第73話 しねぇぇぇぇぇ!


 打って出る事に決まったその日の夜、ベルファストの全軍が急遽オルドール砦へと集められた。

 もう、伏兵も何もかもを捨て、全てを七千の兵に当てようという算段だ。

 夜間の奇襲でひたすらに囲んで攻撃するというとても稚拙な策だ。


 本当にただそれだけで特攻させる訳にもいかないので、空からの攻撃を行う。

 と言っても数が足りないのでまだ新型爆弾は使えない。

 砦の無い北から来る五千の方が脅威だから。

 なので魔法頼りとなる。


「殿下、どうかご無事で……」

「うん、皆も」


 そうして俺は飛び立った。

 もう兵の配置は終わっている。後は俺の攻撃が始まり次第突撃という流れ。

 俺が目指すは敵の最後尾。

 爆弾を警戒しているのかとても長い本陣だ。

 態と間延びさせているのが上空からだと丸わかりだった。

 それでもやる事は変わらない。

 俺の役目は敵を減らしながら味方の方へと追い立てる事。

 砦はもう既に半分放棄状態だが、短期決戦でないと犠牲覚悟の意味が無い。

 自国方面に追い立てる必要があった。


 上空でホバリングし、落下地点を図りながら収納魔法陣を浮かべていく。

 数メートル置きに二十の魔法陣を浮かべた。


 上手く当たってくれよ……


 願いを込めながら起動する。

 赤い光を放った魔法陣からは大量のロックバレットが高速で落下していく。

 フォンデールで溜め込んだ敵兵が撃ってきた物。

 その所為でこの四日は収納が使えなかった。

 入れても此処で落とす事になるし、これが必要無かったとしても出す時に入れた時の勢いのまま飛び出るロックバレットにずたずたにされるだけだからだ。


 落下した大岩がズンズンと音を立て続け、道が直立した岩で埋まっていく。

 わらわらと敵が動き出し、いろんな所で交戦を知らせる味方の信号である光が空へ上がる。

 ロックバレットが終わり、次は杖を出してファイアーストームでの攻撃。

 火事が心配だが、言っている場合じゃない。

 最悪は後から出来る限り消火するしかないと制御限界まで二十メートル置きにファイアーストームの魔法陣を作り街道を中心に一帯を燃やし尽くす。


 その時、何かがすっと肩ら辺を通り抜け激痛が走る。その激痛で漸く攻撃されたと認識した。

 意識の外からの攻撃だったとはいえ、反応すら出来なかった。

 余りに速く強い攻撃だったとゾッとする。

 猿革のコートを完全に貫いたのか、と。


 後ろに飛ばされながらも風の魔道具で離脱を試みれば、流れ落ちた血が遠ざかっていくのが見えた。


「うぐっ……あ、あそこか……!!」


 口の中に仕込んだエリクサーの入った魔装カプセルを魔力に戻し瞬時に飲み込めば痛みが引き思考がクリアになり、避難を優先と森の中へと突っ込んだ。

 距離は取れた筈だと気を取り直してエリクサーカプセルを再び口の中に仕込み、様子見しながら再度追い立てを、と敵軍を伺おうとしたら目の前に矢のように槍を前に飛んでくる者の姿が見えた。

 反射的に光魔法で自身を巻き込み地面から光を立ち昇らせれば、光の中で精強でありながらも綺麗過ぎる顔立ちの男とすれ違う。


 は? なんでこんなイケメンがわざわざ戦場に出て来てんの?

 いや待て、そもそもイケメンかは関係ない。

 関係ないんだけど……なんか腹立つなぁ!


「驚いた……馬鹿げた威力を出すのに魔装まで消せるのか。

 これは援護無しじゃ死も覚悟しないといけなそうだ……」

「なら引けよ! 侵略してくんじゃねぇ!!」


 侵略者が余りに澄ました顔してそんな事を言うもんだから俺はカッとなっていつの間にか怒鳴り声を上げていた。


「ははは、おっしゃる通り。けど、やりたくなくても引けないんだ。勅命でね」

「上がクソだから外に外にって迷惑を押し付けんのか?

 外道がイケメンぶってんじゃねぇよ!!」


 苦渋を噛み締めながらも光の魔法陣を浮かべる。

 こいつは本当に強い。オーウェン先生とタイマン張れるレベルだ。

 俺に勝機があるとしたら、光魔法で動きを止め雷魔法で仕留めるコンボくらいしかない。それもあの速度に合わせるのは至難の業だ。

 せめて前衛の援護があれば……

 会話に乗ってくるようならもうちょっと引き伸ばし狙ってみるか?


「申し訳ない。非道はわかっているが、妻の為……いや私の平穏の為に死んでくれ」


 っ!? 駄目だ、これは引き伸ばせない。来る!

 こういう時は取り合えずウニだ!


 奴の靴の下から赤い光が見えその瞬間姿が掻き消える。


 一回目なら虚を突かれて距離を取る筈。

 と、全面に棘を伸ばせば奴は魔装の隙間を棘に裂かれながらも後退した。


 あれっ……あれを喰らう、だと?

 あっ、もしかして魔法で移動速度速めているのか?

 だから動体視力が追いついていないとか……


「参ったな……なんだいその制御力は……」

「はっ!! 参ってるのはこっちだよ! 何だよそのイケメン力はぁ!!」


 儚げに笑う絶世の美男子に思わず口調が荒くなる。


「ええと……ありがとう?」

「しねぇぇぇぇぇ!!」


 上手いこと乗せられた俺はまるでミラーボールの様に光を放った。

 さりげなく救援光も混ぜて空に放つ。


 誰か助けて、と。


 しかし、俺の攻撃は予想外だった模様。回避行動で自分から光に突っ込み魔装だけが細切れになっていた。


「ははは、流石にこんなやり取りが最後は嫌だな……

 やられる前にこちらから行かせて貰うよ」


 バックパックに手を掛けながらも瞬時に魔装を出し直し再び足を光らせた優男。

 魔法陣がそのままな以上、光の軌道は変わらない。避けて突っ込んでくるつもりだろうが、魔装を出してない俺は光に入り放題。

 飛んで火にいる夏の虫だ、なんて思いながらも光の魔法陣を地面に広げ光を放った。

 流石に口上垂れてくれれば来るタイミングもバレバレだ。余裕で間に合った。


 だが、彼が手に持っている物が見えた瞬間、冷や汗が流れた。

 そう、彼は銀色に輝く短剣を手に持っていたのだ。これは魔装じゃない。

 とっさに光魔法を止め魔装の盾を作りガードするが、当然強い力で切りつけられ飛ばされる。


 その時、後ろから叫び声が聴こえた。


「殿下ぁぁぁ!!!」


 すっと一瞬で間に入ってくれたのはルーズベルトさん。


「助かります。強敵なので共闘をお願いします……」

「そ、そんな事よりもお怪我は!?」

「大丈夫、魔装で受けたので怪我はありません」


 魔装盾の作成が間に合ったので吹き飛ばされただけだ。問題は無い。


「はぁ、そんなに瞬時に魔装で固められては隙なんてあって無い様なものだね……

 いや、待ってくれ。殿下だと……?」


 奴は髪を掬い上げる様に頭を抑え、カッコつけてやがる……

 そんな馬鹿な事をしている間に分析してやろうと魔力を広げ彼の足の裏に集中した。

 こいつはルーズベルトさんが止めてくれると信じて。

 ルーズベルトさんは将軍と並ぶ強さを持つと聞いている。きっと大丈夫だ。


「殿下、此処は任せて引いて下さい! 今の所他は順調ですからここは私が!!」

「駄目だよ。行かせられないな……キミさえ落とせば全てが終わる!」


 奴は案の定、足の裏に魔法陣を作り上げた。複雑な魔法陣じゃなさそうだが、流石に広げた魔力でコピーするのは一度では無理だった。

 後数回は欲しい。


 さあ、止めてください、ルーズベルトさん!

 ちゃんと援護もしますから、と雷の魔法を空に浮かべたが、イケメン糞野郎はまた俺の目の前に来ていた。


 嘘、だろ!?

 今回は光の魔法陣用意してない!

 自分を巻き込んだ光魔法で猿皮のコートも消滅しちゃってるんだぞ!?

 マジでヤバい!!


「取った!!」

「やらせる訳が無いだろがぁぁ!」


 彼の後ろから高速で飛び込んできたルーズベルトさんが攻撃態勢に入るが、どう見てもカッコ付け野郎の攻撃のが早い。


 くそっ!!

 移動の魔法、速すぎだろ!!


 しかも今回もご丁寧に光魔法対策で銀の短剣を使った突き。

 これほどの強者の突きでは今から魔装で防御しても防げないと瞬時に理解した。

 俺は即座に光魔法を下に準備しつつ、エリクサー入りカプセルを砕く準備をする。


 準備出来次第、光魔法を最速で起動したがやはり間に合わなかった。

 胸が貫かれたと同時に光を放ったが魔装ではないので意味が無い。警戒して引かせる為のものだ。

 そう思っていたのだが、都合よく痛みで光魔法が途絶えた瞬間ルーズベルトさんの攻撃が通り、イケメンは血を噴出しながら転がっていった。


「殿下ぁぁぁ!!」


「大丈夫……」と、返しながらも口からコポリと血が垂れる。

 剣を抜いてエリクサーカプセルを魔力に戻すが、体が血を吐き出そうとしていて飲み込めない。仕方が無いので無理やり流し込もうと上を向いて喉を空けた。

 直ぐに胸の痛みは治まったものの、そのまま嘔吐を繰り返す。

 血を全て吐き出し一応は止まったが最悪の気分だった……


 顔面蒼白で泣きそうな顔をした彼に「エリクサー飲んだ。それより敵」と何とか答え敵へと視線を向けるが、あっちも普通に瀕死だった。

 それはそうか。光魔法で魔力と共に魔装を奪った直後に切りつけたのだもの。

 知らん奴がこの魔法を受けると焦って魔力で防ごうとするから大量に持っていかれるんだよな。

 多少は魔力が余っていても防衛に回せるほどの密度はなかっただろう。


 そんな彼に近づき「名前は」と問いかけた。

 危険ですと叫びながらルーズベルトさんが切り捨てようとするがそれを止めた。

 名のある将なら帝国との交渉で使えるからだ。

 俺でもそれくらいは知ってるし、重要なこともわかる。


「私は……シュペルテン・ベルク・イグナート。候爵家の当主さ……」

「名前までカッコいいのな……俺はルイ・フォン・ベルファストだ。

 お前を拘束して捕虜とする。構わないな?」

「はは……この傷では、難しいんじゃないか?

 私に、魔力など、使えないだろ……ハァハァ……」


 本当に虫の息だ。切り口が深すぎる。

 エリクサーと回復魔法どっちを使うべきか。

 いや、それよりも助ける価値があるのかどうかだな。


「お前、北からの五千、帰らせられる? 出来るなら助けるけど……」

「全部……お見通しか……此処が負けで終わった後ならね。

 帝国を、裏切ると、妻が……ここで死んだ方がマシな結果に……」


 そう言って彼は気を失った。

 仕方が無いのでエリクサーを少しだけ垂らして延命だけはさせた。

 これで確実に助かるかはわからんけども……


「俺にはまだ仕事があります。こいつ、頼めますか?」

「ですが、そのお体では……」

「くどいですよ。エリクサーを飲んだと言いました……」


 確かに気持ち悪いが、元凶を絶ったので後は体と心が落ち着けば直るものだ。

 まあ、俺が青い顔しているから心配されてるんだろうな。


「ハッ! どうか、ご無事で……」と彼は捕虜を担いでその場を去った。


 直ぐに俺は上空に上がり、戦況を把握していく。

 森の中に散らばった敵兵と交戦している音が聞こえてくる。

 正面は殆ど居ない。街道を守る騎士も応援に走るべきかと視線を彷徨わせ続けている。

 あそこを動かさなきゃと街道を飛び進み、砦のベルファスト側を守る八十の上級騎士に声を掛けた。


「二十残して各自の判断で大変そうな所へ応援に。

 残った兵は敵が何人でも来たら即救援光を上げてください」

「で、殿下!? お怪我をっ!?」

「もう治ってるよ。早く仲間を助けに行って。早く!」


 俺も行かなきゃ……と飛び上がり周囲を見回せば、救援光が上がったのが見えた。

 ならば俺はそこへ行くか、と飛んで急行する。


 高度を下げてバチバチバチと木の枝に叩かれながら下へと降りると、そこには兵士たちの死体が散乱していた。

 軍服を見るに大半がダールトンと帝国のだが、うちのだろうものもちらほら混ざっている。

 蘇生を試みてやりたいが、そんな事をしていたら今立ってる兵士も死んでしまう。

 まずは殲滅からだと、雷魔法でうちの兵士と交戦している者だけを狙って高速で打ち抜いていく。


 そうして味方の援護をする為に奥へ奥へと進んで行った。




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