第77話 夢じゃないよ?



 ノックに返事が無くまだ寝ているのかな、とガチャリと戸を開けて中を覗き込めばちゃんと彼女は居てくれた。

 しっかりと目覚めている。出会った頃の様なぼさぼさな頭をして。


 いや、パーマを掛けてしまったから髪だけ見ればより酷い事になっていた。

 だが、愛らしい顔が表に出ているので百二十点から二十点引いて百点満点だ。

 そんな事を思いながらまだベットに居る彼女の隣に腰をかけた。


「よ、よぉ。ゆっくり寝れたみたいだな?」

「あれ……ルイがまだ居る。ああ、そっか……私も天に召されたのですね」


 寝ぼけて死んだと思っている彼女の頬に手を当て「だからごめんて」と謝罪を入れる。

 ここ数日、勝つ為にと考えるばかりでユリの事が抜け落ちていた。最優先なのに。

 レスタールへ情報収集へ行ったから無事なんて考えのまま思考が止まっていた。

 開戦したら参戦するに決まっているのに。

 俺は本当に馬鹿だ。


「ルイ、そんな泣きそうな顔しないでください……いいんです。幸せな夢も見れましたから。

 でも、おかしいですね。ルイが居るから天国の筈なのに普通のお家みたいな所です」


 あれ……本気で死後の世界だと思ってる?

 てかお城の中だし、どっちにしても普通のお家じゃないかな……


 と、溢れそうな涙を拭いながらユリの頬を少し抓ってみる。


「いひゃいれふっ!」

「おおう、ごめんごめん。でも夢じゃないよ?」


 愛らしい顔で小首を傾げるユリシアを思わず抱きしめたくなるが、我慢して状況を説明する。

 主に、ユリシアと離れる事になってしまった奈落に落ちた日の出来事から。

 そしてユリが死んだと勘違いしたままになった原因に行き当たる。


「へっ……お父様の……嘘?」

「いや、嘘って言うか、隠し事?」


 そう、説明するに当たって避けて通れないのが将軍の行いである。

 手紙を送って貰ったり家を訪ねたりしたが、情報を止められてしまったことなど、今までの経緯をゆっくりと説明した。


「はい? では、私は……何の為に……は、ははは……」

「えーと、今では一応丸く収まってはいるんだけどね……?」


 笑顔で居て欲しくて機嫌直してよと頭を撫で撫でする。

 こうすればユリはジト目を向けながらも仕方ないなと笑ってくれる筈だと。

 だが、そうはならなかった。

 ゴゴゴゴゴと魔力の渦を纏い、強い殺気を放っている。


「でもほら、今なら認めてくれるだろ。その……俺たちの事……」


 そう、先々結婚するとなった時、家族が祝福してくれる状況まで持ってこれたんじゃないかという意味合いを込めて控えめに口にする。

 これが当初からの目的だ。

 ご家族からも祝福して貰う為にと爵位を願ったり色々してきた。


 その為に俺、頑張ったんだよ。


 なんて恩着せがましくて口には出せないが心の中で告げる。

 ピクリと反応したユリは素の顔に戻りこちらを向いた。


「私たちの事……ですか?」

「うん。男女のお付き合いする事、とか?」

「へっ!? だ、男女!? な、ななな! 何をいきなりっ!」


 あれ……もしかして、覚えていらっしゃらない?

 俺の決死の覚悟で挑んだ告白を?


「その、したいんですか?」


 真っ赤な顔で恐る恐る尋ねるユリ。


「いや、待て待て!」と止めれば今度は落ち込んで「そうですよね、私とでは釣り合いませんよね……あは、あは、あは」と話を聞かないモードに入ってしまう。


 じれったくなり「もう、付き合ってるだろ!!」と強く言った。


「そう、なのですか?」

「覚えてないのか? ほら、思い出せ、昨日の事だぞ。森の中で!」


 あの思い出は忘れないで欲しい。

 ずっと共有していきたいと乙女の様だとわかっていながらも粘ってみた。


「昨日……ロイス様をお助けしようとし、失敗して撃ち漏らした敵に……腕を飛ばされ、何度も、何度も、切り裂かれて……」


 青い顔で自らの肩を抱くユリ。その彼女を見てやっちまったと後悔した。

 死のトラウマを思い出させてどうすんだよ馬鹿!

 その後、震えがぴたりと止み「えへえへ」と笑い声を漏らす。


 えっ……?

 何故ここで笑うの!?

 これマジでヤバイくね?

 マズイ! トラウマでおかしくなったのか!?


 そう思って不安になり近づいたのだが、次の一言で力が抜けてズルリと布団に倒れ込んだ。


「でも、その後幸せな夢の中で……きゃー、これはルイには言えません!!」


 俺がずっこけて布団にダイブしたのも気付かずに両手で顔を隠すユリ。


「……それ夢じゃないから! どんな事があったか当ててやろうか?」

「そうやって聞き出そうとしても駄目です! だから言えませんって!」


 嬉しそうに嫌々と首を振るユリシアさん。

 いや、まあ、覚えてくれていて気持ちも変わってないならいいか。

 とんでもなく可愛いし。


「さて、ユリも俺も何とか生き残れたからには、これからどうするか、だな」


 ビクンと反応して不安そうに見上げる彼女。


「言っておくが、もう離さないからな。ずっと一緒だぞ」

「えっ!? いいのですか!?」


 驚くユリに「何で駄目だと思うの」と逆に聞き返した。


「だってルイは王子様……ハッ! そうですよ! ルイは王子様、なんですよ!?」

「ああ、うん。少し前に聞いた。

 けど俺、王位どころか王族やる気も無いんだよねぇ……」


 平民として生きてきた俺にいきなりそんな事言われても無理じゃん?

 と自身の想いを明かしつつもユリシアはこの先どうなって欲しいと率直に尋ねた。


「わかりません。ですが……王子様のルイ、すっごく素敵です!!」

「え……マジ? んじゃぁ王子くらいなら、やっちゃおっかなぁ……」


 後ろ頭を掻きながらも手のひらをクルリと返してみたが、やっぱりゆっくりと時間を使える立場で二人で自由に暮らしていく方が魅力的じゃないか、と提案する。


「どこか景色が綺麗な所に家を建てて、二人で自由に暮らしたくない?」

「ふ、ふたりで! 暮らす!? ま、まだ早いです!!」


 そっか、行く行くはって感じでいいか。

 それは確かに……

 

 そう話している所にノックの音が響き、ユリが言葉を返せばメイドさん数人が入ってきた。


「ルイ殿下、そろそろお召し替えの時間となりますので……」


 名残惜しいが仕方ないとユリの元を離れようとしたら、手を握られた。


「は、離れるの、怖いです。居なくならないでぇ……」と涙目で見上げるユリシア。


 っ!? そんな愛らしい事言われたら叶えるしかないだろ!!


 彼女の手を握り「着替え中は後ろ向いてるから……衝立も用意するし。駄目?」とメイドさんたちに問うが「えっ、それはちょっと……」とユリが否定した。


 えっ、なんで?


 じゃあどうしろっての……

 とユリにジト目を向けたが、メイドさんから言葉が返る。


「いけません。それ以前に殿下を呼びに来たのですから」


 なんで俺、と首を傾げれば戦勝パーティーが始まるので正装に着替えて欲しいとメイドさんが言う。


「はっ? 俺はいいよ。普通の格好で」


 そう返したのだが「ルイの正装! 見たいです!」と手のひらを転がしたユリが手を離した。

 くっ……こいつめ……

 だがユリが見たいと言うなら、と俺はメイドさんたちにドナドナされていった。


 そして何やら豪華な部屋に通されて「失礼します」と俺の服に手をかけるメイド。


 いきなりの事に驚いて「ちょ、なんで?」と少し体を引けば「えっ、その、お着替えをして頂かねばなりませんので……」と困った顔を見せる彼女。

 なるほど。立場的に着替えさせて貰うのが普通か……

 けど、それを思い出したところで知らない人に服脱がされるとか普通に嫌だわ。

 いや上着くらいなら別にいいけども。


「あ、俺元々平民なのでビックリしただけですから。

 着替えは自分で。用意と着方だけお願いします」


 そう伝えれば「畏まりました」と納得した様子を見せ普通に服を広げて教えてくれた。

 ただ、着た後のチェックだけはさせて欲しいと言うので、お願いしますと返して部屋を出て貰った。

 テキパキと着替え、チェックして貰えば、問題なかった様で直ぐにユリシアの元へ戻ろうとしたのだが、部屋の前にメイドさんが立っていた。


「ユリシア様はお色直し中ですので……」


「あ、はい。待ちます」と俺も壁に背を向けて共に立つと何やらメイドさんたちが慌てている。


「で、殿下がその様に使用人の様な真似をされては……!」


 邪魔にならないようにと思ったのだが、逆にそれは駄目らしい。

「そこまで気にしなくていいんじゃない?」と言ってみたが「いけません!」と声を揃えて返された。

 そうしてわちゃわちゃしていれば、戸が少しだけ開き、ちょこんと愛らしい顔が姿を見せた。


「ルイ、その……また、髪をお願いできませんか?」


 入ってみれば、髪のまとめ方に悪戦苦闘していた様子。

 綺麗なドレスを着ていて十分可愛らしいが、確かに髪型を整えればもっと良くなるだろう。

 ならばと道具を作り出し一度濡らした後、櫛を通して整え「今度はどうする?」と尋ねた。

 そう、前回巻いたのは物珍しい感じを出して注目を集める為だ。ユリが好む髪型ではない。


「その……ルイの好きにしていいですよ。信じていますから」


 ほう……好きにしていいとな。

 じっと顔を近づけて、ユリシアに似合いそうな髪形を脳内で照らし合わせていく。

 やばい、何しても絶対可愛い。と候補が多すぎて迷ったが、イメージが変わる髪型にしたいとハイポジションのツインテールにする事にした。

 綺麗に整え、前髪も少し短めにカットして整え、ツインテールにすれば驚くほど愛らしい美幼女が誕生した。

 うん。童顔で百四十ちょっとしかないから幼い髪型しちゃうと見方に寄っては幼女だね。

 しかし女性って凄いなぁ、ちょっと弄るだけで変わり過ぎだろ。

 そんな感想を持ちながらもキチっと整えればメイドさんに大絶賛された。

 だが、鏡を見たユリシアがぷくっと頬を膨らませる。


「何で大人っぽくしてくれなかったんですか? 信じてたのに……」


 えっ、そこを期待してたの!?

 言ってよ!


「わかった。めちゃくちゃ可愛いけど次は綺麗さを意識する!

 もう一度、もう一度チャンスをくれ!」

「……駄目です。勿体無いのでこれはこれでいいです」


 嬉しそうにもじもじと髪を弄るユリシア。


 どっちだよぉ!!


 そんな甘えモード全開のユリシアと並んで歩くと彼女は俺の腕に抱きついた。

 何これ、めっちゃ付き合ってるっぽい!

 そう思って浮かれていたが、外から続々と入ってくる獣車から出て来る男女は皆同じようにしていた。

 ああ、ただのエスコートのあれかと少し肘を立て、格好を真似した。

 特に気落ちはしていない。彼女がこうしてくれているのが嬉しいのだから。


 その時、将軍と通路の角ですれ違い、彼は足を止めた。


「おお、殿下! こちらに居られましたか!

 ――っ!? ユリシア! 何だその愛らしい姿は!?」


 ふふふ、そうでしょう、そうでしょう!

 と一歩引いて親娘のやり取りを眺めようとしたが、彼女が怒っている様を見て思い出した。そう言えば彼女に全て伝えてしまったのだったと。


 そう思った瞬間、ユリの体がすっとブレた。


 あれ、と視線を正面に戻せばドン、と鈍い衝撃音と共に将軍は一瞬で体をくの字に曲げていて、ユリがアッパーに近いボディブローの体勢になっていた。


 将軍の体が宙に浮く。


 魔力が可視化されるほどに激情を高ぶらせたユリは体がブレて見えてしまうほどに黒い炎を身に纏っていた。


「かはっ!!」


 二メートルほど浮き上がった後、地に転がる寸前に頭を蹴り上げ将軍は空中でぐるぐると回る。

 無防備に頭から床に落ちたが、彼は口から血を垂らしながらもむくりと起き上がり、申し訳なさそうな顔でユリを見上げる。

 そんな父親の様を見ても彼女は殴りつけた拳をもみもみしながら殺気立った顔で威圧している。 


「ユ、ユリ、あの時は身分が釣り合わなかったからさ……?」

「それと安否を隠す事は繋がりません。ルイは黙っていて下さい……」


 認めて貰えそうなのに今更仲違いするのはユリ自身も後々困ってしまうのではないかと仲裁に入ろうとしたのだが、彼女は本気で怒っていた。

 静かに怒っている。これはどうしようもないガチのやつだ。

 まあ、そりゃ怒るよな……

 うん、ユリがどうしても許せないならいいや。

 後の事は後で一緒に考えればいい。


「ユリシア! 聞いてく――――ぶはっ!!」


 床に尻餅を付いたまま話し合いを試みようとした将軍の顔面に、膝が入るとそのまま後ろに数メートル吹き飛ばされた。


 うわぁ、鼻に入った。これは痛い。

 その直後将軍が土下座を慣行したことでユリは動きを止めた。


「ユリシア……すまなかった。これからは殿下との仲を応援する。

 結婚できるように手を尽くそう。すまなかった! 許してくれ!!」


 冷淡な表情が一転、一瞬でいつもの愛らしい瞳へと変わる。


「け、けけけ結婚!? そんな事は申しておりません!!

 もう知りません! 最低です! だいっきらいです! 口も聞きたくありません!」


 おおう。膝から崩れ落ちた。

 将軍の悲壮感がやばい……殴られた時よりも数倍効いてる。


 ユリは自分の命を懸けてしまうほどに家族が好きな子だ。

 後から悩むのは目に見えている。けど、止める気にはなれないんだよなぁ。


「ええと、今は興奮しているだけで時間が経てばきっと……」

「いえ、自分のした行いの結果ですので…………」


 慌てていたユリは再び気を取り直し、心底冷たい顔で将軍を見下した。

 気持ちはわかるが見ているこっちはハラハラしてしまう。


 そんな膝を付いたままの彼の後ろから綺麗なご婦人が現れる。


「あなた! こんな所で何をしているのみっともない!」


 彼は悟られない様に血を拭うと立ち上がり何事もなかったかのように振る舞う。


「おおう。そうだった。殿下、ご案内致します。どうぞこちらへ……」


 えっ、あなたって事は……ユリのお母さん?


 と視線を向ければ、ユリに「今までどこに行っていたの!! ずっと心配してたのですからね!?」とお叱りの声を上げている。

 ユリはその声に真っ直ぐ視線を返し「この人が信じられない行いをした所為です。お母様もグルなら許しませんからね」と殺気立っていた。


 おおう、もう間違いない。ユリのママさんだ。

 やばっ、挨拶しなきゃ!!


「あ、あの……初めまして、ルイと申します!

 ユリシアさんとは清いお付き合いをさせて頂いております!」

「えっ、ユリシアとお付き合い!?

 ユリシア、どういう事なの!? お母さん聞いていないわよ!」


 あっ、そう言えばユリ、忘れているんだった……

 俺めっちゃ恥ずかしいやつじゃん!


 そう思って彼女を見れば真っ赤な顔で、もじもじしていた。


「ミリス、このお方は陛下の御子、ルイ殿下だ。そのだな……失礼の無い様に」

「えっ、殿下ってどうして……だってロイス陛下は……」


 あれ……もしかして俺の事すら何も話していないのか?

 親父の事は昨日の事だからわかるにしても……


「すまん。開戦から一度も話す時間を取れていなかったな。

 全ては此処で発表される。その後、全て話す」

「国家って……殿下がいらっしゃるという事は……まさかお国が……?」

「ああ、念願のだ。お前には気苦労を掛けた。パーティー後でゆっくりと話そう」


「はいぃ、はいぃ……」と目尻に溜まる涙をハンカチで押さえて肘を立てる将軍にエスコートされていくユリのお母さん。


 俺も真似をして肘を立てると、ユリも母親の真似をしたのか先ほどとは違い控えめに手をかけた。

 そして俺たちは二人の後を付いていく。


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