第66話 旧友の茶会



 時は数時間前。

 ベルファスト城、将軍の執務室。

 その部屋にはランドルフ・フォン・ラズベルの旧友三人が集まっていた。


「そうか、陛下がお連れになった後にユーナ様を任されたのか。

 しかし、ルドルフがそんな密命を賜っていたとはねぇ……」

「流石に俺には言っておけってんだ! 馬鹿野郎!」


 ルーズベルト、ランドルフの二名が対面に座る二人に冷たい視線を送る。


「はぁ……状況がひっくり返った今だからこそ明かしたが、陛下は誰にも明かさず平民として幸せに暮らせる様にと仰ったんだぞ。

 少し前まではルイをオルダムへ帰すつもりだったくらいだ」


 どこかしょぼくれた顔で俯きながら二人に応えるルドルフ。


「もう、何時まで落ち込んでるのよ! ルイちゃんの成長を喜びなさい!」


 そんな彼の頭を引っ叩きながらも苦笑するメアリ。 

 顔を見合わせる対面の二人はメアリに「何かあったのか」と問いかけた。


「この人ね、ルイちゃんと模擬戦して瞬殺されたの。その上、鍛えて貰っているのよ」

「ぐっ!!!!」

「へぇ、ルドルフを瞬殺ねぇ……強いとは思っていたけどそれほどかぁ」


 ルドルフは歯を食いしばりながらも「違う。確かにルイは強いが俺は国を出てからダンジョンに行けてないんだ」と口にする。


「あ? この十五年……ずっとか?」

「当然だろう! 貧困層の農民がどうやって他国でダンジョンに通う!」

「ハンター証使うと身元バレるでしょう? 私は持ってすらないけど……」


 二人は完全に農民として振る舞い十五年を生きていた。

 その事実を知り、二人は「変わってないなお前」と律儀な行いに苦笑する。

 

「しかしよぉ、その間の金はどうした」

「俺は元々平民になる予定だったし、ずっと蓄えはしていたからな」

「まあ、流石に尽きて農民の貧乏暮らしだったけどねぇ。大変だったのよ?」


 その言葉を聞いて二人は認識を改めた。

 王命を知らなかった二人にとっては逃げて楽しやがってという思いがあった。それがどうしても抜けなかった。

 国を失い失意の中、若くしてラズベルを任され、尚且つ新体制でやっていかなければいけない状態。その重責はとても重いものだった。


 騎士団を纏め上げるだけで済んだルーズベルトはまだしも、全てを任されたランドルフにとっては苦痛でしかなかった。

 しかし、将軍家とはすなわち公爵家。

 国の守護を預かる将軍家はもう一つの公爵家と比べても特別だった。

 家格や立場から言って彼がやる他に無かったのだ。

 そんな二人から見ても、才能を持て囃されたルドルフが支援者も無しにスラム街の住人になっていたと聞いては気持ちを改めざるを得なかった。


「まぁ、貧乏でも大変でも幸せだったけどね。

 ユーナちゃんが魔力硬化症になるまではとても幸せな生活だったわ……」

「魔力、硬化症だって……あれはユーナ様がなるような病気じゃ……」


 魔力硬化症。それは言葉通り魔力が固まり動かせなくなる病気だ。

 酷くなると魔力だけじゃなく体も動かなくなる。

 発祥条件は強すぎる魔力を持って生まれるか器を越える魔力を体に宿すこと。

 赤子の時期を超えればまず掛かる者が居る病気ではなかった。


「ユーナ様はルイが少しでも有利な人生を送れる様にと、まだベルファストに居る頃、魔石を吸収し続けていたそうだ。彼女は硬化症をよく知らなかったらしい。

 戦いとは縁遠い人だったから、魔力関連にも疎かったんだろう」

「待て。魔物討伐させりゃよかっただろ!? 完治はしないが命は助かった筈だ!」

「それがねぇ……ユーナちゃん体が動かなくなるまで言わなかったのよ。

 負担を掛けたくないって……」


「馬鹿野郎……」とランドルフは歯を食いしばる。

 硬化症は体が動かなくなるまでいってしまうともう駄目だ。

 そこまで進行すると仮に討伐が出来ても進行が止まらなくなってしまう。


「はは、大失態続きだよ。ユーナ様をお助けできず、ルイを危険にさらし、その息子に鍛えて貰っているんだからな……」


 真っ白に燃え尽きる寸前の顔をしていた。

 余りに無残で居た堪れず、声を掛けることも出来ない二人。


「失敗はあったけど、ルイちゃんは優しく立派に育ってくれた。私は誇らしいわよ。

 それに比べてうちのユメは……あんたが甘やかすからぁ!!」


 無残な彼を引っ叩き追い討ちを掛けるメアリ。

「そ、そのくらいでいいだろ?」と恐る恐る声を掛けるランドルフ。


「ユメは悪くないだろ。ルイが凄すぎるんだ。あの子は本当に凄い」

「そうね……不敬だけど、ロイス陛下と比べたって比じゃないわ」

「へぇ、陛下を直に見てきたメアリ嬢がそう言う程か……けど、ロイス陛下の比じゃないは言いすぎでしょう?」


 ロイスは優秀な男だった。 

 頭脳明晰でありながら若くして上級兵士と渡り合うほど。

 しかしそれと比べても大きく上回ると聞いたルーズベルトが少し不快そうに呟く。


「いいえ、本当に凄いの。五歳で病人の面倒を一から二十まで見れる?」


「二十ってなんだよ。普通十だろ」と突っ込みを入れるランドルフにメアリは捲くし立てる。


「そうよ! 普通は良くて十。炊事洗濯掃除、それとお風呂や下のお世話。それだけでも子供にはできないでしょ。五歳で私よりも完璧にこなすのよルイちゃんは……」


 メアリは遠い目で宙を見据える。


「わかる? 料理の味でも、掃除でも、散髪まで私も頼みたいほど上手くて……気遣いさえも全てにおいて私を上回っていたのよ……」

「そりゃお前が下手な……へぶっ!!」


 同じソファに座るルーズベルトにラリアットをされる勢いで口を塞がれるランドルフ。


「ランドルフ、こうなったメアリ嬢の面倒臭さを忘れたのかい?」と昔の呼び方に戻るほど焦った声で耳打ちをされると「わ、悪い」と昔を思い出したのか表情を歪めた。


「凄いというのは生活面の話かな?」とそういう話であれば陛下より飛びぬけて優秀と言われても納得だ、と気を取り直すルーズベルト。


「いいえ。全てよ。私、勉強なんて教えていないのに全て知っていたの。

 ルドルフが本を三冊与えただけよ? 関係ない勉学まで習得してたわ。

 他人との関わりもスラム街じゃ悪影響を与えるだろうからと、ある程度大人になるまではと出来るだけ避けさせたのにね」

「そう言えば調べさせた時、学院の試験で筆記は満点だったって言ってたな……」


 ランドルフの声に当然よと言わんばかりに頷くメアリ。


「そして一番ヤバイのが魔法よ……」

「あん? お前ら教えなかったって言ったよな。

 ユリシアから教わったと聞いたが?」

「ああ、教えてない。だが、魔装は誰でも使えるだろ?」


 なんだ魔法ってそっちかと納得を見せる二人。

 魔装は使用するだけなら誰でも出来る。それが人より上手だったという話だと理解した。


「あの子、魔装で何でもできるの。

 毎日毎日何かしら作ってて私たちの像を作ってくれたこともあったわ」

「木箱程度の大きさの我が家を作り出したこともあったな。

 ベッドからキッチンまで何でも付いていた。

 実際の生活でも何か足りないとなれば大抵ルイが用意してくれた」


 それは一番ヤバイと言うほど凄いか、と首を傾げるランドルフ。

 想像が追いついていなかった。

 完全コピーされた像、驚くほどに精巧に作られた家の模型、そんなものを作り出していたなど思いもしなかったのだ。

 彼にはどう考えても五歳児が病人の世話を完璧に出来る方が異常に思えた。


「それに、一度だけ何かしらの魔法を使ったことがある。

 本人もわからないと言うので最後まで詳細はわからなかった。

 危ないからと止めさせてそれきりだが……」

「物凄い音だったわね。直接見てはいないけど、地面が揺れるほどよ」


 ルイが初めて限界まで大きくした大砲を作成した時だ。

 ちなみに、銃の方はルイの嘘を信じて大きな音がするおもちゃくらいにしか思っていない。

 紙鉄砲の要領で大きな音を立てて見せたルイに簡単に騙されていた。


「殿下の技術はその頃から培われていたが故か……」

「まあ、良い話じゃねぇか。

 色々すげぇってことは理解したが、間違いなく努力でだろ?」


 母親とはいえ、病人の世話を自ら進んで続けた。それだけでもうある程度人間性に信頼が置ける人物だと思われる。

 家族で使う生活用品を魔装で代用したことも、人の為に自ら動ける人物だという証左。

 それを全て自らの手でこなし続けたというのは、努力なくして在り得るものではない。


「そうだな。ルイは努力家だ。好きなことともなると歯止めが利かな過ぎるが……」

「そこが玉に瑕よねぇ。

 魔装弄りだすと何時まで経っても寝ないんだもの……寝かせるのに苦労したわ」


 ランドルフは二人の言葉を聴き、ルイへの行いに後悔の念が浮かぶ。


 頭を下げて処分を請うたのは王族に無礼を働いたからというもの。

 ルイにした行いも、貴族が平民に行うのであれば然したる問題の無いものだった。

 贈り物の件だけは問題が無いとは言えずとも、相手が平民であれば贈り物が本人まで届かないまま処分されるのはままある事だ。

 そう思われる程度の行い。


 高価な贈り物をされたからと言って、傾倒してしまった娘と会わせる訳にはいかなかった。

 嫉妬心が無ければもっと上手くやることは出来たが、彼は感情を制御するという面では不器用だった。


 ユリシアがもしもの時は結婚相手を自分で選べと言われていたのも実際には少し違う。

 彼の妻が戦時中という事を加味し、もしランドルフが死んでしまった時の身の振り方を教えておこう。そう言われて始まった話。

 死ぬ気もなければ娘を手放したくない彼は、うやむやにする為に絶対に当てはまらない、何があっても却下できる条件を伝えただけだった。


 普段の彼ならばそれすらも突っぱねただろうが妻の言も一理あった。

 ラズベル領だった頃であれば何時領地を奪われるかわからない状態。

 ランドルフが亡くなれば、後継と成れるのはまだ五歳の息子のみ。 

 領地運営ができないとされれば、南部の様にレスタール王家に奪われる可能性すらあると踏んでいたのだ。


 それでも手元に置き続けたい。そう想ってしまう程に娘を溺愛するランドルフだが、その心が今大きく傾きつつあった。


 ルイのことは元々好青年だとは思っていた。

 だからこそ力で捻じ伏せられないと気を揉んだくらいには。


 だが、身分が釣り合い人格者であり年の頃からすれば圧倒的強者。

 娘を心から愛してくれており、敬愛するロイスの長子。

 娘を預ける相手として世界中どこを探してもこれ以上の適任は存在しなかった。


 娘の幸せを願うならばユリシアの結婚相手は彼しか居ない。

 しかし、今の状態で押し進めても不信感が増すだけだろう。


 であれば、今度はこちらが彼の信を得る為に全てをかけよう。

 漸く心の内が決まったランドルフ。


 そんな時に丁度ルイ殿下が呼んでいるという報告を受けた。


 向かってみればダールトン軍が更に進軍日を一日早めたと言う。

 であれば今こそ力になる時、そう息巻いた彼は満を持して戦の準備を始める。



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