第89話 最悪な町
その後、暴徒の鎮圧は直ぐに終わった。
町人も殺す方へとシフトしたからか、下品ながらも喝采を送った。
まあ、上から目線の頭のおかしい言葉ばかりだったが。
鎮圧完了後、領主邸にて働いてくれた兵士たちに食事を振る舞い、食後の雑談中に何故町の住人があれほど上から物を言ってくるのかと尋ねた。
「いえ、その、この町は商会が牛耳っていますから……」
三十代後半程度の隊長を務める彼はそう言って言葉を濁す。
ある程度仲良く話せる空気になっていたのだが、それでも口篭るほどの問題があるようだ。
「領主よりも商人の方が上だから文句言い放題でも問題ないと思っている訳か……」
「はい。レーベン商会に入っている者たちは先ず言うことを聞きません。
それどころか自治に関する事すら口を出してくる始末でして」
なるほど。大手なら商会員は沢山いるだろうし、そいつらから格下扱いされる状態を許していたら舐められるのは当然だな。
と言っても流石に限度がある気がするが……
「その商会は何処にあるの?」
「レーベン商会は町の中心地である大通りが合わさる十字路にあります。
ですが下手に刺激をしない方がいいかもしれませんよ」
二人で彼の話を聞いていくと、町の商人という商人全てを牛耳っている為、機嫌を損ねれば町が立ち行かなくなるだろうと言う。
ふむ。物が回らなくなり、住人が困ると。
えっ、何か駄目な所ある?
あれだけ反意を示してる奴らが困っても別に俺はいいけど……
「ユリはどう思う?」
「ええと、国に従わない者たちを気遣う必要はありませんが、協力的な者たちが苦しむ結果になるのは避けたいところですよね。
今のところ協力的な者は兵士しか見ておりませんが……」
兵士たちにもどう思うかを聞いてみれば、満場一致で潰せるものなら潰したいと意見を揃えた。
実際に言葉を交わしてみても俺たちと同じ感性を持つと思われる兵士たちだ。
そうなると前の領主がどんな人だったのかが気になって尋ねてみた。
「前の領主はどんな人だったの?」と。
その声に困り顔で苦笑する彼ら。口を揃えて悪人では無かったと言うのに表情は苦い。
しかし事なかれ主義が過ぎ、完全に町が牛耳られたのは彼の所為でもあるようだ。
多少横暴な事であっても、大きな損害が出ない事に関しては全て言いなり。
最近ではレーベン商会の本店に限りとはいえ税の完全免除までさせられていたのだとか。
その背景には闇ギルドという暗殺集団の存在があり、従わざるを得ない状況でもあったそうだが。
その所為でこの町でなら何をしても許されると勘違いさせてしまったのだとか。
そして色々と立ち行かなくなって来ていた昨今、ベルファストに敗戦し、ミルドラド王都が落ちた知らせを聞き、もう自分の手には負えないと降伏を受け入れる事を手紙に残し一家揃って姿を消したのだそうだ。
「そっか。じゃあ町の税金も全部持って行かれちゃった感じ?」
「いえ、町の為の資金には手を付けてないと思います。
そういう事をする方ではなかったですし、元々殆ど無いそうですから」
聞くと、此度の戦争での資金を出せと命じられたそうだ。
それほど徴収されては町が回らないとダールトン公爵へと文を送ったそうな。
監査を入れて出せる分を全て出すという結果に落ち着き、ほぼほぼすべて持って行かれたそうだ。
「色々残念過ぎて笑えないなぁ」
「ええ。共に在った我らが一番それを感じております……」
きっと一番素直に出しそうだから狙われたんだろうな。
貴族社会は舐められたら終わりなんて良く聞くけど、こういう話を聞くと納得するわ。
そんな事を思いながらも、今後の彼らとの契約内容の話にシフトした。
前まで貰っていた給料を聞き、大分安かったのでまともな金額を提示すれば逆に恐縮されてしまったが、誠心誠意職務に勤めますと誓ってくれた。
そうして彼らとの食後の雑談は終了となり、そろそろ寝る部屋を決めようかとお二階へと移動した。
さあ、此処では止める者は誰も居ない。
相部屋でも大丈夫だよな……とユリにさり気なく提案する。
「どうする? この部屋にベット二つ置く?」
「そうですねぇ……ここと、ここに置きましょうか?」
おお! ユリも相部屋のつもりだった様だ!
よしよし。これで一歩前進だ。だが焦ってはいかん。
そう自分に言い聞かせて、先ずはお引越しの為に持って来たベットやら家具やらを収納魔法から出した。
二人で家具を並べ、ベットも一メートルくらいの距離はあるが隣り合わせで設置した。
それほど物は持って来ていないので直ぐに模様替えは終わり、お互い自分のベットを椅子代わりに、雑談を交わす時間となった。
流石にもうずっと一緒に居るので変に意識する事無くまったりとした時間を過ごす。
「私、正直この町は好きじゃありません。ここはルイが居るべき場所ではないです」
ラクたちの事から唐突に話を変え、ユリはベットにぽてりと倒れた。
俺も合わせて自分のベットに体を倒し同じことを思っていたと苦笑した。
うん、心優しいユリが居ちゃダメな町だ。
「あれを見たら誰だって居たくないよなぁ。
でもある程度は解決してから投げたい。後任が辛いだろうし」
暴徒討伐の時の野次も酷いものだった。
もっと苦しませろだの、目を刳り抜けだの、好き勝手言ってくる始末だ。
終わってからも良くやっただのの声はまだしも、やれるなら最初からやれと怒鳴りつけてくるなどと何様だと言いたい発言が多かった。
正直、暴徒と一緒にまとめて討伐したいと思うほどだった。
まあ俺は暴言に対して黙って我慢するのはカールスやリストルの件で懲りたので、ただ黙っていた訳でもない。
魔法で火の柱を立ち昇らせ、これ以上邪魔するなら牢屋にぶち込むぞと脅せばアホどもは蜘蛛の子を散らす様に逃げた。
「その為には力で押さえつけるしかないですよね。
こちらが悪者にされる事になりそうですが、ルイが悪く言われるのは私、嫌です……」
悪者ねぇ……この世界の常識に沿って正しい形に戻すだけなんだけど。
ぶっちゃけ、その商会が領主の役割を完璧にこなせるなら任せてもいいんだけど仕事はこっちで権利はあっちなんて馬鹿な状態は看過できない。
まあ、まともな人間ならばという但し書きが付くし、暗殺者と繋がっている時点でありえない話だけども。
「相手の出方次第では難しいな。まあ明日行って頑張ってみるよ」
「無茶を言ってごめんなさい。じゃあ明日は商会ですね。お休みなさいルイ」
ユリはそう言ってベットの天幕を下ろした。
あらら、それ下ろしちゃうんだ。寝顔も見れないじゃん。
まあ、いいか。これからはずっと一緒……
いや、他の奴に投げてベルファストに戻ったらその限りじゃないのか?
ふむ。ここは権力を振りかざしてでもレーベン商会とやらには速やかに退場して頂こうか。
そんな企みを膨らませていれば、いつの間にか眠りに落ちていて領主生活一日目が過ぎていった。
次の日、兵士に案内して貰いレーベン商会本店に足を運んだ。
会長の部屋へと案内されユリと二人テーブルに着く。
これ以上舐められて堪るかと姿勢を正しながらも強い視線を送った。
「流石に知っているだろうが、この国はベルファストが治める事となった。そして私が陛下よりレーベンの領主を任命されたルイ・フォン・ベルファストだ」
評判通り小太りで意地が悪そうな年配の男は足を組んで葉巻を吹かしていたが、目を見開いて動きを止めた。
「ベルファスト……王子がレーベンの領主、ですと?」
「そうだが、そんな事はどうでもいい。ベルファストの統治となった以上、以前と同じようにはいかない。税も納めて貰うし、不正は取り締まる。
受け入れない場合、レーベン商会に属する者を国外追放にする事も辞さないと伝えに来た」
片方の眉を吊り上げ、不満を露にする商会長。
ベルファストの王子と聞いてもその振る舞い。相当に勘違いが進んでいる様子だ。
これは少しでも低姿勢を見せたら漬け込んでくるだろうなぁ……
「はっはっは、全く何を仰っているのか。城の外に出るのは初めてですかな?
税の免除は我らも対価を払っての事、それを無しにするなど到底許されるものではありませんな」
「理解していないのはお前だ。別の者に払った対価を何故私に求める。
お前は経営者が入れ替わった店舗に前店主との契約を守れとのたまうのか?」
はぁ、口調を変えるのってなんか変な気分になるんだよなぁ。
特にユリの前とかだと背中がぞわぞわする。早く終わらないかなぁ。
もういっその事黙って言う事を聞けないなら出て行けと言ってしまいたい。
ここは罪人の収容所ってだけでもいいじゃん……
「ほう、王子は我らがいらんと申すか。
商人が何を担っているのか、王子はご存知無いので?」
「知ってはいるつもりだが、説明したいと言うのであれば聞いてやろう」
この世界の商人とは主に運送である行商人、買取をし店舗に売る大棚、市民に売る小売店の三つだ。
一応娼館などの物を売らない業務でも店主だけは商人扱いになるが、彼はその説明をしたい訳じゃない。自分たちが居ないとどうなるかを語る。
簡単に税収が激減し、私兵すら持てなくなるだろうと大げさに説明した。
態々、言う事を聞かねば町が崩壊するぞ、とまで付け加えて。
「ああ、そうかそうか。何を言いたいのか漸く理解したよ。
お前は集団で町から資材を持ち出し立ち行かなくするという事だな。
であれば故意に町に損害を与える様な輩は国賊認定する。それで構わないな?」
正直、闇ギルドと深く関わっている人間は全て追い出したい。
その方が楽だからわからない振りをしながらも追放で良いのかと問いかけたのだが「何だ、それで脅しのつもりか? いいだろう出て行ってから吠え面をかかぬ事だ」と嘲笑いながらもシッシと手を振り帰れという仕草を見せた。
「言質は取った。本当に馬鹿で助かったよ」と言いたい事を言ったので立ち上がり部屋を出ようとした所で後ろから声がする。
「言質だと……貴様、何をするつもりだ!」と。
ユリが魔装剣を作り「口の利き方に気をつけなさい」と静かに告げる。
もう言質は取ったし教えてもいいかと如何にアホな事を言っているのかを説明する。
「お前ら、勘違いだらけで話しするのも疲れるわ。いいか、よく聞け。
先ず国家に背いて追放となった者の財は基本的に没収されるのが慣例だ。
それと、ミルドラド全土がベルファストになった以上、お前の追放先はレスタールだ。そこ受け入れなければ山。帝国はベルファストと戦争中だからな。
問題になっても困るから経緯は全てレスタール側に説明する。
無事にたどり着けたとしても町に害成す無一文の商人を受け入れる領地はあるのかね。
ああ、そうだ。町の外でもうちの国土に居付けると思うなよ?」
漸く自分の置かれている立場を理解したのか、青い顔に変わって行く。
だが言質は取ったので私財没収後に追放して終わりだ。
しかしミルドラドでは内乱ですら落とされた領地は全てを奪われると聞くのに、何故ベルファストからは何もされないと思っているんだろうか。
いや、実際常識の範囲内に収まる恭順さを見せれば何もしないんだけども。
「ふざけるな! 財の没収だと!? そんな横暴が許される筈がないだろうが!」
「口の利き方に気をつけなさいと言いました。首がどんどん切れていきますよ」
いつの間にか後ろに回っていたユリが商会長の首に剣を這わせていた。
「ひっ……」と息を飲む彼の首から血が垂れ、言葉が止まる。
「そうだな。そんな横暴は本来民にはしない。
だが、故意に町全体へ損害を与えようとしている者はその時点で民ではなく賊だ。
賊の財産没収が当たり前な事くらいはお前でも知っているだろ?」
領主にそんな脅しを掛けた時点で重罪である。
物の出入りは領主側に制限を掛ける権限があり、それを無視して密輸を行うと場合に寄ってはとても重い罪に問われるのだ。
当然、今回は最大に重くできる案件だ。
「待ってくれ! ならば従う! 先ほどの言葉は撤回する!」
はっ?
いやいや、あんたもう王子相手に脅し掛けましたがな……
いやまあ暗殺ギルドが無ければ危険度は低いし、今までの罪を清算すればそれでいいけど。
でも清算するってことはさ……
「本当に従うなら構わないけど、お前状況理解して言ってる?」
本来、次期国王と成る筈の相手に脅迫行為をしたことを理解しているのかと尋ねた。
一介の商人がそんな事をすれば普通斬首だぞ、と彼に告げた。
「ち、違います!
我らは町には居られないと言っただけで脅迫などしておりません!」
「お前、よくあそこまで言ってから抜けぬけと言えたもんだな。
それにさ……いや、いいや。ユリ、一度こっちへ戻って来てくれないかな」
視線で音がする方向へと目配せすれば、気が付いていた様で彼女は彼から離れ隣に戻る。
「それで……罪は償って貰うとして、本当に従うのか?」
早く嗾けてくれないかなと首から血を垂らし浅く呼吸する会長へと問う。
天井やら壁やら、おかしな場所に人が潜んでいるのはわかっている。それを早く使って欲しい。
頭のおかしな住人たちに付け入る隙を与えないよう、領主へ暗殺者を差し向けたレーベン商会は返り討ちにあって潰された、という事実を作りたいのだ。
脅しを掛けて来たという理由でもいいっちゃいいが、変な噂を流されたらユリが気にしそうだから決定的な悪として派手に断じたい。
そう考えていたら、彼は突如「大金貨十枚出す!」と天井を見て声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます