第71話 砦を落とした男の絶望
ダールトン軍の捨て身の特攻は延々と続いた。
果てが無い様に思える猛攻。
しかし、ベルファストの戦果は怖ろしいほどに上がっている。
何せ、被害無しでもう既に討伐数一万を超えているのだから。
普通ならばとっくに終わっている。そこまで一方的に減らされた軍は機能しなくなるという割合を大きく超えていた。
そんな頃合だというのに、敵は未だに堀の外に張り付いている。
士気が高い訳ではない。
どうにか逃げられないかと様子を伺っている様が見て取れる。
そう、引けないのだ。後ろに行けば味方に魔法を撃たれるか爆殺されるとわかっているのだから。
彼らには砦の壁の一番近い所で戦いを終わらせる以外に生き残る道は無かった。
そんな時、再び下から兵が駆け上がってきた。
「そろそろ三割を切ります!」
「了解! 報告ご苦労様、じゃあ全員撤収!
俺は飛んで帰るから先に行ってくれ!」
周辺の貴族から「殿下!? もう少し粘れるのでは!?」と声が飛ぶ。
確かに三割あれば多少は持つが、ギリギリを狙うのは良くない。
それ以前に俺が収納魔法で守っているから持っている状態。それが無ければ直ぐに落ちる。
数千の敵から死に物狂いで魔法を撃たれるという状況を甘く見ていた。
将軍の部隊を援護する為にも、多少は魔石を残した状況で退却して欲しいのだ。
「これは命令だよ!
残り三割を使ってやることがあるんだ! 迅速に動いてくれ!
銃の弾を持ってくの忘れないでね!?」
強く言えば彼らはもう聞き返すことは無かった。即座に動き出し、下で列を作ってる部隊へと混ざっていく。
「ルイ、俺を乗せて飛べるよな?」
「駄目だよ。これは作戦行動の内だから。
てか俺の性格わかってるでしょ。安全な所からやるよ。大丈夫」
連れて行けと言外に言うルド叔父さんに安全な作戦だから必要無いと告げれば「本当だな」と念押ししてから降りて行った。
銃を魔力に戻しながら急遽作ってもらった新型バックパック二つに出来るだけ詰める。
奈落でレーザーガンでの討伐が確立されてからは余る一方だった魔力。
収納魔法に入れていたが、今は入れられない。その為に作ってもらった新型だ。
入り切らない分は身に纏った。
ごつい鎧に大きな翼を生やし、片手には大きな杖を持つ。
そしてまずはと地雷が余っている箇所で街道沿い以外の物を回収しに行く。
爆発させられなかっただけあって、敵の空白地帯。
だというのに心臓がバクバクと激しく音を立てている。
「急げっての。遅れるほど危険になるだけだろ」と頬を叩き気合を入れて飛び立つ。
飛んで降りたことで騒がれて居るのがわかる。
だが、滑空飛行をしただけだ。この程度の事なら知っている者はいる。
敵兵が飛んできたことに騒いだのだろうと注意しながら地雷を引き抜いていく。
幸い、使わなかった地雷の場所は纏まっているので回収に問題は無い。
使えなかった場所なので敵軍からも遠い場所。
敵兵も態々一人に差し向けてくる様子も無い。
ならばやることは、と砦の方角へと走り地雷を投げて防壁を作って地雷に魔力を送る。
残った八個の同時爆発だが、巻き込んだのは精々百ちょっとだろう。
別に攻撃目的じゃないから構わない。
これは将軍への援護と同時に地雷の処理だ。敵に複製されては敵わないから。
そして再び飛び上がり、今度は将軍の元へ。
未だに上がった橋の前を守る様に円陣を組み、応戦している。
その中へと入り声を掛けた。
「さっきの爆発で後続は警戒して近づけない筈です。
これより全力でファイアーストームを放ちますので、その隙に撤退してください」
「殿下!? ということは砦は放棄したので!?」
「ええ、魔石が尽きそうなので。
俺は飛んで帰りますから、気にせず駆けてくださいね?」
「殿下! 後は逃げるだけならば我らだけでも何とかできます!」と続く将軍に「もう時間が無いんです! この無駄な問答が互いを危険に晒すと理解してください!」と強く言えば了承してくれた。
「これを伝え終わってから三秒後、問答無用で撃ちます。息を吸って止めたら、顔などを保護する魔道具を全て起動し合図と共に森へ走ってください! いきます! 三、二、一」
杖を掲げ、全力で上空に巨大な魔法陣を広げた。
上から下へと吹き付けるつもりだ。
本当は敵に向けて撃ちたいのだが、完全に囲まれているので抜け出すには自分たちを中心に撃つしかない。
スタートの合図は敵が火に呑まれてから。
とりあえず先に起動させなければと魔力を全力で送る。
初めて作るほどに大きなもの。三十メートル程度はあるだろうか?
ちゃんと起動してくれるよな……そんな不安をよそに上空から地面へと広範囲に広がった業火が吹き荒れた。
「走れぇぇぇ!!」
炎が吹き荒れる中心地はここ。
俺たちを中心に地面に叩きつけられた炎は行き場を失い波紋の様に広がっていく。
耐火装備が無い者が抵抗出来る筈も無く将軍たちはするりと敵の囲いを抜けていった。
流石第三の奴らが協力して作った最強の杖だ。威力を出し過ぎたからか一発で壊れたが、目を疑う程に広範囲の敵を焼き尽くしていく。
だがそれでも数百を巻き込んだ程度。多勢に無勢は変わらない。
直ぐに魔法を止めて俺も走り出す。
助走をつけた後、翼を広げ空へと。少しだけ風の魔道具での推進力を受けて再び砦へと入った。
気にしている将軍たちの方へと腕で大きな丸を作れば、彼らはその後は振り向かず森の中へと走り去った。
その間もずっと攻撃されていた砦は、とうとう崩され始めた。
ヤバイ時間が無いと、街道付近の地雷を爆発させる。
一番有効そうな所だから敵軍に使いたかったが仕方が無い。
後始末を終えた俺は、そのまま飛び上がりオルドール砦を目指した。
やっとの事でフォンデール砦を落としたダールトン軍だが、一歩進んだにも関わらず公爵はまるで生気が抜けた様に放心していた。
それもその筈、一万七千居た兵はもう五千を切っていた。
その中の三割近くが負傷兵。頼みの綱のリュウキ軍も既に居ない。
ベルファスト兵の強さを鑑みれば、もう自軍だけではベルファストと戦う力を残して居なかった。
ミルドラドが出せる全軍を当てたというのに。
「これは……退却も視野に入れるべきかもしれないね」とイグナート候はエストック伯に向けて言った。
「口を出さぬと申したと、何度言わせる御つもりで?」
「キミこそ忘れたのかい? 戦況が傾かぬ限りと私も申したよ」
帝国貴族の二人が一歩も引かぬと睨み合う。
「キミの所為ではないが、これが傾いてないとでも?」と彼は淡々と少し冷たい空気を放ちながら言うが、言葉を返したのはエストック伯ではなかった。
「ひ、引けませぬ!」と、公爵の声が響く。
「引いてはならぬのです!
私がどうして兵を死なせたとお思いで!?」
「「保身の為だね」」二人は息を合わせて公爵へと言葉を返した。
「き、貴殿らも援軍だというのであれば力を貸して頂きたい!
何もせず終わりというのはいくらなんでも不義理ではないか!!」
後が無くなった彼は恐怖していたエストック伯にさえ声を荒げた。
「それは一理ある……がしかし私は兵に無為に死ねとは言えない。
そもそも私はベルファスト占領後にレスタールに睨みを効かせる為に来たのだ」
「そんな……我らに死ねと言っておいてか!!」
そう言われてしまうとイグナート候も二の句が上げられなかった。
しかしエストック伯は彼の言に安堵の顔を浮かべていた。開戦前はどう見ても無用だと思われた援軍。その理由が理解できるものだったからだ。
正直、完全にベルファストを見捨てたレスタールへの睨みなんて自分たちだけで十分だとエストック伯は感じていたが、中央の示威行為としてなら十分有り得ると納得したのだ。
彼は帝国の謀に巻き込まれた訳では無いとわかり肩の力を抜いた。
「そうだね。僕ももう諦めるとするよ」
取り繕うのを止め肩を竦めたエストック伯の声に絶望に染まるダールトン公爵。だが続く言葉は予想に反するものだった。
「うん。大手柄は諦める。
イグナート卿、もう共に戦おう。勿論手柄もちゃんと分けるよ。
援軍と言った手前、共に出てくれるよな?」
「エストック、キミって男は……最後のあれ、見ていなかったのかい?」
最後のあれとは、明らかに無駄と言える大爆発の連発。
それだけではない。ありえない程に大きな魔法陣。
普通、あんなものが起動できる筈がない。
魔法陣とは他者と共同で作る事はできないのだから。
一度に均等に魔力を送り込む必要があるからこそ一瞬で魔力を伝達するミスリルが無ければ魔道具が作れないのだ。魔法を扱う際、最初に薄く陣を描き起動待機させるのはその為である。
あの大きさでは魔法専門の名の知られた騎士であっても魔力も制御も出力も全てが足りない。
仮に、バックパックで魔力を溜め、補助具で無理やりに出力を上げさせたとしても、あの距離に広げた魔力を均等に一瞬で行き渡らせる制御などできず、大きさに見合わぬ低い威力となる筈だった。
明らかに異常な存在が居るという証左であった。
「見たよ。まあ危険ではあるけど僕らで殺れないとは思えないね」
「それは近接で一対一に持ち込めればだろう。
あの投げていた黒い球がまだあるのなら出てくる理由が無い」
現に彼はあれほどの魔法を使えながら兵を減らすことより撤退を優先した。と、説き伏せる様に解説を行う。
「いいや、出てくるね。次の砦で最後だ。
あそこは罠を仕掛けてハイどうぞとはいかない。確実に止めに入るだろう。
そこを僕らの部隊で強引に破ってあげたらどうだい?」
彼の言葉に長考に入ったイグナート候。
そんな彼の様を見やった後、彼は言葉を続ける。
「もしそれでも出て来なければベルファスト城は落とせるだろ」とエストック伯はほくそ笑む。
「それはそうだがそこまでの道が険し過ぎる。
士気の低下も酷いものだ。このままぶつけても十全に力を出すことは……
――っ!? もしかしてキミは自軍をも使い潰す気か?」
「当たり前だろう。目的は何だと思っているんだ?」と漸く理解してくれたかと逆に嬉しそうな顔を見せるエストック伯。
「確かに、ベルファスト陥落は亡き先代に捧げる陛下の悲願。
わかったよ。私も覚悟を決めよう。しかし私は誰の指揮下にも入らないよ」
「うん、キミが決めなよ。戦略は僕より得意だろ。もう勝てれば何でもいいからさ」
「わざと死地に送るような命令は聞かないけどね」と彼はあっけらかんと言う。
「そんな事はしないさ。
ただ、何処が死地かがわからない戦場だから困ったね……
ふむ、ならば軍を分けるか。その程度の時間なら指したる問題は無いだろう」
「ああ! その手があったか!
なるほどね。今の情勢ならそれも使える。失念してたなぁ。
うん、僕はやっぱり戦闘向きだ」
仲違いしていたのが嘘の様に戦略を練っていく二人。
何とか首の皮一枚繋がった公爵は、力が抜け椅子からずり落ちそうになるが、それでも二人の戦略を耳に入れ続けた。
そして、三つの軍が動き出す。
ダールトン公爵軍五千。
エストック伯爵軍二千。
イグナート侯爵軍五千。
総勢一万二千の軍勢。
しかも七千は帝国の精鋭。
兵を死なせないよう気遣うイグナート侯爵軍は人数差のみならず兵の質さえエストック伯爵軍よりも上を行く精鋭。
もう、ほぼほぼベルファストへと勝利が傾いたと思われた戦争は更なる動きを見せることとなる。
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