第87話 我儘な妹


 ベルファストに帰って早々部屋にも戻らず報告へと向かえば、親父に早いなと驚かれながらも仕事完了の報告を入れた。ついでにハンターが不足している話も。


「そうか。しかし今帰してやるのは難しい。将軍たちが落とした後の町を空けるとは言ったが完全に空にする訳にもいかないからな。

 少数はある程度の治安維持や何かあった時の伝令役として残さねばならん」


 聞けばもう将軍たちは攻め込んでいると言う。

 まだ帝国の人間が入り込んでおらず、今なら簡単に落ちるだろうと見通しが立ち侵攻を決めたのだそうだ。


「アーベイン侯爵も一緒に?」

「いや、侯爵には残って貰った。

 流石に面倒な領地を投げた上に行軍もしろなんて言えんからな」


 その後、親父にハンター資格の件を少し話してみれば「今のベルファスト内だけでならそれもありだな」と案外好感触だった。

 試験段階としてオルドでやってみるかどうかは会議で議題に上げると言ってくれたのでお任せした。

 その後、海を見てきた話や、戦った魔物の話などの雑談をしてから部屋を出て丁度お城へ来ているという侯爵の所へ。


「これは殿下、オルドへ水を届けて下さったとか!」


 ノックをして部屋に入れば対面テーブルへと誘われた。


「その、メアリ叔母さんに任せるつもりなんですよね?」

「ええ、そのつもりですが……もしや問題が起こりそうでしたか?」


 心配そうにする侯爵に違いますと首を横に振り、大金貨を五十枚ほど出した。


「俺からだと言うと遠慮すると思うので、侯爵から渡して頂ければと思いまして。

 俺にとってメアリ叔母さんはもう一人の母ですので、辛い思いをして欲しくありませんから」


「オルド領への金銭の工面は私の仕事です」と首を横に振る侯爵に「どうか、お願いします」と頭を下げた。


「殿下、それほどまでに……わかりました。

 そのお心と共にありがたく頂戴致します。

 丁度人員の選出が終わり向かわせる所でしたので迅速に届けられると思います」


 侯爵は姿勢を正し、まるで賞状でも受け取るかのように丁寧に持つと深く頭を下げる。俺は固いなぁと思いながらも受け取ってくれた事に安堵した。

 叔母さんが任命されたのは、後々ルド叔父さんと家を残せるようにという配慮のようだ。

 メアリ叔母さんは当然だが侯爵家の後継者ではない。ルド叔父さんは男爵家の出だが家を出ている。

 二人の子供に爵位を残すにはこうするのが丁度良かったのだそうだ。

 ええと、その子供ってユメだよね……大丈夫かな。


 そんな不安を抱えつつも話し合いは終わり、部屋を出る。

 帰還報告を入れに行ったユリも終わったら俺の部屋へ行くと言っていたからもう来てくれているかな、と期待して部屋へを入れば何故かユメとユリの姿が。


「あれ……ユメじゃん。やっぱり来ちゃったのか」

「はぁ? 何、来ちゃったのかって! 来てあげたのに嬉しくないの!?」

「いや、戦争中じゃなければな。まあ元気そうで何よりだよ」


 心配していた態度の変化など一切無く、いつも通り突っかかってくるユメを見てホッとする。


「ユリ、紹介する。妹のユメだ。

 生意気な奴だが少しだけなら良い所もあるから適度に仲良くしてくれると嬉しい……」

「えっ!? 妹、なのですか!?」


 むすっとしていた顔が笑顔へと変わる。

 あれ、一緒の部屋に居たから一応改めての紹介のつもりだったけど……


「メアリ叔母さんたちの子だよ」と補足を入れれば「なるほど」とうんうんと頷く。


「ルイにぃ、誰この子」

「俺の婚約者……になる人」


「はっ……」と信じられないと言った顔で固まるユメ。


 はっはっは、驚いたか。そうだろう、そうだろう。

 可愛い上に最高に良い子だからな。

 俺も自分を良くやったと褒めてやりたいよ。

 いや、まだ気が早いか?


 そう思って浮かれていたのだが、彼女は違う事を考えていたらしい。


「ルイにぃは私と結婚してくれるんじゃないの!?」

「はっ? 言ってねぇよ! 何処情報だよ!?」

「お父さんが将来ルイを傍で支えてやれって……そう言ってたもん」


 は? ルド叔父さん、ちゃんと説明してないの!?

 立場とかも?


 そう思って何処まで聞いているかを確かめれば普通に王子だとわかっていた。

 傍付きって言葉の意味わかるかと問えばそれもわかるらしかった。


「でもさ! 傍に付いて支え続ければルイにぃは私に落ちるに決まってるじゃん!

 なのに婚約者だなんて……それって浮気だよね!?」

「落ちねえわ! それ以前にお前は妹! ずっとそうだっただろ!?」

「やーだー! ルイにぃが居ないと色々不便なんだもん!」

「相変わらず、同情する余地もねぇなお前……」


 抱き付こうするユメの顔を手で押さえて言い返すが、こうなるとこいつはずっとこのままだ。

 見るに見かねたルド叔父さんがお兄ちゃんなんだからと俺に折れさせるパターンに染まってダダを捏ね始めたらそれを通すまで続けやがる。


「ルイにぃ、いい加減にしないと怒るからね!?

 ハンターの私を怒らせたら怖いんだよ!?」

「は? お前……まさか家族を暴力で押さえつけようっての?」


 冷たい視線を向ければユメはたじろいで飛びつこうとするのを止めた。

 空かさず心配そうにこちらを見るユリの隣に座った。


「と、まあこんな感じの厄介な妹なんだ。

 ユリも気をつけて適度に距離は取ってな?」

「ひーどーいー!! ルイにぃの馬鹿! お父さんに言い付けてやる!」

「おう。是非とも言い付けてくれ。これに関してはな!」


 それでしっかり言い含められてこい。

 まあそんな事で思い改める奴なら苦労は無いんだけど。少しは勢いが止むだろ。


「おぼえてろー」と駆け出して行ったユメ。

 しかしあいつどうやってここに入ったんだ……ってルド叔父さん以外に居ないよな。


「……げ、元気な妹さんですね?」

「気を使わなくていいよ。残念な奴だろ。あれが素だ。そして素以外の顔は無い」


 続ける言葉が無くなり困ったと目を彷徨わせたユリ。


「ユリ、あいつが来たからにはそろそろ此処を出る心構えをしておいてくれ。

 前よりも調子に乗ってそうな空気を感じたから、もしかしたら逃げるかもしれん」


 そう、あいつを敵に回すと叔父さんまでが向こう側に付く。大変面倒なのだ。

 まあ俺も嫌いな訳じゃないしあれ作ってこれやって程度ならいいが、ユリが悲しむような状況になりそうなら距離を置く一択だ。


「それはかわいそうですよ……」

「……じゃあユリがかわいそうだと思わなくなったらにするよ」


「そんな時は来ませんよ」と呆れ顔で言うが俺はいつか来ると思う。


 そう話している間に、再びノックも無しにユメが入ってくる。

 ルド叔父さんの腕を引っ張りながら。


「叔父さーん、ユメが変な勘違いしてるんだけど……?」

「ち、違うぞ! 俺は結婚しろなんて言っていない! ユメ、駄目だぞ!?」

「じゃあ何! ずっとルイにぃの傍に居るのに独り身で居ろってこと!?

 お父さんは私が不憫だとは思わないの!?」


 ぎゃーぎゃーと喚き続けるユメ。お城の中で騒がれては困ると何とか宥めようと必死過ぎる叔父さん。

 俺は慣れたものだが、ユリはずっと困惑を続けていた。

 

「いい加減にしろ。人の部屋で泣き喚くな!」と二人を外に追い出した。


「こんな容赦の無いルイは初めてです。家族にはああなのですか?」

「ああ、うん。基本ユメにだけだよ。叔母さんとは普通だったでしょ?」


 そう、揉め事が起きるのはいつもユメが我侭を言い始めた時だけだ。

 そしてそれは俺に理不尽な形で決着が付く。

 叔父さんはいつも言うのだ。かわいそうだから半分はルイが折れてやれと。

 そしてあいつの我侭を半分叶えてやらねばならなくなるのだ。

 まあ基本的には俺と遊びたいという内容ばかりだったからそれほど嫌でもなかったけど。

 だが今回に限っては半分は無い。断固とした態度を取るのは当然だった。


 再びバタバタと音が響き、ユメが入ってくる。


「ユリシアさん、ルイにぃを賭けて私と決闘して!」


 ……あ?

 なんだそりゃ。ユリに手を上げようってのか?


 あまりにふざけた言葉にカチンと来て立ち上がるが、ユリに静止させられた。


「私が勝てば貴方が諦める。それでいいのですか?」

「いいよ! 負けないもん!」


 あれ、何でユリちゃん受けてんの?

 暴力で解決しようってお話じゃないでしょうよ。

 確かにユリが勝つけども……

 いや、それならいいのか?


 納得はいかないが都合がいい。

 そんな状況だけに頬を引き攣らせながらも様子を見ていれば、場所を移し早速戦いを始めることに。

 着いた先はお馴染みの兵士詰め所前の修練場だ。


「決着は魔力切れによる気絶、もしくは降参を認める事とします。

 では、どうぞ」


 ユリは魔装も纏わず、小さな剣を一つだけ具現化した。


「馬鹿にして……いいよ、私が強いって知ってから文句言っても遅いんだからね!」


 対抗したのかユメも武器だけを具現化した。 

 少し変わった武器だ。曲刀の双剣。明らかにスピードタイプの魔装。

 ユメは腰を落とすと、間を置かず飛ぶ様に駆け出した。


 あ、遅い。


 もし仮に本当に強くなっていたらどうしようかと不安もあったが、年相応の普通の強さだった。


 よし、ユリ、やっちゃってくれ!


 と、微笑みながら魔装の椅子に座り観戦モードへと移行した。


「ルイ、どうして止めてくれないんだ!?」

「いや、ユメから言い出してるんだよ!? あんたの仕事でしょうが!

 それにユリが相手なら大丈夫だよ。少し痛い思いする程度なんだから」


 ぐぬぬと葛藤する叔父さんは苦し紛れに言い返してきた。


「お前は心配じゃないのか? ユメは結構強いんだぞ?」

「いや、弱いから。あの倍速出してもユリは圧勝するよ?」


 見てみなよと試合の方へと視線を促せば、がむしゃらに双剣を振り回すユメの攻撃を全て小さな短剣で弾いていた。

 一歩も動きもせずに。


「あれ……俺よりも強くないか?」

「当然じゃん。ユリは俺の師匠だよ?」

「そういえば、ルイも負けたって言ってたな……」


 うん。未だに近接戦闘では勝てる気がしない。

 いや、どうだろ……強化の出力を上げればいけるか?

 少なくとも身体能力では俺の方が上になっている。

 技術で大幅に負けているが、さらに強化の出力を上げれば……


 この次、俺も相手して貰おうかな……

 最近のユリは雑魚だとわかってからじゃないと俺が前衛に入って魔物と戦うのすらも嫌がるし、このままだとちょっとな。


 しっかし相変わらずやべぇな、ユリは……

 ユメの剣を切り飛ばし続けている。

 それだけで魔力を奪い尽くすつもりだな、あれ……


「な、なんでよぉ! 何で切りかかって来ないのよ!!」

「それはこちらの剣で貴方を切っては殺してしまうからです」

「――っ!?」


 少し青い顔を見せたユメはしゃがみこんで泣き出した。

 おろおろ魔装を解除し慰めようと近寄るユリ。


「ユリぃ! それ嘘泣きだからなぁ!」


 そうはさせるかとユリに注意を促せば舌打ちをして再び切りかかるユメ。

 その程度で勝てる差じゃない。さっと躱されて転がっていく。


「なんでルイにぃが邪魔するのよぉ!!」

「するわ! アホか!!」

「バカぁ! もう知らない!!」


 ピューっと走り去り、決着も付けずにその場から逃げ出したユメ。

 その後を走って追いかけていく叔父さん。


「さてユリ、次は俺とやろうか」

「えっ……何を、賭けるんですか……?」


 えっ、なんで不安そうなの?

 嫌なことは言わないよ。


「ふっふっふ……勝った方が膝枕をして貰えるってのはどうだ?」


 それなら負けても自分を許せるし。

 そう思って言ったのだが、ユリの瞳がキラリと輝いた。


「そ、そこまで言うなら……いいでしょう。

 どのくらいできる様になったのか見てあげます。

 勝負ですので全力で行きますが恨みっこ無しですよ?」


 お互いにフル武装で全身を包み全力で魔装を叩き付け合うが、膂力で負けていると知ったユリは全てを軽く受け流す。


「流石師匠だな。俺にはできないテクをポンポンと……」

「驚いているのはこちらです! 強くなり過ぎですよ!」


 同じ事をしても意味はないので次は強化を強めてだ、とこちらから仕掛けた。

 二合、三合と連続した攻撃にユリの動きが追い付かなくなっていくのがわかる。


 押し切れる!

 そう思い剣を振り下ろした瞬間、ユリが横をすり抜け肘の間接の部分が切り裂かれた。

 関節の部分の魔装がぱっくりと割れている。

 魔力によって相殺されなければこれで負けていただろう。


「えっ、何今の……」

「相手の力を利用する戦技です。

 簡単に言うと相手の攻撃を動力を方向転換させてこちらの攻撃に乗せる技ですね。

 私はもう負ける訳にはいきませんから、習得中だったものをある程度実践で使えるレベルにまで詰めました」


 はい……?

 最近ずっと一緒だったじゃん。と時間が無かった事を問えば、チクチクと奈落へ行っていた日の事などを責められた。


「そもそも、その奈落に私を連れて行ってくれてもいいじゃないですか!」

「いや、ほら、俺も強くなってユリを守りたいし? 魔物は有限っていうか?」


「ズルイです!」とがむしゃらな攻撃を受けて後退する。


 そして彼女は更なる追撃を選んだ。感情に任せたのか雑になっている。

 よし、ここだと更に強化を上乗せさせ切りかかったが、地に伏せたのは俺だった。

 あれ……何が起こったんだ?

 わき腹から血が滲んだ。深くはないが認識外からの攻撃に魔力での相殺が完全には間に合わなかったらしい。

 直ぐに回復魔法で治療を行う。


「ル、ルイぃぃ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「いや、このくらいはもう慣れたよ。しかし、まだ勝てないのかぁ……」


 治療を終えて涙を流すユリを宥めれば悲しい事実を伝えられた。


「ルイは単純過ぎます。

 見え見えの隙に飛び掛り単調な攻撃を行っては駄目です。

 それに……あれほど動けるならあの程度は躱して下さい」


 どうやらがむしゃら攻撃は態とらしい。

 落ち込んでいれば何故か拍手の音が聞こえてきた。

 音の方へ視線を送れば大勢の兵士たちがこちらを見ていた。


 むう。情けない所を見せてしまった……

 項垂れた俺は拍手に手を振り返してから部屋へと戻った。


 荒んだ心を癒そうとベットに腰を掛けてポンポンと膝を叩く。

 そしてそわそわして猫の様に頭を乗せてきたユリの頭を撫で続けた。



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