第81話 お義母様にご挨拶



 ベルファストへと戻った翌日、颯爽とユリの所へと行けば彼女は怒っていた。


「ずっと一緒に居るって約束したのに、三日も離れ離れでした!

 ルイは嘘吐きです! なんで離れる用事ばかり入れるのですか!」


「ごめん」と返しながらもユリが一緒に居たいと言外に言う所為で口がニマニマしてしまう。

 シャキッとしなければと表情を改めるが彼女の顔を見ているとつい緩んでいく。


「今日は、大丈夫なんですよね?」

「ああ。今日は軍議の召集をお願いした後は暇だな。

 ヒロキたちの所にでも遊びに行かないか?」


 実はまだあいつらはベルファストに滞在している。

 サユリさんがもう少しもう少しと父親の世話をしているのだそうだ。


「えっ、行きたいです!」とシュタっと立ち上がるユリシア。


 じゃあ、行こうかと手を繋ぎ部屋の外に出て、会議の招集をお願いしに行った。

 ファストール公には先日の話を少し進められそうなのでと言えば直ぐに了承してくれた。

 これで今日の予定は終わりなので遊びに行くことに。


「そう言えば、ユリってオルダム来る前はここに住んでたの?」

「はい。と言っても、あっちの建物ですけど」


 そう言って指した先はお城の外にある豪邸だった。

 そこがラズベル将軍家の本邸だそうだ。公爵家だけあって立派なものだ。


「その、いい加減ご挨拶に行かなきゃだよな……」

「えっ!? 来て、くれるのですか……?」


 そりゃ行くだろ。

 ユリもいつの間にかうちの親父に挨拶してたみたいだし。

 パーティーの時も『ほれ、またお義父様って呼んでもいいんだぞ』とからかわれていた。


「ご挨拶ってやっぱり予約入れてから行くもんだよな?」

「ルイならば要りませんよ。私も居るんですから」


 そわそわしながらも嬉しそうにしている彼女と兵舎へと向かい、サユリさんに居場所を聞こうと思ったら、丁度三人も居た。


「あっ、ユリちゃんじゃん! あらあらぁ、腕組んじゃって熱いなぁもう!」

「ち、ち、違います! あっ、そんなに違いません、でした……」


 おっ、真っ赤なのは変わらないが新鮮な反応だ、と頬が緩みまじまじと見詰める。


「やっと会えたんだな。良かったじゃんか」

「おう。ホント良かった。もう離さない。絶対にだ」

「うっわぁ……じゃあユリちゃんは王妃さまになるの?」


 首を横にぶんぶんと振るユリ。


「いいや、前も言ったけど俺王様になれって言われても困るって皆に言ってるから多分大丈夫」


 ふーんと納得する二人だが、オーウェン先生が訝しげな視線を向ける。


「ルイ、それは流石に無理だ。

 お前の戦果は聞いたがそこまでやったら普通は絶対に逃がさないぞ」


 オーウェン先生に問われ「大丈夫、逃げる術ならちゃんとあるから」と胸を張った。

 心配そうに見上げるユリに「逃げるときは付いてきてくれるよな?」と問えば笑顔で頷き明るい顔に戻ってくれた。


「んで、お前ら何時まで居る予定? 数ヶ月は居ても大丈夫だと思うけどさ」


 それは戦争の話かと先生に問われ頷く。


「決めちゃいねぇよ。うちの馬鹿な母ちゃんが駄々こねてるからな!」

「ふーん、ヒロキはお母さんとやろうってのね? まだ負けないわよ!」


 と割と本気のじゃれあいが始まる。

 アミが「あれ、ヒロキが押してる」と驚いた顔を見せていた。

 どうやら日常らしい。


「サユリ、加勢するか?」と問いかける先生。


「ばっ! お前それは卑怯だぞ!」


 一瞬で離れて俺を盾にするヒロキ。


「ほう、ルイを当てるか。良いだろう」

「良かねぇよ! 俺が死ぬわ!」


 と俺が叫べばユリとアミが笑う。


「そうだ、これ何時まで借りてて良いんだ?」


 ヒロキの見せた物は光魔法のレーザーガンだった。

 俺が初期に使っていた旧式の増幅率が低い方だが、一人一つ持って置けと渡しておいた物。


「ああ、あげるあげる。けど、それに頼りきりになるなよ。

 他の手段でもやれる場所で止めとかないと周りが死ぬぞ」


 ヒロキは多分大丈夫だ。こいつは俺たちのパーティーでユリの次に強かった。

 先生に扱かれてるならかなり強くなっているだろう。

 しかし、アミにヒロキが苦戦するレベルの敵が行ったら本当に拙い。


「ああ、それは親父にも口すっぱく言われてるから問題ない」

「お、親父……そっか、認めたんだな」

「まあな。厄介な母ちゃんをあれだけガチで守ろうとされちゃな……」


 ユリやアミとわいわいやっているサユリさんを見守っている先生はとても柔らかい表情をしていた。

 俺としてもこれで気を揉む必要は無くなったので一安心だ。


「それで、お前これからどうすんの」

「うーん。帝国をどうにかするまでは迂闊に離れられないしその対策かなぁ」


 とヒロキと話して居れば情勢の話に変わっていき、レスタールと手を繋げるかも知れないと話して居ればいつの間にか先生も話しに混ざってきていた。

 結局戦争の話に戻り帝国の戦力が予想以上だったことを伝える。


「帝国、マジでやばいよ。

 特殊な魔法を使ってくる上に先生クラスがごろごろ居る。

 マジで死ぬかと思ったもん。エリクサーが無ければ二回は死んでたね」


「ほう。どんな魔法を使う。聞かせろ」と先生も興味深々だ。


 ユリのトラウマを引き出さないか心配だったが、逆に俺の心配をめちゃくちゃしていてそれどころじゃなかった様子。

 瞬間移動かと思うくらい早く移動できる魔法を使ってくると伝え実際に見せてあげた。


「はっ!? なんでお前、使えるの!?」

「ふふふ、敵が使うの見て覚えた」

「うわぁ、反則くせぇぇ!」

「全くだ。秘術を持つ者の天敵だな」


 そう言いながらも二人は揃って肩を掴む。

 ヒロキが教えてくれるよな、と声を弾ませた。


「ああ、うん。いいよ。これは権利もクソも無いから書いて渡すよ」


 帝国の秘術だしとすらすらと書き込んで渡せば早速二人して習得に励んでいる。

 強化系は割と単純なのが多く、これも例外じゃないので簡単に覚えられるだろう。

 そこに集まってきたアミやユリ、サユリさんまでもが練習を始めた。


「ただ、その魔法は問題があるから気をつけてな。

 動体視力が上がらないから体の制御とか色々めっちゃ大変になるんだ」


 そして、暫くすると「ルイ、お腹すいた」とヒロキが言い出して兵舎の前でバーベキューを始めたら人が集まってきた。

 兵士たちにも恐竜肉を振る舞い、わいわいと過ごす。


 そして、じゃあまたなと日が落ち始めた頃に別れ、帰路に着く。

 その途中「うち、寄っていきますか?」と期待する視線を向けられた。


「じゃあお言葉に甘えて、いいかな?」


「はい! 勿論っ!」と腕を組みながらも飛び跳ねるように引っ張るユリに付いて行く。


 招かれて入ってみれば、家の中はとても静かだった。

 公爵家だし、お城みたいに使用人がぞろぞろ居る光景を想像していたが、そんな事は無いみたいだ。

 遠くから「ユリシアなのぉ?」と声が聞こえる。


「はい! ただいま帰りました! ルイも一緒です!」


 その直後、バタバタバタバタとけたたましい音が響いた。

 強化を使っていたから完全に音を聞き取ってしまった。


 暫くするとこつこつとお淑やかでありながらいそいそと降りてくるユリのお母さん。


「突然すみません、本日はご挨拶にと――――――――」


 と、出来るだけ礼儀正しくしようと姿勢を正しながら言ったのだが、その途中、ユリの母親は土下座を始めた。


「うちの人が飛んだご無礼を! 申し訳、ございませんでしたぁぁ!」


 さぁぁっと血の気が引いていく。

 何故、昨日からこうなるのか……いや、昨日のはただの苛めだけど……


「その話はとうに終わっておりますから!

 将軍からの謝罪も受け取っております!

 ですからお顔を上げてください!」


 ほら、ユリからも、と彼女を見れば「少しくらい怒ってくれてもいいのに」と顔を背けている。

 無茶言うな!

 将軍相手ならまだしもお義母様には無理だっての!


 ユリのお母さんの手を取り立ち上がって貰い、再び挨拶に来た旨を伝える。


「本当にユリシアでよろしいんですの?

 この子は引っ込み思案で親から見ても心配で心配で……」

「そんな事はありません! オルダムに行って私は変わりました!」


 ぷくっと膨れるユリ。オロオロとするユリのお母さん。

 初めて彼女の家へお邪魔した俺には難易度が高すぎる状況だった。


「いえ、ユリシアさんはとても優しく魅力的な女性です。

 心から大切にしたいと思っております」

「まぁ……なんと勿体無いお言葉……

 ユリシア、ルイ殿下の言う事を良く聞くのよ!?」

「お母様、私がルイの言う事を聞かなかったことなどありません!」


 一杯あるがな……

 いや、何でもかんでも全てを聞かれても困るから良いんだが。


「あら、嫌だわ私ったら……名乗りが遅れて申し訳御座いません。

 改めまして、ランドルフの妻、ミリス・ラズベルと申します」

「これはご丁寧に。ルイ・フォン・ベルファストと申します。

 若輩者で至らぬ点も御座いますが、どうかよろしくお願い致します」


 それから、彼女の小さな頃の話を聞きながらゆったりとした時間を過ごした。

 終始ユリは違う違うと怒っていたが、割と良い空気で過ごせたと思う。

 ユリの弟君も紹介して貰い、夕食まで頂いてその後にお暇した。


 家の中が静かだったのは本来は使用人が居るそうだが、こんな時だからと暫く前からお城へと殆ど全て出しているのだそうだ。

 だが、料理人は残っていたらしく、夕飯はかなり美味しかった。

 ミリスさんにも娘をよろしくお願いしますと言って貰えたので親公認の仲になれた。

 俺と一緒にお城に戻ろうとしたユリは、はしたないと叱り付けられていてそれに意を唱える事が出来なかった俺は彼女と別れお城へ。


 その後、俺は親父の所へ行って話があると時間を貰った。


「なんだ、ユリシアの嬢ちゃんとの婚約の話か?」

「ああ、うん。それもお願いしたいけど、戦争の方。

 勝手で悪いんだけど色々動いてきた。その報告かな」


「そうか」と一つ頷くと視線で続きを促したので、レスタールでやってきた事を話した。

 一応こちらの意思決定さえ纏めれば話し合いの場は用意してもらえる状況になったと。


「ちょっと待て。お前、敵に国の技術を勝手に垂れ流してきたのか?」


 いや、敵って……

 てか出したのは全部俺の物だよ。

 俺の懐から出した物にそう言われるのは流石にちょっと心外なんだが。


「出したのは俺が奈落から持ってきた物だけだよ?」

「なんでそこまで裏切ったレスタールに肩入れする」


 とてもご立腹の様子だ。

 確かに勝手に動いたし怒る気持ちもわかるんだけど、ちゃんと理由があるんだってば……


「別にレスタール側に付いたとかじゃないよ?

 変な方向に考えないで話を聞いて欲しい。

 まず、奈落素材の国外への持ち出しを許してくれたのはレスタール王なんだ。

 それ以前にも俺がユリを守りたいって意を酌んでラズベルから参戦できる様にと、今で言うベルファスト南部の領主に据えようとか、ただの平民時代に良くしてくれていたんだよ。

 ベルファスト返還を決めた後で未だにオルダムのダンジョンの素材をベルファストに半分持っていく許可を出し続けてくれてるのに、独占する訳にはいかないじゃん」


「マジか……」と意外な顔をみせる親父。

 ああ、よかった。話はちゃんと聞いてくれるみたいだ。

 確かにベルファストの国益に反してる行為とも言えるからな。

 兵器関連はちゃんと伏せてるし、状況が状況だから友好面も考えれば俺は反してないと思うけど。


 何にせよ、親父がちゃんと話を聞いてくれる人で安心した。


「マジマジ。コーネリアさんたちも自由に動ける様にしてくれてたよ。

 だからこそ謁見前からアーベイン侯爵と会えたりしてた訳だし。

 レスタールの王様は自分の権威を落とす訳にはいかない今の状況でできる事はやってくれているよ。親父も手を貸して貰ったんでしょ?」


「しかしな……本来、返すだけじゃなく多大な賠償金を払って頭を下げる側の奴だぞ」と親父は葛藤している。


「いや、うん。そこは怒るのも当然。行く行くは責任も取らせるべきだと思う。

 でもさ、今はその感情に流されちゃダメな時じゃん?」


 帝国にはレスタールをぶつけた直後でも勝てないというのが親父の見解だ。

 負けたら死ぬんだからレスタールを敵認定して手を組むという方向性をこの時点で捨てちゃうのはダメだ。


「む……そうか。

 ルイはまた自分の財産を出してベルファストを守る為に動いてくれていたのか。

 これで俺が駄々を捏ねたらただの馬鹿だな……

 ああ、確かに情勢を踏まえれば敵と定めるのは間違っていた。

 よくよく考えれば、自国が落とされるかの瀬戸際ならうちでも条約破りを辞さないのだから、国を想えば小突く程度で終わらせるべきだな。

 流石にまだ怒りは抜けんが、ちょっとダールトンと混同して考えていたかもしれん……」


 今のベルファストには他国は全て敵って空気が流れている。

 親父やファストール公もそうだったから気疲れするとわかっているのに強引に動いて、少しでも心象を良くなるようにと頑張ってきたんだ。

 ここに関しては感情に流されるべきじゃないのは馬鹿な俺でもわかるくらい明確だ。


 確かに信用ならないから組む価値が無いと思ってしまうのも仕方ないと思うが、リースを受け持たせレスタールと帝国の開戦が成ればその限りでは無い。

 防衛が成る可能性を鑑みれば試さない手は無い筈だ。


 でも、こんなに普通に話を聞いてくれるなら最初から話し合っておくべきだったな。


「うん。だから今回は俺が率先して動くべきだと思ったんだ。

 手を繋げないか模索する方向で動いて欲しい。力を貸して……頼む親父!」


 拝むように手を合わせ、全力で頭を下げた。

 同盟が成らないと本当に危うい。

 ミルドラドへの侵攻を進めて国土が増えたとしてもすぐに強くなる訳じゃない。

 俺が守りたい人たちの生存に大きく関わる話だ。


「初めてのルイの頼みか……まあ、色々難しい話だがやってみるに越した事はねぇな。

 やるだけはやってみるが纏まらん可能性も考えて置けよ?」

「ありがとう。

 うちの皆も怒ってるし、相当国に利がある状況に収まらなければこっちも許容できないもんね……難しいのはわかってる。

 でも今は話し合って妥協点が無いか考えてみて欲しいんだ」


 流石にこちらが無理をして折れ過ぎても駄目だろう。

 条約を破られた後で遜っては許容できないほどに下に見られてしまう。

 そんな一時しのぎの関係はよろしくない。続かないし逆に関係悪化の元になる。

 ある程度はお互いの利を追求し妥協点を探り合わないと健全な関係は望めない。

 親父も公爵も感情に呑まれた状況じゃなければ俺よりも断然深い考えで動けるだろう。親父が怒りを飲み込んでくれたなら後はお任せすれば問題無さそうだ。


「おう。ギリギリの条件を引っ張れるよう頑張ってみるわ」

「うん。ありがとう親父」


 良かった。親父と仲違いとか変な状況にならなくて……

 最後は和気藹々と話を収められた事に安堵しつつ話し合いはお開きとなった。


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