第85話 最南端の町、オルド


 オルドの領主邸へと戻り、当然の様に料理をお願いされた俺。

 せっせと準備をしながらも叔母さんに疑問を投げかける。


「他に人の気配が無いけど、ここには使用人とか居ないの?」

「ああ、それね……私も着いた当初はこんな広い屋敷に一人でなんてと途方にくれたわ。

 使う場所のお掃除だけでも大変だもの。でもねぇ……」


 叔母さんは兵士募集の為に来ていて、戦争への協力を願った流れで水不足からの救済を頼まれたそうだ。

 以前はレスタールが資金を使い面倒を見ていてくれたそうで、それが無くなってしまうと聞き不安を抱えていた所にメアリ叔母さんが派遣され、水を運んでくる事を約束し兵を出す事を了承させたのだとか。

 だから約束を果たしたら直ぐ帰るつもりだったらしい。


「後は任命された領主に頑張って貰って、なーんて思っていたのだけどアーベイン侯爵家が任されそうなのよね……」


 南部は元々アーベイン侯爵領だったらしい。

 と言ってもそれは大昔の話。

 今では王都ベルファスト領と南部しか残っていないというのに貴族家は飽和状態。

 下級貴族の家々に完全に任せてしまっていた為、侯爵領という名は形骸化されたものだった。

 しかし今回の復興の知らせを聞いてもここの元領主が戻ってくる事はなかった。

 十五年も爵位を取り上げられていた家々は金銭面でも厳しく、こんな領地は欲しがらない。そんな経緯でアーベイン侯爵家が面倒を見るのが筋となったのだそうだ。


「けど、うちの実家も金銭的に大変みたいだし、こんなお金が掛る領地を渡されてもねぇ……」


 アーベイン侯爵と話し合った結果、一先ず叔母さんが此処の面倒を見るという話になったらしい。

 戦える者の手を塞ぐ事は出来ないと。


「その、兵隊さんとかへの給料は大丈夫なの?」

「ええ、一応そこら辺は心配無くなったわ。ルイちゃんのお陰でね」


 水を運ぶ事に当てていた金が全て浮けば最低限の領地運営は出来るのだそうだ。

 水不足さえ無ければ普通に回る程度の産出物はあるらしい。

 海が近いからかダンジョンの魔物も少し他と違い素材の産地でもあり、衣服や魔道具材料の輸出で成り立っているのだそうだ。


「干魃での干上がりさえ無ければ普通にやっていける町ではあるんだ?」

「ええ。それでも豊かって程じゃないけど、一応安定した経営は出来るはずよ」

「なら俺が居る間は大丈夫だね。水は持って来れるし」


 と告げたが、叔母さんは嬉しそうな反面、困った素振りも見せていた。

 どうやら、俺にやらせて良い仕事ではないと思っているらしい。

 どうしようもなくなった緊急時は良いが、それを常とするのはよくないと言う。

 そんな話をしていると戸をノックする音が響いた。


「あっ、今日は会合の日だったわ。ルイちゃんに驚いて忘れてた」


 聞けば町の名士が集まって、水不足の件に付いての進展を話す場を設けていた様だ。

 送った文の返答を聞くまで待ちきれないらしく、毎日個別に進展を尋ねてきていた。何度も話すのは大変だから代表者を決め、定期的に集まってその都度対策会議をしようと決めた。

 それが今日だったようだ。


 迎え入れれば四人のお年寄りが入ってくるなり深く頭を下げた。


「町の者から話を聞きました。これほどに手を尽くして頂けるとは……

 これで今年は安心して暮らしていけます。

 アーベイン様には深く、深く感謝申し上げます」

「いいえ、これは当家からではないわ。ベルファスト王家からの計らいよ」


 叔母さんは「だから感謝は王家に」と伝えつつ、席に座るよう進める。


「でも、約束を果たせた事に私もホッとしているわ。

 戦でこちらから出た兵士に今のところ死者は居ないそうだし良いこと尽くめね。

 まだ戦いはあるのだけど……」


 彼らの一人が目を見開いて「死者ゼロですか? 大きな戦いだったと聞いておりますが……」と困惑を見せた。


 ベルファストは滅びるとの噂が各地へと飛び回っていた。

 それなのに勝利した上に死者が出なかったなど、驚きを見せている。


「私も戦場には出ていないからわからないけど、嘘は無いわ。そうよね?」

「うん。死者は四百五十人出たけど、主に正規兵と手を貸してくれた傭兵団からだね……錬度が低い兵たちはもしもの押さえで後ろに置いたから」


 実際の数字を聞き納得したのか顔を綻ばせ「そうですか。ご配慮を頂いた様で、ありがとうございます」と頭を下げる。


「それでこれからの事なのだけど……

 どうやら私が領主としてこのままここに居付くことになりそうなの。

 そうなってもこのままよろしくお願いできるかしら?」

「おお! それは大変喜ばしい事に御座います!

 このボールズ、アーベイン様のお言葉であれば喜んで従いますぞ!」


 どうやら、叔母さんは既に良い関係を築いているみたいだ。代表者たちは全員嬉しい知らせと安堵の顔を見せている。


「良かったわ。けど、私はまだ町の事は殆ど知らないの。

 水不足の他に慢性的に困っていることはあるのかしら?」


 叔母さんの言葉に、ボールズさんはいくつかの難題を挙げた。


 ハンターや兵士が減った事で起こる物資の不足から繋がる町の産業の停滞。

 戦争でハンターの手が減っている為、呼び寄せるのも難しいそうだ。

 逆に大量に出ていた水運びの仕事が無くなり、その者らの仕事が無くなったことで失業者が増えるという問題もあるそうだ。


 後はやっぱり水不足で出て行くばかりとなった金銭の問題だ。人力で水を運ばせ続けたのだから、当然水を得るのにも金が取られた。

 民が貧困に喘いでいるのを強く説明していた。


 話は全て水不足に関係したことだった。

 他の話が出てこないのだから叔母さんの言う通り、普段の状態であれば安定しているみたいだ。


「うーん……やっぱりお金か。難しいわね……」

「はい。ですがお陰さまで山は抜けたのですから、多くの餓死者が出るような事にはならないでしょう。こちらでゆっくり対応して行こうと思っております」


 その話を聞いて思考を巡らせてみた。

 一番緊急性が高そうなのは水不足でお金が取られた所為で貧困層だった者の暮らしが成り立たなくなった事かな。餓死者がって心配してたし。

 それを払拭しようにも物資供給が滞り、産業の停滞が予測され何処も新しくは雇えないので仕事が無い。

 運び屋の事もそれに付随する。

 物流の停滞している時では仕事が減る一方だろう。


 要するに、経済の停滞だ。

 先行きが暗く、皆が金を使い渋るから商売が儲からない。

 水の調達で金が外にも出て行き、街中で回る金の総量も減った事だろう。

 その負の連鎖という話だと感じた。


 長考を止め視線を上げれば、ユリが不安そうにこちらを見上げていた。


 なるほど。我が姫がお嘆きか。

 ふむ、ならば動こう。


「なら、先ずは外に売る物を作らなきゃだね。物資取ってこようか?」


 素材があるだけでいいなら俺が大量に持ってくればいい。

 一時凌ぎでいいのだ。根本原因の水が一応は解決されているのだから。


「こちらは……」と視線を向けるボールズさん。


「ああ、私はルイと申します。

 メアリ・アーベインは私の乳母みたいな存在です」


 軽く頷いて返した叔母さん。どうやら合わせてくれる様子。

 町の兵士が知っていればそれで良いという判断だろうか?

 何にせよ、気楽に動きたいのでありがたい。


「なるほど。ですが、取ってくると申されましてもお一人では……」


 それに頷いて返しつつも、魔物の話に変えて情報を貰う。

 中級のハンターで十分な強さらしい。階層も十階層程度で簡単に行ける距離。

 それならば大量に降ろすのは簡単だとユリに「一緒に行く?」と尋ねた。


「ふふふ、久しぶりに一緒にダンジョンですね!」と嬉しそうに微笑まれた。

 喜んでくれている様で良かった。


「先ずは下見という事ね。

 考えがあるみたいだからその方向でこちらも動いてみるわ」


 彼らを置き去りに話を進めていた所を叔母さんが上手くまとめてくれて会合はお開きとなった。


「じゃあ、明日は山の予定だったけどダンジョン行って来るから」と叔母さんに告げたのだが「何を言っているの。私も行くわよ」と予想外の言葉が返ってきた。


 でも、ルド叔父さんであの強さじゃ……叔母さんはもっと弱いよね?

 思わず「戦えるの?」と問いかければ「スライムくらいはやれますぅ!」とムッとした顔で返された。

 そう、スライムだ。ここではスライムが出るらしい。

 まあ図鑑で見るにポヨンポヨンはしていなそうだったが、ちょっと楽しみ。

 他にはムポスという魔物の素材が特産らしい。

 スケルトンも取って来て欲しい素材の一つだそうだが、これはどこでも出るそうだ。


 一番上層のスライムくらいならやれるという話だから叔母さんは弱いと思っておいた方が良さそうだ。


 さて、今日はもうお休みしようとユリと部屋を決めようと回ったのだが、結婚前の男女がいけませんと叔母さんに引き離されて俺は一人寂しく寝る事に。

 いや、いつも通りだけども。

 そうして到着一番目の夜を明かした。





 次の日、叔母さんはすぐにもう走れないと泣きごとを言い荷車に乗る事になった。

 まあ、中々にハイペースなフルマラソンだからなぁ。この程度の雑魚の階層だと。


 二人を荷車に乗せ、出て来る魔物を魔装で掬い上げ荷台に放り込み続けてひたすら走る。


 魔装を使って投げ入れればユリがさくっと処理してくれる。溜まってきたら収納するだけなので体力が続く限り無限に続けれられるサイクルだ。

 流石に広いので深層と違って狩り尽くすことは容易ではない。

 ある程度の所で切り上げ、大凡荷車十台分くらいずつ集めて町のギルドへと持って行った。


 ハンターギルドでは大層驚かれたが、聖騎士の証を見せれば納得してくれた。

 魔法を隠さなくてよくなったのは本当にありがたい。


 ギルドでも喜ばれたし、気分良く帰ることができた。


「叔母さん、これで人雇いなよ。領主が掃除するなんて流石に変だし」


 というか、そんな事に時間取られてちゃ仕事ができないでしょ。

 不具合の対応だけじゃなく経理関係の仕事もあるだろうし。


「だ、大丈夫よ! お父様が人を寄越してくれるって言ってたし!」


 子供の世話になるのが気が引けるのか、差し出すお金が欲しそうだが受け取れないと言う叔母さん。


「それは昨日聞いたよ。いいから使って。

 叔父さんみたいにガツンと言わないと駄目なの?」

「あ、ルドが感動してたあれね。私もルイちゃんの立派な王子様姿見たいわ!」


 ユリすらも見たいと呟いてこちらを見ているが、あんな恥ずかしい事を何度もやりたくはないので「いいから使って!」と無理やり渡す。

 さりげなく今日の儲けとは別に懐から追加して渡したのだが気が付いて居ない様だ。

 五人くらいまでなら数ヶ月は雇えるだろう。

 領主に任命されているなら使えるお金はあるだろうけど、何処まで使って良いのかも理解していない状況では使えないだろうしな。

 一緒に貧民暮らししていたのだから個人の懐具合が厳しいのは俺も知ってるし。 


 だが流石に「ルイちゃん、大金貨が混ざってるわよ?」と気が付いてしまった。

 まあ、数十万円が数百万に変わってれば気付くか。

 しかし「細かい事は気にしない!」と返して次の予定を考える。


「そんなに長居はしないんだし、飽和するくらいには卸してやりたいけど……

 どうしよ。明日は山にする?」

「そうですね。一度に沢山持って行っても困るでしょうし、遊びに行きましょう!」


 確かに、解体場の人たちは困ってたな。

 じゃあ、明日こそ山に行くか、とハイキングの予定を立てた。

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