第68話 全ては作戦……?



「エストック伯!! これはどういうことですか!!」


 ダールトン公爵は一瞬にして数千の兵を失い逃げ帰ったと聞き、エストック伯へ割り振られた簡易テントへと乗り込んできていた。


「どういう事とは……?」


 いつものへらへらした顔で流されるだろうと考えていた公爵はナイフの様に鋭い視線に面食らって威勢が落ちる。


「伯爵が付いていながら、開戦直後の一瞬でこれほどの兵を失うなど!」

「へぇ、私に責任があると? 逆に問うよ。

 僕に兵を置いて行かせた癖に、危険に晒した責任をどう取るつもりだい?」


 カッとなり状況を理解しきれていなかった公爵は己の失態に初めて気が付いた。

 今回の出兵、無理に急がせたのはエストックだったが、功を奪われては困ると軍を置いていかせたのは公爵だった。

 莫大な金を使い方々の強い反感を無視し、一万七千もの兵を集めた。

 それは帝国に対して存在感をアピールする反面、とても大きなリスクを伴うもの。


 この上戦果を奪われては堪らないと半ば強制的に仕向けたことだった。

 故にエストック伯を責めることはお門違いも甚だしい。

 そこに気が付いた公爵は引き攣った笑みを浮かべ、どうにか話を流そうと試みる。


「帝国上位を奪い合っている貴方が奴らごときに危険を感じたと?」

「ほう、この僕を煽っているのかな?」

「いえ、その様なつもりは……」


 すっと立ち上がるエストック。

 鋭い視線のまま公爵へと歩み寄り場に緊張が走る。


「エ、エストック伯、な、何を……」


 まさか感情に任せて攻撃を、と血の気が引いていく公爵とは裏腹に、エストックは子供の様にニコニコと笑みを浮かべた。


「いいよ。理解はしたみたいだから今回は許してあげる。

 戦後の報告書に載せるかまではこれからの働き次第でだけど」

「働き、といいますと……?」


 故意に伯爵を危険に晒したなどと取られる書き方をされれば、帝国を舐めていると思われかねない。流すことは出来ない言葉だった。

 完全に場の空気に呑まれたダールトン公爵は肩を押されるがままに動き、テーブルに着かされる。

「あはは、もう怖くないよ」と嘲笑うような声を上げながらエストックは対面に着いた。


「勿論、この戦場での働きさ」

「と、当然ダールトン対ベルファストの戦争ですから、我が軍が矢面には立ちますが……」


 それ以外に何をさせる気だと、彼は不安に駆られた。


「いや、それならば良いんだよ。それを指揮官にしっかりと伝えてくれ。

 退却など何があってもするな、という事と当然急ぎ侵攻することもね?」

「は、はぁ。それは当然構いません。しかしその、無策という訳には……

 敵の放った魔法とはどの様なものだったのか聞かせて下さいませんか?

 うちの指揮官だけでは要領を得ませんでしたので」


 そう、そもそも公爵はそれが目的でここへ来たのだ。

 対策に戻るとエストックに言われたが、その対策会議にエストックは出なかった。

 その事を咎めるつもりだったが自らの失言で口に出せなくなったのだ。


「あれね……魔法発動が一瞬だった事や距離から見て恐らくは魔道具。

 魔力視に反応が見えなかった場所からだったし魔力を溜め込んで置ける系統のもの、かな」

「そ、そんな技術、聞いたことも……」

「いや、無いことはないよ。ただ、あんな威力は出せないけどね。

 まあ安心してくれ。あれをやるには膨大な魔力が必要だ。魔石の出力じゃ到底不可能だから魔力が貯蔵できる分以上に使い続けることは出来ない。

 同じ場所に魔力を貯められるのは一人だけ。バックパックの保有量もそう多くはない筈。

 数で押し切れば良いだけの話だよ」


 そこで公爵は何の言質を取られたのか理解した。

 ダールトン軍が突っ込みその魔法を連発させろということだ。

 しかしそれについて異論の余地はない。

 元々彼らは援軍。

 知られたら皇帝の反感を買うので死ぬと知ってやらせる訳にはいかない。

 エストックが知ってしまっている以上、どちらにしてももう自軍でどうにかするしかないと理解していた。

 早期に攻め落とすと宣言してしまっているが故に、突っ込む他に道がないのだ。


「……槍を突きつけてでも進ませましょう。ですが、一つお約束を」

「うん、そうそうそれ。物分りの良い人間は嫌いじゃない。それで、何かな……?」


「ベルファスト城だけは我らの手で」と彼もここだけは引けないと強い視線を向ける。


「ああ、勿論いいさ。そこまで落とせる戦力を残してくれればね?」


 彼は時間が無い中で、戦力を残したまま切り抜ければ譲ると軽い調子で言い放つ。


「ははは、城攻めを果たす程度であれば残せますとも。言質は取りましたぞ?」

「ああ、互いにね。これは守ると誓うよ。だから――――――――守れよ?」


 強調して告げられた事に一抹の不安を感じたものの、敵はたった二千の兵力。

 使える魔力は己の体に宿す分とバックパックに貯め込んだ分だけ。

 仮に、ベルファストが保有するバックパック全てを使い切っても不可能だ、と公爵は余裕を取り戻した。


 そうして話が着いたと思われたが、新たにテントに入ってきた人物に目を剥く。

 それはエストック伯も同様であった。


「全く、もう始まってるなんて聞いてないぞ。予定を変えるなら一報入れてくれ。

 ダクトがもぬけの殻だったのを見て、私は狐につままれた気分になってしまったよ」

「イグナート卿! 何故貴方がここに!?」


 彼は帝国貴族で候爵位を若くして継いだだけでなく、エストック同様、騎士としても最上位の位置に居る人物。

 彼が赴いたというのには必ず理由がある。


 自分が下手を打ったということだろうか?


 そこに思い当たる節は無いが、ダールトン軍が一切役に立たなかった場合を考えると彼の軍が居るのは大変心強い。

 エストックは安堵と不安が綯い交ぜになった複雑な表情で彼を見据えた。

 いつもの彼からは想像もできない顔を見せられたイグナートは少し目を見開く。


「なんだ、まさか劣勢とか言わないよな? これだけ集めておいて」

「やめてくれ……確かにベルファストはとんでもない物を出してきたよ。

 しかし、この程度の危機を乗り越えられないと思われるのは心外だ!」


「この戦力差で危機ね」と呟きながらも『とんでもない物』という言葉にイグナートは興味を示す。

 その魔道具だと思われる物の範囲や一撃で屠った人数を聞き「それは捨て置けないな」と真剣な顔を見せる。


「どれ、私の軍も全て呼び援軍として加わろう。

 ああ、安心してくれ。戦況が傾きでもしない限り、手も口も出さないよ」

「そりゃ願ってもないね。貴方が出たら僕の出番が無くなる」


 話が纏まり置いてきたダールトン軍、九千の兵を合流させ重傷者を送り返した。

 再度準備が整った二日後の朝、再びダールトン軍はフォンデール砦へと進軍する。






 ベルファスト軍、フォンデール砦では兵士たちの動きが乱れていた。

 ダールトン軍の前進を確認し、てんやわんやの大騒ぎになっている状況。


 とうとうこの私、コナー・シュタールへと出番が回ってきてしまったな、と私は息を整え周囲を確認するが、まだ混乱は収まっていない様子。


「で、殿下はまだお帰りにならぬのか!?」

「ど、どうしたらいいのですか将軍!」


 そう、周りが騒いでいる原因はルイ殿下の不在。

 殿下は魔道具製作やオルドール砦への指示を出す為に飛び回っていた。丁度先ほど出て行ったばかり、そんな時にダールトン軍が動いた。

 

「狼狽えてんじゃねぇぇ! シュタール伯! いけるな!?」


 ラズベル将軍が兵士に活を入れ、私に『出来るな?』と強く問う。


「勿論ですとも!

 皆、殿下は我らだけでも戦えるよう準備して下さっている!

 だから落ち着いて欲しい。後は信じて戦えばいいだけだ!」


 彼らは地雷の詳細を知らない。

 魔道具だということすら知っているのは一部の者だけだ。

『これを敵に使われたら堪らないでしょ』とルイ殿下が詳細は広めないように注意を促していた。

 詳細を知っているのは私と、アーベイン候、ラズベル将軍、ルーズベルト騎士団長くらいだ。

 その中で、設置場所から作戦内容の詳細、殿下の思惑まで完全に把握しているのはこの私、コナー・シュタールだけ。

 もしもの時は、とルイ殿下から砦内の指揮を任されていた。


「不死鳥部隊は将軍の指揮の下、吊り橋の外で待機してください。

 将軍、巻き込まぬ距離でしっかりやりますが、それでも爆風と礫は来ます。

 殿下の言の通り、呑まれないでくださいね?」


「任せろ……これが俺の本職だ!」と熱気の篭った息を吐きギラリと目を光らせる。

 彼は専用魔装を顕現させると殿下が作らせた白い毛皮を身にまとい、外壁から飛び降りる。

 一般人なら死ぬ高さ。ズンと大きな音を立て着地したというのに何事も無かったかのように歩みを進める。

 その後ろに毛皮の集団が続く。まるで魔物の様な出で立ちだ。

 異様過ぎる筈なのだが、威風堂々足る姿。

 視線を向けていた兵士たちの心に火を灯す。


「はは、生き生きしていらっしゃる。おっと、私も仕事をしないとね」


 肩を回しトントンと二回軽く飛ぶと大きく息を吐く。


「吊り橋を上げろ!」と大声で指示を送ると、常駐兵が復唱しギリリギリリと音を立て門へと掛かる橋が外される。

 これでもう不死鳥隊を連れたラズベル将軍は、敵を追い返しでもしない限り戻ることはできなくなった。

 将軍が百を連れて万を超える敵軍が待ち受ける前線へなんて異例中の異例だろう。

 だが、私はそれを自信を持って見守る。


 敵軍もこちらの動きに慌しさは見せたが大体配置が終わった様だ。

 数が百程度の隊を二十作り、広範囲に配置させている。


「当然、警戒はしているよね。

 でも、本隊がそこに居るだけならこちらは待てばいい。

 たった百で将軍に泥を付けられると思わない方がいい。僅かでもね」

「コナー、お前随分落ち着いているな。俺の居ない間に戦争の経験が?」


 あの騎士ルドルフ殿が関心した様な声で問いを投げる。

 一つ上の世代の先輩。

 彼は私らの世代では黄金期と呼ばれていてその中でも筆頭の強者だった人。


「いえ、うちも爵位を剥奪されたので初陣です。

 しかし、殿下の言を守れば何も恐れることはありません。

 少なくともこのフォンデール砦では誰も死なない策が練られていますから」


 浮つく気持ちを律しながらルドルフ殿へと言葉を返す。

 これには自信がある。殿下を妄信してではなく自身の頭で計算してのこと。


 簡単な話だ。

 最初から逃げることが前提なら新装備無しでも上級騎士が死ぬなど早々無い。

 その追いかける敵を爆破していけばいい。それは出た兵たちの助けにもなるし敵を減らせる。

 勿論、どこまで多くを巻き込むかは私の手腕だ。そこには多少不安もある。

 だが、殿下に実践での有用性を見せて貰った今、表に出るほどの不安ではない。


「そうか。しかし、あの形はよろしくないな……」

「ですね。数に限りがあることがバレてしまったのでしょうか」


 人の口には戸が立てられないとは言うが、いくらなんでも早すぎる。人から伝わったというのはあり得ない。


「いや、予測は付くさ。魔力が持たないだろうとな。

 しかし時間があればそれを覆していたと言うのだから敵からすれば悪夢だろうな」


 なるほど。こちらは時間があればいくらでも用意できる状況だから失念していたが、普通なら大魔法と認識し莫大な魔力を使っている、と思うものか。

 しかしそれでは消費を狙ってくるのは必然。

 確かによろしくない状況だ。


「先輩は殿下の作戦を踏まえ、どう動くべきだと?」

「うん? 私は何も聞いていないよ。ルイの考えは理解の更に上を行くからな。

 もう俺は最初からルイの言ったことだけに努めることにした」


 私なら聞いてしまうな。昔から思っていたがルドルフ先輩は達観している。

 流石殿下の育ての親だ。

 しかし、発想を広げる為にも、他者の意見も聞きたい。

 アーベイン候やルーズベルト団長が居てくれたら良かったんだが……


 彼らは町を完全には空けられないと城に詰めて貰っている。

 姫殿下は任せて欲しいと仰っていたが、どちらにも戦いに出れる指揮官が必要だと将軍が頭を下げて二人に頼んでいた。

 ここに居る面子であれば戦経験が豊富なドーラ子爵が聞き易そうだな。

 地雷設置に同行した子爵なら大凡作戦も知らされているからな、と彼を呼び寄せ同じ質問を行った。


「恐らく、シュタール伯が考えている通りだ。将軍の部隊を囮に殿下の秘術で叩き伏せる。願わくば、そこでできた隙に我らも切り込みたい所だな」


 ふむ。

 どうやら、戦場に来て戦えない状況に気が逸っている様だ。

 それは将軍にも見受けられた。

 正直あまりよろしくない。これでは殿下の策からも逸脱してしまう。

 どこかで発散出来れば良いんだが、誰も死なせずにと言われるとなぁ……


「死なずに乗り切れる場所があれば教えてください。兵も含めてですよ?」

「戦争でそりゃ無茶だぜ……」

「いいや、そうでもありませんよ。不死鳥部隊は死なない。見ていて下さい」


「へぇ」と楽しそうに戦場を見渡すドーラ子爵。

 気楽で羨ましいよ。

 その気楽さを初陣の私に少しでも分けてくれたらいいのに。


 そんな雑談の中、状況が動く。

 三つの部隊が将軍たちへと動き出した。


「流石に危険地帯とはいえ一つを差し向けるほど馬鹿じゃねぇよな」

「ええ。ですが足りな過ぎる。この調子なら地雷を使う必要も無い」


 そこでルドルフ殿が呟いた。


「そうか、ルイはこの状況を作るために追い討ちをさせなかったのか。納得した」と呟いた。


 そこで、追い討ちを掛けた場合を想像した。

 敵軍の最後尾に付きながら攻撃を続けたその後を。

 確かに戦果は上がる。

 あの混乱具合だ。二千くらいは削れただろう。


 しかし大規模魔法の存在を知ってる状況ならば敵にとっては好都合。

 多少の被害など知ったことかと無理やり乱戦に持ち込めば撃たれなくなるのだからそれを狙ってきた可能性は高い。


 そのまま押され、この場まで押し返されたらと考えるとゾッとする。

 数の差を鑑みればそうなるのが普通だ。

 橋は下ろせない。待っていれば敵軍に囲まれる。

 地雷での援護なんて味方が敵軍の中に居たら早々できないだろう。

 それを出来る様にするのであれば機動力で勝つ上級騎士くらいだが、その彼らであっても敵に呑まれた後では難しい。

 街道を使い、交戦しつつオルドールへ逃げるくらいしか道が無かったのでは、と。


 地雷、という恐怖を盾にしているから今の状況が作られた。

 それを計算していたからこそ殿下は不死鳥部隊を作られたのだとルドルフ殿の言で初めて理解した。


「くははは、おもしれぇ。俺にも漸くわかってきた。

 小出しにしか出来ない状況ならあの百人を落とすことなんて無理だな」

「ええ、纏まって出てくれば地雷でドカン。完璧だ!」


 ああ、漸く緊張が抜けてきた。

 よし、大丈夫だ。







 その時、不死鳥と呼ばれる者たちは大きな戸惑いを覚えていた。


 なんで向かって来やがらねぇ。

 いや、地雷にビビってるのはわかってる。

 だが来てくれなきゃ困るんだよ!


 と、ラズベル将軍は苛立ちを露わにしていたその時、敵軍三百が動き出した。


「くっ、あの程度じゃ爆発させても意味がねぇ。

 わかってるだろうな、撃つなよシュタール……」

「将軍、指揮を! 引くならもう動かねば!」

「わかってる! これは前に出て叩く! 下手に撃たれちゃ困るんだ! いいな!?」

「「「ハッ!!」」」


 将軍が先頭に立ち、突っ込んでくる正面の部隊に突撃する。

 パワータイプの将軍は巨大な戦斧を振り回し、敵兵を切り飛ばしながら前進する。

 後続も各々のやり方で攻撃を行い、一瞬で敵百人隊は細切れとなった。


「あ? 雑魚を、送ってきた……のか?」


 余りの手応えの無さに将軍は訝しげに呟いたが「まあ減らせりゃ何でもいいか」と気を落ち着ける。

 ルイ殿下の作戦に添う為に地雷を使うという思いが強すぎた、と考えを改める。

 作戦さえ阻害しないなら自分の強みを生かすべきだと。


「てめぇらぁ! こんぐれぇの少数は全て叩き伏せる!

 そのつもりで付いて来い!」

「「「おう!!!」」」


 その後、将軍は瞬く間に残り二つの百人隊を切り伏せた。

 まるで、通り抜けただけに見える様はベルファスト軍を大きく沸かせた。



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