第88話 俺が、領主?
あの後、ユメは叔父さんと共に武者修行の旅に出た。
次は必ず勝つとユリに言い残して。
叔父さんも付いて行って大丈夫なのかと思ったらちゃんと許可を取ってあった。
今のままでは役に立てないから鍛え直してくるという名目だ。
ユメと一緒に行っても鍛えられないだろうに。相変わらずだな叔父さんは。
そんなこんなで俺の平穏は守られた、筈だったのだが……
ユリとの試合の所為で俺との稽古が再開され、厳しく扱かれることとなってしまった。
奈落へも二人で行く事になり一緒の時間が増えたのは良いのだが、もっとほのぼのしたい俺としては少し不本意な結果だ。
そんな昨今、とうとうミルドラド王都を完全に掌握したとの知らせが入った。
経過は聞いていたが、今回も被害ゼロ。戦いは起こらず降伏したそうだ。
どうやらミルドラドに抗う力は残ってないらしい。
しかしレスタールはまだ動いていないそうだ。
内部を纏めるのに手間取っているのだろうとのこと。
帝国が軍を進める不安があるので早くリースを取って塞いで欲しい所だが、準備が完全に整うまでは帝国を刺激できないというのもわかる。
このまま動かないでくれると良いのだけど。
会議で話を聞きながらもそんな事を考えていれば、珍しく名前を呼ばれた。
「ルイ、お前には暫くレーベンを治めて貰いたい。頼めないか?」
「えっ……それって最北端のですよね?」
そう、最初にレスタールにどうですかと問いかけた北部域の一つ。
実りが細い中でも一番利がありそうな金鉱山区域だ。
「ああ。奴隷の町レーベンだ」
鉱山、奴隷と来て大凡の予想は着いたが、聞けばやっぱりと言った結果だった。
罪人の強制労働所としてミルドラドでも誰も寄りたがらない地らしい。
「うちには奴隷制度がありませんけど、その炭鉱夫たちはどうするんですか?」
「……わからん。迷い所なんだよ」
は?
わからんて何?
とジト目で返せば事情を説明された。
どうやら罪人だけではなく、騙されて奴隷に落とされたり、ただ拉致られただけの者も多く居るそうだ。
冤罪が蔓延るミルドラド。
労働を続けさせるべき人間かどうかの調べが付かないのだと言う。
「お前の判断で全てを決めて良い。
失敗してもいいからやるだけやってみてくれないか」
いや、それ難し過ぎるだろ。
今更事情聴取したところで冤罪でーすと嘘を吐かれたら通っちゃうし。
かと言ってガチで冤罪の奴らも居るだろうし。
なるほど。だから親父はわからんって言ったのか。
一応、知らぬ振りしてそのまま働かせるという手もある。
というか取り敢えずはそれしか手が無い気がする。
凶悪犯罪者を解放するとか有り得ないし。
調べられない以上、出来ることは労働態度が真面目な者には恩赦を与えるとかその程度だろう。
大変面倒な役回りだ。
しかし、皆が働いている中暫く遊び回っていたという負い目もある。
「本当に何をしても構わないんですね?」
「ああ、領主を任せるのだ。ルイの裁量で決めて構わん。
仮に酷い状況になってもこちらでバックアップする。やってくれるか?」
仕方がないと「暫くなら……」と了承を示した。
「助かる。兵を五十付ける。少ないがお前ならその程度でも大丈夫だろ?」
「いや、未知の経験なので何とも……まあ失敗してもいいなら頑張ってはみますよ」
見たことすら無い町だ。正直どうしたら良いのか一切わからん。
だが、一応降伏勧告には従ったそうだ。
一応というのは、既に領主が逃げ出して居なくなっており、私兵の纏め役が降伏を代わりに受け入れたのだとか。
先ずはそいつと連絡を取って状況を聞くしかない。
話が落ち着き、俺はレーベンへと向かう事となった。
であれば先ずはユリと相談だと会議内容を彼女に伝えた。
「そんな訳で領主に任命されてしまったんだけど……」
「そうですか。では行きましょう!」
ニコニコとお出かけを喜ぶユリちゃん。
ちゃんと状況理解してるかと問いかけたが「ルイなら大丈夫です」と特に気にした様子は無い。
本来嬉しい筈の信頼が痛い。
やった事も無いことを上手くできる自信なんて無い。
そんな俺の想いには気付かず両親に告げてくると出て行くユリ。
いや、上手くやる必要はないか。
ぶっちゃけ、軍事面では重要拠点ではないのだから適当な統治でも支障はない場所だろう。
だからこそ任されたのだろうし、俺も引き受けたのだから。
うん。そこでの統治の適当さを見れば色々諦めてくれるだろ。
そうして適当な気持ちでレーベンへとユリと二人訪れたのだが……
「えぇ……何だこりゃ……」
「まるで戦場ですね」
空から見たレーベンの町はいくつかの煙の柱が上がり、住民が魔装を纏った兵士に追い立てられていた。
帝国が攻め込んで来たのか、と地に下りて魔装を纏い二人で走り出した。
先ずは手近な所で情報を、と町を進んで行けば押し入り強盗を真っ最中の現場に出くわした。
魔装を纏った二人組みの犯行だ。戸を蹴破りずけずけと家へと上がり込んでいく。
「待ってくれ! 金なら出す! だから家族には手を上げないでくれ!!」
「ああ? 金に成るもんは全て持っていくに決まってんだろうがっ!!」
蹴りで吹き飛ばされ、動かなくなった家主であろう男。
「こんな小せぇ家に俺たちが満足するほどの金があるなんて元から思ってねぇよ」
倒れ付したままの男を嘲笑い、床に唾を吐く。
その瞬間、ユリが家に突撃して切り掛かろうとしたので抱き止めつつ魔装を伸ばして強盗を包んでいく。
手足に魔装が纏わり付かせた後、魔力操作で無理やり後ろ手に手錠を作り、足枷も嵌められて身動きが取れなくなる犯罪者二人。
魔力操作だけで拘束されてしまう程度の強さだとわかり警戒を解いた。
「なっ、なんだこりゃ!?」
「てめぇ、何しやがった!!」
先ずは大人しくさせようと踏みつけて足を折る。
悲鳴を上げてのたうち回る二人に「俺の問いに答えろ。騙そうとしたと判断した瞬間お前を殺す」と剣先を向けた。
「お前らは何処の国の者だ」
「ミ、ミルドラドだ……」
えっ、何で町を襲ってる兵士がミルドラドの……もしかして反政府組織か?
訳がわからず「何故、町がこんな事になっている。説明しろ」と問いかけるが「待ってくれ」と何か考え事をしている様子。
早くしろよと剣を更に首の近くまで持っていった所で、家主を介抱しようとしていた女性が声を上げた。
「あんた馬鹿なの!? こいつらは鉱山の奴隷たちに決まってんでしょうが!!
脱走して町を襲ってるのに何でのんきに話してるのよ!!
さっさと全部殺してきなさい! この無能!」
何をしているんだと睨み付けてくる女性。もう一人の年配の女性はそれを止めようとして小さく声を上げているが、聞く耳を持つ様子はない。
「無礼者!」とユリが怒り出してしまったが「相手にしなくていいよ。時間の無駄」と告げつつ、無視して家を出て罪人の二人を拘束したまま荷車に積み移動する。
「兵と一緒に来た方がよかったな……これ、後始末まで考えたら俺たちだけじゃ無理だろ」
「はい。それもですが、救った相手にあのような物言いをされるなんて思いませんでした」
確かに酷かった。偶々怖いもの知らずの頭の悪い奴だったのだろうと言葉を返しつつ、道行く暴徒を拘束しながら領主邸を目指した。
しかしその道中、こちらに掛けられる言葉の殆どが罵声だった。
中には礼を言う者も居たが大半が―――――――――
『何してやがんだ。このうすのろっ! さっさと殺せ!』
『お前たちが仕事しやがらねぇからこんな事になったんだぞ!』
『責任とってお前が金を出せ! 今すぐにだ!』
―――――――――という悪意しかない言葉ばかりだった。
領主の館に着く頃には俺とユリの心は大変冷え切っていた。
もう無礼だと剣を抜くユリを止めなくてもいいかなと思うほどに。
そんな冷え切った心で辿り着いた領主邸の前では暴徒と兵士の戦闘が繰り広げられていた。
大凡だが、暴徒百対兵士二十。しかし兵士の練度もそう高くはない。
それでも此処を守れている程度には弱い集団の様子。
先ずは名乗りを上げねばと声を張り上げる。
「俺はベルファストからこの地の領主として派遣された者だ!
これより暴徒の鎮圧をする。衛兵たちはそのまま後退しろ。
指示が聞けない奴は巻き込まれても責任を持たない!」
一先ず光魔法にて魔力を奪う。
その後直ぐに魔装で拘束すれば、やはり雑魚ばかりで抜け出せる者は居なかったのでそのまま鎮圧となってしまった。
攻撃する必要すら無いとか……弱すぎる。
ギャーギャー騒いでいる暴徒たちだが、そいつらを無視して此処を守っていた兵士たちに声をかけた。
「さっきも言ったけど、ベルファスト王に領主に任命されたから来たんだが、キミらはレーベンが降伏を受け入れた事は知ってる?」
青い顔で頷く彼らに「罪人ではない者の自由を阻害するつもりはないから安心して」と告げて落ち着かせ、今後俺の下で働くつもりがあるかを尋ねた。
「はっ、変わらぬ待遇で雇って頂けるなら喜んで!」
と、予想と違い規律の正しい様を見せ並んで敬礼する兵士たち。
「そこは相談するとして、今は町を守る為に手伝って貰いたいんだけど……」
そう、大通りの目に付く暴徒を集めただけだ。
他にも沢山居ることだろう。
「頼めるかな?」と問いかければ二つ返事で了承し、鎮圧に行くと直ぐに出て行った。
「兵士の方はまともそうですね……」
「うちの兵が来るまでどうしようかと思ってたけど、あれなら大丈夫かな?」
それはそうと、この囚人どもはどうしようか……
仮に冤罪で捕まっていた奴らであっても、これをした時点でもう既に罪人だ。
気兼ねなく強制労働に就かせられるのはいいんだけど、鉱山に連れて行けば後は勝手にやってくれるんだろうか?
「ルイ、まだ殺さないのですか?」とユリはこちらを見て首を傾げる。
「こいつらは監獄に戻すべきじゃない?」と問い返せば「組織的に町を襲い此処までの惨事を引き起こしたのですから初犯であっても死刑ですよ」と真面目な顔で言う。
なるほど。
確かにこれこそ国家反逆罪だもんな。
しかし捕らえて拘束し終わった後の場合でも、裁判も無しにやっていいのだろうか?
置いておく場所があるかもわからないけども。
いや、その前にこんな奴らに手間を掛けている場合じゃないんだよな。
そう思って魔装で首を絞めたのだが、意識を落とした所でこの行いが間違っているんじゃないかという不安に駆られて締め付けを緩めた。
不思議そうにするユリに問いかける。
「罪人はさ、捕まえた後取り調べて判決を下した後で処されるものだと思うんだよね。結果が決まっててもそれを覆していいのかなってさ」
「これほどの大事の場合、その判決を下すのは領主ですから覆してませんよ?」
ユリは「聴取の必要が無ければその場で切り捨てるのが慣例です」と続けた。
そりゃそうか。じゃあ、数人残せばいいのか?
けどやりづらいんだよなぁ。
戦争ではバンバン殺してたのに何でだろう。
自分たちを殺そうとしてくる奴相手なら何とも思わないが、自分と関係の無い奴だと罪悪感みたいなものを感じるらしい。
まあ身動き出来なくなった奴らを殺すのに抵抗を感じるのは当たり前だが、リストルの時は一切感じなかったのに。
と、考えた所で直ぐに理解した。
俺が身内として受け入れた者を害されていないからだ。
レーベンの住人が仲間なんて認識は今の俺には無い。
頭おかしいのが多すぎて味方という枠にすら入っていない。その所為で愚か者同士の喧嘩の仲裁に入った様な感覚なのだろう。
変なことはわかっている。領主邸を襲っていたのだから躊躇する必要は無い罪人だ。
ばつが悪くなりながらもユリにそれを説明すれば彼女は初めて納得がいったと強く頷いた。
「であれば私が代わりにやりましょう」
「待て待て。嫌だからと自分の彼女に殺人を押し付ける男が何処に居んのさ!」
それこそクズだろ。
重い仕事だが、法としてそう定まっているのであればやるしかないか。
覚悟を決め、代表っぽい立ち位置に居た数人を残して百を超える罪人の首に魔装を這わせた後、刃物に変え全員の首を一度に落とした。
「おぉおぉ、俺たちから搾取したもんを返してもらいに来ただけなのによぉ。
随分と残忍な事しやがるじゃねぇか」
声がする方へと野生感満載で魚のような顔をした男が領主邸の門に立ち、大剣を肩に担ぎ、嘲笑うようにこちらを見ていた。
「どうした? 態々兵隊を遠ざけちまった事を今更後悔でもしてんのか?」
あれ……こいつ、何も知らない状態なのか?
さっきのを見てれば魔力操作の技量くらいはわかるだろうに。
けど親玉クラスが自ら出てきてくれたのは有難い。
「自分から出頭するとはご苦労さんだわ。
ヤル気ならさっさと来いよ。その方が罪悪感が無くていいし」
「あ? ガキ二人だけで随分粋るじゃねぇか、雑魚がよっ!!!」
他の暴徒よりは断然強い力を持っている様だ。
割とマシな速度で突っ込んできた。
だがそれでも上級騎士には到底及ばないレベル。この程度なら近接でも余裕だと迎え撃とうとしたら、攻撃を跳ね返した瞬間、男の首が飛んだ。
「安心してください。ルイだけには背負わせません」
そんな事よりも前に出したくないのだが、ユリよりも弱い俺が言っても聞いてくれないよな。
でももう絶対にあんな姿は見たくない。
くっ、模擬戦で勝ってれば言えたのに……
でもまあ? 魔法使えば俺の方が強いし?
……はぁ。空しくなるからやめよう。
本当にもうユリを戦場に出したくないんだけどなぁ。
葛藤を抱えつつも考えるが説得できる自信も無ければ正当性も見つからない。
であれば俺が共に戦う事に慣れていくしかないか。
ああ、もっともっと強くならなきゃな……
「さて、俺たちも適当に鎮圧に向かうか」と、殺さずに置いた罪人を木に縛り上げ気が重いながらも町へと出る事にした。
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