第78話 戦勝パーティー



 付いて行けば煌びやかなパーティー会場へと入った。

 立食パーティー会場。隅には音楽家たちが綺麗な音色を奏でている。

 知っている人間は半数以下。ご夫人は一切知らないのでそれも当然だ。

 戦争に関わらない文官の人たちもほぼほぼ知らない。


 そんな状況下だからか、めちゃくちゃ緊張している。

 まあ、一番の原因はユリシアの前で恥を掻きたくないという理由だが。


 そんな思いを抱え前に出て行けば「おお、何て凛々しいお姿だ」「殿下、ご立派ですぞ」などと知っている人たちが正装姿を見てからかってくる。

 確かに今までは平民の格好だったからな。

 大分格好が変わったのは自覚している。


「うふふ、ルイが皆から褒められています。凄く気分が良いです」

「いや、俺は普通でいいんだけどね?」


 と返したが「これでいいんです!」と聞く耳を持ってくれない。

 そんな中、執事の格好の人に「陛下がお待ちです。こちらへ」と二階へと案内された。

 そこには親父や姫様方、将軍だけじゃなく侯爵や見た事ない人も数人居た。


「ルイ、お前の席だ。ユリシアの嬢ちゃんも隣に座っとけ」


 似合ってるじゃねぇかと背中を叩かれながらも着席して、知らない人たちを紹介して貰った。


「お初にお目に掛ります、救国の英雄、ルイ王太子殿下。

 私はヴィンデル・フォン・ファストールと申します」


 俺も名乗りを返せば、親父が代々宰相を勤めてくれている公爵家だと説明してくれた。

 親父が城に戻れない中、多方面で支えてくれていた人らしい。

 家名を初代国王から賜った由緒正しきベルファスト貴族なのだとか。

 そして何より、母さんの実家だった。

 要するに俺のお爺ちゃんだ。

 母さんが魔石を吸収し過ぎたという自らの行いの所為で硬化症に掛った事を謝罪された。

 予想外の謝罪に困惑を隠せなかったが、とても素敵な最高の母でしたと返せば「そうですか……そうですか……」と噛みしめながら繰り返していた。


 二つの公爵家、ラズベル家とファストール家が主に継承権を返上した王子、王女の受け皿になっているのだとか。

 と言っても、形式的に名前だけ入れる場合が多いらしいが。

 ちなみに、養子として入っても公爵家の当主の座に着くことは出来ない。王子が公爵家に入って実子と争いにならないのと疑問を投げたら教えてくれた。

 悲しいことにベルファストには王家直轄地は王都しかない。町もここを除けば三つしかない。もし領主になりたいなら相手の了承の元、他の貴族に婿入りすることになるそうだが、基本は王子に遠慮させるらしい。


 なるほど。謹んで遠慮します。


 そうして他に初体面の侯爵からご婦人まで紹介を受けながら雑談を交わした。

 その流れでどうしても気になっていた事を尋ねてみた。


「ねぇ、何でベルファストってミルドラドの領地を取らないの?

 ここまでされたなら奪って力を削いだ方が良くない?」


 そう、もう百年単位で侵略戦争を続けているのがミルドラドなのだ。

 こちらからは一切仕掛けていないというのに。

 無限に攻められ続けるなら落としてしまった方がいいと思うんだけど……

 ミルドラド兵が激減した今なら一つ二つ落とせるでしょ。


「いや、初代王フォンデール様がお決めになった事でな。

 うちは侵略戦争をしてはいけないという掟があるんだ。

 まあ、俺もいい加減破ろうと思っているがな……」


 親父がそう言った事で、将軍を筆頭に皆、腰を浮かす。


「では!! やるのですなっ!?」

「ああ。ルイの言う通りだ。

 ここまでされたらもう潰して俺たちが治めるしかねぇだろ」


 将軍たちは好戦的に笑うがご婦人たちは心配そうだ。


「大丈夫ですよ。今のミルドラドは蛻の殻の筈です。帝国が出てこない限り心配は要りません。まあ、帝国が出てきて奪うだろうから先に取ってしまおうって話でもあるのですが……」


 そう。絶対にそうなる。

 聞いた話じゃミルドラド王家は帝国の奴らに殺されているのだそうだから。

 既に入り込んでいるとは思うので色々面倒な状況ではあるのだが、敵がこのベルファストに来る前に止められるのは凄いメリットだ。

 というより、ミルドラド最北の町まで取れれば、帝国を確実にそこで止められる。

 越えられない山脈があり、この半島への入り口はミルドラドとレスタールの最北端の町、その二つのどちらかを通らない限り来られないのだ。

 まあ、それを学んだのは戦争の会議の時。

 つい先日の事だけども。


「ねぇ親父……いや、国王陛下、もしミルドラド全土を落とせたらリースと周辺の町をレスタールにくれてやる事は出来ませんか?」

「あ? 待て……なんでレスタールなんかにくれてやるんだ?」


 納得がいかない顔をしている親父に構想を話す。


「あそこが塞がれば帝国軍が入って来れないからですよ。

 脅しを掛ける様な国ですから、軍の通行なんて許せないでしょう。

 多分そうなったら帝国はレスタールにも仕掛ける筈。

 その時にレスタールと同盟を結べば良いとは思いませんか。

 今度はこちらが援軍側で」


 どっちにしてもレスタールと帝国が組んだら終わりだ。

 今回の総力戦でわかったけど、やっぱり数の差はそう簡単にはどうにかならない。

 ミルドラドが弱すぎた事と、偶々地形の条件が一致して事が上手く運んだだけだ。

 地雷の存在が知られた以上、次も同じ手でいけると思っていたら足元を軽く掬われて終わるだろう。

 この戦の中でさえ、北から攻めて回避しようとされてしまったのだから。


 ベルファストとの同盟が必要だと思わせる為にも、出来るだけ早い段階で二カ国には決定的な仲違いをして貰いたい。

 その一手として国境をレスタールで染めるのは割りと良い手だと思う。

 謀ばかりの最悪な国でミルドラド王族を手にかけたばかり。そんな帝国の事を調べてるレスタール王がどちらと手を繋ぐかは明らかだ。

 これが成功すればレスタールにも利がある。

 周辺国を舐め腐っている帝国と争いになるのは時間の問題だ。

 そんな国と接している国境線は短ければ短いほど良い。

 今ではミルドラドのどこからでも好きに入ってこれてしまう状態。それがたった町二つ分だけを警戒すればいいというなら、厳重な警戒網が引けるだろう。

 国土拡大、防衛線の縮小、うちとの同盟。その三つがあれば受けてくれる可能性は高いと思う。

 ベルファストとミルドラドを手中に収めようとしていたんだから、レスタールも危ないと思う筈だしな。

 オルダム子爵も帝国に危機を感じていてこのまま戦えば負けそうって見解だったもの。


「レスタールを経由しなければ帝国軍が此方に来れない状態にするってのは理解できるが、何故そこで援軍を送るんだ? 帝国とレスタールが戦争を始めればうちは安泰だろ」

「何を言ってるのですか……帝国兵の強さ、身をもって知りましたよね?

 レスタールが落ちたら次はこっちですよ。

 ロイス陛下であればレスタールを飲み込んだ後の帝国になら勝てると?」


 真剣に問いかければ「いや、無理だな」と素直に認めた。

 良かった。ここで勝てるなんて言われたらどうしようかと思ったよ。

 帝国の資料は見たけど、ミルドラドとは規模が違うもの。


「策は何でも構いません。

 最低限レスタールとは仲違いしない事。出来れば同盟を組む。

 それが我が国が生き残る唯一の道だと思います」

「はっはっは、聞いていた通りルイ殿下は本当に頼りがいがある。

 親子揃って英雄とは、ベルファスト王家は流石勇者の血筋と言ったところでしょうか」


 そう言って笑うファストール公爵は「ですが、今は戦勝を祝う時、ご婦人が困ってしまっていますぞ」と言いながらも「後でゆっくり聞かせて頂きたい」と続けた。

 確かに皆唖然としてしまっていた。

 折角勝利を祝っていたのに滅ぶ可能性を示唆されては喜べないよな。

 でも、公爵の後で話そうと言った時の目はマジだった。

 うん。この話は後にしよう。


 気を取り直して将軍が大活躍した様をコミカルにそして大々的に伝え場は大いに盛り上がった。

 そしてネタにされ続けたお返しか、将軍も俺の話を誇張しまくって話し始めた。

 親父はどちらの話も大爆笑しながら聞いていた。

 その親父の喜ぶ声に人が寄ってきて、輪がある程度広がると「此処は狭いな。下に行くか」と階段を降りて会場の方で戦いの話をして盛り上がった。


 俺とユリはその輪から外れ、飲み物を注いで一息ついた。

 主に親父が中心だ。皆親父の帰還を喜び少しでも言葉を交わしたいと頑張っている様子だった。

 親父が居てくれて助かるぅーなんて思いながらの一息。

 多分、帰って来てなかったら全部俺に来ただろうからな。


「ふぅ。空気壊した責任は何とか取れたかな……」

「やはり気にしておられましたか。よくある事ですからお気になさらず。

 お国の存続は何よりも優先される大事ですから」


 いつの間にか隣に居た将軍がフォローを入れてくれた。

 一応援護ってことだったのかな? あの誇張は……


「ありがとうございます。責任が重すぎたからですかね。

 この状況から抜け出さなきゃという思考が中々抜けませんで」

「そうですなぁ……私も十五年。ずっと抜け出したいと思っておりました。

 悪循環に嵌り、成せたことは殆どありませんでしたが……」


「しかし」と彼は表情を改め笑みを作る。


「私は殿下のお陰で漸くその輪から抜け出せました。

 これほど心が軽いのはいつ振りかと思う程に……」

「後はこの子に許して貰えれば完璧、ですか?」


 少し冗談を混ぜて見れば、彼は少し苦い顔で「そうですな」と笑った。


「どうして……どうしてルイはこんな人とそんなに仲が良いのですか……私と引き離そうとしたのに」


 悲しそうに俺を睨む彼女に言葉を先に返したのは将軍だった。


「全てはお前の為だ……仲違いしたらお前が悲しむと殿下が思って下さったからだ」

「えーと、はい。ユリは優しいから結局後になって気にしますからね」


 むぅぅと唸るユリは葛藤の末「わかりました! ルイが私の為と言うなら償う猶予だけはあげます! まだ許してはいませんからね!!」とつーんとしながらも将軍に告げた。


 その時、後ろから誰かに抱き付かれた。 


 えっ!?

 なんだなんだ、と振り返れば、赤い顔をしたコーネリアさんだった。


「ルイさまぁ……どうして私の元へ来て下さらないんですのぉ?」

「コーネリア様、酔ってます?」


 確かにこの世界、十五を過ぎていればお酒を飲んでも許される。

 しかし、子供が飲むものじゃないとされているのは変わらない。


「悪いんですの!? どうせ私は年増ですよぉぉ!!」

「言ってませんて……」


 そう返しながらも助けてと将軍に視線を向けるが、彼はもう既に居なかった。逃げやがった。

 マジで助けて欲しかった。ここだけは……

 だってユリちゃんがむくれているんだもの。


「ふーん。その子がルイの想い人ってわけ!?」

「えっ!? はい。まあ……」


 ユノンさんの声に肯定の意を返せばユリが「えっ、ええっ!?」と慌てている。

 いや、もう十分伝えたでしょうが。まあそこも良いんだけど。


「ふーん……いいわ。別れろだなんてことは言わない。

 貴方、王族に嫁ぐのだから一夫多妻は認める派よね?

 何人まで認める派? ねぇ、どうなの?」


 ユノンさんはユリに威圧を掛けながら色々とおかしなことを問いかけている。

 ユリは俺を見上げ、涙目になっていた。


「ユノンさん、ユリがどちらにしても俺が認めない派なのでお断りします」

「なんでよ!! 責任、取りなさいよ!!」

「そーれす、ルイさまは責任取ってわらしと結婚するんれしゅ!」


 ぐぬっ、何て厄介な酔っ払いどもだ……

 いや、ユノンさんは酔ってるのか?

 厄介さはどちらにしても変わらないけど。だって注目の的だもの。

 二階でそのまま大人しくしててくれればよかったのに。


 まだ正式に公表はしていないものの、家々を回り参戦の説得をしたのだから彼女たちの事を全員知っている。俺よりも余程周知されていることだろう。

 それに四十越えている人間ばかりの空間。

 つまりは彼らのお姫様って言ったらこの二人なのだ。


 そんな子が王子に抱きついて騒いで居れば注目の的になるのは必然だった。

 これは拙い。非常に拙い。早期解決が必要だ。

 だってユリが『私もう要らない子なんだ』という空気を出し泣きそうになっているもの。

 早く誤解を解かねばと、強引にコーネリアさんの拘束から抜け出し、ユリを抱き上げて会場から抜け出した。


 ふぅ、とユリを抱き上げながら息を吐いて廊下を歩く。

 ああ、暖かくて柔らかくて、もう天使かなと愛らしいユリを見詰めるが、もういいですと何やら怒っている様子。


「どうしたの……怒ってる?」

「怒ってません! 責任、取って上げたらいいんじゃないですか!

 どなたかも存じ上げませんが!!」

「いや、あの人たち、俺の叔母さんだからね。真に受けちゃ駄目だよ?」


 実際には本気だとは思うが、そういう相手としては有り得ない存在なのでそう説明した。

 しかし、案の定ユリは困惑している。

 俺のおばさんってなんでしょう……俺の……おばさん? と呟き続けていた。


「親父の姉だってさ」

「えっ!? その、失礼ですが幾らなんでもお年の方が……」

「そこには色々理由があるんだけど本当の話だよ。親父も認めたもの」


 少し釈然としないながらも全てを説明する前からユリは信じてくれた。

 嬉しくなってことの全容を説明したら、再び怒り出した。

 何故だ。解せん。


「裸を見た責任、取って上げたらいいんじゃないですか!?」

「いや、だからただの医療行為だってば。きっぱり断ったでしょ。

 俺にはここにもう将来を誓った相手が居るの!」


 ユリの口元が堪え切れないと言わんばかりにニマっと動く。

 こいつ、わかって言わせてやがるな。

 いや、言わせるのは良いが騙すんじゃねぇよ!

 内心めっちゃびびってるんだからね!?

 何かちょっかいを出したいが抱き上げている為、手が塞がっていてできない。

 まあいいか。ユリが笑ってくれたし。


 さてどうしようか、と会場から出て直ぐの所で立ち止まっていたら、後ろから声を掛けられた。


「殿下、もうパーティーはよろしいので?」

「ええ、十分楽しみました」


 振り返ればファストール公爵が居た。


「では、これから先ほどのお話はいかがですかな?」


 丁度良く暇なところにお誘いを受けて彼の後を付いて行った。

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