第84話 旅行
レスタールとの同盟が成り切羽詰まった状態から抜けた今、俺は念願のユリと二人だけの時間を渇望していた。
てか、正直精神的に疲れた。ユリと遊びに行って癒されたい。
「てことで、ユリと旅行に行きたいんだけど駄目かな?」
手を組み祈りを捧げながら親父をじっと見詰める。
「旅行か。行き先はどこでもいいのか?」
「うーん……特には無いかな。景色の綺麗な所にある町に行ってぶらぶらしたい」
「確かに今を逃せばしばらく行けなくなるかもしれないな。
仕事を引き受けてくれるなら、一ヶ月程度の長期で行って来てもいいぞ」
一か月も!?
やったぁ、マジかよ!?
けど仕事ってなんだろう。
ニヤニヤと笑う親父を見て何やら不穏な空気を感じ「先ずは仕事内容をお願い」と説明を要求した。
「南部、最果ての町オルドから救援要請の文が届いててな。
レスタールの代官が帰ってしまっているからあそこは今空白なんだ。
一応メアリが行ってるんだが内容が水不足でな。水を運んで欲しい」
あ、なんだそれだけ?
叔母さんの所へ行くだけの簡単なお仕事じゃん!
「オッケー。それだけでいいの?」
「なんだ、他にもやってくれるのか。じゃあそうだな……」
「いやっ! 十分十分! 無理には考えなくていいよ!」
手を横に振りながら急ぎ親父の思考を止めれば「冗談だ。楽しんでこい」と笑って送り出してくれた。
その後、ユリにお許しが出たと伝えれば「準備してきます!」と駆け出していった。
どうやらこのまま出るつもりらしい。
まあ、それでも大丈夫だけどさ。
しかし、水は何処から持ってくるか……
井戸からそんな大量に取って平気か?
まあ、簡単に戻ってこれるし、川からでいいか。
普通に長期移動では飲み水とか料理とかにも使ってるし大丈夫だろ。
思考が纏まった後、ユリの家へと向かいミリスさんに許可を貰い、ユリと共に将軍の所へも許可を貰いに行った。
水不足の対応を親父に頼まれた事を伝えれば、普通に許してくれた。
ユリが将軍を見下し「私は遊びに行ってきますので、お父様は一人お仕事を頑張ってください」と言ってピューっと逃げていった。
執務の手が止まり、ほわほわとした顔を浮かべる熊、ではなく将軍。
優し過ぎるユリの攻撃に気分を良くしている将軍に一つ頭を下げて彼女の後を追いかけると出て直ぐの所に立っていた。
なんだか学院時代を思い出して少し笑いが漏れる。
そして準備が出来た俺たちは可愛い従魔に跨っていざ出発。
大喜びしたラクとふぅは俺たちを乗せ颯爽と南へ走った。
先ずは遠回りして川で水の確保。
収納魔法の中身を出して荷車を作り積み込む。
その後、ユリと川で遊びながらずっと収納の魔法陣を出して水を入れ続けていたのでかなり溜まった事だろう。
後は南部の町に行って放出すればいい。
ちょっと遊びすぎて入れすぎたかもだけど多い分には良いだろう。
さあ行くぞと二人で競争しながら道を進む。
出た時間が遅かったから直ぐに日が落ちたが夜も休憩を入れながら走った。
最寄町はそれほど遠くないので普通に着く筈だ。
と、町に着いて宿を取りお休みタイム。
つい流れる様に一部屋だけ取ってしまったが、ベットは二つあるから大丈夫だろう。そう思ってユリの顔を覗き込めば『まさか、そういう事なの!?』と言わんばかりにこちらを意識していた。
……違うけどそういう事にしてしまおうか。
そんな考えが過ぎるが外見が幼いというのも手を出して良いのだろうかと不安を誘う。
もっと大切にしたいという想いもある。
まあ、意識してるってのが俺の勘違いで手を出して嫌われる可能性というのが一番怖いのだが。
さて、どうしたものかと長考していたらユリは一人でベットに横になっていた。
あ、そうですよね。今は朝ですもんね。
勘違いですよね……
そうして俺ももう一つのベットに横になり目を閉じた。
夕刻目が覚めて観光を行い、発つと決めた次の日の朝。
今日で最南端の町に付けるだろう。
偶に出る魔物はユリがふぅに乗ったまま撃ち抜いてくれるので大変楽だ。
「めっちゃ上達したなぁ。大変だっただろ?」
「そ、そうでもありません! 魔物をひたすら撃っていたので!」
なにやら挙動不審になっているユリちゃん。
そんな彼女を見て思い出した。
「そういや、俺が死んだって聞いて相当おかしくなっていたらしいな」
「な、何のことですか? 知りません! ふぅちゃん全力でごぉ!」
突如ユリが叫んだ事で競争が再スタートする。
ちょっと言い方が悪かったな、と思いつつも「ラクもいけぇ!」と声を上げふぅの後を全力で追っていく。
暫くするとユリがふぅを止まらせて休憩に入る。
俺たちは食事を取りラクたちには魔力を与えた。俺の時はぶっ通しで走らせてしまったりしたが、ユリはある程度の時間で必ず止まる。
ラクに何やら申し訳ない気持ちになり、今度からはちゃんと考えようと心に決めた。
まあぶっ通したのは主にラズベルへとラクに乗ってきた時の一回だが。
あの時はラクも初めての外でめちゃくちゃ張り切っていたからな。
そうして休憩を終え再スタートすれば直ぐに目的地に着いた。
水不足なのは地面を見ればわかる。からっからだ。
雨が降らない地で見られるバリッバリに割れた地面である。
聞く所によると、ここは頻繁に水不足に悩まされる地なのだそうだ。直ぐ隣に山がありその向こうが海なのだそうだが、断崖絶壁だし魔物は強いしで海を利用するのは到底無理なのだそうだ。
まあ、海水じゃどっちにしても大変だけど。
ユリと二人、地面を見て「これはヤバいな」なんて話をしながら町へと入っていく。
小さい町だが、家の立つ間隔から見て人口密集率が高いので人は多そう。
しかしこの場合何処へ行ったらいいんだろう。
「ルイを育てた方が来ているんですよね?」
「ああ、うん。国からの要請だし領主邸に行けばいいのかな?」
「それで良いと思いますよ。けど、何処も閉まってて寂しいですね……」
彼女の言う通り、半分近い店がやっていない空気をかもし出していた。
人通りは少ないもののあるので、道を尋ねたりして漸く領主の館へと到着した。
しかし門番も誰も居ない。
致し方なしと勝手に入って庭を歩きお屋敷へ。
ドアノッカーをガンガン叩けば漸く人が出てきた。
「ル、ルイちゃん!? えっ、どうしてルイちゃんがこっちに?」
ユリが声色を変え小声で「ルイちゃん」とニヤついて挑戦的な顔で呟いている。
よぉし、後で覚えてろ。
「親父が水不足の件で持っていってくれってさ。何処で出せばいいの?」
「そう、助かるわ。どの程度運んできてくれたの?」
「えっ、どの程度って言われてもわからんけど……」
と首を傾げると「じゃあ車何台分」と聞き返された。
いやいや、魔法で持ってきたからと返しても首を傾げている。
そんな叔母さんにいいから水を貯めておける場所に案内してと背中を押して無理やり動かした。
「わかったから。とりあえず貯水槽を見せればいいのね?」
やって来たのはただの池だった。
底の方は地面が濡れているが水は無い。
「此処に出していいの?」
「ええ、持ってきたのは此処に出して頂戴。町の人も此処に取りに来るから」
じゃあ遠慮なくと収納魔法から水を出していけば手を止められた。
「ルイちゃん、まさか魔法で何とかしようと思ってたの!?
魔法で作った水は残らないのよ?」
叔母さんは「ああ、私たちが何も教えなかったから……」と嘆いている。
馬鹿にすんなよ!
こっちは現役ハンターだぞ!?
しっとるわ!
「はーい、メアリちゃんよくこの魔法陣見てみようか。これが水魔法かい?」
態と口調を変えて仕返しを試みる。
「ち、違うわね……けど、ちゃん付けはやめない?
ルイちゃんにそう言われるとなんかむずむずするの……」
「そのむずむず、俺もずっと我慢してきたよ。
子供じゃないんだからそろそろ俺の事は呼び捨ててよ」
「それは無理」と何やら意味がわからない拘りを発揮する叔母さん。
「じゃあ、ルイちゃんは私を呼び捨てに出来るの?」
「いや、出来るよ。メアリ!」
「キュン!」
「いや、キュンじゃねぇよ。やめろ、ユリが勘違いするだろ」
「しませんっ!」
あれ、コーネリアさんたちは駄目なのにメアリ叔母さんなら平気なの?
ああ、お年の方かな。まあ口には出さんけども。
何にせよ本題だと、これは物を運べる魔法で川の水を持ってきたと改めて伝える。
「凄い魔法ね……やっぱり思っていた通りルイちゃんは天才だわ!」
「この人は全く……平凡だ一般的だと言い続けた癖にぬけぬけと……」
「ううぅ……そう言えばハンター諦めてくれると思って……ごめんね?」
叱られた子供の様になってしまった叔母さんを「わかったよ。もういいから」と宥めて他には何処に水を出せば良いのかと尋ねた。
「まだ出せるの?」
「半分も出してない。この数倍は余裕であるよ」
そう応えれば、まだ水が残っている泉に出して欲しいと頼まれ、そちらに赴いた。
行ってみると木造の壁で囲まれている場所に付き、門に兵士が数人立っていた。
「通って良いかしら?」
「こ、これはアーベイン様! 勿論です。どうぞ!」
おお、流石は侯爵令嬢。生命線の泉にも顔パスだ。
「素敵な方ですね?」とユリが叔母さんを見ながら言う。
「いや、あの顔は作り物だ。俺も初めて見る」
「ちょっとルイちゃん!?」
キッと睨み付けるが、余りに似合わなくて笑ってしまう。
そんなやり取りをしながらも中に入ればこちらもほぼほぼ尽きかけていた。
さっさと出して自由になろうと大きな魔法陣から水を出していく。
滝なんて目じゃない音だ。ズゴゴゴと地面を振動させる程に凄い音を立てている。
兵士が驚いて入ってきたが、唖然として足を止めていた。
水が溢れるほど溜まったが、まだありそうだ。
「残りはどうしよう。ばら撒く?」
「駄目よ! 待って頂戴。そこの貴方、いいかしら?」
兵士を呼び寄せた叔母さんはもう此処は開放していいと告げた。
「しかしそれは……」と困惑を見せる兵士の前に立ち説明を行う。
「大丈夫ですよ。これは消えない水です。足りなければまた持ってきますから」
「そんな馬鹿な話があるか!
魔力で作った水は残らない。当たり前の事だぞ!」
「ここは子供の妄想でどうこうして良い場所ではないんだぞ!」と胸倉を掴む兵士。
おおう。相当キレている。確かに水は死活問題だからなぁ。
解放した後に水が消えてしまえば、本当に大勢の人が死ぬ以上簡単に信じられないのも仕方ない。
実際に入れるところを見せて納得させなきゃな、なんて思っていたらユリがいつの間にか魔装を纏っていた。
えっ、敵!? と周囲を見渡すが、囲いの中だ。俺たちしか居ない。
「ルイに仇なすなら殺します。その手を離しなさい!」
あれ……もしかしてこの兵士に言ってる?
待って待って、この人は町を守ろうと行動してるだけなんだから。
とユリを止めると叔母さんが前に出た。
「このお方は王子殿下です。非礼は許しませんよ。
事実を知った以上は次はありません」
兵士にそう告げると彼は困惑したまま手を離して固まり、直後全力で謝罪を始めた。
大丈夫だから、と止めさせてこの水は物を大量に運べる稀有な魔法で運んできたものだと実際に魔法を見せた。まあ、出した時に水浸しになるから水を出し入れしただけだがどうやらそれで納得してくれた様子。
そして彼の案内の元いくつかの枯れた井戸を回り水を出した。
数箇所回った所で持って来た水が終了した。
よし、仕事は終わったとお疲れ様と伝えて兵士たちを解散させ、雑談しながら町を散策する。
「ここってそんなに雨降らないの?」
「そうね。今年は酷すぎるけど元々少ないと聞くわ」
どうしてそんな場所に町作ったんだよ……
と聞けば、どうやら名君と謳われたオルドール王の孫が作った町らしい。
王の名前を貰って王子が作った町だから威信だなんだって後から引けなくなったのだそうだ。
アホらしい理由だった。
「どうにか海の水は使えないの? 浄水してさ」
「完全に山に囲まれてるからねぇ。山の魔物が強いってのは知ってる?」
知ってはいるが場所によって違うので「知ってるけど、ここはどのくらい?」と尋ねてみた。
「この山は上級兵士が四人居ればなんとか登れる程度だと聞いているわ」
しかし、その山の先は見渡す限り断崖絶壁、どうやっても降りられないほどらしい。それはミルドラドの中ほどまでずっと続いているのだとか。
「ちょっと見てきていい?」
「駄目よ! 危ないわ!」
いや、上級兵で行けるなら大丈夫だってば。と、俺は荷物から徽章を出した。
レスタール王から貰った聖騎士バッチだ。
「黙れ黙れぃ! この徽章が目に入らぬかぁぁぁ!」
「は、ははぁっ! てそれ、レスタールの聖騎士証よね。本物!?」
冗談で乗って見せた後、驚く叔母さんにドヤ顔を向ける。
「ルイ、行きたいなら私が守りますからね?」
「いや、だから大丈夫……ってユリは実際どのくらいまで行けるの?」
そうだ、俺は彼女の強さを未だに知らない。
戦場で戦わせるつもりは無いが、一緒にダンジョンくらいは行くだろうと聞いてみた。
「オルダムのであれば恐らく五十階層程度は。
こっちとは難易度が違いますのでざっとですが……」
うわぁ、やっぱり上級騎士くらいの強さはあるんだな……
そっか。場所によって全然違うらしいもんな。特にオルダムのは学生用だけあって一、二を争う程に低難易度だ。
だから基本は階層でどうこう言う事は無い。
兵士であれば下級、中級、上級、騎士、上級騎士、聖騎士と分けられる。
ハンターも上級までは強さも兵士とほぼ同様だが、騎士になることは無い。国に召し上げられた者が騎士と名乗るのだ。
それが嫌なハンターは騎士認定を受けないからハンターだから弱いとはならないが、騎士に憧れる者は多いので強者の絶対数は少ない。
人とは戦いたくなかったり誰かの下には入りたくなかったりと、そういうハンターも多少は居る感じだ。
しかし五十階層程度は、かぁ……流石ユリだな。
なるほど。
自信家では無いユリがカールスが雇った実力も知らない暗殺者を前に問題ありませんと言い切る訳だ。
「俺ももう五十階層近くまでは前衛でもソロで行けるし余裕だな」
「二人とも、本当にそんなに強いの……?」
叔母さんが凄いショックな顔をしている。
叔父さんとの模擬戦は知ってる筈だけど……
「そうじゃなきゃ戦争で最前線には出れないよ」
「そう……ルイのお陰で勝ったってのは全てが威信の為って訳じゃないのね」
えっ?
ああ、そうか。爆弾の事は秘密にさせてるから普通はそう思うか。
まあそこは嘘って思ってても良いけどね。
爆弾のお陰だし。
前世の知識に頼っただけでもうこれ以上作れって言われても難しいから。
俺でも作れる兵器なんてそうそう無いもの。
「んな事より、せっかくだからあの山の先を見に行かない?」
観光観光と気楽に言えばユリは「面白そうです!」とテンションを上げた。
流石に今日はもう良い時間なのでまた明日という話になり、領主の館へと戻った。
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