第69話 精鋭兵vs精鋭兵


 ダールトン軍は瞬殺された部隊を目の当たりにしたものの、指したる混乱を見せていなかった。

 小分けに前に出されたのは新兵たち。

 あの数の新兵を当てても負けるというのは理解していた。

 無駄死にさせた事への不満は募っていたが、今までに無い程の大軍ということもあり、士気は大分回復していた。


「ちっ、あの程度では使わぬか……」公爵は一人ごちる。


 指揮官クラスが最後方で並べた椅子に座る。

 その前に中隊長以上の指揮官が整列している。

 当然イグナート候やエストック伯の席もその場に設けられていた。


「おい、次の一手はなんとする!」

「ハッ! あの異様な格好をした敵兵は間違いなく精鋭と見受けました。

 余り纏まれぬ今、これ以上新兵を当てる事に意味はありません。

 であればあれをこちらの精鋭で押さえ、分けた部隊を散らばせ砦を攻撃するのは如何でしょうか」


 チラリと公爵から指揮官までがエストックへと視線を送る。


「僕の意見が欲しいのかい? いいんじゃない。普通だけど悪くもない。

 敵が嫌がる状況に追い込むのは定石だからね」


 イグナート候が約束通り口を出さないからか、エストック伯はいつもの調子を取り戻していた。


「だけどさ、あれを止められる精鋭はダールトンに居るのかなぁ?」とエストック伯は小馬鹿にする言葉を続ける。

 当てたのが新兵とはいえ、あのベルファスト兵は彼にそう言わせる程に圧倒的だった。


「あれには上級以上で作った部隊百を五つぶつけさせる。

 リュウキ軍を出し確実に潰せ。

 しかし忘れるな。別々に動きあれを撃たせぬよう囲めとしっかり言いつけろ」

「おお、流石は腐っても公爵。私と大凡同じ采配で驚いたよ」


 腐ってもの声に歯を食いしばるダールトン。

 当り散らすように「何をぼさぼさしておる!!」と隊長格を怒鳴りつけた。


 公爵は「貴様が出ればそれで済む所を……」と小声で呟きエストック伯を横目で睨みつける。

 他国と比べミルドラドに上級騎士は数少ない。

 しかもリュウキ軍はミルドラドでも唯一、百人の上級騎士を抱えていて他数百の兵も練度は高い。

 それがもしすべて討たれれば結構な痛手だ。 


 しかし、報告通りの大魔法とやらを撃たれれば失うであろう。

 大魔法は百程度には撃たない。そう決断したのだから次も大丈夫な筈だ。

 そう考えた公爵は、五つの部隊をばらばらに動かせ、最終的に囲むという指示を出した。

 彼は口を引き絞りながら自軍の動きを見据える。





 再びダールトン軍が動き出した。

 今回は本格的に動く模様。百に分けられた二千の兵が戦場の端まで広がり、個別に、しかし息を合わせ前進する。

 その様を見据えていた将軍は不死鳥部隊へと視線を向ける。


「動きやがったぞ。この場合の想定はされてたな。

 さっき撃たないで堪えられたんだから今回も撃たねぇだろ」


 一万居る軍が単独で三百だけ出すなんて状況だった前回とは違う。

 部隊が細かく分けられた想定はされていた。


「ハッ! 街道に向かわれても問題ない数であれば魔法兵、魔道具兵で応戦。

 その場合、こちらは距離を保ち待機。

 撤退の判断は指揮官である将軍のご意向となります」


 彼は敬礼しながら作戦内容の復唱をしたが「ですが……」と不安を露わにした。


「わかってる。殿下が居ないと魔道具兵は機能しない。

 であれば、その分の働きは俺たちで補えばいい」


 緊張が走るが、臆した者は一人も居ない。長年戦い続けた上級騎士たち。

 各々が心から力を認め合う存在。それが百も集まっているのだ。

 その上で火炎魔法は無視でき、多少と言えど衝撃を吸収する防具も付けている。その上で斬撃にすら耐性があるのだ。

 どんな失敗をしても即死は早々有り得ず、エリクサーも持っている。

 仮に相手が最高戦力を出してきて囲まれたとて、勝てる確信があった。


「来たな。あれが俺たちの相手だ。

 落とした後に砦へ攻撃している部隊も落とす。

 気合入れろよ。殿下をお守りするのは俺たちだ。

 いつまでも守って貰ってちゃ笑いもんだからな」


 兵士たちにとっては、ルイ殿下が本当に本物かという疑問があった。

 この砦に来るまでは……

 それはロイスの息子かという話ではない。戦争を勝利に導けるほどの存在かという意味だ。

 そしてそれは開幕のたった一撃で証明された。


 本来、どうあっても完全な負け戦。

 そこからのどんでん返しが起こると信じさせるに足る一撃。

 それが彼らの心に火をつけ、今も燻り続けている状態。先ほどの雑魚では逆に焦れてしまうくらいだった。

 将軍に言葉を貰うまでも無い。そう言わんばかりに各々好戦的な顔を見せた。


「行くぞぉ!」

「「「おおおお!!」」」


 そうして進んだものの、敵兵は逃げるように散らばった。

 広がり火魔法を撃ってくるが、追えば逃げていく。


「あん、本陣まで突っ込むほど馬鹿だとでも思ってやがんのか?」

「将軍! あちらを!」


 左右から明らかにこちらを伺った部隊が回り込もうとしている。

 どうやら敵のメインは此処らしいと気が付いた彼は口端を吊り上げた。


「面白れぇ……だが態々囲まれてやる必要はねぇ!

 回り込みを狙う砦に近い部隊からやるぞ!」


 そうして回り込んだ兵を追えば、先ほどとは違い接近を許し遅滞戦闘と呼べる程度の接近戦をしてみせた。

 追い付き、一つ潰せると安堵した不死鳥部隊だが、先ほどとは打って変わった強さを持っていた。

 自分たちよりも弱いことは確実だが、防備に徹しられると中々崩せない。その程度の腕は持ち合わせていた。


「将軍、追い付かれます!」

「仕方ねぇ、ここを二十で止めろ。ショウゾウ、やれるな?」


 ある程度は減らしたとはいえ二十では数倍の数だが、指名を受けた彼は歓喜する。


「ハッ! 喜んで殲滅させて頂きますとも!」

「殲滅できんなら助かるが、殿下の言葉は忘れんなよ?」

「ええ、誰一人欠けずに、ですね」


 そう言って笑顔で頷くと、彼は「やっと俺の戦争が始まったぜ」と連れて行くものに声を掛け「行くぞおらぁぁぁ!」と一目散に特攻した。


「ったく、好戦的過ぎんだろ。ゲンゾウさんが見たら泣くぞ?」


 彼は近衛騎士長を勤めていたゲンゾウの息子だった。

 ゲンゾウはロイスに付いて行ったが、将軍の側近だったショウゾウはラズベルに残る選択をしたことで袂が分かたれていた。

 守りに長け思慮深かったゲンゾウを想い、将軍は深くため息を吐く。


「まあ、こっちはもっときついがな。あれを使ってもかまわねぇ。全力で行け!」


 そう告げるだけで兵士たちは理解し、各々存分に戦える距離をと離れていく。

 もう目の前まで敵は迫り、将軍の前にも敵兵が姿を現した。


「よぉ、しっかりと首は洗ったか、ラズベル!」

「はっ、随分生意気な口をきくじゃねぇかリュウキ。

 前回惨めにも俺に追い返されたのを忘れたのか?

 力どころか頭も弱いのか……哀れな奴だ」


 二人は因縁の相手であった。家格は違えど互いに武家の中でも名門中の名門。

 そして互いに親、または祖父を討たれた仇の家でもあった。

 声のトーンだけを見ればただの軽口の様にも思える気楽さだが、互いの瞳の奥には必ず殺すという意思が垣間見えていた。


 そんな相手に哀れまれたリュウキは、激昂する。


「だまれぇぇぇぇ!」


 感情任せで大振りに振り下ろされた斬撃を往なし、将軍は魔装の上でもお構い無しに戦斧を振り下ろす。


「こんな手に乗るなんて相変わらず馬鹿な野郎だ。ほれ、隙があるぞ!」


 まるで訓練を始めたかのようだが、魔装は叩き割られ踏ん張りながらも体制を崩すリュウキ。再び迫り来る戦斧を剣で受けたが吹き飛ばされた。

 だが、すぐに体勢を持ち直し魔装を修復した。


「リュウキ様!」と近くの兵士が寄るが「こいつは俺が一人でやる。邪魔する奴は殺す」と突き放し再び二人だけの空間となる。


 先ほどとは打って変わり冷静に、互いが真剣に向き合う。

 一合、二合、と剣戟の弾き合いが始まり、ラズベル将軍が先に距離を取った。


「はっ! 貴様など、このリュウキ様にかかればこんなもんよ!」

「ああ、そうだな。雑魚を潰す用では駄目らしい。

 てめえはこれで潰したかったが、もうそうも言ってられねぇよな……」


 彼は、武器を大剣へと変化させる。本来彼が扱うのは大剣だった。

 戦斧は亡き父が使っていたもの。幼き頃は父に憧れよく使っていたものだが、ロイスに指摘されて大剣へと変え、それが手に馴染んだ事で武器を変えていた。

 ただ、雑魚の魔装を叩き割るには都合がよかった。

 リュウキには父の武器で仇をという想いから使っていたのだ。


 だが、今それをやるのは間違っていると彼は大剣を構える。


「てめぇ……今更扱う武器を変えて俺に勝つだと?

 ああ、また隙を狙おうって魂胆か、弱者は大変だなぁ!!」


 リュウキにとってラズベルの武器は戦斧。その場しのぎで変更しているだけだと高を括り切りかかる。

 再び切り結びが始まった。

 しかし、数回の打ち合いにより一歩引くことになったのはリュウキだった。


「ま、まさか本当にそっちがメイン武器だと言うのか!?」

「そう言ってんだろ。

 てめぇごときにやられて勤まるほど将軍の名は軽くねぇんだよ」


 羽織タイプの血に染まった毛皮を纏い、濃厚な殺気を放つ様はまるで災害指定の魔物ブラッディベアーを幻視させた。

 圧に呑まれかけるリュウキだが、雄叫びを上げ気合を入れ直し再びラズベル将軍へと切りかかる。


 二人だけの戦いは戦場では珍しく長いこと続いた。

 その間に部隊同士の戦いは終わりを見せ始める。

 倒れたダールトン兵が毛皮を纏った兵士を睨みつけ「なんだ、そりゃ……」と呟きそのまま首を落とされる。

 その時にはもう四百居たダールトン兵は一人も立っていなかった。


「確かになんだそりゃって感じだよな」と不死鳥部隊の一人が呟いた。


「こんな盾を渡された時はこれをどう使えとって思ったけどな」

「ああ、まさかこれが最強の盾だ何て誰も思わないよな」


 大きな丸盾。その表面には魔法陣が刻まれていた。

 光魔法を発生させるもの。当然放てば円の中に入る敵の魔装は全て消える。

 体ごと入れれば敵は武器も防具も失う。

 魔道具なので発しながら動かすこともできるが為、全身に当てることも容易だ。

 成すすべが無くなり、一瞬で魔力を奪われ勝負が付く程に怖ろしい物だった。


「将軍は使わないんだな」

「因縁だからじゃ……って将軍は、貰ってないんじゃないか?」

「あっ……」


 彼らは将軍に渡されたのが毛皮だけだと思い出し急いで駆け寄るが、その時にはリュウキはもう地に伏せた後だった。


「おう、そっちも終わったか。じゃあ、次はあっちを落とすぞ」


 戦っている間に、小分けにされた敵部隊が砦周辺に取り付いていた。

 砦の上から応戦しているが、押さえが居なければ魔石による障壁などすぐに溶けてしまう。

「早く行くぞ」と声をかける将軍に、一人の兵士が恐る恐る声を発する。


「あの、将軍、これを……」


 と、兵士の一人が盾を差し出すが「いらねぇよ」と突っ撥ねる。


「本当は前に出るなって言われてんだよ……お前らで使え」


 そう。意地悪で渡されなかった訳ではない。

 指揮官が最初に引かなければ兵は続けないのだから、将軍に前に出て戦って貰っては困ると申し付けられていたのだ。


「では、ここからは我らだけで!」

「いいや、臨機応変だとも仰った。殿下が不在の折を守るは俺の務めだ」


 なら受け取れよと兵たちは苦笑する。

「意地かな」「だろうな」と呟きながら不死鳥部隊は将軍の後に続いた。















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本編の間にすみません。

本作品をお読み頂き、沢山のコメントをくださりありがとうございます。


ある程度ストックが減ってまいりましたのでご報告させて頂いていた通りコメント返しを控え、執筆に専念させて頂きます。

コメントは全て読ませて頂き、修正も出来る限り対応させて頂きます。

どうぞこれからも宜しくお願い致します。

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