第86話 初めての海
ユリと二人山に登り、頂上へと辿り着いた。
その先に見えるのは一面の海。
この世界に生まれてからは初めて見る海に思わず声が上がる。
「ウェミダァァァ!」とはしゃいでみるとユリに発音がおかしいとマジレスされたが、彼女も「綺麗」と楽しそうに眺め続けていた。
その時、道中に幾度か襲ってきた魔物が地中から飛び上がってきた。
名前は知らないがモグラの様な魔物だ。
地中を動き回る癖に移動速度が半端じゃなくておかしい思ったら、魔法で穴を掘っていた。
魔法陣は空間に固定されるのにどうやってんのと疑問に思ったが、手に魔法陣が刻まれている魔道具タイプだった。
ユリにも協力して貰い叩き伏せた所を魔装で押さえつけて、地中に逃げようと魔法を使う魔物からさくっと学ばせて貰った。
もう既にコピーは済ませてあるのでさくさくっと討伐する。
「さて、登山も楽しんだし、ちょっと飛んで海面の方まで行ってみようか?」
「えっ!? いいんですか!?」
飛び跳ねて喜ぶユリ。
「勿論だ」と抱き寄せて魔装で二人の体を密着させて飛び立つ。
観光目的なのでゆっくりとした飛行だ。絶壁の壁に沿う様に降りていく。
ある程度海面には近付けたがやはり海水浴ができないのは寂しいなと、再び飛び上がり海沿いを飛んだ。
聞けばミルドラドの中ほどまで行けば砂浜があると言う。であればそこまで飛べばいいとスピードを上げていく。
全身を包んでいるのでもう叔父さんの時の様に風で息が苦しいなんて事は無い。
寝そべっている状態から動けないが、風は無く魔装を全て透明にしているので景色も見放題だ。
二人で凄い凄いと騒ぎながら飛んでいけば砂浜まであっという間だった。
砂浜に降り立って早速波に足を付ける。
深い所まで見えてしまう程に青く綺麗な海。コバルトブルーというやつだ。
浅瀬はもっと淡く美しい色をしているが、感覚がおかしくなりそうな程に深い場所も底までよく見えた。
怖いようで魅力的な光景に自然と心が躍らされた。
波が引いていけば「足の下の砂が流れていきます!」と凄い発見をした様に報告するユリが転びそうになり体で受け止めると、ぼぉっとした顔で体を預けてきた。
これはあれだな、キスをする所だよな!?
抱きしめ見詰め合い顔を近づけようとした所で水の玉が飛んできた。
――っ!?
ユリを抱えたまま後ろに飛ぶ。水に足が取られるが、回避は何とかできた。
何事かと視線を送れば、水の中に魔物の姿が見えた。
「海にも魔物が居るのかよ!」
いや、居るのは知っていたが、失念してた上に邪魔された怒りで俺は斜めに海中に設置したウィンドウォールで水を巻き上げ、魔物を海から引き釣り出した。
よく見てみるとゴブリンに鰓を付けて歪にしたような醜悪な半漁人だった。
ユリも不快な視線を向けている。
殲滅だと思った所で再び弾速の遅いウォーターボールを撃って来たのだが、なにやら魔法陣の形が違った。
少し興味を引かれ、邪魔された復讐をしながらコピーさせて貰う。
かなり弱い魔物の様で切りつければ直ぐに死に、海に流されていく。
俺が魔法を真似して撃っていた事に疑問を抱いていた様でユリが裾を引いてきた。
「どうして水魔法を無駄撃ちしてたのですか?」
「いや、魔法陣の柄が違うだろ。ほら」と魔法陣を浮かべればユリはそこで初めて気が付いたらしく「よくあの一瞬で気が付きましたね」と関心していた。
海から上がり水際で試し撃ちをしてみれば、いつもと挙動が違い海の水が引き寄せられて魔法陣の前に溜まり、打ち出される。
正直、威力も弱ければ発動までの時間も長く、使い物にならないレベルだった。
これを攻撃に使う意味よ……と嘆きたくなるほどだ。
陸で使えば効果は更に酷い事になった。
小さな小さな水の玉が飛ぶ前に零れ落ちて終わる。
「ハズレですね……」と苦笑するユリに「そうだな」と返したのだが、一つ気になったことが出来た。
この水、魔法で作った訳じゃないから消えないよな、と。
しかし、水気が無い場所では集められない。オルドの町の救済にはならなそうだ。
戦闘にも使えない魔法だが、無意味でもないかと一応記して覚えておくことにした。
魔物の所為で時間が取られ、日が傾き掛けていた。
夕日は綺麗だが、魔物が居るとわかると一気に冷める。
もうムーディーなあの時には戻れない。
そう感じた俺は呟く様に言う。「そろそろ帰るか……」と。
「そうですね。名残惜しい気持ちはありますけど、まだ旅行は終わっていませんし」
「そうだな」と愛らしい笑顔で微笑むユリを抱き寄せ、再び魔装の翼を生やして飛び上がる。
同じ景色もなんだから、とミルドラドの地を上空から眺めながらベルファスト南部オルドの町まで飛んだ。
その夜もせっせと食事を作って働いたにも拘らず、ユリとは別々の部屋へと引き離された。
そうして三日目はダンジョン、四日目は町の散策、五日目はダンジョンと気分の赴くままに自由を満喫した。
いや、ダンジョンは仕事の様な気もするが、何の緊張感も無い階層だしユリが楽しそうなので俺も楽しく遊び気分だ。
しかしダンジョンはもう当分行かなくてもいいみたいだ。
特にスライムに関してはもう買取ができないと言う。今の手持ちすら全て買い取るとこれで生計を立てている者たちが困ると言うので売らずに残した。
なので今日は領主邸で二人でスライムゼリーという素材で遊んでいた。
この素材、なんと魔力操作で自由に変形させられるのだ。
水気を抜けばその形で固める事ができ、色々な事に使われる。
一度水分を抜いて固めると水を吸わなくなるので色々なコーティングに使われる。
水を含んだ状態なら着色も簡単なので艶が掛った家具は殆どがスライムコーティングだと言う程。
産出がここだけじゃないし、最上層なので大変お手頃な価格だ。
逆に弱すぎて生息するダンジョンが少ないまである。
強化を使えない子供でも倒せるレベル。
しかし俺にとってはとても面白い素材だった。
ユリのお題に合わせて色を付けて色々な形を作って遊んでいた。
新たな水魔法で簡単に水抜きが出来るので一瞬で完成するのも好ましい。
調子に乗って等身大ユリシア像を作ったら怒られた。
こんな恥ずかしいものどうするんですか、と。
俺が鑑賞すると答えたのだが駄目ですと破壊され、飛び散った破片を掃除する羽目に。
そこでユリは掃除しながらも呟いた。
「そういえば、あのスライムを売りに来ていた子供たち、年の頃から見てハンターではありませんよね」と。
そう、ハンターでなければダンジョンに入ってはいけない。それはレスタールでもベルファストでも同様の法律の筈だ。
だから町の中のダンジョンには必ず兵士が立っている。
ユリは小さい頃から元々ダンジョンに入っていたが、それは特例条件をクリアしていたからである。
言われてみると普通に買い取りされてたのはおかしいと叔母さんに聞きに行った。
「ああ、生活が成り立たない場合に限り特例で許されている町もあるの。
だからおかしな事ではないのよ」
そう言われて納得した。
制限があるのは悪人に力を持たせない為だが、民の生活が成り立たないのに押し通すほどの理由にはならないだろう。
「この町ってハンター学校あるの?」
「一応あるわよ。低ランクダンジョンがある町には大抵あるわね。
オルダムと比べるとびっくりするほど小さいけど」
ほう、ある町は少ないって聞いてたけど……低ランクダンジョンが少ないのかな?
っと聞きたいのはそこじゃなかった。
「やっぱり大人は入学できない感じ?」
「そうね。学校は子供の通う所よ?」
当然だと言う叔母さんに大人になってからハンターになりたいって思った人はどうするのかと尋ねた。
「無理ね。国が許してないもの」
「いや、何で?」
「さぁ……」
「どうして?」と尋ねる叔母さんにこういう状況でハンターが減ったなら増やすべきだからと返した。
それに、大人になってからは成れないという規制に疑問を感じてしまうからだ。
学校では子供の内に篩いに掛け、精神的に未熟過ぎたり、異常者を炙り出すのに感情の起伏が激しい子供の方が見つけ易いからだと聞いた。
確かにそれは一理あるが、ギルドでの制約や管理を義務付ければ国を脅かす程の事にはならないと思う。
そんな話をしてみれば、叔母さんも「そう言われればそうね」と納得を示した。
「どちらにしても、法を曲げる事はできないのよ」
「いや、未熟な法であったなら正すべきでしょ。こっちは国の側なんだから」
「そうだけど、そういうのは専門の人しか手を出しちゃいけないの。駄目よ?」
と強い視線を向ける叔母さん。
言っていることは正しい。
専門外の貴族が気軽に口を出す事を許していては法がめちゃくちゃになってしまうだろう。
だが、専門の人に此処はおかしくないですかと提起するのはありだろう。
とはいえ、この町はハンターや兵が戻れば問題なく回りそうなのだからそれでいいかと「わかった」と返した。
「さて、やる事も無くなって来たしそろそろ帰るか?」と、その夜に言ってみたのだが、ユリが口を尖らせている。
「可愛い。じゃなくて、まだここで遊ぶ?」
「……戻っても一緒に遊べますか?」
「勿論」と返せば「じゃあ、それでもいいです」と消極的な賛成を示した。
いい加減奈落にも行かないとだしな。
まあ、来る前に行ってきたからそれほど空いてないけども。
帰る予定の日。
その日は会合だったので途中経過を聞いてから帰ろうかとボーンズさんたちの話を聞いた。
「ありがとうございます。ルイ様のお陰である程度持ち直せそうです。
まだまだ様子見ですが、職人たちは動き出せました。後は物が出来れば多少は仕事も増えることでしょう」
まだ数日なので当然予測段階。それにあの素材を使う職人が動き出した程度では差ほどでもないだろう。
後は帰って親父に報告し、この町のハンターを少数でも帰してやれるかどうかの相談をするくらいだ。
お金はあるから俺が居付く町なら仕事を作ったりしてみてもいいんだけど……
帝国との戦争を考えるとそこに時間を使ってる場合じゃないんだよな。
てか、アーベイン侯爵が人を回してくれるって言ってんだから俺がそこまで考える必要は無いか。
そう結論付けてユリとの初めての旅行は今日で終了とすることにした。
そして俺たちはラクたちに乗って出発する。
山では強い魔物が出るらしいからと置いていかれたラクたちは飛び跳ねて喜び、その姿に癒されつつも帰路に付いた。
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