第83話 外交会談



 あれから毎日ユリと遊びまわっていた俺は、とうとう親父に呼び出しを喰らった。

 だがその内容は遊んでいた事へのお説教ではなかった。


「レスタールとの話し合いの日時がそろそろだ。

 今日にも出るが考えは纏まっているか?」


 今日発つのは聞いていたが俺も行くの?


「えっ、親父や公爵ほどの人が行くのに俺も必要なの?」


 そう尋ねたが、あっちから名指しでの指名が入っているそうだ。

 言い出したのは俺だし、来てくれって言われれば当然行くけども。

 どうせ殆ど聞いているだけだろうと了承の意を示した。


「基本は任せていいが、それだけは拙いと感じたら素直に言っていい」


 だから考えは纏めて置け、と言われ話が終わった。

 ユリも連れて行っていいみたいだから安心だと部屋に戻って聞いてみれば二つ返事で了承してくれた。

 

「よーし、王都への旅行だ。折角だから楽しもう」

「はいっ! えへへ、一緒に行けるなんて嬉しいです!」


 そうして彼女の家に行ったり、お店を回ったりと準備をして戻ったが全てが用意されていた。当たり前か、ユリの家に行くだけでよかったわ。

 まあ、収納に入っている分には邪魔にならないと、獣車に乗り込んだ。


 従魔は二匹でラクとふぅだ。喜ぶと思って俺が指名した。

 案の定、早く行きたそうにしている。

 逆に親父たちはそれを見て少し不安そうに見ていた。大丈夫かと。


 会議への出席メンバーは見知った面々だ。

 国王の親父、宰相ファストール公にアーベイン候と俺。

 勿論王のお出かけなので上級騎士が二十人体制で護衛についている。


「ルイ、ふぅちゃんが頑張って引いています! いい子です!」

「そうだな。ラクもよく頑張っている」


 と、我が子を応援する親の気持ちで二匹を褒め称える。

 ちゃんと聞こえている様で興奮してスピードを上げようとするのが玉に瑕だが。


「おい、速過ぎないか?」

「ラクぅ! 速いって!」

「ここから言っても駄目だろ。いや、速度を緩めたな……」

「ふぅちゃんも凄いんです! ちゃんと聞き分けてくれますよ!」


 何故か親父には物怖じしないユリがふぅの自慢を始める。

 俺たちが赤ちゃんから育てた従魔だと初めて知ったらしく、それほど懐かせるなんてやるなぁとユリの頭をガシガシと撫でていた。

 そんなこんなで皆で雑談しながらの旅は三日間続いた。


「しかし、ラクとふぅは速いなぁ。本当はもう一日かかるんだが……」


 町を出てからは好きにさせていたので気分次第で結構飛ばしていた。そのお陰で早く着いたらしい。親父が背伸びをしながらも褒めた。

 二匹も一杯走れて満足そうだ。

 褒めて欲しいと寄ってくるので俺とユリであやす。


「よーしよしよし、良く頑張ったぞぉ! えらいっ!」

「ふぅちゃん素敵でしたよぉ! 可愛い可愛い!」


 二人で撫で回していれば護衛の騎士に止められた。

 そろそろ中の方へと。


 ここは城ではなくお屋敷だ。非公式のものということなのだろうか。

 騎士たちにラクたちをお願いして俺たちも中へと入っていく。


 通された部屋には既にあちらの重鎮と王様が座っていた。


「レスタール王、お招きありがとう。

 ベルファスト王、ロイス・フォン・ベルファストだ。本日は宜しく頼みたい」

「うむ。良く参られた。先ずは皆、掛けられよ。その後にこちらも順に名乗るでな」


 親父が握手を交わすと、公爵たちも周囲の重鎮と握手を交わしたあと席についた。

 一人一人名乗り上げが終わり話は本題へと移り変わる。


「して本題じゃが、こちらでもルイ王子の提案を会議に掛け議論を交わした。

 そして結果は害多しとしてこのままでは受けられんと決が出た。

 しかし、このまま終わらすのも勿体無いという意見もあった」


 確かにそう言ってたもんな。

 話の場を設けてくれたんだから文句はないですよと俺は一つ頷く。

 その後レスタール王はそっちはどうだと問いかけた。


「こっちも一応話をする価値がある程度には纏まった。

 条約破りに憤慨する者も居たが、レスタール王の心遣いを話せば少しはなりを潜めた。

 しかし、やっぱりネックはリースの件か?」

「で、あるな。して、代案はあるのか?」


 いずれは戦争になるとわかっていても引き金は引けないか。

 俺の考えが甘すぎたんだな。


「そうさなぁ……逆にこっちがリースを守っても良いんだが、組んだとしても同盟が守られるのか、という不安が大きいんだ。リースをそちらでと願うのもそこだ。

 そこについてはどうだ。守られるという理由付けをできるか?」

「その、見返りは? 確かに帝国は両国の脅威。共に防衛するのはわしも望むところである。

 しかし現在戦争中なのはそちらのみ。

 何も無しでは王のわしでも国内を纏めることはできぬぞ?」


 親父は「まあ……そりゃ兵を出す貴族は納得しないわな」と頷き、ファストール公へと視線を送る。


「もし、ミルドラド北部全域となった場合も意見は変わりませぬか?

 我らで落とし、そちらに引き渡しますが……」

「やはり進軍を決めたか……

 ふむ、確かにそれであれば受け入れさせる材料にはなるな。どうだ?」


 と、レスタール王はマクドウェル宰相にボールをパスする。


「北部、ですか……

 不義理を働いてしまった事を考慮しても、僅かに釣り合いませんな。

 しかしそれほど思い切られたならばこちらも真剣に考えねばなりませぬ。

 北部ではなく、リース、ジェラール、ベントで如何ですかな?」


 そこは現在レスタールがミルドラドと面している国境線の町だ。

 そして割と豊かな土地。

 こちらの利益が渋い事になるのは間違いなかった。


「ふむ。それであれば、少しそちらに傾きましょう。

 帝国軍は完全に撤退した様子。兵もおらんでしょう。平定はそちらでお願いできませぬか?」

「ふむ……こちらでも帝国軍が居ないことも確認しておりますし、こちらの威を見せる手間も省けるところを考慮すればその程度なら妥当と言えば妥当ですかな。

 陛下、このまま詰めても構いませぬか?」

「うむ。しかしロイス王よ、良いのか?」


 レスタール王は少し意外そうな顔で問いかけた。


「ああ。ルイのお陰で色々目が覚めた。

 真剣に先を考えその程度までは妥協するべきだと既に話し合ってある」

「全く、うちの孫も優秀だがそっちのは規格外だのぉ」

「ああ、流石に俺も驚いてる。立派過ぎて大変だよ。ははは」


 そんなガチっぽく乾いた笑いを入れないで欲しい。

 俺は政治面では全然優秀じゃないのに。今なら戦闘では少し自信あるけど。


「私からすると遠い背中なんですがね……」


 と俺から訂正を入れれば「なるほど、大きく見せたの?」と笑うレスタール王。

 親父はこの野郎って顔で見返している。


「ルイ王子、その娘がどうしても守りたい人か?」

「はい……そうです」


 気恥ずかしいので流石にここでは聞かないで欲しかったが「そうか、良かったの」と微笑んでそのまま終わらせてくれたので「はい」と短く返した。

 ユリは何時も通り真っ赤になって髪で目を隠そうとしている。


 そんな雑談の間も、ファストール公とマクドウェル宰相の攻防戦は続いていた。

 あれをつけるからこれを付けろと。

 戦争とは全く関係ない、この場じゃなくても普通に通りそうな貿易関連の相互利益の話で盛り上がっている。

 そうして、色々な状況を想定しての話が終わり、お互いに持ち帰り会議に掛けるという結論に至った。

 新たに話し合ったことなので精査が必要らしくこの場で決められることでは無いそうだ。

 ただ、王同士が決めた事なので相当の理由が無い限りは通るそうだが。


 そうして無事に国家間の会談が終わり、ファストール公に内容の意図や相手の思惑などを教わりながら帰路に着いた。


 実は全て落とすとは言っていたが実際には厳しかったらしい。

 人数の面もだが、主に時間の面で。

 ミルドラド中央を押さえるのは問題ないが、帝国の動き次第では周辺を落とすのが精一杯だろうとの事。

 だから此方がかなり妥協した様に見えた話し合いだが、悪くない結果らしい。

 ファストール公はどうしてこの程度で受け入れたのか少し疑問に思うくらい大成功だと言う。

 ただ、こちらの援軍にはラズベル将軍と不死鳥部隊の他、軍の四割が参戦しなければいけないなど、援軍面でも制約を受けたそうだ。

 俺が伝えた話と兵の報告で、将軍の部隊が恐ろしく強い事を理解しての事だろう。


 後は、ベルファストと正式に交易が開かれる事となったのも大きな進展だ。

 今まで、ラズベルだった状態と変わらぬ取引を見逃されていたが、他国なのだから本来関税や制限が掛るのだ。お互いに、ではあるが。

 その話し合いである。

 関税もお互いに引き下げる事ができたので民に負担はかからんだろうと喜んでいた。

 昔よりも少し下がったのだとか。

 変に上げると景気が下がり税収が減るからそのくらいの方が良いのだそうだ。

 ただ、活発になり過ぎると必要な物が出て行き過ぎない様に監視するのが大変らしい。


 そんなこんなでユリと共にお勉強をしつつの三日間を過ごし、漸く帰宅となった。


 そして、もう一つの山場である持ち帰った内容を自国の会議で認めさせることだが、特に異論もなくすんなりと通った。

 憤っていた者たちも「それならば」と逆に感心していた。

 今度はあちらを目下の矢面に立たせたという面で、大絶賛だった。

 これならば、裏切られたらリースを見捨てて引けばいいと。

 約束が守られ続ければこのまま和解していくだろうと安堵の息を吐いた。


 親父もそれを望んでか「これより、条約破りの件をレスタールへと持ち出す事を禁じる。理由はわかるな?」と言い付けていた。

 ファストール公がこの程度で認めたのが意外と言っていたから恐らく条約破りの詫びという意味合いもあるのだろう。

 ほんの一部納得できない顔をしている者も居たが、帝国との開戦さえすれば信じてもいいのではとの声が割りと多く聞こえた。


「ふーん、ロイスも立派な王になったのね。いいわ。今回は私も飲み込む」


 ユノンさんが腕を組みながら親父に告げる。


「姉上はずっと時が止まっていてその時は居なかったのでしょう?」

「それでも知ったら腹が立つの!」

「ははは、ユノン姉上はお変わりなくてなにより……」


「何よその笑い方は!」とユノンさんが怒るが、親父は終始乾いた笑いを続けた。

 物凄い苦難の連続だった親父からしたら、ユノンさんの怒りは軽く見えるのだろう。


 しかし、彼女にはそんな事は関係ない。

 ギャーギャー言いながら「はっはっはぁ」笑う親父にずっと喰らい付いていた。


「全くユノンは……あらルイ様、今日はお一人なのですのね。どうですこの後……」


 何がどうですなのかはわからないが、危険なので逃げておこう。

「すみません。用事がありますので」と彼女を躱して退室する。


 こういう事になるなら会議室にユリの席を設けて貰うか?

 さすがにそれは私情を持ち込みすぎか……

 そんな葛藤を抱えながらもユリに相談してみたが「それはやめて置いた方が」と止められたので諦めた。


 しかしこれで帝国との戦争まで暇になった、と思っていいのだろうか……?

 もしそうなら二人で遠出とかもできるよな?


 これは是非とも親父殿に相談に行かなくては……と叶うかもわからない旅行の算段を二人で詰めていった。




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