第67話 開幕の一撃



 予想外にも斥候は一人も見つからず、夜が明けた頃叔父さんと二人砦へと引き返した。

 普通に考えて絶対に出すはずなんだが、旧ベルファスト軍が動いてくれているお陰だろうか……

 もしかしたら、上手く潜伏されて気が付かなかったのかもしれない。

 そんな不安を抱えながらも砦にて常駐の兵士たちと開戦の準備を進めていく。


 フォンデール砦の外壁に立ち、もう一度番号の振られた地図を確認する。これは爆弾の設置場所。砦まで引っ張ったミスリル線にも番号を振ってある。

 夜通し行ってくれた工事はもうとっくに終わっていた。


 それにはホッとしたのだが、予想外の状況が起きていて頬を引きつらせた。


「あの、俺は二百って言った筈ですが?」


 ベルファストから集まってきた兵士たちを見据えるがどう考えても五百は超えていた。

 多分、砦常駐の兵を合わせ総勢八百くらいだ。

 どう考えても多すぎる。


「皆、殿下が最前線に出るならばと集まった者たちです」と、将軍が笑みを浮かべ頷く。


 いやいや、そんな誇らしそうに言われても。

 指揮権預けたんなら従ってよ!


 そう思うが来てしまったものは仕方が無い。

 今の内に隠し通路から帰すことも出来るが、それは罠の具合を見てからでいい。

 もしかしたら人の手が必要になる可能性もあるのだから。

 

 ……本当にあるか?

 いや、砦の上からの魔法戦なら意味はあるか……


 正直新装備つけてる上級騎士百人しか外に出す気はない。

 その上級騎士だって最悪、深い堀と門を繋ぐ橋を下ろせない状況下になって戦場に取り残されても、突っ込ませなければ隠し通路使わずに森の方から帰還できるだろう。

 新装備を付けた彼らであればメインで使われるという火魔法は怖くない。

 この場を戦力を減らさず切り抜けられる筈。


 そう考えている間に、遠目で敵軍の進行が見え始めた。


「殿下の知らせを聞き明け方に急いで出なければ窮地に陥っていたことでしょう。

 先ほど追って報告が来ましたが、本当に急遽強引に決まったそうです。

 物資も万全でない突然の予定変更は帝国からの横槍だとか」


 ラズベル将軍が隣に立ち、新情報を伝えてくれる。

 理由はわからないが、進軍を無理してでも急いでいるという情報は知っておくべきことだろう。

 もしかしたら砦からの攻撃でダメージを受けても無視して通り抜け続ける可能性すらある。


 数の暴力でダメージを無視して突き進まれたらと考えるとゾッとする。

 まあ、それでも森に囲まれた道に入るルートは全て爆弾が埋まっている。

 少なくとも、罠がある限りは無視できるレベルの攻撃では無い。

 あれほどの大爆発を見ても臆さず進める人は早々居ない筈だ、と心を落ち着ける。


 三百メートル程度離れた場所で整列していく敵軍。

 後ろから続々と歩いてくる様にベルファスト兵は圧倒されていた。


「あの、開始前の口上とかあるんですか?」

「いえ、レスタールなら行うでしょうがダールトンにそれだけの知性は御座いませんな」


 開戦の宣言すらできないって将軍の言葉に彼の中でダールトン軍はどれだけ馬鹿なんだよと笑いが漏れる。


「で、殿下が笑っておられる!!」と誰かが大声で叫んだ。


 へっ……?

 俺が笑ってるからなに!?


「おお! この軍勢を見ても殿下のお心は揺らがぬ様だ!」

「殿下に続け! 我らが折れてどうする!」

「ダールトン軍など笑い飛ばしてやれ!」


 や、やめてよ!

 続いて笑ってどうするの!!

 頭のおかしな集団になるでしょうが!


 と頬を引き攣らせたが、各自気合を入れただけだった。

 本当に笑う訳では無い様子で安心した。

 こちらも最終準備をと鉄砲隊に銃を持たせ、外壁下に居る兵士たちを確認する。


「皆配置に付いてる? 番号!!」


 一、二、三、と五十まで下で待機する兵が声を上げる。


「指示するまで絶対にミスリル線に触らないで。魔力を通さなくても駄目。

 自分の番号を呼ばれた瞬間初めて絶縁シールを外して待機。点火と言わてから全力で魔力供給だからね!」


 一応説明はもう既にしてあるが、緊張が酷いので念のためもう一度行う。


「まだ後続が来るか……」


 一塊二千人程度だろうか。整列した大隊が四つほど出来ていた。

 その後方に本陣だろう部隊が一つある。

 獣魔に乗った者が周囲を駆け、人を整列させてる様が伺える。


 確かに多い。だが、あの程度ならば地雷さえ決まればという思いもある。

 要塞に守られ退路が確保されているからか不思議と不安はそこまで感じなかった。


 そしてとうとう敵軍の整列が終わる。

 その後演説が始まり、怒号が響く。


「我らの勝利は約束されている、か」


 敵軍から聴こえた演説のワンフレーズ。確かに人数を見ればそうだろう。

 こちらは千足らず。この戦場だけで言っても優に十倍以上の数なのだから。

 その所為でこちらの兵が大人しくなってしまった。


「あっちにも聴力強化ってあるの?」

「いえ、恐らくは無いかと……ベルファストでも中枢の者しか知らない機密ですので」

「そっか。そりゃ残念」


 余りに馬鹿にする言葉が連発してたので煽り返してやりたかったのだが、どうやらこちらの声が届く事は無さそうだ。

 まあ、一発でも地雷をかませば兵の士気は上がるだろう。

 そう思って敵軍を待つが中々先に進まないことに焦れる。


 魔法を打ち込んでやろうかとも思ったが、流石にまだ遠い。折角あいつらが作ってくれた杖なのだから本当に必要な場面で使いたい。

 そう考えているとダールトン軍は全軍でゆっくりと前進を始めた。

 そして百メートルほど前進して再び止まる。


 敵軍まで二百メートル切ったくらいだ。


 うん? 馬鹿なのか?

 そこ魔力を多く込めればギリギリ魔法の射程内じゃない?

 てか、地雷が一番効果を現してくれそうな場所に固まってくれてるじゃん。


「二十五番! 三十二番! 三十九番! 四十五番! 五十番! 絶縁体を外して待機!」

「「「ハッ!!」」」


 将軍に視線を向けて「開始してもいいですか?」と声を掛ける。

 彼は「御心のままに」と胸に手を当てた。


「点火ぁぁっ!!!」


 その瞬間、爆発音と共に地が揺れ、周囲が砂埃で埋め尽くされた。

 その後十数秒の時を経て、ゆっくりと一陣の風が砂埃を流していく。

 外壁の上に居るベルファスト兵はその様子を食い入るように無言で注視し続けた。








 森の中で潜んでいた一行は爆発音を受けて屈み、顔を隠しながらも爆心地を見据えていた。


「なっ、何が……起こりやがった」

「魔法陣が見当たりませんでしたが、あれは魔法としか……」


 カカカと小さな礫が飛来し、ロイスの肩に当たり跳ね返った。


「こりゃ、何かの金属か?」


 落ちた礫を拾い、彼が口にするとユリシアの顔に緊張が走る。


「爆発で、礫を飛ばす?」と殺気を露わに立ち上がる。


「おい、勝手に立ち上がるな! どこへ行く!」と風鈴傭兵団の頭目イブリンに押さえつけられた。


「これは……これはルイの技術です! 他の人が使っちゃ駄目なんです!!」

「ここは子供の遊び場じゃないっ! ここから出て行くと陛下が危険に晒されるの!

 それがわかってもやるってんなら承知しないわよ!?」


「あっ」と呟くと彼女は腰を再び下ろした。

 その直後そんな事よりも、と言わんばかりにロイスがボソッと口を開く。


「おい見ろ……ありゃ、どういうこった」

「えっ……壊滅、してる……?」


 砂埃が風に流され視界に移ったのは、半数以上が地に伏している景色だった。

 続々と起き上がる様は見える。

 それでも爆心地のクレーターを見るに一割以上の死者は確定。

 三割以上が戦力にならないだろう状況となっていた。

 殺気立っていたユリシアもその様を見て呆然とする。


「くはは……んだよ! そんなもんがあるなら最初から出せっての!

 やるじゃねぇかよランドルフ!!」


 ロイスは子供の様な顔で喜ぶと砦に向かってこぶしを向けた。






 何だ……これは……

 エストックは、地面に伏せ、砦を見上げる。


 隊列を整え、いざ砦への攻撃を開始しよう、というところだった。

 砦への攻撃になど興味は無い、と部隊の後方で椅子に座っていた時だった。

 突如轟音と共に爆風が吹き荒れ、同時にいくつもの礫が飛来した。

 指揮官共々、座っていた面々すらも全面に打ち出されるものを避けられる筈も無く地面に転がされた。


 彼は礫により切られた頬に指を当てる。


「これは、あの時の礫?」とボソリと口にする。


「エストック伯! これを……これを何かご存知で!?」

「黙れ……」


 何時もの茶化した空気を霧散させ、ナイフの様に鋭い視線へと変わる。

 その様に指揮官も言葉を続けられず、惨状に視線を戻し表情を歪める。


 駄目だ。

 これは戦いじゃない。

 戦術史でよく『圧倒的な魔力差による虐殺の様』と表現されるが、まさにそれだ。


 ここは引くべきか……

 は?

 二万対二千の戦いで引く?

 そんな事をすれば笑いもの。それで済めば良い方だ。

 帝国の威信に深く傷をつけたと糾弾される。


 幸い、部隊はダクトに置いてきた。

 名目上ダールトン軍が先に出ないと拙いという彼らの言葉に押されてだが、それを受け入れたのが功を奏した。

 しかしあれを何度も撃たれては……

 いや、あれを何度も撃つのは不可能だ。

 被害範囲から消費魔力量を軽く計算しても有り得ないほどに膨大なのがわかる次元。

 であれば、ダールトン軍を特攻させ、消費させ切るしかない。

 だが、それをするにはまだ早い。

 部隊を呼び寄せ参戦できる状況を作り上げてからだ。


 彼は立ち上がり埃を落とすと、指揮官に向けて微笑む。


「よし、一度引こう。あれに対抗する打ち合わせが必要だろう?」

「えっ、ええ、確かに。無策で進むは愚の骨頂。下がらせましょう!」


 そうして部隊を引かせたが、勝利が約束されていると聞かされた直後の惨状。

 彼らの戦意は地の底まで落ちていた。





 うわぁ……


 撃たせた本人である俺すらもドン引きする効果だった。

 一発百も巻き込めれば何て思っていたが、五百くらいは吹き飛ばしたみたいだ。

 恐らく、二千は死亡まで追いやったと思われる。

 まあ、丁度地雷の上に固まって整列してたんだから当然と言えば当然なのだが。


「引いて行きますね……」

「え、ええ……しかしあれは一体何なのですか?」


 地雷に関してもしっかり報告を受けていた将軍すらも呆然とした顔での問いかけだが、それに答えたのはコナー伯だった。


「ですから言ったじゃないですか!! 殿下の作った物は凄いと!!

 はははは、殿下が言った通り、勝つ準備がなされていたってことですよ!

 ベルファストばんざーい!!!」

「「「お、おおおおお!!!」」」


 コナー伯の声で漸く兵士たちは状況を飲み込め、敵を引かせたことに歓喜する。


「殿下、今後の対応は! このまま攻め上がりますか!?」


 そう問いかけるのは来る予定に無かった旧ベルファスト時代に男爵だった老兵。

「今こそ好機!」「行きましょう!」などと意味不明な言葉が飛び交うとラズベル将軍の「静まれぇい!!」という声が響く。


 ああ、将軍が居てくれて良かった。

 将軍の声を聞けば止まってくれるだろうと続きを待つが「殿下、お言葉を」と俺に投げてきた。

 そう言えば、指揮権を下さいと頼んでいたんだった。


「皆さん、敵は残り一万八千です。忘れないで下さい。

 先ほどの手は何度も使える物ではありません」


 そう、この戦果はどんぴしゃの所に整列したからだ。

 正直失敗した。

 開幕様子見なんて思わず、範囲内全てを使うべきだった。

 もう、あんな好条件の場所に整列なんてしてくれないだろう。


 勿論、大成功ではあるのだが、神がかった勝利を取れる可能性を逃した。

 魔装を纏った人間が立ち並んでいるという事実を軽く見てた。

 半分以上範囲外だから無駄が出そうとか考えるべきじゃなかったな。


「お言葉ですが殿下、今であれば士気はがた落ち。

 有利な条件で戦えるのは間違い無しですぞ?」


 そう提案してきたのはドーラ子爵。

 白兵戦が定番のこの世界、それは彼らにとって正しい言葉なのだろう。

 ルド叔父さんも「打って出ても良いんじゃないか?」と言っている。

 だが、この状況下に置いては間違いだ。


「気持ちはわかりますが、あの大軍に飲み込まれたら出られなくなりますので、この砦ではまだまともに兵をぶつけるつもりはありません。勝利する為に準備した策が潰れますから」


 勝利するための策という言葉に「おお……」と関心した目を向けられた。


「その策は明かさぬ方が良いと判断なされたので?」


 うん? 全部明かしているが?

 まあ、聞いてない人も居るかと再度説明する。


 単純な話、上級騎士が打って出る振りをして引き寄せ、地雷を爆発させる。

 それが尽きても砦が落とされない余裕があれば、鉄砲部隊でこの場から射殺する。

 勿論魔法もバリスタも好きに撃ってもらうつもりだ。

 それでも砦を越えられそうになったら退却という流れ。


「なるほど。ですがそれだけで二万に勝利できるのでしょうか?」

「ここで、というなら無理ですね。その前段階ですから。

 ここでは砦の有利条件を利用して無傷で限界まで減らします。

 踏ん張るのは次の砦で、です。逆に次は早々引けません。

 流石に町まで来られると一気に状況が悪くなりますから」


 そう、守るものが無い状況で有利な場所から攻撃できるのが砦なのだ。

 町まで来られたら壁全面を守らなければいけないが、あの広さは二千程度じゃ無理だというのは俺でもわかる。

 そこまで来られたら、もう防衛は半分そっちのけで突撃して追い返すしかないだろう。


 ならばここでもっとリスクを負って止めるべきかとも考えたが、やはり次のオルドール砦の方が立地が良い。

 森に囲まれているから狭いのだ。

 銃でも魔法でも狙い易い。

 相手も撃ってくるだろうがあっちは魔石をかなりストックして貰っている。

 銃弾にも個数制限があるからな。やっぱり粘るなら命中率が上がる向こうの砦だ。


 砦周りが狭いから少数でも上手く配置すれば押さえが利く筈。

 砦の中は上級兵士を三百人程度に抑えて他に回せば手が回ると思われる。

 抜かせない様に不死鳥部隊に街道を守らせ、残りの上級騎士に森の中に入った奴を処理して貰う。

 その他の兵士たちは抜かれて町まで行かれた場合の押さえだ。

 つまりはピンチにならなければ使わない部隊となる。

 恐らくそれが一番死亡率が低いと思われる。 


 ただ、やっぱりここで一万以上は潰さないとかなり厳しそう。

 元々十倍とか無理ゲーなんだよ……

 後八千、そんなにやれるのかね? 


 結構調子の良いこと言ったものの数の多さに不安が過ぎる。

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