第93話 鉱山運営



 先日、予告をしたからか街の中央広場には結構な人数が集まっていた。

 表情を見れば大半が不満たらたらな顔を見せている。

 ならば威嚇から始めようと俺は十人の武装した兵士を待機させ、フルで専用武装を纏い、禍々しい階段を作ると同時に上っていく。

 二メートルほど登った所で今度は半透明に変化させた壇上を作り上げた。

 クリスタルの様に光り輝く壇上の上に黒い魔装を纏った姿が際立つのは自分ですら容易に想像が付いた。

 民衆が目を見開き、言葉を発しない事からもそれは明らかだ。


 一先ず示威行為は成功みたいだな。

 じゃあ、昨日の続きといこうか。


 先ずはと、名乗りを上げ奴隷を解放すると伝えた。


「先日もそれを伝えたのだが奴隷制度は残して欲しいとの声があった。

 昨日この場に居た者だけの言葉で決めるのは早計かとこの場を用意した。

 お前たちはどちらを望むか、聞かせて貰おうか」


 シーンと黙ったまま声を上げる者は居ない。

 その事に内心ほくそ笑む。

 これまでは暴言の嵐だったのに大人しくなったもんだと。

 だが、延々と黙られては話が進まない。


「異論が無いのであれば話はここまでだ。願い通り奴隷制度を残すよう頼もう」


「ま、待ってくれ!!」


 数人の男が前に出て平伏した。


「なんだ……制度を残すのは貴様らの願いだった筈だが?」


 そう、前に出たのは昨日野次を飛ばしていた者たち。彼らはレーベン商会の幹部やその取り巻き連中らしい。

 平伏こそしているものの、明らかにこちらを睨んでいる。


「お、俺たちが奴隷になるなんて聞いてねぇ!」

「だからなんだ。敵国の民に了承を取る必要など無い。

 まさかあれだけの反意を示して今更ベルファストの民だなどとは言えないよな?」


 ここで簡単にじゃあ奴隷解放でいいなと返すつもりはない。

 一先ずは恐怖政治で伸びた鼻を切り落とすつもりで居なければ、下らない嫌がらせが頻発するだろう。

 兵士たちからの報告でも商会の幹部連中がこちらに何かしようとしているとの報告が上がっている。まだ周囲に『商会の力をわからせる』と話している程度の情報しかないが。

 どうにかされる程弱くはないが、だからといって穏便に許してやろうとは思わない。返答次第では本気で奴隷に落としてやることも辞さないつもりだ。


「ちっ、わかったよ。受け入れてやるよ! それでいいんだろ!?」

「そうか。ならばお前は今日から奴隷だ。連れて行け!」


 兵に連れて行せたが「違う! 待ってくれ!」と声を上げる。

 その声を無視して民衆を見据える。


「俺はお前たちにベルファストの民になって貰おうという考えは捨てる事にした。

 言っておくがこれはミルドラドの民だからではない。お前たちの行動の結果だ。

 これからのお前たちの行動次第では、我が国で敵対行動をした賊として殲滅も視野に入れる。どうするかはお前たち次第だ」


「ああ、あと……」と言い忘れていた事を伝える。

 それはレーベン商会の取り潰し。

 もうレーベン商会への上納は必要ないという話だ。

 それと差し押さえていた物資の開放。

 奴隷たちも含め反意が無ければベルファスト国民として受け入れるということ。

 

 そして最後に再び『法を守り全うに生きる者を害するつもりは無い』事を告げれば、四割近くの人間はその場で平伏した。

 もう話すことは無いと壇上から降りて全てを魔力に戻した。

 打ち合わせ通りに動いてくれた兵士たちが、レーベン商会の上層部の連中を連れて行き、俺とユリはその後に続いた。


 そうして屋敷へと戻り、地下牢から今まで捕まえた罪人どもを集めた。

 その数もう既に百近く居る。


「さて、この中の半分近くは処刑しなければならないんだけど……任せてもいい?」


 と、隊長へと視線を向ければ頷き、死罪確定の人員が罪状の読み上げと共に並べられ兵士によって首を落とされた。

 その様を見せ付けられて絶句している罪人たち。


「お前らは奴隷な?

 これから奴隷制度が廃止されたとしても罪人は強制労働だから変わらないからな」


 するとすぐにギャーギャー言い始めたので「王族への不敬罪でこのまま首を落とそうか」と魔装で無理やり首を晒させてやれば、すぐに黙り込んだ。


「お前らさ、ミルドラド王族にも同じように文句言ってたの?

 もし、そうじゃないならベルファスト王家を見下してるってことか?」


 そう問いかければ彼らは口を閉ざしたまま。小国の王族で、こんな辺境に飛ばされるくらいだから大丈夫くらいに考えて居たのだろうか。

 いや、逆に何も考えて居なかったのだろうな。

 ただ感情のままに動いていると強く感じたし。

 元々ここは奴隷の町と呼ばれ周辺からも敬遠されていたそうだし、閉じた空間だったと聞く。

 まあ没収した資料を見るに商会長とかトップ層はミルドラドの中央権力と金の力で繋がっていたみたいだが。

 その所為で領主を完全にやり込めてしまえて自分たちが一番偉いと勘違いし続けた結果なのだろう。

 ミルドラドが消滅したってのにミルドラド貴族との繋がりを盾に喧嘩吹っ掛けるとか、愚かにも程がある。

 戦争で負けているのにそれでどうにかなる筈がないだろ……

 俺ですら考えなくてもわかるレベルだぞ。


 まあ、どうしようもない馬鹿はどこにでも居るか。


 そんな罪人たちを連れて今度は貧民街へとやってきた。

 兵に元奴隷たちを集めさせ、元囚人の彼女たちも兵士に呼んできて貰う。


 その間に俺は魔装で簡易解体場を作り上げた。

 そこに今朝狩ってきた魔物を並べていく。


 集まってきた元奴隷の彼らに魔物の解体をさせて来る奴来る奴にどんどん魔物を渡して解体をさせた。

 今も奴隷だと思っているだけあって一言で当たり前のように動いてくれた。


 ああ、いや……開放するかどうかはこれから判断するって告げたんだっけ。


 ちなみに、解体を任せたと言っても売却用ではなく炊き出し用だ。

 お前たちの食事だからいくら失敗しても構わないと伝えてある。


「解体を引き受けた奴は五キロ分の肉を持って帰っていいぞ。

 後は料理担当も同じように持って帰っていい。料理が得意な者はいるか?」


 問いかければ俺が俺がと何人も出てきた。

 なのでそいつらと一緒に料理を行うことに。

 当然、全てを任せると味に差が出過ぎるから俺が作り方をレクチャーしながら真似て貰った。

 真似たと言っても、大量に一口サイズに切らせて小麦粉をまぶして貰う所まで。

 その後は俺がひたすら揚げていっただけだ。


 揚がったからあげをいくつかの大皿に分けてテーブルに点々と置いていく。

 それを俺が魔装で作った串を使い自由に食えというだけの簡単なものだ。

 味付けも塩胡椒を振っただけ。

 恐竜肉程じゃないが高級肉なのでそれで十分美味しい。

 貧民街の人口は千人程度なので量も十分だ。

 そう思っていたのだが、揚げても揚げても直ぐに消えていく。


 疲れてきたので代わってくれと補佐に付いていた奴に任せて彼らの食欲が落ち着くまで待った。

 そして彼らが満腹で動けなくなった頃、俺は初めて自己紹介をした。

 同時にミルドラド国が戦争で負けて消滅したこと、ベルファストの占領下に置かれていることを説明した。

 その直後、全員が青い顔で平伏したが、そのまま言葉を続けた。


「お前たちの行動から恭順の意思があると判断した。

 よってベルファスト国民として迎え入れようと思う。構わないか?」


 彼らは平伏したまま一度見上げた後、再び頭を下げた。


「ならばお前たちは私の権限で奴隷より解放する。これより我が国の臣民だ。

 当然、町の中を隔てる壁も自由に出入りして貰って構わない。

 不当な扱いを受けた場合はお前たちの領主としてできる限り守ろう」


 領主権限で全員奴隷から開放した。

 雇用を強要されたら兵士に訴え出ろ、と命じた。

 当然最低賃金を下回る雇用にも罰を与えると伝えた。


 ちなみに最低賃金は日給で銀貨三枚だ。

 三千円てところ。

 日当にしてはかなり低いが雇用が無くなるほど上げてしまっては本末転倒だ。

 だから限界まで質素な生活をすれば生きていける金額に定めた。

 いや、まあ彼らは数百円から千円程度の賃金で生きてきたんだから限界じゃないが……

 貧民街出身の俺が涙する貧しさよ……

 仕事を別でやりながら畑ばりに家庭菜園やらないと生きて行けないらしいからな。

 売れない食材にしなければそれすらも持って行かれると言う。


「しかし罪を犯せば罪人として捕らえれることに変わりは無い。

 詰まらぬ手間を掛けさせないでくれよ?」 


 その代わり、と鉱山での雇用を常時行う事を約束した。

 いきなり雇用賃金が上がれば雇って貰えない者が多く出るだろうからだ。


 無理はさせないから食い詰めた者は鉱山に来いとしっかり告げておいた。


 それから元囚人女性の二人を呼び、鉱山の再稼動についての話し合いを行った。


 賃金が貰えるならばと集まった貧民街の住人たちもその輪に混ぜて話しながら歩いて鉱山へと移動する。

 捕まえた罪人たちを入れてその数おおよそ二百人。

 これだけの人数が居れば一先ず稼動はできるとの事。

 それほど人数が要るのかと問えば、金や銀、銅などの金属をインゴットにする工程まで考えると結構な人数を取られるらしい。

 かなり詳しかったので彼女たちが指導者となりまとめ役になって欲しいと頼んだ。


「お前らを守る兵士は付ける。頼めないか?」

「そりゃ助かるね。いきなり纏めろって言われてもあたしらの言う事なんて聞く筈がない」


 女子供だからと前領主が別枠にしてくれて看守に守って貰ってたらしい。

 そんな雑談を交わしながらも坑道の前へとたどり着いた。そこで彼女は地面に転がっている黒い石を拾い上げる。


「こいつが一番金を含んでいる可能性が高い鉱石だ。基本的にはこいつを黙々と集め砕いて選別し溶かして金を取り出す。

 偶にガチの鉱脈に繋がれば金色の筋が見つかる時もあるけど、そうでもなきゃ素人には難しい仕事だね」


 ぞろぞろと彼女の後を付いていき、ガレージのような所でさっき拾った石に似た物を風呂桶のような場所へと投げ込む。


「ある程度目利きを入れた後は石を液体につけて一晩放置する。それで砂状にして重さを利用して底に溜めるのさ。そこまで行けば素人でも見分けが付くからね。仕分けしてからもう一度溶かし不純物を取り除いて焼き固めるんだ」


 そう言って彼女は別の場所から溶かし終わったであろう小粒の石を取り出す。

 くすんだ黄土色だが確かに金だと言われれば金とも言えなくはない色だ。

 恐らくはインゴットに変えればちゃんとした金色になるのだろう。


 鉱山の働き手は主にここに集中するらしい。

 この工程だけで採掘人員の二倍は最低でも欲しいと言っていた。


 貧民街の奴らはここで仕事をしていた面子だからか、特に不満は無さそうに見える。

 当然、罪人どもは苦い顔をしているが。


「じゃあ、稼動できそうだということで給料の話に移ろうか」と集まった人員へと向き合う。

 不安と懇願が入り混じった視線を一心に浴び思わず苦笑しながらも、基本給で日給銀貨五枚を提示した。

 これはオルダム貧民街では割と普通な給与額。

 週休二日で勤務時間は九時間拘束としたので、貧民街の住人として暮らしていた人にはそれほど悪くはない職場というイメージだが、当然貧民街では、だ。

 そんな金額でも、彼らは叫ぶほどに沸き立った。


「役職が付く者には上乗せするが、仕事を普通にこなしている限り基本給は絶対に支払われるから安心してくれ」


 各部署で纏め役をする者やきつい仕事を引き受けている者に上乗せすると告げ、仕事の難易度や苦痛の度合いを評価させた後、上乗せする分を俺が決め、他は彼らで話し合って貰った。


 その後は俺が居なくても回りそうだったので兵士二人に罪人の監督や給与の支払いをお願いした。

 一先ずの財源はレーベン商会から徴収した金貨から出す予定だ。

 余裕があるので希望者がどれだけ増えても資金が問題無いうちは使ってやれと伝えてある。


 これで一先ずは彼らが雇用されなくなり飢えるという事にはならないだろうと様子を見ることにして、少し強面の元囚人女性ロゼに今後のことを頼み、お屋敷へと帰った。



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