第94話 何故この人が俺の補佐に……



 やっと一段落と息を吐いて屋敷へと帰れば、ベルファストの兵士たちが整列して俺の帰りを待っていた。


「お待たせ致しました! 我ら五十七名、たった今到着したところであります!

 殿下の手足として働けること、光栄の限りでございます!

 いつでも好きにお使い下さい!」

「長期の移動、ご苦労様でした。

 一先ず明日、明後日くらいは休日として英気を養って下さい」


 このまま働けると返す彼らに、取り合えず食事でもしながら今後のことを話そうと屋敷へと入って貰う。

 ちょっと人数が多すぎるのでただのステーキにさせて貰った。

 恐竜肉なので手を抜いても美味しいので評判は良い。


 そうして一緒に食事をしながらも一人の老兵へと視線を向ける。

 どうしてこの人が、と。


「ええと、上級兵五十と聞いていたのですが……?」

「陛下からの心遣いで御座います。この町はとても厄介な地。

 もし気を病むようならいつでも気兼ねなく投げられるようにと私が付けられました。

 元より、殿下の見分を広げられるよう短期の就任だと聞き及んでおります」


 そう言って頭を下げたのは近衛騎士長のゲンゾウさんだ。

 うちでも最強クラスの人。どう考えても近くで親父を守護するべき人材だ。


「なるほど。確かにここは酷いですね……最初は唖然としました」


 と同意を示せば、ユリが「聞いてください!」とゲンゾウさんへとこれまでの事を捲くし立てるように説明した。


「なるほど。ですがご安心下さい。

 これより先はそういった限度を超えた輩は全て手打ちと致します故」

「え、いいんですか? 罪を犯していない一般人ですけど……?」


 彼は俺の言葉に首を横に振った。


「首を落とすかは程度にもよりますが、王族の威信に傷をつける者が処罰されるのは当然です」と。


 ユリも「もう止める必要はありませんからね」と鼻息を荒くする。


 なるほど。いくら民に優しいベルファストと言えど流石に名乗りを上げてある王子に反意を示し正面から罵倒すればそうなるか。

 だが、もう少し様子を見て欲しいと二人にお願いした。

 恐怖を焼き付け、法を遵守させる状態にしてから後任へと引き継がせる準備をしていて、これ以上の締め付けは性急過ぎる気がするからと。

 その言葉に興味を示したゲンゾウさんに先日から脅しを掛けている事を伝えた。


「なっ……なりません! ルイ殿下がそのような汚名を被るなど!!」


 ミルドラドが行ってきた悪行をそのまま返すと宣言してしまった事に頭を抱えるゲンゾウさん。


「あー、うん。ベルファストの名を背負ってそれは拙かったか。

 すみません、次からは気を付けます」


 言われてみて気が付いた。

 王子の行った所業は他国へも響く。当然ベルファストの名にも傷が付くと。


「いえ……ですが奴隷制度の撤廃は様子を見ずに実行すべきです。

 著しく反意を示した住人を賊として討伐するというのは問題御座いませんから」


 奴隷制度撤廃により、住人が暴動を起こしたと取られるから問題視されないだろうと彼は続けた。


 なるほど。流石親父の右腕。

 てか、この人が治めれば俺いらなくね?


「しかし、そこを除けば素晴らしい手腕に御座います。

 我らの移動中だけでもうそこまで話が進んでいるとは夢にも思いませんでしたぞ」


 ゲンゾウさんはこの短期間で逃げ出して暴れていた囚人だけでなく商会や闇ギルドも潰していたことを褒めてくれて、兵士たちもそれに続いて賞賛の声を上げた。

 賞賛にお礼を返しつつ俺からも、商会の資料を広げ罪人を処罰した行いに間違いが無いかをチェックして貰った。

 処刑までしたのは全て交戦となり潰した者なのでそれだけでも問題は無いのだが、これからの判断基準として必要だ。

 そう思っての問いかけだが、逆の方向での駄目出しがきた。


「罪人に甘くし過ぎで御座いますな。

 罪状が軽いと認められた商人たちならまだしも国家に直接弓を引いた罪人を生かして置くのはいけません」


 ああ、闇ギルドの奴らか。


「一応、事務処理担当だという調べは商会の資料とも一致してたんだけど、それでも殺すべき?」

「ええ。それらは国を脅かす存在。

 暗殺や盗賊の組織と知って所属した者は極刑というのがベルファストの法です故」


 ゲンゾウさんは「それはこちらで処理して置きましょう」と淡々と続けた。

 その流れで囚人の話になり、鉱山の運用状況を説明する。

 どうせならそっちもチェックして貰おうと「大丈夫かな?」と問いかけてみた。


「勿論構いません。しかしそちらの問題も大凡解決済みですか。

 予想よりも遥かに楽な仕事になりそうですな」

「いや、この町を甘く見ない方がいいよ。

 余りに酷すぎて優しいユリが切りかかるレベルだからね?」

「全くです! 酷いにも程があります!」


 むくれるユリを撫でて落ち着かせる。


「昔、何度か潜入した事が御座いますので大凡は想像がつきます。

 しかしユリシア嬢、そなたが殿下を罵倒され我慢するとは思わなんだ」

「ルイに止められたんですっ! 馬鹿が移るから構うなって……」


 ちょっと! 漸く落ち着いてきてたのに!

 またむくれちゃったじゃん……


 もうこうなったら、とユリがふぅにしているみたいによーしよしよしと撫で回せば「馬鹿にしないで下さい!」と逆に怒らせてしまった。

 どうしてくれるのとゲンゾウさんにジト目を送る。


「ユリシア嬢、忘れたか?

 生きていて下さったからこそ笑顔を向けるべきであろう」


 ん? 何の話だ?

 ああ、俺が死んだって思われていた時のことか。

 そう言えば親父たちと行動してたんだった。


 彼女は「いきなりそう言われましても」と困った顔で口を尖らせた。

 そのまま黙ってしまったので今度は外の話を聞きたいと他の具合がどうなっているのかを尋ねた。


「はい。他も続々と降伏を受け入れまして、ミルドラド全土がベルファストへ下ることを受け入れました。当然表向きは、ですが――――――――――」


 今はどこも本当に恭順の意思があるのかは調査段階で特に元王都である中央は特に苦戦しているのだそうだ。

 だが逆に全うな領地運営をしていてまともな領主が治めていた所もあり、そこは領主ごとうちに降らせて変わらずに任せると決めた町もあるらしい。

 それでも一応、監視は入れているらしいが。


「幸い、殿下のお陰でベルファストの兵力は伸び続けております。

 今は恐らく、ベルファスト側の兵だけで四千に届くほどでしょう」

「えっ……あれから二千近く増えたってこと?」


 と聞き返せば、彼は少し苦い顔で頷く。

 どうやら、勝利の報告を聞いてユノンさんたちが声を掛けていた貴族たちが戻ってきたのだそうだ。

 その他にも勝ち馬に乗ろうという輩が殺到したらしい。


「それは喜ばしいですね。面倒なところを押し付けられますし」

「ははは、ロイス陛下もそう仰っておりましたぞ」


 彼は俺の言葉に打って変わって嬉しそうに笑う。


「それで、レスタールと帝国の動きはどうですか?」


 一応、レスタールは準備段階だとは聞いている。

 帝国もまだ表立った動きは見せていないとも。

 だが、ミルドラド中央にも寄ってきただろうから新しい情報があるかなと尋ねてみたが、彼は「それについてお願いが」と神妙な顔を見せた。

 それは空からの偵察だった。

 ざっとでいいから行軍している兵士が居ないかを帝都を中心に見て回って欲しいと言う。


「そのくらい構いませんよ。

 ここはもう当分様子見の予定なので後は治安維持くらいなものですから」


 まあ、その治安維持をどこまでやるかに関心が強く向けられる今だからこそ、ガッツリやらないといけないのだが。

 そこに領主の俺が入って毎日走り回ると、兵力が無いと侮られたりヘイトを集めたりと良い事は無いだろうから兵士頼りだ。

 しかし、残っていた私兵は頼めば何でもこなしてくれる有能な奴らだが、二十程度しか居らず到底手が回っていない状況だというのも再び念押しした。


「そちらはお任せ下さい。

 連れて来た兵は単体でも動けますから問題ないでしょう」


 どうやら上級兵士の中でも判断力のあるベテランを連れてきてくれたらしい。

 練度的に勝っているから固まって行動する必要がないと言う。

 明日から見回りに出ると言ってくれた。

 少しくらい休んでからでもいいのに。

 そういうことなら俺も働くか、と彼らを兵舎に案内してからユリと二人お空の旅へと出た。


 魔装で作った飛行機もどきの中で地図を開いて相談する。


 この山を越えたらイグナート侯爵領でその先の先が帝都か、と確認を入れていればユリが宜しくない方向へと興味を持ってしまった。


「イグナートと言えば、戦争で戦った相手ですよね?」

「そ、そうだったかなぁ……? まあそんな所はどうでもいいじゃん?」


 それよりも軍の動きを見ようと誤魔化して本題に入ろうとしたのだが「ルイ、私に隠し事ですか?」と悲しそうな視線を向けられた。


「ち、違う! いや、その、あれだ……」

「いいんですよ……私に信用が無いというだけの話ですから……」


 くっ……確かに信用しているなら言える事ではある……


 流石にここで言わないのは駄目だよな、とクソイケメン過ぎて会わせたくない男の領地だから興味を持って欲しくなかったと正直に告げた。


「私のこと、そんなに軽い女だと思っていたのですか……?」


 初めてだと思われる程に呆れ果てて白けたという視線を向けられ思わずたじろいだが、この想いはわかってくれる筈だと弁解する。


「いやいや、そうじゃないって! 逆に考えてみて!

 百人居たら九十九人を強制的に惚れさせてしまいそうだと思える容姿を持った女性が居たとして、俺に会わせたい?」


 別に構いませんとか言われたらどうしようとドキドキしながらユリを見据える。


「確かに嫌ですね……それはわかりましたけど、もう少し信じて下さい。

 私だってもうルイじゃなきゃ駄目なんですから」


 お、おお!?

 何やら良い空気。海と違って空だから邪魔は入らない。

 潤んだ瞳で見詰めるユリを抱き寄せて唇を合わせようと試みる。


「っ!? ルイ! あそこを見て下さい!」


 ……またか、と思いながらも視線を向ければ確かに行軍している帝国軍の姿があった。

 向かう先は帝都。数はかなり大凡だが五千前後。

 魔物の討伐に送るには多すぎる数だ。

 十中八九戦争の為の兵だろう。


「ちっ、邪魔しやがって……このまま突っ込んで潰してやろうか!」

「もう……危ない事は駄目ですよぅ!」


 と、ユリは真っ赤な顔で啄む様なキスを一瞬して離れた。


「よし、苛立ちが完全に消えた! 直ぐ報告に帰ろう!」

「もうっ!」


 ニッコニコでもう用はないと旋回して反転すればニマニマしたジト目を向けられた。

 そんな幸せ空間を堪能しながらレーベンへと戻り、結果をゲンゾウさんへと伝えると急ぎ準備が必要だから親父にも伝えに行って欲しいと頼まれた。


 どうやら親父は今は元ミルドラド王都に居るらしい。


「こちらは私に任せこのまま帝国への対応に動いて貰っても構いません」と言われたので、ベルファストにも行って色々と様子を見てこようかとユリと相談しながらミルドラド城に居る親父の所へ報告に向かった。



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