第79話 お爺ちゃんの講義
着いた先は応接室。
俺も使った事がある部屋だ。
ルーズベルトさんに連れて来られたのも此処だった。
「祝勝会の只中すみませぬ。皆がベルファストに多大な功を残す中、取り残された思いもありましてな。私も何か国の為にと願っていたところでして」
「なるほど。宰相閣下にお話を聞いて頂けるなら私も心強いです」
ユリシアを隣に座らせて、先ほどの話の続きを話す。
「閣下は先ほどの案で非現実的な個所は何処だと思いますか?」
「閣下はお止めくだされ、私の事はファストールと。
しかし、そうですなぁ……ベルファスト貴族が納得しない所もそうですが、レスタール側も受ける理由が薄過ぎます。
普通、領土割譲など何があってもしないものですから、仮に我が国との信頼関係が成り立っていたとしても怪しまれます。
今回の件に当てはめますと、戦争中進路を塞ぐは敵対行為となるので帝国と戦争はできないと断られるでしょう。
防衛の形としてはとても良いのですが、もし成るとすればレスタールが帝国との開戦を決めてからでしょうな」
そう言って彼は茶を口にする。
うーん、互いに利があれば良いと思ってたけど、そっかぁ。
「どうしたら良いですかねぇ……
やっぱりミルドラドの南部を完全に放置するべき、ですか?」
「そうですなぁ。面倒ごとが沢山起こるでしょうが、どうしても足りませぬ」
そう、ミルドラド全土を治めるには人が足りないのだ。
俺もレスタールに無償であげたいなんて思っている訳では無い。
うちで管理できないならリース周辺をレスタールが持つ方が実利が互いにあるという話しだ。
「しかし安心しました。
どちらも思考した上でそちらの利が上と判断したのですな」
うん。ミルドラド南部を捨ててうちでリースを守る方向も一応は考えた。
色々厳しいとすぐ却下したが……
「ざっと、ですけどね。帝国を押さえつけるにはとずっと考えていまして、どうあってもレスタールに頼らざるを得ないという結論にしか至らないのですよ……」
巻き込みたくはないんだけどねぇ。
こっちが落ちればあっちもなんだからそこは仕方が無い。
「陛下も十五年前にその結論に至り、ラズベルと成った訳ですしな。
帝国ではなく、ミルドラド相手でしたが」
「簡単に想像が付きますよ。数の暴力に抗うのは厳しいですから……」
連れてきてしまったユリに「大丈夫、暇じゃない?」と問いかければ「全然大丈夫です。カッコいいですよルイ」と微笑まれた。
ほう、カッコいいとな……じゃあ話を続けようか!!
「ミルドラドを攻める段階で提案してみるのは悪くないかもしれませんな。ほぼほぼミルドラドは力を失っていますので、此方は南部と中央を、そちらは北部を取らないかと。
受ける可能性は極小ですが、手を繋ぐつもりがあると早い段階から知らせておくのは悪くありません」
「なるほど。しかし乗ってこない場合、帝国に侵攻を諦めさせる算段が……」
そう、そこがメインだ。
もし帝国に敗れたらと考えると恐ろしい。
もう絶対にユリを危険な目に遭わせないと決めている。もうあんな姿を見るのは死んでも御免だ。
だから何かしら追い込まれた時の保険をいくつか用意しておかねばならない。
「焦ってはいけませんぞ。帝国も直ぐには動けません。兵を集める段になってからでも暫くは掛るでしょう。今回は二月三月程度では動けませぬ」
圧政を敷いているのだから動かせそうな気もするけどな。
ダールトンですらあれだけ短縮させたんだし。
「ほほほ、今回のダールトンと同様に動けるのではと思っている様ですな。
しかし、あやつはもし勝ったとしてもほぼほぼ終わる運命にあったのですぞ。
それほどに大儀無い性急さに反感を買い過ぎていた」
「帝国が後ろに付いていても、ですか?」と勝てば官軍という言葉が頭に過ぎり問いかけた。
「ええ。確かに帝国の後ろ盾があれば兵を挙げての攻撃は出来ないでしょう。
しかし、闇討ち毒殺何でも御座れですからな。あの国は……
帝国に移住すれば少しは生き長らえたでしょうが、安定させないままに離れればダールトンでの実権を失う。そうなれば末路は変わりません」
ミルドラドや帝国で実権を失った者は悉く奪われ追い落とされるのが常ですから、とファストール公は続けた。
ああ、そうか。この話の場合勝者は帝国だもんな。どう見ても。
王家を殺され良いように使われた愚かな奴としかならないか。
そう考えると王と自領地の兵を失った領主たちは絶対に許さないよな。
「ですから、ゆっくりと腰を据えてですぞ。焦ると碌な事がありません」
確かに。だけど、数ヶ月なんてあっという間だからやっぱり……
と長考に耽っていれば再び公爵が声を上げる。
「先ずは内部の説得から、ですな。
それをしながらレスタールを陥れる算段を考えませんと」
うん?
陥れるつもりなんてないけど……?
「その、レスタールとは友好的に手を繋ぐべきだと思っているのですが……?」
「後にそうなれば、とは思いますが先ずは帝国を押し付けねば立ち行きませぬ。
それが殿下のお考えでは?」
いやいやいや、そうなんだけど前提が違うから!
二十年、三十年先の脅威を考えればここで帝国の侵攻を止めなければお互いに生き残れない。単独ではお互い難しいのだから手を繋ぎましょうという話だと説明した。
もし陥れるような算段で動けば、それこそ話が成り立たなくなると説得を試みる。
「しかしそれではうちが健在なままにレスタールが帝国と戦を始めるなど早々起こり得ません。
先ずは何をしてでも巻き込まねばならんでしょう。でなければ此度の様に切り捨てて逃げるのが落ちですぞ」
それは……そうとも言えるんだけど。
もし帝国との戦争がうちの謀だったとバレた場合、関係はぶち壊れる。そうなったら信頼も何もないだろう。
でも言っている通り戦争なんて誰もしたくないんだから何処かしらで巻き込まなければいけない。
それはわかるのだが、陥れるという考え方で進まないで欲しい。
「いえ、前提の話です。後を思えばお互い手を組まねばならぬ時。
それを理解して貰う事ができればきっと……」
「殿下、ベルファストの全権を委ねるという決断ですら通用しなかった相手。それは不可能です」
確かにレスタールはもっと早い段階でミルドラドを止めるべきだった。
ラズベル時代はレスタールの領土なのだから不信感は当然わかる。
だからこそ俺も落ち度のあるレスタール側に国境線を持って貰いたいと考えた。
最低限そこはやって貰わないとうちの皆も納得できないだろう。
それが成れば誰がどう言っても俺が新型爆弾持って落としてくるくらいはするから同盟相手として必要だと思わせることはできるだろうし。
うーん……どうしよう。
困ったなと考え込んでいればユリが裾を引いた。
「ルイ、レスタールへはもう意向を伝えたのですか?」
「いや、まだだけど……ってそうか! 先に此方の算段を全部伝えれば良い。
話くらいは聞いてくれるだろ。先ずは相手と話し合わなきゃ駄目だよな!」
流石ユリと頭を撫でる。
「殿下! なりません!
追い込まれた時と平和な今では、相手にとっての重さが天と地ほど違うのです!」
「いや、ファストール公はどちらにしても乗ってこないと言ったじゃないですか。
こちらにはいつでも手を繋ぐ準備があるという話をして置くのはありなのでしょう?」
さっき早い段階で手を繋ぐつもりがあると言っておくのはありだって言ったじゃん。
「む、全て話すと申されておりましたがそちらは?」
「そりゃ、全てですよ。全うに手を繋ぎたい。その為に互いの妥協点を探したい、と先ほどの草案を出して議論を交わせばいい。
仮に物別れに終わっても、完全に終わらせず必要となればまたという状況にしておけば」
「それはこの段階では踏み込み過ぎです!
ベルファストが潰れようが知らん、リースなどいらん、と言われ警戒された場合ぶつける事ができなくなります! 同盟の芽が潰れるのですぞ!?」
ああ、陥れるつもりだったファストール公からしたらそうなるか。
騙す前にこちらの意向を明かすなと。
「その時は……単独で戦うしかありませんね。
そもそも、そんな相手と共闘しても背中を預けられないでしょう?」
「殿下は清廉過ぎる。外交とは騙し合いの場。どこもやっていることですぞ」
「うーん。でも今回に限っては真っ当にいけるピースが揃ってると思うんです。
だからギリギリまでは誠実に努力したいんですよ。そこまで生きられないなら強引な手法も辞さないけど、まだその時じゃないと思ってます」
うん。油断はダメだけど、もう次で確実に終わる状態って訳じゃない。
時間がある今、新兵器を数用意できるから当分は大丈夫。
あれはまだ使ってないから対策を取られるまではまず大丈夫な筈。
ああ、それを伝えてなかったな。
「今回戦争で使わずに終えた新兵器を使えば、後一度は高確率で大打撃を与えた上で追い返せますからね。これはコナー伯やアーベイン侯爵の見解でもそうです。
俺が慌ててる様を見せてしまったから勘違いさせてしまいましたかね」
まあ、それ一つで今後の侵略を諦めるかわからないから不安なんだけど。
種が割れてれば対応はそう難しくない。
魔力量がある程度ある奴なら全力で魔装シェルターでも作れば、爆心地でも無い限り防げてしまう。
だからこそ、俺は諦めさせる為の同盟が必要だと考えた。
この世界でも総戦力で何万の兵数というのは一番わかり易い指標なのだ。
再び戦っても勝てる見込みが立っているという事実に「何ですと!?」と目を剥く公爵。
「そう、でしたか……それであれば少し話が変わってきます。
ベルファストの勝利が二度続けば奇跡などとは思われない。
レスタールと同等の戦力だと思われれば組めば帝国にも勝てると踏むでしょうから同盟の内容次第で多少は現実味が帯びます……」
ファストール公はそのまま続けた。
どうやら今回の戦いは異常過ぎて事情があったが故の嘘、と捉えられてしまうだろうと言う。
実は帝国と裏で密約を交わしていて出来レースだったとか、そもそも戦い事態が無かったが格好を付けたとか。
流石にレスタール中央には事実を知る為の目が張り巡らされているだろうが、いくら王様とて貴族の感情も蔑ろにはできないのだそうだ。
幾らなんでも帝国兵を含めた二万を、レスタールから切り離されたラズベルが打ち倒せる筈が無い。そうして脳内処理されたベルファストの評価は弱小国のまま。
そんな状態でベルファストを庇う形での同盟関係などを結べば強い不信を招くのだとか。
しかし、もう一度追い返せれば本物だと認識せざるを得ない。
漸くその時小さくとも強国として初めて認識されるだろうと言う。
そして、強国と認められれば同盟にも大きな価値が生まれる。
「それでも陥れる算段でいきたいところですが、使える時間が更に延びたなら将来を鑑み正道路線で進むのもいいかもしれませんな」
レスタールと帝国を争わせる方が確度が高いのですが、と彼は続けた。
「じゃあ、とりあえず俺が話をして来ますよ。他にも用事がありますし」
「何を仰います! 殿下がレスタール城へ行くなどなりません!
殿下がそんな危険を冒すなどあってはなりませぬ!」
む、その程度も駄目か。
まあ、駄目って言われても勝手に行くけども。
「えーと、そこは親父と相談します」
「是非そうして下され」
そうして俺は談話室から出て、ユリと共に部屋へと戻った。
「あの……ルイ殿下……」
「はっ? いや、何でいきなり殿下?」
「なんか王子様だなって思って……」
キラキラした目で見上げている姿は可愛いが、少し距離を感じて嫌だ。
この想いをわかって貰う為に逆バージョンの呼び方をしてやろう。
「それなら俺は今度からユリシア嬢って呼ぶぞ」
「はいっ、ルイ殿下っ!」
えっ、何故受け入れる!
あ、ユリにとってはこっちは普通なのか。
「……やっぱりユリって呼びたいし、呼び捨てて欲しい。駄目?」
「うふふ、二人きりの時だけですよ?」
あれ、遊ばれてる?
そんな釈然としない思いを抱えたまま睡眠を取る直前まで二人で話し続けた。
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