第70話 もう総攻撃かよ



 ダールトン軍本陣では、場にそぐわぬ陽気な声が響いていた。


「さあ、もうダールトン軍には後が無くなった!

 もう怪我人だ死者だって気にしてる場合じゃないのは理解しているよね?」


 エストック伯は公爵に笑顔で問いかける。


「それは、確かにそうですが……」


 口篭る公爵と肩を組むと、引き寄せ「じゃあ、これからどうするべきだい?」と少しトーンを落として冷めた視線を送る。


「おいおいエストック、それでは余りに失礼だよ」

「イグナート卿、口を出さぬ約束では……?」


「ふぅ、そう言われては返す言葉が無いね」とはお手上げだと肩を竦める。

 進めてくれと手でエストック伯を指したイグナート候は口を閉ざした。


「兵を進ませねば話にならぬことは理解しております。当然引けぬことも。

 しかし全軍という訳には参りません。五百……その程度で乗ってくるかを測らせて頂きたい」

「当然構わないよ。しかしそれで乗ってこなかった場合、倍に増やして貰う」


「いいよね?」とニコリと笑うエストック伯。


「致し方ありません。引けぬ戦いだと理解しておりますからな……」

「うん、結構! 約束通り……逃げる味方に槍、突きつけて貰うからね?」


 先日の約束。守れよ、と強調された理由はこれだったかとダールトン公爵は背筋を凍らせた。

 しかし自身で口にした通り引けない戦いだ。

 これで勝てなければ破滅なのだから。王家を討たれたミルドラド国内の反発ですら厳しいというのに、帝国入りがご破算となり後ろ盾が無くなればいくら王家を凌ぐ力を持っているダールトン公爵と言えど全てが終わる。

 当然、犯人の公表などしていないのだが、公爵がこんな時にミルドラド王が嫌っていた帝国と組んで全国から兵を強制徴集し出兵ともなれば誰が怪しいかは一目瞭然だった。


「わかり、申した……」


 項垂れながらも了承を返した公爵を見て「指揮官に槍を突き付けさせるだけだよ。気楽に行こう。勝てば命も地位も残るんだからさ。多分ね?」と彼は陽気に笑う。


 一部始終を見ていたイグナート候は二人が去った後「エストックはここまで外道に落ちていたか。ますます帝国の行く末が心配だ……」と落ち込んだ顔を見せた。






 前進させた内、十の部隊を失ったダールトン軍はすぐさま本陣へと引き返した。

 それを確認した後、すぐに橋は下ろされ将軍たちが砦へと戻る。


 英雄の凱旋だと兵士が囲み沸き立った。


「鬼神の如き戦いでしたな。私もそこに選ばれたかった」

「やめろやめろ。あんたが出たら俺の配置が換わるだろうが。

 俺の居場所を奪うんじゃねぇ」


 将軍が手をひらひらと振りながらドーラ子爵に返せば笑いが起きる。


「将軍、すみませんでした。どう考えても撃つタイミングが無く、ただ突っ立っているだけで終わってしまいました」

「何言ってやがんだ! よくやった奴が頭を下げるんじゃねぇ!

 もし撃ってたら殴ってるわ。あれでいいんだよ。あれで」


 シュタール伯が地雷を使えずに終わってしまったと謝罪をしたが、逆に使わなかった事を将軍は褒めた。


 そんな時、空から人が舞い降りた。


「す、すいませーん!!

 遅くなりましたぁ……って何ですかその血はぁぁぁぁ!!」


 自由に空を飛んで現れるベルファスト国の王子。

 彼は不死鳥部隊が血まみれなのに気が付き、驚きの声を上げた。

 





 待って待って待って!

 攻めて来たのはいいよ。けど、外の部隊は交戦しない約束じゃん!

 そう思いながらも魔法陣を数十起動して彼らに回復魔法を掛ける。部位欠損はなさそうだからエリクサーは要らないだろう。

 そう思ってのことだったが……


「殿下、死者は勿論、負傷者もおりません! 全ては返り血であります!」


 兵士の一人が教えてくれて「そ、そうですか。良かった……」とすぐに魔法陣を消し安堵の息をついた。


「しかし、何というお力。一度にどれだけの魔法を発動できるのですか殿下は……」

「ええと、戦闘でも使えるレベルとなると……二十程度ですかね?」


「「「おおおお!」」」


 凄い盛り上がっちゃったが、ちょっと調子に乗りすぎたかも。

 確かに使えるが、俺はほとんど対人戦をしたことが無いから強い敵相手じゃ無理かもしれん。

 まあ、俺が近接戦闘を行いながらそれだけの魔法を使う時なんて来ないか、と訂正をせずに流した。


 そうして直ぐに何があったのかを話して貰えば、一応想定した事態が起き計画の範囲内で動いた結果だとわかり安心した。

 不死鳥部隊だけで千三百の敵兵を屠ったという朗報を聞けたのも嬉しい。

 本当に千三百も小出しに出し続けたのか、という疑問は残ったが結果オーライだ。

 完璧な働きに感謝の言葉を送り、今度はこちらがしてきた仕事を報告する。


「一先ずこちらも伏兵の配置が終わりました。その情報も共有しておきましょう」


 そう、森や街道を進まれた場合でも、多少は無視できる様に伏兵を配置してきたのだ。

 これは元々やる予定だったが、二週間以上も予定が早まり、奇襲と言って差し支えないタイミングだったので準備ができていなかったのだ。

 それをルーズベルト騎士団長やアーベイン侯爵と共に兵の割り振りを行った。


「伏兵部隊が敵と接触した場合、直後に救援光を二つ同時に上げる様にと伝えてあります。一つの場合は救援信号です。勿論、行かせられない場合もあるとは伝えてありますが、今みたいな状況であれば送るつもりです」


 伏兵関連を説明し終わり周囲の言葉を待つ。


「確かに敵の位置を知るのは重要です。しかし、伏兵に千の兵……ですか」


 と、ドーラ子爵から疑問の声が上がる。

 彼は先代のベルファスト時代に戦場を掛けてきた歴戦の猛者だが、参戦は今回から。

 地雷設置や、フォンデールでの作戦に掛りきりになっていたので聞いてなかったらしい。


「はい。ここの兵を全員オルドールへと退避させられれば、あっちの常駐と合わせて砦に千、森に千、ベルファストに三百となります。これは予定通りですよ」


 森は然程警戒せず、ベルファスト外壁を警戒するのが今までの流れだと聞いたが、奇襲されるよりも奇襲した方が良いのではと提案したのだ。

 もし森を通らないようであれば、オルドール砦への援軍としても直ぐに呼べる。

 オルドールでは兵を出すつもりだから逆もまた然りだ。と言ってもこの人数差で他に援軍なんて無理だろうけど。

 

「なるほど。森には火を放てば良いくらいに考えていましたが、確かにそれは後からでも出来ますな。奇襲に利用した後にすべきか……納得したしました」

「まあ、やるとしても最後の最後ですね。森は大切ですから」


 そうして話して居ればダールトン軍は再び動き出した。

 今回は直ぐ動くのかと意外に思いつつも外壁の上に上がる。


「では、我らは再び行って参ります」

「えーと、魔力消費は問題ありませんか。自力でオルドールまで引けそうですか」


 戦闘直後だ。心配になり将軍の顔を見上げる。


「多少の消費はありますが、オルドールへ下がる程度は余裕でしょうな。

 殿下の魔道具は優秀に過ぎます」

「圧勝でしたよ。将軍なんて敵将を討ち取ったくらいですから」


 えっ、何それ聞いてない!

 そう思って視線を向ければ将軍は兵士を睨んでいた。


「もし余裕があればで良いのですが将軍にも盾をお願いできませんか?」

「ばっ、大丈夫だって言ってんだろ! 無理を言うな無理を!!」


 ん、盾……ああ、最初の方に頼んだあれか!

 光の魔法陣をミスリルで形作って職人に投げたから忘れてた。

 ただ、予備は無いんだよな……とりあえずと百作ってそれを盾にして貰ったから。

 百人に渡したならそれが全てだ。


「すいません、無いんです。あったらもう渡してますよ」


 そう告げれば、将軍は何やらホッとした顔を見せた。

 あんまり使えなかったのかな?

 いや、兵士が渡して欲しいって言ってたから違うか……どうなんだろ。

 そう考えて居たが、時間が無いらしく「では、こちらはお任せを」と出て行った。


 こちらも準備をしなければと銃を作り並べていく。

 収納魔法に入れている魔力を全部出して五十丁ほど並べる。

 兵士たちは練習していた通りにマガジンに玉を込めて装着した。

 予備にも込める補佐が付き、魔法兵や地雷点火部隊も配置についた。


 全ての準備が整う頃には、敵兵も準備が整っていた。


「今回は使いどころがありそうですね……」


 敵軍を見据えたシュタール伯は眉を潜める。

 撃ちたかったのだろう。彼も意気込んで準備していたし。


「では、地雷は任せます。ここに居ますから必要があれば聞いて下さい」

「えっ!? は、はい! わかりましたお任せを!」


 それなら俺は銃を撃とう、と自分用を準備する。

 一応念の為、杖も手元に置いておく。これで収納魔法の中身は空だ。

 ならばあの作戦も使える。

 早い内に実践で使えるのかを試したいと敵の前進を待った。


 そしてまだかまだかと全員が待つ中、再び敵兵の進軍が始まった。


 大凡五百の部隊が幾つも点々と隊列を組み前進している。

 数えれば二十もの部隊。一万の兵だ。

 後ろに同規模の軍が控えているからこれで全軍だろう。


 もう総力戦を仕掛けてきたのか。

 これは拙いなぁ。何が拙いって将軍の部隊が危険だ。

 一応様子見で止まっているけど、突っ込んだりしないよな……


 そんな不安を抱えていれば地雷周辺へと敵軍が到達していた。

 シュタール伯が番号を叫び、点火準備を終わらせる。

 視線を向けられたので頷いて返せば「撃てぇぇぇ!!」と伯爵は敵軍に手のひらを向ける。

 何それカッコいいと爆発音を聞きながらもシュタール伯の立ち姿を見学した。

 俺なんか外壁の内側に手を突いて地雷点火部隊の方を向きながらだったからな。


 そんな緊張感の無いことを考えながらも敵軍はと見やれば『進めぇぇぇ!』と叫ぶ声が聞こえる。


「殿下! 残りも使って宜しいので!?」

「うん。街道前だけ残して好きに使って!」


 そう、あそこは砦を無視された時と逃げの一手の為に数発残さねばならない。

 シュタール伯もそれは知っているので頷くと再び番号を叫ぶ。


 すぐさま二回目の点火が成されるが、敵兵は止まらない。

 地が弾け上がる砂塵の中から敵兵が特攻してくる。

 どうやら、堀の近くの方が安全だと言い聞かせ、死ぬ気で走り抜けろと指示を飛ばしている様だ。


 そこからは何度も爆発音が響いたが、全ての敵を止められる筈も無くこちらへとロックバレットが多数飛んできている。

 俺は飛んでくる大岩を届く範囲は可能な限り収納魔法へと収納して取っておく。

 こちらの銃撃や爆撃に足を止めた兵には敵の本陣から魔法が飛んで、強制的に走らされていた。

 俺たちは外壁の上からひたすら銃撃を行う。


 あっ、将軍たちはいま何処だろうか、ちゃんと後ろに下がっているかな……


 と、確認すればまだ外された橋の近くで敵に囲まれながら交戦していた。


「ちょぉぉぉ! 何やってんのぉ!」

「ど、どうされました殿下!?」

「ルイ! 問題が起きたのか!?」

 

 伯爵と叔父さんに問われ、将軍があそこで囲まれてしまっていると告げつつ飛び出そうとしたら叔父さんに止められた。


「待てルイ、よく見ろ。将軍はあの程度何とも無い。

 殆ど魔力を消費せずに蹴散らしているじゃないか」


 言われて見れば確かにそうだった。

 けどずっと何て無理だろ。

 だってそれができるならラズベルの時代で既に勝ててるもの。


「どれくらい持つの?」と尋ねるが、二人にはわからない様子。


「まあ、練度があの程度の敵なら千人は余裕だが、三千は無理だな。魔力が持たん」


 ドーラ子爵が「火の魔法しか撃ってこねぇ前提だがな」と欲しい情報をくれた。


「魔道具兵、銃部隊は将軍たちの援護を優先!

 当てたら拙いから周辺で良い! 少しでも密度を下げてくれ!」


 そうして将軍たちの援護に入った直後、下から兵が駆け上がってくる。


「突然消費が上がり、防壁に使う魔石が七割を切りました!!」

「えっ、もう三割も減ったの!?」


 あっ、将軍に気を取られて忘れてた。

 と再び収納魔法で飛来する岩を収納するが、勿論全部は無理だ。

 あの程度で三割消費したということは、もう少ししたら撤退も視野に入れないと駄目だな。

 ああ、そうか。

 正門の方からも魔法を打たれたら砦が即落ちるから将軍の部隊は残ってるのか。

 仕方ない、どうにか俺がフォロー入れるしかないな。


「三割切ったらまた報告お願いします! そのラインで撤退を始めます!」

「ハッ!」


 爆発音はとっくに止んでいる。

 シュタール伯へとどれくらい巻き込めたかを尋ねた。


「まだ、街道付近五、その他で八余っていますが、四千は削れたかと。

 負傷も入れるなら合計六千はいっている筈です」


 最初に二千、将軍たちで合計二千、銃で千近く。

 爆弾での四千を足せば目標のここで一万以上は余裕で行けそうだ。


「完璧です! ではシュタール伯は撤退の指揮をする準備を!

 障壁用の魔石が恐らくそろそろ半分を切ります!」


 兵に声を掛けて欲しいと伝えれば即座に傍付きを動かして回ってくれた。


「殿下、俺たちは戦えないんですかい?」と血気盛んな兵たちが少し不満そうな顔を向けた。


「うん、此処ではもう無理。

 将軍たちもできるなら今すぐ撤退してほしい状況だから。

 本当に上級騎士でも危険だから駄目!」


 はっきり伝えれば「わかりました。すみません」と引き下がってくれた。


「けど、オルドールでは出て貰う。

 もう直ぐだから力を温存しておいて。

 頼りにしてるからね?」

「「「ハッ!!」」」


 敬礼し、迅速に階段を下りて余剰兵がシュタール伯の指示の下整列していく。


「よし、詰まらない暴走とかは無さそうだ。後は将軍たちが無事に逃げれるかどうかだな……」


 そう、あの部隊が生命線だ。

 彼らだからこそあんな無茶が出来る。

 劣化したオーウェン先生が沢山いる感じだからな。


 そんな人たちが猿の皮身にまとってるとか……敵からしたら悪夢だな。

 そりゃ無双もするわ。


 だからこそ絶対に生き残って貰わねば、そう思い考えを巡らせた。


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