第92話 恐怖を刻み付けてみよう



 元囚人たちと昼食を取った後、ユリと二人で鉱山内部や食料庫などを視察した。

 鉱山内は少し意外な所もあったが大凡予想通りだった。

 掘って採掘をしている場所って感じなのは普通なのだが、内部が全てスライムコーティングされていた。

 こうしないと魔物が出るらしい。

 ここで余りに雑な仕事をすると強い魔物が出て死人が出るんだよと説明してくれた。


 次に食料庫だ。

 小麦粉の入った袋と芋が入った箱が積みあがっている。

 他の食材は配給なのかと問えばこれが全てだと言われた。他のも奴隷街の人たちが作っているが、そっちは売れるから全て持っていかれるのだそうだ。

 ユリが瞳を潤ませる程には聞いていて痛ましかった。


 家や仕事を用意するのにも時間が掛りそうなので食材くらいはと買ってきて食料庫に入れておいた。

 勿論、食べる分は好きに使って良いと伝えて。


 それから大人勢に色々と奴隷の暮らしについて教えてもらった。

 何も知らなければ改善もできないと。


 そうして話を聞いていけば、とても悲惨な事実を知ってしまった。

 彼女たちは、刑期を終えて外に出たら今度は奴隷としてこき使われるらしい。

 奴隷街では多少の賃金は貰えるらしいが、出入りしてた奴の話だと鉱山の方が楽だと言っていたそうだ。賃金が安すぎてまともに食事も取れないらしい。


 それと、奴隷街の区域から出る事も許されていない。

 出る場合は商人たちに扱き使われる時だけで、碌な目にあわない。奴隷に拒否権なんてないから目を付けられた奴は悲惨だと聞いたと彼女は不安そうに語る。


 色々と予想を上回る酷さに眩暈を覚えたが、まずやらなければならないのは奴隷制度撤廃の告知だろう。

 それを大々的に行い、最低賃金を設け元奴隷であろうとそれを下回る額で使う事を許さないと告知しなければ。

 まあ利益の薄い仕事もあるから、最低賃金はかなり低くせざるを得ないけど。


 そう考えてレーベン商会前の広場へと行き、魔装で壇上を作り上げその上でマイクの役割をする魔道具にて声を張り上げた。

 領主である事やベルファスト王族である事の名乗りを終わらせ、足を止めた住人たちに伝える。


「この町はベルファスト国へと併合された為、奴隷制度は撤廃された!

 よって、元奴隷たちはベルファストの一臣民として扱われる!

 最低賃金を下回る金額での雇用や、一般的とは言えない扱いをした場合も罰則を設ける。罪に問われたくない者は心せよ!」


 続いて、奴隷街という名前の廃止。移動の自由なども伝えた。

 その頃には人が大勢集まり、当然の様に暴言が飛び交う。


 主に「何を勝手に決めてやがる!」「誰かそんな言葉に従うか!」という声だ。


「お前ら、本当に奴隷制度を撤廃しなくていいのか?」


 ほぼ全員が当たり前だという声を上げる。


「ならば、王子の俺が陛下に掛け合ってやろうか?

 奴隷制度をこの町だけ適用する事を許して欲しいと」


 その声に暴言が少し収まり「なら最初からそうしろ!」などと声が上がる。

 それがどういう事態を起こすのかもわからずに。


「お前ら、ミルドラドが敗戦国に民に何をしてきたか知っているか?

 全員奴隷。死ぬまで扱き使われるんだ。当然逃げれば殺される。住人全員がな」


 ピタリと言葉が止んだ。


「よかったなぁ?

 俺はこの町での全権を許すと言われている。多分許してくれるぞ。

 そこに張り付けになっている馬鹿や、闇ギルドの件でわかると思うが、俺には敵対者に対する慈悲など無い」


 静まった広場で俺は一人声を上げ続ける。


「まあ、ここに居る奴だけの言葉で決めたら他の民がかわいそうか。

 明日も此処で告知をしよう。その時も同じ声が続くならにしようか。

 ああ、後ここで暴言を吐いた馬鹿ども。

 領主にたて突いていつまでも無事で居られると思うなよ?」


 そう告げて壇上から降りて行けば、商会長が「忠誠を誓います! どうか、どうかお慈悲を……」と泣き声で叫ぶ。

 だが、彼は俺へ暗殺者を差し向けた事を抜かしても死罪。

 どう転んでも彼を許すことはできないほどやり過ぎていた。

 ちゃんと適用されていればミルドラドの法でもそれは変わらない。


 ああ、どうせ殺らなければならないのならば今だ、とマイクを再びオンにする。


「俺は俺の町で法を犯す輩を許さない!

 貴様らもこうなりたく無くばよく考える事だ!」


 巨大な雷の魔法陣を上空に浮かべ、商会長へと落とした。

 爆音と共に道に敷かれた石畳がはじけ飛び、悲鳴が飛び交う。


 これで俺は間違いなく恐怖の対象になった筈。

 ここまでやれば彼女たちが虐げられることは早々無くなっただろう。

 しかしユリの言っていた通り完全な悪役だなぁ。阿鼻叫喚状態だよ。


 まあ俺はそんな男だし仕方ないけどもと、逃げ惑う住人を見据える。


「ごめんなぁ。俺頭悪いからこの程度の治世が限界なんだ。

 だから王様にはなりたくないって言い続けてるの。幻滅した?」


 ユリが如何思ったかが怖くて恐る恐る聞いてみた。


「いいえ。私はわかっていますから。大好きですよ、ルイ」

「ありがと……俺もだから」

「は、はい……」


 そうしてユリと二人手を繋いで領主邸へと戻れば、兵士たちがせっせと何かを運び入れている姿が見えた。


「あ、お疲れ様です。こっちまで聞こえて来ましたよ。

 派手にやりましたね。爽快でした!」


 兵長は「俺も現場で見たかったなぁ」と良い笑顔を見せた。


「そう言えば、キミらは奴隷廃止は嫌じゃないの?」

「いや、それで騒ぐのは稼ぎに関わる商人と上級国民だと勘違いしてる馬鹿だけですよ。まあ、だけと言っても多すぎて嫌になるほど居るんですけどね」


 彼の言を聞いて少し安心した。

 町全てが敵の様に感じて居たが、そうではないのかもしれないと。

 

「それで、その荷物は?」

「よく聞いて下さいました! レーベン商会の隠し持っていた資産です!」


 おお、やっぱりあったんだな。


「見てください、この金貨の山を!」


 ああ、うん。と視線を向ければ予想以上の金額がありそうで本当に驚いた。


「それ、いくらあるの?」

「さぁ。大金貨数千枚は間違いないでしょうけど」


 ええええ!?

 何でこんな町の会長が数十億の現金を隠し持ってるの?

 って、そりゃ方法は一つだよな。


 奴隷を使って金を稼いだ商人たちから吸い上げていたのだろう。

 レーベン商会に入らなければこの町で商売が出来ない程に牛耳っていたそうだから、上納金が酷い事になっていても不思議は無い。


 そう思って尋ねて見れば案の定だった。幹部クラスでもなければそれほど儲かって無いほどだと言うのだから相当だろう。

 だって奴隷は日当、大銅貨数枚で使うらしいし。

 数百円だよ? 高くても千円程度だそうだし、人件費ほぼ無料じゃん。

 それで本当に儲からなかったらもう商人辞めろレベル。


 なるほど。そりゃ反発もあるわ。

 上納金がそのままじゃ生きていけないのね。


 明日の演説ではその話も混ぜよう。


「奴隷街改め、貧民街で炊き出しを行おうかと思うんだけど、お願いできない?」

「ええと、流石に今の人数ですと……」と苦い顔をされたので「人手は一人でいいんだけど厳しい?」と問い直せば問題ないとの答えが返ってきた。


「ちなみに、商会資産の差し押さえは何時まで行えば宜しいのでしょうか?」 


 どうやら相当な反発が出ているらしい。

 当然か。街に物資が回らないんだから。


「明日の昼まででいいよ。夜も食べてく?」と問いかけた。

「よ、よろしいのですか?」と遠慮気味に聞く彼に「全然いいよ。二人じゃ寂しいしね」と彼らを招き入れた。


 そうして料理を始めたら、俺が作っていると知らなかったらしく、かなり恐縮していた。そんな空気に触発されたのか、ユリが手伝うと言い出したので一緒に料理することに。

 人もいるので余り出来に関わらなそうな所を担当して貰い、二人で楽しく料理した。


 仕事の話をしながら食事し、彼らから色々な情報を貰った。

 やはり俺に対して相当に不満が溜まっているらしく夜も見張りをつけた方が良いと提案を受けた。


 確かに寝ている時に何かされたら危ないか。

 でも、そんな事に人員を避けるほど人数は居ない。現時点でも無理させてるのに夜の警護なんてやらせたら倒れてしまうだろう。

 どうする、とユリに視線を向けた。


「今日はもう遅いですし、夜は私が見張ります」と答えるユリちゃん。


 いやいや、それだったら俺がと再び言い合いになり、折衝案で野営方式でいく事にした。


「まあ、あと数日でうちの兵士も来るしそれまでは辛抱するか」


 ベルファストの王都からここまででは七日は掛ると言われているからまだ数日は掛るが二日、三日程度ならそれほど苦でもない。

 最悪、別の街で宿取ってもいいし。

 そんなつもりで一晩交代で夜を明かしたのだが特に不審な音がすることもなく、お互いに遠慮しあった結果、日の出前から起きだしてしまうことに。

 

 暇を持て余してしまった俺たちは、暇つぶしにダンジョンへと潜ることにした。

 炊き出しで使う肉を取って来ようという算段だ。

 既に地図は入手してあるので飛んでダンジョンまで移動して、二人で競争するかの勢いで階段を降りていく。

 そこは珍しいダンジョンで上り下りの階段が凄く近い。

 直ぐに狩場として申し分ない階層まで降りれた。

 と言っても難易度が高いダンジョンなので二十階層程度だが。


 今回は遊びなのでユリがソロで行けるギリギリまで降り、俺は完全に後衛として彼女のサポートをしてガリガリと狩りを進めた。

 難易度は大きく変わったものの、やり方は慣れたもの。

 奈落と比べればなんて事はない敵なので彼女がやり易い数に調整するのもお手の物だ。


「相変わらず凄いですね、ルイは……」


 どうやら調整しているのに気付かれてしまったらしく、少し寂しげな視線を向けるユリ。


「ユリに言われたくはないな。

 けどまあお嬢様に見合う男に成れたようで嬉しいよ」


 うん。魔法も入れれば追いつきはした。

 その事実に心底ほっとしている。


 がしかし、そうなると自分を低く見る彼女は検討違いな方向へと考えてしまうらしい。


「見合ってないのは私の方です……こんな私でいいんですか?」


「お嬢様にはもっとご自分の力と魅力を理解して頂きませんと」と素直な気持ちを茶化しながらも伝えれば「ルイに比べたら私なんて……」といつも通りの謙遜が返る。


 本当に謙遜が過ぎるよな。

 自分の見た目の評価で謙遜したくなる気持ちはユリの性格上まだわかるが、同年代じゃどう考えても最強だ。それも世界最強レベル。

 俺みたいに銃でチートっぽい上げ方をした訳でもないのに。

 まあそれをいくら言っても聞かないのはわかってるけど。


「まあ、あれだ。俺はもうユリじゃないと駄目なんだ。

 こんなに好きになっちゃったんだから今更他の奴なんて選べない。

 そこだけは忘れないでくれよ」

「は、はいぃぃ……」


 そろそろ時間だと真っ赤になる彼女に告げ、俺たちは気持ちを切り替えながらダンジョンを後にする。


 さて、世論はどうなったかな。


 と、少し気だるくなりながらも街の広場を目指した。


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