第74話 王の参戦



 時は数時間前、ベルファストが総攻撃を開始した時刻。

 突然の空から大岩落ち、大地は地震の如く揺れ続けた。


 自ら寝ずの見張りを買って出ていたユリシアが逸早く震源地を指さした。


「なっ、なんだありゃ……」

「地を叩く音からしてロックバレットでしょう。

 しかしあんな上空にそれもあれほど連続でなどどうやって……」


 森の中で少し開けた高台になっている場所。

 そこからは岩が落ち続けている様が遠目に小さく見えた。

 それは直ぐに炎へと変わる。

 それと同時に、至る所で戦闘が行われている音が聴こえ始めた。

 この、距離から人数まで広範囲の乱雑さが広がっていく。

 これは明らかなる総力戦だと、歴戦の兵士たちに気付かせた。


「何故今仕掛けた……それも砦を捨てての総攻撃だと!?」

「陛下、あれだけ優勢なら打って出てもおかしくないのでは?」


 その兵士の声に否を突き付けたのはゲンゾウだった。


「フォンデール砦の放棄の早さ、森への兵の配置状況。

 あれは明らかなる待ちの姿勢。素晴らしく組み立てられた被害を嫌う戦い方だ。

 そんな者が奇襲での大規模な魔法攻撃を行ったとはいえ被害甚大となる平凡な総攻撃など……ありえん」


 だからこそダールトンが動きを見せるまでは体を休めようと離れた場所で睡眠を取っていた。


「意図はわからんが……こりゃ、行くしかねぇな」

「こちらを知っている兵と合流できればそれも良いのですが……

 あの広範囲過ぎる攻撃に巻き込まれては敵いません」


 爆発から何から魔法の規模が何もかもが常識から外れるほどに大きすぎた。

 ロイスを危険に晒す訳にはいかないとゲンゾウは懸念を示す。


「いや、そんな心配はいらねぇ。兵を散らせた総力戦だぞ」

「むぅ。奇策が続いているのですからそう決め付けられませんが……

 いや、そうですな。流石にそろそろ出て存在感を示しませんとな」


 不安は残るが、結果的に危険を冒すことに賛同したゲンゾウ。

 普段なら絶対にしない判断だ。

 決戦だからか、大逆転劇に当てられたか、普段の彼らしくない決定。

 だが、旧ベルファスト軍の士気は異常に上がっていた。風鈴傭兵団さえも。


「出て行くならどこだ?」

「まだ大魔法が続く可能性がある街道は論外です。

 となるとやはりこのままこちら側の森の援護が無難でしょうな」


 ゲンゾウの声を聞き頷いたロイスは兵士たちを流し見る。


「よし! 気合は十分みてぇだな。

 これは決戦だ。今までのあいつらの頑張りに応えてやろうじゃねぇか!」


 何度も奇跡を起こして勝ちを拾えそうな所まで持って行ってくれたのを無駄にする訳にはいかない。

 想いの重さは違えど、その認識を誰もが持っていた。

 彼らは我先にと戦場へと駆ける。






 剣戟の音が響き続ける森の中。

 旧ベルファスト軍の兵士は一人、また一人と倒れていく。

 まだ、着いて早々だというのに、旧ベルファスト軍は追い込まれていた。


「くそっ! 帝国兵はこんなに錬度が高いのかよ!?」

「先日もユリシア嬢に減らして貰って尚、負傷者が多数出てましたな……」

「だからって全員が精鋭なんて思わねぇだろ!」


 彼らが向かった先は範囲魔法が届かなかった街道近くの森の中。

 そこには帝国軍二千が待ち受けていた。

 先日戦った帝国兵とそう変わらないレベルの精鋭で近衛騎士五十が数で勝っていても数人は負傷する程の相手。

 ロイスたちが連れている兵の大半は上級兵士。その上敵は何倍もの数が居る。

 死者が続出するのは必然だった。

 ベルファスト正規軍を警戒せねばならない状況下だからこそ囲まれず全滅を免れている状態だ。


 ベルファスト軍正規兵はまだこちらまで到達していない。

 とても拙い状況だった。合流しようとしてもこの乱戦の中では顔見知りでもない限り敵と認識され攻撃されること間違い無しだ。

 ダールトン、もしくは帝国兵と交戦している所を見せるのが一番早い。

 しかし、その交戦すべき帝国兵が強すぎた。

 ユリシアも狙撃を続け必死に兵を減らしているが、この人数差で追いつく訳も無く、開始早々から窮地に立たされていた。


「何とか西に回りこむ! ベルファストに近づけばその分早く合流出来る筈だ!」

「今こそ我ら近衛が奮闘を見せる時ぞ!! 全力で道を作るのだ!!!」


 ゲンゾウの叫び声に雄叫びが返る。

 そうして犠牲覚悟の決死の移動は何とか成った。後方で戦っている音も聞こえる。

 これならば下がりながら戦えば直ぐに合流できる。


 そう、安堵仕掛けた時だった。


「あれれぇ、随分と長く持ってると思えば、見た顔の奴が居るなぁ?

 困るんだよねぇ、街道沿いで暴れるあれを駆除しなきゃいけないってのにさぁ」


 イグナートと共に劣勢の元凶を最優先で叩く、その筈だった。

 雑魚は兵に任せ街道を警戒していたエストックだが、終わらない戦闘音に誘われて森側へと来てしまっていた。


「くっ、お前は……!!」

「こいつは強敵だ。私が抑える。イブリン、援護を。ロイス様は指揮を!」


 ただでさえ劣勢。ここでこの男を野放しにする訳にはいかないと危険を承知でイブリンと共に戦う判断をしたゲンゾウ。

 だが、ロイスはそれに頷かなかった。


「駄目だ。ゲンゾウ、二人でやるぞ。イブリンには荷が重い」

「しかし!!」

「くどい!!」


 こうなっては意思を変えぬとゲンゾウは言葉を止めた。イブリンもそれを感じたのか、敵から取っていた距離を再び詰め戦闘を始める。

 彼女はロイスが心配ではあるが、次々と味方が死んでいっている中で軍規違反を起こすほど感情の制御が出来ない者ではなかった。


「ふーん。二人だけで僕をね? ああ、人が居ないから仕方ないね。

 でも、今日は忙しいから遊ばないよ」


 チカっと赤い光が足に灯るとエストックの姿が掻き消える。


「ゲンゾウ!!」とロイスが叫ぶが、彼はわかっていたと言わんばかりに後ろに蹴りを放つ。


「はぁ?」と疑問の声を上げ防御姿勢で蹴りを受けながらも後ろに飛び、攻撃を往なしたエストックは不快そうに声を上げた。


「お前、弱い振りをしてたの?」

「後ろから少し脅かしてやっただけでそう言われてもな。今更恐れをなしたか?

 油断すれば危険程度の力で少女相手に弱い振りをし、粋って居たのはそちらだったと記憶しているが?」


 普段この様な事は言わないが故に何を目的としているかが見知った者には直ぐ理解できた。自分にヘイトを向けようとしているのだ。

 そして強さに絶対的自信を持っているエストックには効果覿面だった。


「いいよ。刻んでやるよ……愚かさに気付くまでずっとな!!」


 宣言するや否や魔法を発動するとゲンゾウの周囲を飛び回り、ヒットアンドアウェイを繰り返す。

 だが、数回で合わせられ剣戟を受けたエストックは膂力で負け吹き飛ばされたが、くるりと回り、地に足を付けた。

 追撃に走るゲンゾウとロイスだが、キラリとエストックの足元が強く光った瞬間、二人の足は直ぐに止まることになった。


「なに……?」と腹に剣を突き立てられていたゲンゾウは、驚愕の瞳で目の前のエストックを見据える。

 突如変わった恐ろしい速度での踏み込み。

 ギリギリ剣の腹で受けたがそれすらも砕いて貫いた。

 帝国兵と連戦を続けていたゲンゾウに、真っ直ぐ突き入れられた剣を相殺するほどの魔力は残っていなかったらしく、突き抜けた剣が背中から姿を現していた。


「馬鹿だなぁ。殺さないように甚振ることが刻むって事だよ。

 僕が満足するまで切らせなかった事は褒めてあげるけど、お前程度が全力の僕を殺れるとでも思った?」


 ゲンゾウの腹を貫いたまま突きの姿勢でエストックはロイスに視線を向けた。


「次はお前だけど……死ぬ準備、できてる?」


 刺したまま掻き回そうとするエストックの頭にゲンゾウの剣の柄が襲い掛かるが、当たる直前に掻き消える。

 剣が勢い良く引き抜かれゲンゾウの腹から血しぶきが舞った。


 それを見たイブリンが慌てて駆け寄るが、エストックが動き出す方がどう見ても早い。ロイスも迎撃体勢は取っているが苦い表情を見せていた。


 そしてエストックの足元がチカっと光った瞬間、発砲音が響く。


 一瞬の刹那、彼は体勢を崩したままロイスの横を通り過ぎた。

 着地に失敗して地面を転がっていく。


「またお前かぁぁぁぁぁ!!」


 エストックは跳ねる様に起き上がると発砲音が聴こえた方向へと声を上げた。

 頬が大きく裂かれ、血が滴っている。


 ユリシアは普通に撃っても弾かれると、突きの姿勢から移動方向を予測し魔法発動を合図に発砲していた。

 何が何でもロイスを守らねばというユリシアの想いが、致命的な隙か絶対的なロイスのピンチになるまで意識させない、という隠密行動を取らせていた。

 そう、彼女はエストックが出てきてから発砲を止めていたのだ。

 その慎重さが魔力を残しているエストックにも大きな傷を付けた。


 しかし、それでもギリギリで避けられてしまった。

 もう打つ手が無い。

 そう思われた時「ふぃぃ、やっと戦場に出れたって感じだぜ」と場にそぐわぬのんびりとした声が聞こえた。


「お? おん……? おおおおおーーん!!!? へ、陛下ぁぁぁぁ!?」

「ドーラか! 良い所に来てくれた!」

「な、なななななな、どういう事ですかなこれはぁぁぁ!?」


 叫び、悪目立ちしたドーラ子爵に襲い掛かる帝国兵。

 彼は「邪魔じゃい!!」と大声を上げて相手の剣を叩き割り、切り倒す。


「おーい、ドーラよ陛下と聞こえたのだが、殿下に何かあったのか……って陛下ぁぁぁ!!!」

「そんな事よりアーベイン、ドーラ! ピンチなんだ。手を貸せ!」


 困惑で固まる二人。逸早く混乱から回復したのはドーラだった。

 彼は口端を吊り上げ、笑いながらロイスの援護へと走る。


「くははは、よくわからんが合点承知ぃ!! これが死に際の夢でも構いませんぜぇ!」

「は、はははは、殿下に続き、何と盛大な神の祝福よ!

 みな、陛下が生きておられたぞぉぉ!!! 駆けてまいれぇ!!」

 

 まるでトリップしたかの様に幸福感を滲ませる二人。アーベインが救援光を上げ、周辺の兵士へ手が足りない事を知らせる。

 その直後、ロイスを守る位置に付き武器を構えた。


「俺はいい、あの野郎を……ってユリシアの嬢ちゃんがあぶねぇ!」


 姿を消していたエストックを見て、ユリシアの危険を察知したロイスは駆け出した。


「へ、陛下!? こんな場所で単独行動はなりませんぞ!!」

「全くだっての! 何度も失って堪るかよ!」


 引き留めようと走るアーベインとドーラ。


 アーベインは駆けながらも兵士たちへ振り向き「そのまま東にさがれぇ!」と、もう少し下がれば味方が居る事を知らせた。

 イブリンはロイスに付いて行きたいと切に思っていたが、長年連れ添ってきた仲間も見殺しには出来ない。

 せめて友軍と合流するまではとゲンゾウを運ばせ部隊を下がらせていく。

 幸い森の中、互いに広範囲に広がる炎は迂闊に上げられない。

 飛んでくる岩を避ければ何とかなると退避を続ける。


 弱卒は全員やられてしまったがなんとか味方までの後退が成った。


 そこには、見知った顔がいくつもある。

 イブリンが声を上げて助けを請えば直ぐに気が付いて貰え、声が返る。


「なんじゃ小娘……おんし救援に来とったのか……」

「まったく、来るなら来るで最初から顔を出さぬか!」

「むむっ、あそこで負傷しておるのはゲンゾウ殿では!?」


 続々と流れ込んでくるベルファストの老兵たち。

 撤退する兵士たちをすり抜け、前に出ると激しく切り結ぶ音が響くが、どうやら優勢とは言えない様子。

 やはり、彼らでも押されるかとイブリンは顔を歪めるが、旧ベルファスト兵たちは満身創痍。

 せめて自分だけでもとゲンゾウを木に寄り掛からせ、彼女は前に出る。


「ひょー、戦場でいい女なんて珍しいぃ。なぁ、俺とやろうぜ。

 俺が勝ったらやらせろよ。殺さねぇでやるからさぁ!」


 ゴブリンの様に蟹股でピョンピョン飛び跳ねる盗賊顔の男。

 その時、イブリンの怒りは頂点に達した。


 ロイスの安否、仲間の死、ゲンゾウの負傷、様々な苦悩の中、相手にしたくない一番苛立つ手合いが目の前に来てしまった。

 チラリと自軍に視線を向ければ白い毛皮を被った部隊が到着していて、漸く押し返し始めていた。

 あの部隊は知ってる。もう任せて大丈夫。


 そう思ったイブリンは抑えきれぬ怒りの感情に身を任せた。


「あはははは、殺さないのぉ? 助かるぅ!

 じゃあ簡単にお前というゴミを殺せるわぁ! しねゴラァァ!」


 彼女はロイスの力になる為にと、常軌を逸した鍛え方を彼が死んだと聞かされるまで続けていた。その後も復讐に燃え己を鍛えることは忘れなかった。

 その力は、ゲンゾウには及ばぬも旧ベルファスト軍の中でも上位に入っていた。


 そんな彼女が切れて暴れる様に、満身創痍な風鈴傭兵団の者たちは立ち上がった。

 後の己の危うさを恐れて。


「うぉっ! この女こわっ! やだっ! こわっ!

 ストップストップ、百年の恋も冷めちゃうから!

 まずは笑って自己紹介からしよ! 俺ツトム!」


 余りの恐怖に逃げ一辺倒になるツトムだが『逃がさない』とイブリンは執拗に彼だけを追い回す。


「死ねよ! 私とやるんだろ!? なぁ! 早く死ねよぉ!!」


 そして恐怖の限界を超えたツトムは散々味方を盾にした後、戦場から姿を消した。


 逃げられたことを知り「ふぅーふぅー!」と獣の様な息を上げながら八つ当たり気味に手当たり次第に敵を切りつけるイブリンだが、少し気が済んだのかそんな事をしている場合じゃないと意識を取り戻し、彼女もこの戦場を後にする。


「ロイス陛下、今、行きますからね……」


 彼女は想い人を心配する乙女の顔で呟き、駆けていった。

 ロイスの背中を捜して。

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