第76話 人質


 ユリを抱き占めながら口付けの余韻に浸っていたのだが、それを途切れさせる声が響いた。


「その……だな、そろそろ良いか?」

「良くないけど……何ですか?」


 ずっとユリを抱きしめてこの幸せに浸っていたい……

 と周囲を見渡せばここが戦場な事を思い出した。

 明日、再び命がけの戦いになることや、救助を必要としている人が沢山いることとかが頭を過ぎる。

 ハッとして気持ちを切り替えた。

 これからはいつでも一緒だ。今はこの先も一緒にいる為に働かねばとユリをだっこして立ち上がる。


「色々疑問はあるが、その前にどうしても聞かなきゃならない事がある。

 お前……ルイ、で良いんだよな?」

「ええ、それは俺の名前ですけど?」

「そうか……生きていてくれたのか……俺はロイス、お前の父親だ」


 はっ!?

 いや、死んだって聞いたけど?


「ああ、わかった。

 ベルファストが再誕したから成りすましが出たんですね?」


 そんな慈愛の目を向けたって色んな人から死んだって聞いてるからな?


「で、殿下……ロイス陛下です。本物です。生きていらしたんですよ!」と、ドーラ子爵が耳打ちで教えてくれた。


 あれ……ああ、そりゃそうか。

 皆顔見知りなのに成り済ませる筈ないわ。頭おかしくなってんな。

 今も恐怖で体が硬直した時に起こる断続的な変な震えが残ってるし。

 正直今はユリのこと以外は考えたくない。

 でも戦争の只中だ。そういう訳にもいかない。

 今度こそユリを守る為に。


 ならば戦場に出て来たこの人とは連携を取らなきゃならない。


 でも、こういう時、何て言っていいのか。

 俺的に情なんてものは関わりの果てに出来るもので今の所は何とも思ってないのが実情なんだよな。

 まあ、でも逆に言えば情は無いけど好印象はあるし、息子っぽくしとくか。


「会えて嬉しいよ親父。母さんが惚気まくるほどの大英雄みたいだし」

「ユーナが、俺のことを……そう、言ってくれてたのか?」

「うん。うざいほど。でも、ずっと言おうと思ってた事があるんだ」


 彼は「なんだ、怖いな……」とどういう顔して良いかわからないって感じの顔でおどけた。


「俺と母さんを守ってくれてありがとう。

 それだけは伝えられるなら伝えたいって思ってたんだ。

 生きていてくれて嬉しい」


 あれ、なんで俺今は必要ない言葉を口走ってんだ?

 何とも思ってないと思ってたんだけどな。

 でもなんか、素直に素の心で思ってたみたいだ。口に出せて良かったと感じてる。


「そうか……そうかっ!! ああ!! 頑張った甲斐があったなぁっ!!」


 泣きながら声を震わせて笑っている。

 何て返して良いかわからず黙っていればガシガシと頭を撫でられた。


 やるならもう少し優しくやってくれよ。

 てか俺はこんな時に何やってんだ。色々とおかしいだろ。

 そうだ。思い出してしまったからには言わなければ。


「やる事は一杯だから浸っても居られない。

 明日北から五千の帝国兵が攻めてくる。策は二つ用意したけど、どっちも確実性は無い。いや、その前に救助活動を急がなきゃ。行こう!」


「マジか……」と深刻な顔を見せる親父。


 うん。わかるよ。

 帝国五千、めっちゃ脅威だよね。

 あのクソイケメン馬鹿みたいに強かったし。

 だからこそ今は己の馬鹿さ加減に目をつむってでも平静さを保たなきゃ。


「うん。やんなるよね……

 でも今は動かなきゃ。まだ助けられる命があるかもしれないし」


 うん。遅くなっちゃったけど今からでもやらなきゃ。


「そうだった……色んなことが起こりすぎて頭がパンクしそうだ」

「はは、わかる。俺、もうパンクしてるもの……」


 本当にパンクしてる。

 気が狂いそうな悲しみと怒りから幸せの絶頂までのジェットコースターも真っ青な絶叫ものだったから。

 今ですら頭がぼーっとして上手く思考が回らない。


「なら、ユリシア連れ帰って休んでてもいいんだぞ?」


 流石にそれはできないと首を横に振った。


 そして俺はユリシアを抱きかかえたまま走り出す。


 もう離さない。


 遅きに失した愚かすぎる自分を許せないが、それでも彼女の命を繋ぎ止められた。

 遅過ぎだが、馬鹿過ぎだが、ユリが生きて腕の中に居てくれている。


 もう、俺は間違わない。


 ユリの命を脅かす者は何をしてでも全て殺す。

 そう決意を新たにし森の中を駆けた。





 その後、戦場を回って見れば全てが終わっていた。

 俺が殲滅を助けた場所の帝国兵が最後だったらしい。


 諸々の後始末を終えて場所が久しぶりにベルファスト城に移された。

 会う人会う人が親父の生還を泣いて喜んでいる。

 特に喜んだのはコーネリアさんとユノンさん。

 親父は終始困惑し続けていたが、事情を知り話し合う事でゆっくりと落ち着きを取り戻していった。


 その後、周囲がある程度落ち着きを見せると場所を移し叔父さん叔母さんが呼び出され、これまでの経緯を聞いた後、めっちゃお叱りを受けた。

 何故危険な状況をそのままで放置した、何故近くに居ながらユーナの病気に気が付いてやれなかった、とめっちゃキレていた。


 しかしその言葉には異論がある。


 俺が反対を押してハンターの道に進んだんだ。

 母さんのことは俺だって気が付いてやりたかった。

 一番近くに居た俺が全く違和感を感じないほどに普通にしてたんだよ。


 と伝え少し怒りを収めたが『ルイを鍛えないと危ないことくらいはわかるだろう。それが危険に晒す行為だと何故気が付かない』と憤っていた。


 お叱りを受けた叔父さんが命を持って償うとか言い出したので、慌てて止めに入る羽目になり結局俺が大変だった。

 何故か自分のことなのに一生懸命、俺が親父を説得するという状態に陥った。


 ただ、そのおかげで自分の素直な気持ちを吐露することもできた。


 四人のお陰で幸せにここまで来たのだと。

 親父に母さん、叔父さん叔母さん。全員俺に多方面から幸せをくれたのだと。

 俺は冷たい親に英才教育で雁字搦めにされるくらいなら、後が大変でも優しく考え無しの親の方がいい。

 勿論、両方上手くやってくれる親が一番いいのだろうが、優しい人に囲まれて育てられただけで十分恵まれていると思っている。

 まあ流石に強化の存在すらも隠したのにはアホかと言いたいが、そもそも教えない様にと画策したのは母さんだから、と言えば漸く親父も矛を収めた。


 ふぅ、と一息吐けば話し合いは終わった空気を見せたので俺は一目散に会議室を出てユリの元へと向かう。







 話が終わったとされ、一目散にルイが会議室から出て行った後、ベルファストの首脳部による会議が再び再開された。


「今更だが、ルイのあの強さはなんだ……お前の報告とは合わんのだが?」


 説明しろと騎士ルドルフへと強い視線を向けるロイス王。


「私たちは本当に何も。ルイ殿下が言うには『やり方次第で効率は恐ろしいほどに上がる』のだそうです。いくつか魔物の討伐法を教わりました」

「……そんな程度で説明が付く強さじゃねぇんだよ。なぁ?」


 ロイス王に視線を向けられたのはアーベイン侯爵とドーラ子爵。

 共にあの戦いを目にした二人だ。

 猛り狂う魔力の渦を身にまとい、圧倒的な強者に何もさせぬままに嬲り殺しにした様を。


「はい……あの男は間違いなくエストック伯でした。帝国序列十二位の男です」

「俺たち三人がかりで遊ばれたってのに、一撃も貰わずに翻弄したのですからな。

 あれほど圧倒的な強さを持っているとは初めて知りました」

「なんと……我らを軽くくだしたあの男を一方的に、ですか」


 アーベイン侯爵、ドーラ子爵、ゲンゾウ近衛兵長の言を聞いた諸侯は驚きのあまりに言葉を失っていた。

 ロイス王は然程驚いていないラズベル将軍とルーズベルト騎士団長に何か知っているのかと視線を送る。


「詳細は一切わかりませんが俺は共に戦場で戦いましたので。

 一度の魔法で千を軽く屠れる程の技能をお持ちでした。

 流石陛下の御子。とんでもないお方です」

「はい。私も共に戦いましたが足を引っ張りお怪我させてしまいました。

 相手は帝国序列入りのイグナート侯爵でしたが、その時も私が到着するまでお一人で相手をしておりました……」


 周囲の者は魔法が異常なほど得意なのは理解していたが、それでも頭脳で戦う軍師タイプだと思っていた。

 アーベイン侯爵、ドーラ子爵の強さは古株ほど重々承知している。

 ラズベル一の騎士と評判のルーズベルト騎士団長ですら、足を引っ張るとはどれほどなのかと困惑を見せた。


「何にせよ、お前らに一つ言っておく。

 ユリシア嬢ちゃんには何があっても絶対に手を出すな。いや、絶対に守れ。

 ルイと引き離すような真似も絶対にするな。これは命令だ」


 元々将軍家の娘、すなわち公爵令嬢。居合わせれば守るのは当たり前のことだった。しかし、それでも釘を刺さざるを得ないほどの事態だと彼らは戦々恐々と視線を返した。


「そう、ですな……とてもお優しい殿下があれほどの激情を露わにするとは思いませんでした」


 アーベイン侯爵は黒い魔力の渦を纏い、涙を流しながら殺意を迸らせたルイを思い出し、悲しげに目を伏せた。


「そりゃ、自分の女が切られたんならキレて当然ってもんだ。俺は感動したぜ。

 どんなに相手が強大でも関係ねぇってたった一人でけりを付けたんだ。さっすが殿下だ。

 まっ、俺たちの物差しを超え過ぎてるってのには同意するけどな」


 ドーラ子爵のあっけらかんとした声に「で、あるな」とお爺ちゃん勢が続けば、戦々恐々としていた空気が少し戻り、彼らの会議は続いていく。








 城の廊下を歩きながら「ああ、なんか疲れた」と呟きながらも俺はいそいそと癒し空間へと移動する。


 ユリシアがベットで安らかな寝息を立てている。可愛い。

 心を癒す為に小一時間彼女の寝顔を見続けて居た。可愛いと呟き続けて。


 このままずっと幸せムードで居続けたいものだがそうもいかない。

 

 話が終わって落ち着いた親父とコーネリアさんに呼ばれて軍議の間へと移動した。

 そこで、死傷者数が告げられる。


「此度の戦いで死者四百五十名も出してしまいました。

 言葉を違え申し訳ございませんでした、殿下」


 将軍を筆頭に皆が頭を下げた。

 胸が少し締め付けられる。俺がもう少し頭を回せれば減らせた数字だ……


「やめて下さい。皆さんも戦死者も国を守った英雄です。

 死者は減らさねばなりませんが、もっと誇ってください。

 皆さんはベルファストを救ったんですから」


「それよりも、これからの指揮は親父が……」と視線を向けてバトンタッチを願うが、それに言葉を返したのは親父が連れてきた近衛騎士長のゲンゾウさんだった。


「いえ、殿下の策は怖ろしいほど見事なものでした。

 内部を詳しく把握するまではどうかそのままで……」

「ああ、これは俺の意見でもある。

 森の中で助けるタイミングを図る為ずっと見ていたからな。

 全部お前の考えたものだったなんて誇らしいぞルイ」


 二人からお褒めの言葉を貰ったが、正直勘弁して欲しい。

 だが、親父は戻ったばかり。

 言っている事は至極全うであり、把握するまでって話なら仕方ない。


「わかりました。ですが、一つ言って置きます。俺の目的はユリシアです。

 彼女を守る為に此処に来ましたし、状況次第では出て行く事もありますから余り重要な役職に居続けるつもりはありません」


 反発の声があるかと思ったが、皆黙って頷いて場が静まった。

 少し疑問を覚える反応だったが受け入れてくれたならいいかと話を本題に戻した。


「それで、北からの五千ですが……」とルーズベルト騎士団長へと視線を向ける。


「捕虜の件でしたら、結果を聞き当人は了承しました」


 頷いてコナー伯へと視線を向ける。


「新兵器でしたら、順調に出来上がってきております。

 現状でも五個出来ていて、その内の一つを今試している所です」


 おお! もう試作品が出来たんだ!

 それが成功するなら今回の防衛が成る可能性は高い。

 まあ、今後の事を考えると大成功させて漸く首の皮一枚状態だけども……

 

「我が軍の兵力ですが、死者四百五十、という事は今は千九百くらいですか?」

「いえ、ロイス陛下の部隊が合流しているので二千二百は居ます。

 総戦力としては以前より上がっていると考えて頂いて結構です」


 どうやら親父が上級騎士を四十ほど連れてきたそうだ。

 戦死者の数も主に親父の部隊が殆どだとか……


「一番厳しい場所を受け持ってくれてたんですね……すみません」

「一番の功労者が謝るもんじゃない。ルイ、お前のお陰で国があるんだ!」


 と言われても、飛べる俺が帝国軍二千の動向を考え不死鳥部隊をそっちに配置すれば死者は大幅に抑えられた。

 俺が最初に飛び込んだ側はルーズベルトさんが言っていた通り、圧勝も圧勝。

 周辺の警戒さえも終わらせ反対側の森へと救援に行くほどだった。

 街道を守っていた上級騎士も自己判断じゃなく、そこに行かせるべきだったんだ。片方は圧勝という情報を貰っていたのだから。

 あの時はまだ何も考えられないほどおかしくはなってなかったのに。

 だが、今これを言っても後の祭り。


「ありがとうございます」と素直に頭を下げた。


「それで、捕虜の件ってなんだ?」


 と親父に問われたので、五千の部隊のトップである帝国の侯爵を生け捕りにしてあり兵を引かせる事を受け入れさせた、と告げると場が沸き立った。


「ですが彼が切り捨てられるか騙されるかすれば白紙に戻りますから、勝てる算段は作らねばなりません。

 その為の新型ですが、数が足りません。何か案はありませんか?」


「新型、とはあの爆発の……?」と問うゲンゾウさんに頷けば「では、一つ提案が」と彼の考えた作戦を聞いた。

 それはレスタールとの国境線を利用して撤退させる可能性を上げるというものだ。

 今回の戦争、まず間違いなくレスタール側の監視が付いているとのこと。

 であれば国境ギリギリまで兵を出し、レスタールとの国境沿いで戦争を始めれば良いとの話。

 あの爆弾であれば足を止められるし、派手だから一発で伝わる。


 当然、レスタールからしたらそんな事を許せる筈がない。

 レスタール側から入ってきたのだからこちらにも非は無い。

 そこで新型を打ち込み交戦すれば、ランドール侯爵軍が止めに動くだろうとの事。

「そんなに早く来ますか?」と聞いたら、ランドール侯爵であればまず間違いなくこの戦争を監視していて、五千もの兵が近づいたならもしもに備えている筈ですと言う。


 無関係な自国の国境線での戦闘なんて状況になれば、レスタール側は必ず止めに入る。

 真面な将であれば誰でも気がつくので一時的にでも撤退させる可能性が引き上がるとゲンゾウさんは続けた。


 確かにレスタールからしても通り抜けるだけでも許せないのに、自国の国土内で戦争を始めるなんて状況は見過ごせないわな。

 そんな事実を許せば、多少であればやらかしても許される国と勘違いさせ続ける歴史を周辺国に残すことになる。

 一時的にでも撤退すれば、ダクト側が負けた事に気が付いて帝国へ帰る可能性もある。


「……これはいいんじゃないですか?」と親父を覗き見た。


「そう、だな……ギャンブル要素が強いが何もないよりはマシだ。

 しかし今から動いて間に合うのか?」

「最速で明日の朝に此処に着くというラインですから、急げばギリギリ」

「じゃあランドルフ、出る用意をさせろ。準備させながらもう少し話を詰めるぞ」

「ハッ! お任せを。聞いていたな。北門前に兵を全軍集め整列させろ。

 置いてく人員の話はここからだ。全部集めろ。物資もありったけ出せ。最速でだ」


「「ハッ!」」


 壁際に控える兵士が将軍の命を受けぞろぞろと出て行った。

 その直後再び俺に視線が集まる。

 あっ、俺が指揮官か。って言われてもなぁ。

 もうアイデアは全部出したんだけど……


「こちらからは特に何も……後は俺が魔法をぶっ放すくらいですかね」


 他に意見はと回していくが特にこれと言って無かった。

 ならば、急いで行って準備を先に済ませるべきだと話が移り、出立する事になった。






 上級騎士、五十人がかりで監視しながら檻に入れたイグナートを護送する。

 絶対にユリシアに会わせてなるものかと思っていたので、彼女が起きる前に用済みにさせられると俺は心底ホッとした。

 早く終わらせてユリの元へ帰ろうっと。


 うん。将軍の気持ちがわかった。これは禁じ手だろうが余裕で使うわ。

 イグナートがユリシアに会いたいなんて言い出したら戦争だわ。

 プレゼントでエリクサーなんて持ってきたらその場で叩き割るわ。


 じっと強い視線を送っていたらイケメンが美声を発した。

 なんて奴だ……許せん!


「本当に、勝つとはね……エストックにも勝ったのかい?」


 口を開くなと魔装武器を突き立てる騎士たちを止めて、怪我が酷いのか苦しそうに言うイグナートに「誰だよそれ……」と返して人相を聞けばあのクソ野郎だった。


「あいつは俺がぶっ殺したよ。何度殺しても足りないくらいゴミだった」


「ああ、そうか。やはりキミか……」と態とやってるのかと問い正したいくらいにイケメン面を晒して遠い目をするが、聞くだけ聞いて終わりではなく一応帝国の事も話した。


 兎に角内部の謀が多いのだとか。

 更なる権威を得るためにと蹴落とし合いが日常化しているそうだ。

 だから、貴族に属する者はまともな人も一定の年齢を超えれば大抵は死ぬか染まるかするらしい。

 その割にはこいつは顔以外はまともに見える。


「お前、大切な人間連れて亡命でもしたら? うちでは受け入れないけど……」

「あはは、そうできたらいいんだけどね。部下を見捨てては行けないよ」


 今更全ては捨てられないよと俯いて呟く。

 まあ、帝国の戦力が減って欲しかっただけで再び戦うことにならなければどうでもいい。

 そう流して国境付近まで移動した。


 国境沿いで防衛の為の陣を作った。

 既に俺が飛んで見て来ているので敵がこの道を進んでいる事は把握している。


 後は、もう直ぐ見えてくる、という状態。

 最前列、その更に前にイグナートを檻に入れたまま前に出し敵を待てば、直ぐに見えてきた。

 行動がバレている事に動揺している模様。

 何故国境付近に兵がと騒いでいるのが聞こえる。


 俺たちは将軍や騎士団長など、強者筆頭の数人を連れて軍と離れた所まで前に出た。

 マイクの役割をする音声拡張の魔道具を使い敵軍に話しかける。


「昨日の戦いによりお前たちはもう既に負けている。

 証拠に此処には捕虜となったイグナート候がいる。

 主を殺されたくなくば、即刻国に帰れ!」


 将軍の声に『イグナート様!』と心配する声が多く飛んでいた。

 相当慕われているらしい。

 指揮官クラスであろう男が、一人前に出てきた。


「今のところ交戦の意思はない。イグナート様と話をさせてくれ」

「今のところだと……ふざけるな! 侵略者が勝手なことをほざきおって!」


 うちの上位十人が出てきた男を囲むが、俺はそれを止めた。


「話くらいはいいよ。

 けど、開放はお前らが軍を引かせ帝国へと足を踏み入れたらだ。

 変な真似したら殺すから。そこだけは忘れないでね」

「開放、してくれるのか……?」

「俺たちは帝国やミルドラドの様なゲスじゃない。

 果たせる約束は普通に守る」


 ぎりっと歯を食いしばった様子を見せるが、視線を切ってイグナートの元へ。


「イグナート様!! お怪我を!?」

「ああ、瀕死だったが此処までは治療して貰えたみたいだね。

 私のことは良いからお前たちは撤退してくれ。報告も全て事実を。

 完全に負けてしまったよ……」


 その言葉で彼は敗戦を受け入れた様だ。がっくりと肩を落として「そんな……」と気落ちした様を見せる。

 その後、撤退するからこのまま開放して欲しいと騒いだが、それを受け入れる事は無かった。

 当たり前だが。

 約束は守る。主を助けたいのであれば引け。と言い聞かせた。

 そして最終的にその指揮官からの『このままでは解放されても帰ることもままならない。捕虜に入り傍に居る事を許して欲しい』という要望を聞くかわりに撤退させる事に成功した。


 そうして、ダールトン対ラズベルの戦争は、瞬く間に色々な変化を見せながらも終結した。

 城に戻り、残っていた者たちに報告を入れれば飛び上がって喜び、国を挙げての祝勝パーティーだと駆け回って準備を始めた。


 そんな中、漸く終わったと肩の荷を降ろした俺が向かう先は当然決まっている。

 そう向かう所は当然『俺の彼女』が居る場所だ。

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