

 まあ事がことなので流石にまだ警戒を解く気は無いけども。


「そ、そう」と圧倒されていると彼は懐から貸していた魔道具と書類を取り出して差し出してきた。 

 受け取ると、各町の総兵力や練度などを数値にして纏めてあった。

 それはもうびっしりと書かれている。


 ってあれ……こいつ、帝国秘蔵の魔法陣まで持ってきてくれてんぞ?

 は……? マジで? これ、貰っちゃって大丈夫なの?

 いや待て。まずはこれの検証からだ。うん、平常心平常心。


「今、わかるのはその程度なんだ。

 一応出ると確定している所は記してあるが、まだ不確定な所もある」

「って事はレスタールがリースを取っても直ぐに開戦とはならない感じ?」


 こっちも色々準備があるだろうから余裕がある方がありがたい。

 というか逆に無いなら無いで急がなければならないだろう。


「どう、だろうね……兵を集めるのに二週間は掛かるからそれよりも早くということはあり得ないけど、皇帝が乗り気な以上それほど長くは足踏みしないだろうね」


 彼は妥当なラインは一ヶ月後から二ヶ月後じゃないかと言う。


「お前は……出るの?」

「いいや、私は出ないよ。しかしいつかは出ろと言われるだろう。

 その時に妻を隠し通せるかが不安で仕方がないよ……」


 話を聞けば敗戦の責を取って妻を差し出せと皇帝に言われ、死んだ事にしたそうな。

 

「やっぱりお前亡命したら? お前には合わんだろ。その国……」


 嫁さんの病気が良くなっただけでそれだけ泣くんだから……

 レスタール辺りに逃げればいいじゃん。

 俺も敵が減って万々歳だし。


「そう、だね。ベルファストで受け入れてくれるかい?」

「だめー! お前イケメンだから絶対ダメー!」


 指でバッテンを作りノーを突きつけていれば、何故かユリがイグナートの顔に回復魔法を掛けていた。


 ―――っ!?

 何故にっ!?

 まさか、土偶状態でも魅了するのか?

 いやいや、そんな馬鹿な……

 そんな事を考えている場合じゃねぇ。何で近づけたんだ俺は!


「ユリ、危険だ! 離れるんだ!」と後ろから羽交い絞めにして引き離そうとするが、抵抗されてしまった。


「私は信じて下さいと言いました! ルイの方が断然素敵ですっ!」

「いやでも、後からじわじわくるかもしれないじゃん!?」

「ルイ!!?」


 うっ……


「ごめんて……失うのが怖くて……」

「大丈夫です! お嫁さんにしてくれるのでしょう?」


 真っ赤な顔でキスをしてくるユリを抱きしめたらなにやら不安が吹き飛んだ。

 濁りに濁っていた思考がクリアになっていく。


「お、お前が本気で望むなら考えてやってもいい。俺はもうお前らとは戦いたくないし……」

「ありがとう。私もだ。

 キミに剣を向けるくらいなら謀反で死ぬ事にすると決めたよ」


 キラリと眩しい笑顔を向けるイグナート。


 クソぉ、またイケメン面しやがって……

 まあでもユリがキスしてくれる状況を作ったから許そう。

 うん、ありがとう。今だけは感謝しよう。


「んで、次はいつ?」

「私は早々姿を消す事はできないんだ。カイでも良ければいつでも問題ないよ」

「うーん……じゃあ十日後にするか。

 開戦もまだまだだし、奥さんのその後の容体とかもそのくらい時間置かなきゃわからんだろ」


 ありがとうと頭を下げるイグナートに「じゃあな」と手を上げて応え、二人で魔法の検証をしながらミルドラドへと向かった。

 とりあえず将軍が居る間に報告だ。ユリの顔見せもしてあげれば安心するだろう。


 そんな面持ちで応接間での話し合いとなった。

 俺、ユリ、将軍、親父、ルーズベルトさんの五人だ。


 とりあえず一通りの説明を行い、裏取りは必要だろうが俺は確度が高いと思っていると告げて資料を出した。

 すると、親父が人を呼び資料を持ってこさせ、レスタールから貰った情報との刷りあわせを行ってくれた。


「確かに大幅な差は無いな。軽くでも裏が取れたものは信用して構わないってのも頷ける。しかし鵜呑みにはするなよ?

 敵には敵地に己の家族が居る。人間性ができた奴だからこそ裏切らざるを得ない状況もある」

「そうですよ殿下。そもそも敵を信じようってのが異常なんですから。

 それなのに敵地に行くなんて危険過ぎですからね?」


 親父とルーズベルトさんに注意喚起を受けながらも話は進んだ。

 ちなみに将軍はユリと戯れている。 

 いや、ユリに責め立てられている。キョウコちゃんの件で。

 よく見れば脇腹をねじ切る勢いで抓っていた。あれは痛そう。


「……うん。嫁さんの命を守る為なら何でもする奴だからね。

 その牙は状況次第でどちらにも向くってのは理解してる」


「ならいい」と親父は満足そうに頷いた。


「しかし随分と早い。

 ファストール公が予測した最短よりも少し早いんじゃないですか」

「よ、予測はあくまで予測だ。っ! 大体範囲内に収まる程度なら重畳だろ……」


 ユリに脇腹を抓られながらもルーズベルトさんに言葉を返す将軍。


「ランドルフ、そろそろ発つ調整入れて置け。事務系はもう触れなくていい。

 ルーズベルトも同様だ。進軍に必須な書類以外は他に投げろ」

「「ハッ!」」


 その間俺は如何していたら良いのかを親父に問いかけた。


「ルイ、お前は働き過ぎだ。どうやって書類仕事をこなしてるんだ?

 ちゃんと寝てるか?」

「えっ、書類仕事なんてした事ないけど……必要なの?」

「いやいやいや! あるだろう!? 少なくとも税収などの金勘定は必須だぞ?」


 他にも外壁や砦などの補修、兵の面倒、民の嘆願、不正が無いかのチェック、怪しい奴がいたらその対応、その他にも情報を集める部隊からの報告書類や、昔から進めている計画などがあればそれらの報告書も上がってきて大変なんだぞと苛立ちを露に語る。

 長たる者、若い頃にすべてを知って置けと事務仕事をやらされまくった親父にとって相当嫌な仕事らしい。


 とりあえず「じゃあ俺も嫌いな仕事ですね。きっと」と返した。


 ……そういや鉱山で経理は必須だなんて自分で言ったばかりだった。

 けどさ、そんなのどこでどう税を徴収してどこから書類を受け取るかなんて流れすら知らない俺にどう纏めろと。

 そうしたところが一切わからないからできない。とはっきりと告げた。


「そうか……お抱えの商会は潰してそのままか。ゲンゾウが居れば手を回してるとは思うが、一応伝えて教えて貰っておくといい」


 うちの町の話に切り替わったのでついでに持ってきた金銀銅を見せた。


「これ鉱山で取れたやつなんだけど、買い取りしてくれるのって金貨を作る国だよね?」

「ああ、そうだ。硬貨に使う金属は他の用途で使う場合に申請が要る。

 こっちに流してくれれば買い取るぞ」


 親父は金を眺めニヤリと笑う。国の財となる物だから嬉しいのだろう。


「ちなみに、支出が一週間の人件費で大金貨五十ほどでしたが、買い取りってどの程度でして貰えるんでしょうか?」

「一週間で大金貨五十枚ってお前、それ何人雇ってんだ……?」


 呆れた視線を向けられたが、奴隷から解放された奴らに先ずは金を持たせる必要があると前置きし給料の額と人数を伝えた。


「なるほどな。

 量からして暴動の時に運よく持って行かれなかったのかと思ったがそういうことか」

「流石は殿下。理由も金額も全うですな」

「大丈夫です、殿下。今計りましたが納税分を引いても大金貨十枚程度はプラスですよ」


 おお、さすがルーズベルトさん。聞きたい情報を直ぐ出してくれる。


「稼動が安定すれば量も増えるでしょうから一先ず安心です。

 商人から徴収した金もありますし」

「いいですなぁ。レーベンは民心すらも安定したみたいで。

 こっちは根が深くて大変です」


 将軍が頭を掻きながらも苦い顔をする。

 確かに、権力が集中する所ほど腐りやすいって言うからな。

 心中お察ししますと思っていたらユリが将軍に噛み付いていた。


「ルイは毎日助けた民に罵倒されながら頑張って変えたんです!

 お父様もルイみたくやってから言ってください!」

「いや、俺があの手を使ったのは直ぐに他の人に投げるからだよ。

 長く治める人が使っていい手じゃないよ」


 恐怖政治を常套手段で使う国の繁栄って続かないらしいし。

 そう考えていたら親父たちがニヤニヤとした視線をこちらに送っていた。


「相当派手にやったらしいな。ゲンゾウからも詳細な報告が来たぞ」

「あれは笑いましたね。ここでもやって欲しいくらいです」

「いやぁ、流石に今からじゃ拙いでしょう」


 国民として迎え入れると言っておいて『やっぱり今からお前ら皆奴隷だ』は拙いよ、と親父たちの声に苦笑いで返せば「そりゃそうだ」と笑っている。

 てか正直なところ、ミルドラド王都よりレーベンの方が断然酷い。

 曲がりなりにも言う事を聞くのならここで民に対してやる必要は無いと思う。

 もし脅しを掛けるならミルドラドの元貴族たちに、だろう。


「ですが、七十年ほど前に殿下が脅し文句で使った事が本当に起こりましたからな」

「ああ、俺も爺様から聞いた。鬼のような顔して語ったからよく覚えてる」


 そうか。

 俺は授業で触り程度に聞いていたが、曽祖父の時代ではその身に起きたことなんだもんな。

 

「まあ、南部は比較的平和だから幸いヤバイ町はここを入れて四つくらいだ」

「後から国に戻って来た文官貴族は余りの言う事の聞かなさに疲れ果てているでしょうな」


 聞けば、ベルファスト南部の町は全て今回の戦で貢献度が高かった家に任せ、低かった者にミルドラドの領地を。後から来た者たちは補佐として送ったらしい。

 補佐でも別に悪い事ではない。

 まとめるのは大変だが、ベルファスト時代では無理だった要職にそのまま就き続けるのだから金銭面でも安定する筈だ。

 こっちは町を作れる場所もまだまだ余ってるから、要職に就いて信用があれば新規開拓して村長兼領主から始める事だって出来る。

 まあ、町が安定さえしていれば領主の下で働いている方が楽だろうが。


「そう言えば、俺はいつになったら領主から降りていい感じですかね?」

「……いや、いつ降りても問題は無いが、大変な所だけやって降りるのか?」


 えっ……でも別にお金も権力も欲しくないし。

 いやまあ、書類関連もゲンゾウさんに頼めるなら自由だし構わないんだけど。


「じゃあ、戦争の褒美で必要になったら言って。いつでも明け渡すから」

「そりゃ助かるが……まあ、王位を継げば結局投げるしな」

「えっ、継がないけど……? イブさんと嫡男を作ってよ」


「ぶはっ」とお茶を噴出す親父。

 何を言っているんだこいつはと驚いた視線を向けられた。


「俺はユリと幸せに暮らしていくんです。

 あくせく仕事に追われて家族サービスもできない生活は嫌なんですよ。

 戦争で頑張って働いた功績としてそれを許して欲しいんです」

「いや、そう言われてもだな……次男はまだ居ない訳でな?」


 まあ、そう言われるとそうなんだけど。

 二人とも若いんだから大丈夫じゃん。


「後でイブさんにお願いしよ」

「おい馬鹿やめろ!」


 親父がそう言った瞬間、キィィと戸が開く音がして視線を向ければイブさんがこちらを見ていた。


「殿下は弟が欲しいんですね。わかりました」と告げて彼女は去っていく。


「はぁ」と小さく溜息を吐く親父はじっとこちらに責める様な視線を向ける。

 話題を変えなければという思いに駆られ何か無いかと考えれば一つ重要なのがあったことを思い出した。


「そうだ。イグナートが嫁さん連れて亡命したいって言ってるんだけどどうする?」

「「「はっ?」」」


「エストックレベルの敵を一人でも減らせるのは魅力的だから考えてはみるって返したけど、どうしよ?」


 と、問いかければ駄目だ駄目だと言いながらも迷っていた。

 あの脅威を知っている親父とルーズベルトさんは特にだ。

 魅力的ではある。しかしな……と自問自答を続ける。


「ルイ、本当に大丈夫なのか……?」

「いやそれはわからないよ。

 ただ今の所だけど人間性はまともだと思える奴だよ」


 あいつの許せない所は顔だけだ。

 そう思っていたらユリに「魔法の事はいいんですか」と耳打ちされた。

 検証した時に書類から抜いたままだったので渡せていなかった様だ。


「ああ、そう言えばこれも渡されてたんだ。書いてある通りの効果だったよ」


 魔法陣が掛かれた数枚の紙をテーブルに置いた。

 イグナートが持ってきた帝国の魔法陣だと付け加えて。


「はぁっ? これを持ってくるか普通!! マジかよ……」

「どう考えてもあり得ませんよね。もしバレたら一族郎党皆殺しは間違い無しですよ」

「確かに。効果を見るにまず間違いなく世に出てないものだしな」


 親父たち三人も驚愕し『これは確かに信憑性がある』と口を揃えたが「しかし存亡が掛かるこの時期に本当に信じて良いのか? 敵の侯爵だぞ……いやしかしこれは」と親父は自問自答を繰り返す。


「駄目だ、判断がつかん。この件は直に見ているルイに任せる!

 だが連れてくるとしてもお前の安全だけは常に担保しろ。

 傍に置くのは絶対に駄目だ。それはわかるな?」


「わかってる。危険だよ、あいつは……」と深刻な顔で返せば「なにっ!? まともなんじゃないのか!?」と親父は驚く。


 教えてやらねば……あいつの危険さを。


「いいや、危険だよ。イケメン過ぎて危険なんだ……絶対にユリの視界には置きたくない」

「ルイ!! まだ言いますか!! 私はそんな軽い女じゃありません!!」

  

 ユリの言葉で言っている意味を理解した親父に「馬鹿もん!」と頭を叩かれて話し合いは終了となった。


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