第95話 内通者



 レスタール王城、軍議の間。


 そこには久方ぶりの開戦の知らせに浮き足立った諸侯たちの姿が見えた。


 役職に関係なく上級貴族と呼ばれる伯爵家より上位の貴族が全員集められていた。

 そんな中、上座に王が座り軍議という名の水面下の戦いが始まる。


「皆、よく集まってくれた。知らせにも書いたがもう一度告げよう。

 此度、元ミルドラド領であるリース・ジェラール・ベントを落とすことと決まった。

 何故リースを落とすかは言わずともわかるな?」


 数人は神妙に頷いたが、最後の問いかけに納得がいかないという顔を見せる諸侯が多数見受けられた。

 その挙兵に反対であろう勢力の筆頭二人が立ち上がった。

 ヘストア侯爵とリストル伯爵の二人だ。


「陛下! 今帝国と事を構えるのは愚の骨頂ですぞ!

 国を滅ぼす御つもりですか!」

「そうだ! 皆様方も帝国の恐ろしさを知らな過ぎる!

 ベルファストが調子に乗って叩かれている今、帝国を刺激するべきではない!」


 立ち上がり熱弁する二人に納得の声が多く聞こえたが、激しく不快を露にする者も居た。

 その男はレスタール軍最強と称されるランドール侯爵。

 その肩書きにはそぐわない程若く華奢な体躯の彼は座ったまま異を唱えた二人を睨み付け声を上げた。


「ではヘストア候、リストル伯に問おう。どのタイミングで戦うべきだと考える。

 まさか、レスタールだけは攻められないなどとは思って居まいな」


 二十代半ば程度にしか見えない彼だが、実年齢は四十を越えている。

 そんな男が老侯であるヘストア侯爵へと強い言葉を発すれば彼も目尻を吊り上げた。


「逆だ逆! ランドール候は何故攻められると決め付ける!

 陛下の英断でラズベルを切り捨て戦争を回避したばかりではないか!」


 へストア候の怒声に「はっ」と鼻で笑い見下した視線を送るランドール侯爵。

 顔を真っ赤に染め上げたヘストア候が口を開こうとしたところでレスタール国宰相、マクドウェルは「そこまで!」と立ち上がった三人に強い視線を向け座らせた。


「帝国が世界制覇を狙っていることは行動から明らかである。

 であればそれに備えるは国の勤め。

 そこでベルファストと連合を組み、リースとアドラルドの二つに国境線を絞り封鎖するという結論に至った。

 ベルファストが戦い勝利したという事実を知らねば反対する気持ちもわかる。

 しかし先を見据えた国防と国土の大幅な拡大を鑑み、陛下は此度の戦を決めたのだ」


 その声に「ベルファストが戦い勝利した、ですと?」と諸侯が各々驚き視線を這わせた。

 隣国の戦。彼らも情報を集めはしていた。故にミルドラドが二万に届く兵力を集めたらしい程度の情報は耳にしていた。

 陛下から参戦不可の勅命が下っていた為、その裏に帝国が居ることも知っていた。

 絶対に勝てない戦いになる筈だったが、今もベルファストは健在している。

 しかしそれは裏取引か内部分裂に依るもの、というのがこの場に居る諸侯たちの見解だった。

 口さがない者などは「そのような戯言を理由と申されましても」と嘲笑う声を返す。

 その声にランドール侯が苛立ちを露にテーブルを叩いた。


「マクドウェル宰相の言に偽りなど無い!

 うちの手勢でも戦を見張らせ確認を取ってある事だ!

 二万の兵を殲滅し、ダールトン軍を完全に全滅させたのは紛れもない事実!

 聞き返すだけならまだしも、宰相閣下が事実を確認したと申した後にその様な言を返すとは何事だ!」


「恥を知れ! この痴れ者が!」と嘲笑った貴族に叱責の声を上げたランドール侯。

 周辺の警戒を怠らない彼の言は高い信憑性を誇り「信じられん」という声は未だに聴こえてきたが、その声色に変化が現れていた。

 ざわざわと揺れる諸侯たちに「静まれ」と王の声が響き会議の様相を取り戻す。


「うむ。勿論我が手でも確認を入れてある。

 それはそれとしてじゃが……皆、心を揺らしすぎではないか?

 勇猛果敢な臣下ばかりの筈じゃが、レスタールはそれほどまでに弱いかのう」


 髭を撫で、挑発する様に諸侯を見渡す。


「わしまで血気盛んになってはいかんと我慢して消極的な手を取ってきたが、よもや誇り高きレスタール貴族が帝国に怖気づいているとはおもわなんだ。

 その様なことで国が守れるかのぉ……少々心配になってしもうた」


「陛下っ! お戯れが過ぎますぞ。そんな訳がありますまい」と宰相が諌める声を上げると諸侯もそれに続く。


「そうかそうか。立ち上がってくれるか。杞憂であってくれて安心したぞ。

 仮に国境を封鎖せずとも帝国との戦いは避けられぬからの。

 して、リースの守護を誰に頼むかだが……」


 その声に伯爵家のほぼ全てが視線をそらした。

 そんな領地を渡されても困ると。

 真っ直ぐと視線を返したのは、ランドール候、ヘストア候、リストル伯くらいなものだった。

 他、二人の侯爵も渋い顔で様子を伺っている。


 そんな最中「陛下、私にお任せください!」と声を上げたのはリストル伯。


「ふむ。リストル伯は此度の戦に反対して居った筈じゃが……?」

「決まってしまったものに異を唱えるつもりは御座いません。脅威を知っている自分なればこそ、守護にも就けるというもの」


 彼の言にその場のほぼ全員が訝しげな視線を送った。

 表情を崩さなかったのは王とヘストア候くらいのもの。

 推進派のランドール侯爵ですら納得のいかない顔を見せた。


「しかし、伯だけの戦力では心許ないの。リースへと援軍を頼まねばならんか」


 続く援軍の願いに声を上げようとしたランドール侯爵を遮り、へストア候が立ち上がる。


「であれば、私がリストル伯を支えましょう!」

「ほう。へストア候も立ち上がってくれるか。それは心強いな」


 うんうんと頷いて二人を見据えたレスタール王だが、直ぐに表情を改め「では王国軍の編成へと参ろうか」と視線を切り言葉を続けた。


「すまぬがランドール候、此度の総大将を頼みたい。

 とても難しい責務だが労いもしかと考える。頼めぬか?」

「勿論ですとも。この上ない誉れに御座います。

 そのお言葉、ありがたく拝命させて頂きます!」


 彼はまるで『そういう事でしたか』と言わんばかりに口端を吊り上げる。 

「相変わらず顔に似合わず頼もしいのぉ」と笑うレスタール王だが、異を唱える者が現れた。


「お、お待ち頂きたい! リースの守護が統括を勤めるべきでは!?」

「そうですぞ! これでは命令系統が乱れまする。

 力が足りぬと申されるならせめて援軍を送るこの私に!」


 総大将を務めるというのは国の顔として認められた証。こういった場で発言の重さも大きく変わってくる。

 しかしそれは勝利で終えた場合の話。もしリースを落とされれば敗戦の責を問われる可能性すらある。

 帝国に脅威を感じ戦うべきじゃないと騒いでいた二人。

 レスタールを滅ぼすつもりかとまで言った直後の事。彼らの総大将の座を求める姿が怪しく見えるのは必然だった。

 諸侯の彼らを見る目は訝しげなものへと変わっていた。

 総大将を任じられたランドール侯爵は二人に冷めた視線を向け口を開く。


「何を言う。リースが戦場になるとは限らんのだぞ。

 アドラルドが戦場になった場合にはリース守護を任された貴殿らの軍を動かす訳にはいかんだろう。

 自由に動ける将が統括するのは当然。子供でもわかる道理ぞ」


 ランドール候の声に「それはそうだ」と呆れた声が返りぐぬぬと腰を下ろした二人。


「まあ先ずは国境封鎖からじゃ。細かい軍の編成については追って知らせを出す。

 手の空いた侯爵は残ってくれ。個別に頼みたいことがある」


 そうして軍儀が終わると王は立ち上がりその場を後にする。

 呼ばれた東部と南東部を総括する侯爵二人も颯爽と後を追う。


 座ったままランドール侯爵を睨み付けるヘストア候とリストル伯。ランドール候は「ああ、総大将として聞かねばならぬ事があった。困った困った」と二人を嘲笑する様を見せ王を追い退室した。


 他の諸侯もあからさまな怪しさから彼らを避けての退室。

 ポツンと議事堂へと残された二人は、ボソボソと密談を交わした後、苦い顔で退室していった。






「はっはっは、陛下の手腕は相変わらず冴えていらっしゃる」

「全く、騙されましたぞ。

 リースをリストルなぞに任せると決めた時はひやっとしました」

「私なぞ、ランドール候へと総指揮を任せるまでは思惑を図れませんでしたわ」


 してやったりな顔で三人と向き合うレスタール王。

 隣に座る宰相マクドウェルが此度の思惑を語る。


「確信を得ると同時に手っ取り早く内通を諸侯に知らせる為だったが、あれほど入れ食いな食い付きを見せられて私まで驚いてしまったがな」

「うむ。そこにはわしも驚いて顔に出るところじゃった。

 もう少しうまく取り繕うかと思って居ったが、隠す必要が無いくらいに話が進んで居るのやもしれぬ」


「それでも愚かさは変わらんがな」と王は苦虫を噛み潰したかのような顔を見せた。


「陛下が避けられぬと言われたのに深く納得しました。

 もう水面下の戦いは始まってしまっているのですね……」


 と侯爵の一人、ウィルソー候は苦々しく呟く。


「それであれば確かに此度の策は最善。

 しかし今更ベルファストとの同盟など成るものですか?」


 疑問を浮かべるランドール候に言葉を返したのは、ベルファストとの会議にも出席していた侯爵の一人、エドワーズ候。


「同盟はもう既に締結している。あちらからの申し出だ。

 陛下が秘密裏に影で手を貸し続けていたお陰でそう恨まれてもおらん。

 あちらも未来を見据えれば共闘しかないと明言しておったしな」


「なんと……」とキラキラした視線を向けるウィルソー候

 その視線に「やめい。わしも勝てぬと思っておったわ」と煙たそうに手を横に振るレスタール王。


「あちらの王子がとんでもなく面白い奴での。自然と手を貸したくなっただけよ。

 ランドール候は知っておろう。ルイ・フォン・ベルファストの事を」

「確かにかの国の王子が多大な戦功を挙げたのは存じておりますが……」


 首を傾げるランドール候に「なんだ。侯爵も気付いていなかったのか」と驚いた視線を向けた宰相。

 彼はオルダムでリストル家の四男がランドール侯爵家の令嬢を殺そうとして返り討ちにあった事件を出した。


「なっ! まさかエリクサーを齎した件の少年が王子だと……?」

「当時はベルファストが存在しておらんかったから平民だったがの。

 面白い奴ぞ。ベルファスト王を親父と呼び、わしを陛下と慕ってくるからのぉ」


 コロコロと笑い、宰相も「頭を下げた時の反応も笑えましたなぁ」と続いて笑う。

 そうした笑い話を混ぜながらも話は進み、漸く最初の話へと戻った。


「して、どうやって内通者であろう者を無力化するかじゃが……」

「流石に怪しいという理由で正面から潰すことは出来ませんからね」


 お取り潰しにする理由が明確でないままに実行すれば諸侯の間で疑心暗鬼が膨らむ。此度の一件から疑念の目を向けられているだろうからある程度は抑えられるが、下級貴族はその限りではない。

 お取り潰しともなれば二人が反旗を翻すことは間違いない。

 巻き込まれる下級貴族も出るだろう。

 リストル伯のみならまだしも、ヘストア候の持つ戦力が敵に回るのは大きな痛手だった。


「そうは言いますが後ろに敵が居る状態のままでは流石に困ります」


 総大将を任せられたランドール候は最初から敵に挟まれて戦いがスタートしては勝てるものも勝てないと頬を引き攣らせた。


「わかっておる。が、しかしそれはリースに置かなくても同じこと。

 故に先槍に出すしかあるまい。

 出ぬなら責を問うて力を削げる。出れば馬脚を現すじゃろうて」

「ですが開戦と同時にこちらに牙を向かれては……」


 結局はランドール侯爵軍が挟まれ痛手を負うと口を引き絞る侯爵。


「そこはルイ王子に何とかさせよう。因縁の相手だしの?」

「は、はい? 流石にそれは不可能では……?」


 一国の王子でしょう、と侯爵は珍しく王へと訝しげな視線を向けたが、宰相ですら「陛下が命じればやりそうですな」と続いた。


「許せ。流石にそれは冗談じゃ。

 しかし此度、開戦となれば間違いなくレスタール全軍の戦いぞ。

 今回ばかりは兵を強制徴集するでな。

 あやつらの軍なぞ、大きな脅威とはならん。

 ベルファストが裏切ればその限りではないが、それは先ず無いでの」


 レスタール全軍と聞いて、ランドール侯爵は肩に力が入り自然と笑みをこぼした。


「全軍……ははは、確かに。全軍で踏み潰せば良いだけでしたな。

 わかりました。覚悟を決めましょう」

「うむ。よくぞ言うてくれた。

 わしも本気を見せるぞ。ライリーを正規軍の将とし候の補佐に付けよう」


「はっ?」と、彼は思考が停止したように動きを止めた。

 ライリー殿下は次期国王の長子。後に王になる者。 

 そんな者をこんなどうなるかもわからない戦に最初から出していい筈が無い。


「なりません! 殿下にもしものことがあったらどうなされるおつもりですか!」

「いいや、これはもう決定事項よ。ライリーは勿論、わしもウィルも同意の上。

 何かあっても責は問わぬ。あの子であれば何かしら助けになろう」


 それと、と王は続ける。


「全軍を強制徴集させるのだぞ。王家からも出なければ本気が伝わるまい?」


 なるほど。と三人の侯爵は納得を見せた。

 普通であればありえない参戦だが、国の全軍を挙げる戦いであれば出た方が後の統治が磐石となる。

 普段自身が戦いに出るランドール侯爵ほどよく理解していた。


「して、候二人に声を掛けた件じゃが……ウィルソー候とエドワーズ候の懐刀である寄子を間違いなく参戦させて貰いたい。

 こちらからも書状を送るが彼らはランドール候と並ぶ要。万全を期して貰わねばならぬ。

 心残りがあるようならそなた等が手を貸し不安を拭うてやれ。

 シーレンス伯爵、オーウェン男爵、シンゾウ士爵の三名じゃ。よいな?」

「「ハッ!!」」


 レスタール国で聖騎士の称号を持つ者たち。

 彼らが居るか居ないかでは雲泥の差が出るとレスタール王は念を押した。


「まあ、その前にミルドラドの領地を頂くのが先じゃがな」


 そうして目下の進軍の話に変わるが、その話は一瞬で付くこととなる。


「その程度、私の軍だけで十分です。数日で終わらせて見せましょう」


 ランドール侯爵軍のみでベントから北上し、リースまで取りそのまま戦に備えることとなった。

 軍議から続いた話し合いが漸く終わると、ランドール侯爵のみならずウィルソー侯爵やエドワーズ侯爵もこうしては居られないとそそくさと自領へと獣車を飛ばした。


 各々、絶対に勝てると言える準備をしなくてはと決意の篭った顔を見せて。




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