第82話 王のカリスマ


 二日後、直ぐに全体会議が開かれ、その内容を伝えれば会議は荒れに荒れた。


「何故、今更あの最悪な裏切り者と組まねばならんのですか!」と。


 コーネリアさんもギロリと親父を睨み付ける。

 ユノンさんなんか「ふざけんじゃないわよ!」とガチ切れ状態だ。

 なんか親父に申し訳ない。言い出したの俺なのに。


 声高らかに反対する者の大半は戦争で前線に出なかった人たちだ。

 あの厳しさを本当の意味では知らない者たち。

 だが、戦場に出た者たちだって許せない思いは一緒の様子。

 不満が会議室に充満している状況だ。


「皆、気持ちはわかるが聞いてくれ!

 俺もルイから聞いて後から知ったことなんだが――――――――」


 とレスタールの影ながらの援助を皆に伝えていく。


「そういった事情からダールトンの様な外道じゃないと思い直させられた。

 当然、条約破りの件は許さんがそういきり立つのも違うと感じた。皆はどうだ?」


 先ずは意見を聞かせろ、と親父は一人一人言葉を交わしていく。

 当然、許せないという言葉ばかりが続くが、開戦前から駆け付けていた者や最前線に出た者ほど許せはしないが手は繋ぐべきだと賛同の意を示している。

 怒りを露にする者も親父の話を聞いてからは最初の爆発しそうな意気は収まっていた。


「皆、思い浮かべて欲しい。

 横に居る友、家で待つ家族、その存在を救う為でも曲げられぬほどの怒りか?

 俺は違うと感じた。だから友や家族を生かす為に手を繋げるなら繋ぐべきと考えた」


 親父は各々の意見を求める様に視線を回した。


「殿下のお力を持ってしても、帝国には勝てぬのですか……?」と文官貴族が問いかける。

 その言葉に珍しく険しい顔を見せたルーズベルト騎士団長が立ち上がった。


「貴様ぁ! 殿下は二度も胸を貫かれ、死にかけながらも戦って下さったのだぞ!

 それをまたやれと申すのか!! 恥を知れ恥を!!」

「そ、それは初耳でした。大変、申し訳なく……」


 将軍やコナー伯も彼を睨み付けている。

 これは良くないと止める為に手を上げて話しに混ざった。


「勝てる勝てないを知るのは重要ですからお気になさらず。

 ルーズベルトさんも心配してくれて有難う御座います。

 因みに、今回の立案は私です。無理を押して頼みました。

 配慮の欠けた願いだとはわかっていますが私の守りたい者の為、譲れませんでした。すみません」


 親父ばかりに押し付けられないと明かして頭を下げれば、聞いた事のある快活な笑い声が聴こえてくる。


「かっかっか! 殿下は謙虚過ぎていかん!

 俺と共に同じ泥に顔を付けられんのか、と言えば良いのです!

 このドーラ、陛下と殿下の願いなら笑って手を繋いで見せましょう!」


 彼は「流石にミルドラド以外ならですがな」と快活に笑って見せた。

 その声に「そうだ、陛下が我らの為に苦渋を舐めたというに……」と思い直す言葉が続く。

 俺に対しての言葉もあった。結構認められている様で嬉しい。


「皆には気苦労を掛けるが、こりゃ頭を下げに行く話しじゃねぇ。

 お互いの利が合えば対等な同盟を組んでやるって話だ。なぁ、ファストール?」

「ええ。勿論、大きく引くつもりは御座いませんぞ。

 しかし我らには力が足りない。先ずは存続が優先なのも事実。

 折り合いを付けてこちらにとって良い妥協点を引き出しましょう」


 ファストール公は国の宰相として、恐らく気を大きくさせ過ぎてはいけないとブレーキを踏んだのだろう。

 ある程度此方が妥協しても問題が起きないように。

 そんな配慮を感じながらも耳を傾けていれば、突如ファストール公爵は声を張り上げた。


「しかぁし!! その様な些事はどうでも良い!! 今会議の本題は此処からである!!

 皆の者、心せよ!! もう一つ重大な話が陛下からなされる!!」


 なんだなんだと視線を彷徨わせる諸侯。

 そこで親父がバンと机を叩いて立ち上がった。


「はっはっは! やっと楽しい話題が来たぜ!

 聞けぇ! 俺たちはこれより攻勢に転じる!

 もう奪われるだけの時代は終わりだ!

 王族が死に絶えた上で牙を向いたミルドラドは国ではなく、ただの賊だと認定する!

 よって、初代の意思には反せず、治める者の無い地を平定する事とした!!」


 拳を突き出しドヤぁと良い笑顔で決め顔をする親父。

 なるほど、これは確かにカリスマがある。

 そんな関心をしつつも、何で乗ってこないのと不安になり顔色を伺えば、皆驚愕の顔で固まっていた。


「なんだぁ? お前らこの期に及んでもミルドラドなんぞが怖いのかぁ?」


 ニヤリと煽る親父に『そんな訳あるかぁ』という顔を見せて大半が立ち上がった。


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお」」」」


 諸手を挙げての大絶賛だ。

 一応は酒の席で聞いていた将軍やアーベイン侯爵も本気で興奮していた。

 それはそうだろう。何時まで経っても守るだけだったのだから。

 殺人鬼どもが襲ってくるのにその元を断ってはいけないという掟があったのだ。

 それはご丁寧に、戴冠の時に誓いを立てる決まりとなっているそうだ。

 守れぬ者が王位を継ぐ事は許さぬとも付け加えて。

 建国の祖である偉大なる初代の言葉だったからこそ尚更に厄介だった。

 その枷を今親父は解き放った。

 上手い事ミルドラドだけには許される状況だと添えて。


「おう、気持ちはわかるぜ。俺も同じだからな。

 だが忘れるなよ。国取りなんて良いことばかりじゃねぇからな?」


「特に相手がミルドラドじゃな」と面倒そうな顔を見せた。

 首を傾げ親父を見上げる。

 確かに大変だけどミルドラド限定な理由は、と。


「あそこの国はな、民から何から腐ってんだよ。

 文化も違うのにそんな所を治めるのは尚更大変だ。

 ここ十数年あの国を内部から見て初代はベルファストを腐らせたくないから同じ国にしたくなかったんじゃねぇかって本気で思う程だ……」


 親父が苦い顔で言うと『もありなん』と心から納得している人たちも居た。


「しかし、それでも先のベルファストの平和に繋がるなら取ろうと思う。

 此処で国取りに動けば俺たちは生き残っても苦難の道だ。覚悟はあるか?」

「陛下、ミルドラドへの進軍、ずっと待ち望んでおりました。

 覚悟なんてもう要りません。信念として深く根付いて居ります故」


 将軍は殺気立った顔で言葉を返す。

 他の者たちもこれに関しては満場一致で賛成の様だ。

 だが、それに当たってもう一つ決めなければいけない事がある。


「ロイス陛下はどこからどこまで落とすお考えですか?」と俺の方から問いかけた。


「決まってるだろ。全部だ全部」と笑って返され、思わず「人、足りる?」と素で返してしまった。


「ぜーんぜん足りねぇな。だから、落としてうちのもんだって告げて放置する。

 先ずは負けたと全てに認識させる。考えるのはそれからにした」

「ええ。まずは陥落させ、簡単には動けない様にせねばなりません。

 民にはこちらの準備が整うまでは最低限しかしない替わりに今年の税の免除をすると伝えれば文句は差ほど出ないでしょう。

 群れて力を付ける前に治めねばならないという課題はどうしても残りますがな」


 まあ、殆ど何もしないならそれほど兵も金も要らないしね。

 領主の財産没収して再稼動時にそれを当てればいいだけだ。

 ただ、領主サイドが消えるという事は町の衛兵すらも機能しなくなるということ。

 いや、最低限ってのはそこも入っているのかな?


「勿論、完全に捨て置く訳じゃねぇが、百年以上侵略しようと攻めてきた国だ。

 少しくらい雑な扱いでも文句は言わせんさ。

 だが、うちの兵が腐っては困る。民への不当な暴行略奪の類はさせるなよ」

「ほっといてもしませんて。逆に泥棒に遭うのが落ちです」


 ルーズベルトさんの声に「ちげぇねぇ」と親父が返すと乾いた笑いが起こる。


 そうしてレスタールの同盟の件を含めても親父の評価が鰻上り状態で会議が終わった。

 皆の顔を見て、ファストール公が声を張り上げた理由を遅まきながらに理解した。

 感情の転換を図ったのだ。それに対して親父が綺麗に皆の心を纏めて見せた。


 俺が指揮していた時と大分違う。皆安心した表情だ。

 本当に助かるなぁ。頼りになる親父で。

 と、その想いを軽くぶつけてみた。


「ロイス陛下は凄いですね。俺の時は皆不安そうでした。

 王の威厳ってやつですかね。提案した俺すら引き込まれそうでした」

「ははっ、漸く父親らしい姿を見せられたってところか」


 ニシシと子供みたいに笑う親父を見て、母さんが好きになるのもわかるわ、と思った。


「色々学ばせて貰います。ユリシアにカッコいいって思って貰いたいんで」

「おう、頑張れ。俺もそうだったからな。

 ユーナに良い所見せたくて……懐かしいな」


 辛そうに目を細める親父を見て、俺にとってのユリを失っているのだと今更ながらに気がついた。


「その、俺は再婚とか賛成派なんで、自分の幸せも忘れないで下さいね?」

「あ? ああ……って、おい」


 放心した様な顔を見せる親父が俺の後ろを見て何か言った瞬間、後ろから抱きつかれた。

 またか!?

 コーネリアさんは全く……

 と思ったが違う人で唖然となった。


「ルイ殿下、ありがとうございます。母と呼んでくださって構いませんからね?」


 確かこの人は親父たちと一緒に居た……イブさんだっけ?

 しかし母と呼べって……

 ああ、親父の……もう既に居たのか。


「待て待て待て待て! 誰がいつ了承したよ!」

「ユーナが居なければ選んでいたと言ってくれました」

「いや、それまだ学生の頃の……てかお前、本気なのか……?」


 お?

 何やらまだ意思確認の状況らしい。


「イブさん、親父を幸せにしてくれるなら俺は応援します。後は当人で」

「流石ルイ殿下だわ!

 ユーナの子だから心配はしてなかったけど、完璧ね」


 あー私も子供欲しいなぁと猛アタックされている親父を置いて俺は会議室を出た。

 しかし国取りかぁ……ミルドラドってどのくらい兵が残ってるんだろ。


 おっと、そんな事を考える前に先ずはユリの所へ行こうっと!


 こうしてレスタール国との同盟を身内に認めさせる為に行われた会議は、大成功で終わりを告げた。

 親父のカッコいい姿も見れたし任せていいみたいだし良いこと尽くめだ。

 後はユリと遊ぶだけでいいなんて幸せ。

 今日はラクとふぅに乗ってお散歩にでも行こうかな。

 そんなルンルン気分でユリの待つ俺の自室へと戻った。




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