第65話 最強の杖


 騎士団の訓練場を通り抜けた所にある建物に入る。

 今ではすっかり魔道具研究所となった騎士団の備品置き場にお邪魔した。


「ご苦労様でーす」

「あっ、お疲れ様です!」


 もう慣れた仲の職人たちに挨拶をしながら奥の部屋へと進めば、何やら三人が揃ってわちゃわちゃしていた。


「だーかーらー! ここはこう! 僕のが先だってば!」

「いいや、こいつが先だ」

「うーん。私のをこうして、こっちなら二つとも阻害しなくない?」

「「あぁ……それなら!」」


 なにやら、巨大な杖を弄っているみたいだ。

 しかし、杖の彼に杖の事で指摘したら暴走しそうなものだがと観察していれば、キチンと自分の専門のことでしか口出ししていなかった。

 自分で加工した物をどう取り付けるかの話の様だ。


「その杖は?」と意を決して彼らの輪に入る。


「あ、来た来た! 聞いてくれよ! 僕ら今世界最強の杖を作ってるんだ!」

「ああ、こりゃ最強だぜ。お前の爆弾にも負けねぇ」

「素材がヤバイからねぇ」


 三人とも意味深にニヤニヤとした顔をこちらに向ける。

 全く、何を企んでいるんだか。いつも楽しそうで羨ましいよ。


「そ、それはとても興味深いんだけどな……言わなきゃいけない事が出来た。

 戦争が始まっちまったんだ。だから仕事は他の職人に投げて避難していいぞ」


「お前たちはオルダムの住人なんだから」と続けた。


「「「……どうする?」」」


 いや、何がだよ!

 どう考えても戻っとくべきだろ。仕事はきっちりやったんだから!


「くぅぅ……僕は残る! この仕事だけは抜けられない……命に代えてもだ!」

「丁度大発見した所なんだよな。

 こいつじゃねぇが弄り足りねぇ。あんたも驚くぜ?」

「そうそう。こればかりはそっちが驚く番よ!」


 なんか途中で話変わったけど避難はいいのかと首を傾げれば「もう少しだけ居る」という一番駄目の答えを出してしまった二人。

 それ絶対危なくなるやつだからな、と釘を刺しつつもニヤ付いた原因を問う。


「それで……どしたの?」

「ここはやっぱり俺が言うところだな。ちょっと来い」


 クイクイと指を曲げる皮の彼。

 連れて行かれた先は素材保管部屋だ。


「へぇ、新たに有用性の高い素材を見出したとか?」

「察しが良いな。その通り。この宝箱の内布あるだろ。

 これ……バックパックの原料だぜ。

 国に奪われて国の肝いり商人しか入手不可素材のあれだ。

 それだけじゃぁねぇ!

 布の大きさから言って従来のバックパックの五倍は容量を作れる筈だ!!」


 手をワキワキさせながら言う彼の声に、俺も思わず「おおおおお!」と歓喜の声を上げた。


「てな訳でこの機を逃したらもう弄れない物だ。

 仕事も手伝ってやりてぇし、もうちっと居るわ」

「わ、私も居るよ。魔道具は手が足りてないもの」


 いや、お前ら遊んでたがな……

 まあ、少しくらいならいいんだけどさ。


「それで……これはどう凄い杖なの?」

「聞いてくれ! なんとぉぉぉぉ!! 増幅率、四倍だぁぁぁぁ!!」


 叫びながら天にこぶしを突き上げる彼。


「はっ? いやいや、普通良くて三割だろ? 四割の間違いじゃね?」


 と、俺が知っている常識をぶつければ、それは貧乏人の話だった。


「いいえ、出回ってる素材でも金に物を飽かせば二倍まではいけるわ」

「それで何で四倍なんて数字が出るの!」


 金注ぎ込んでってそれ最高級で二倍って事だろ?

 どっちにしてもおかしいじゃねぇか!


「そりゃ、この宝石と僕の腕が合わさったんだから当然さ!」

「バーカ、バックパック素材で無駄な魔力を完全にゼロにした俺のお陰だろ」

「ちょっとぉ、私の魔力循環技術も入ってるんだからね!?」


 ギャーギャー言う三人と視線を合わせないように入ってきた他の職人が、ぼそぼそっと耳打ちしてきた。


「こいつら、あれに嵌ってから全然仕事しねぇんですけど……」

「おーまーえーらー!! 遊んでもいいけど仕事をしてからにしろぉ!」

「しているよ! キミは魔法メインだろ。戦争用に作ったんだよ!

 ぐぬぬぬぬ……本当はまだまだ調整したいから渡したくないんだけど……

 仕方なく渡すんだからね! 絶対に返してよ?」


 すっごい嫌そうな顔で杖を差し出してくる杖の少年。

 絶対に渡さないだろうと思っていたのだが、俺の為に作ってくれていたとは……


「た、助かる。その、こういうのって何度でも使える感じ?」

「普通はずっと使えるんだけど……五回は保証するわ。多分十回はイケるかな」

「そこはどうしようもねぇな。

 純正ミスリルで回路が焼き切れるんじゃどうにもなんねぇ。

 恐らく増幅限界値を大きく越えた反動だな……

 駄目になったのがそこに山になってるだろ? ああなる」


 お、おおう……こいつら……

 他人の高級品を遊びで使い潰すとか神経太過ぎる。知ってたけど。


「わ、私はちゃんとルイの切り札として頑張ったんだから!」

「お、おう。ありがとうな、ミズキ。明後日砦で初陣だからマジで助かる」

「レ、レポート! ちゃんと紙に書いてまとめてくれよ!?」


 ミズキと話している所に、返して欲しい空気満載の杖の彼が変な要望を出す。

 嫌だよ。普通に増幅具合を口で報告すればいいだろうが……


「それで、どうなんだ。遣り合えそうか?」

「まだわかんね。初陣だし。けど、すぐ負けるってのは無いと思ってる」

「おし、んじゃ、そういう事なら契約も続くな。もう一仕事するか」

「じゃあさ、お墨付きも貰ったし、仕事終えたらもう一本作っちゃう?」

「……キミ、天才?」


 と、仕事に戻っていく三人。

 しっかし、この杖デカイなぁ。二メートル以上あるぞ。

 まあ収納するからいいけど。


 けどありがたいなぁ。全力の魔法の四倍だろ。相当ヤバそう。


 っと。そんな事より次はヒロキたちだ。流石に帰ってるとは思うけど。

 救護所へ向かえば予想に反してヒロキのお母さんが居た。

 患者は居ないので他の治療師とお喋りしている。


 見渡すがヒロキたちは居ない。

 仕方なくサユリさんの所へと行く。


「あの、まだ帰ってなかったんですか?」

「あら、ルイ君。勿論帰らないわよ。今日もその話?」


 いえ、と返して医師たちを集めて貰う。この人たちも準備は必要だろう。


「明後日、戦端が開かれることとなりました。

 患者が沢山来てもあれは節約し、魔力が足りない時のみ使用して下さい」


「明後日、ですね?」と問い返す医師に「ええ。早くて明後日開戦でしょう」と返せば「町の診療所へ行くのは明日までにします」と返された。

 

 どうやら、魔力が余る分をそっちで消費していた様だ。

 まだ開戦にはならないって話は聞いて居たんだろう。

 街中の治療師を引っ張って来れるよう臨機応変に動いてくれているようだ。

 話は以上だと告げ、サユリさんに「ヒロキたちは……」と問いかけた。


「あの子達はダンジョンよ。ホントよかったわぁ。オーウェンと仲良くなってくれて。

 これで何かあっても思い残すことはないわね」


 どうやら、先生に実戦で稽古を付けて貰っているらしい。

 ヒロキはきっと、レスタールが危ないかもって聞いて俺がなんとかするって頑張ってるんだろうな。

 あいつ、そういう責任感めっちゃ強いし。

 でもさ……ここのダンジョンである必要ないじゃん。


「今あいつらがここに居るって事を心配しましょうよ。

 貴方がここに居れば二人が死ぬかもしれないんですよ?」


 そう言ってもサユリさんは首を横に振った。

 男手一つで苦労して育ててくれた父親。

 それがどんなに大変で寂しいかを知り、後悔の念を残していたのだそうだ。

 自分はオーウェンという心も金銭も支えてくれる人が居たが、それでも大変だったと。

 彼女はハンターになるのを大反対され、半ば家出状態で出て行ったのだそうだ。二人が生まれ、手紙でやり取りはする様になったそうだが、会ったのは十数年ぶり、めっきり老けてしまった父親を見て、今親孝行しなければ駄目だと思ったらしい。


 いや、祖父にしてはめちゃくちゃ若々しかったけど……?

 まあそれはいいか。


 二人の安否についてはオーウェンが居れば大丈夫と何も気にして無さそうだ。

 確かに強いけどね。先生は……


「じゃあもうこれ以上言っても仕方ありませんね。

 町が戦場にならない様に俺が何とかするしかないか……」

「そうよ。頑張って、王子様!」


 こ、こいつ……何故そんなお気楽に言いやがる……

 ヒロキの苦悩がわかったわ。厄介な時のうちの母さんと似てる。

 どっちにしても町を戦場にする気は無いけど、普通にイラッと来るわ。


 大きくため息を吐いて救護所を後にした。

 次は爆弾を設置したあの場所にもう一度行って敵軍が動いたと知らせねば。

 工期日数的にギリギリ問題ないが、一応知らせて急いで貰いたい。

 いや……生命線だし間に合うなら急がせない方がいいか?

 うーん、一応知らせて間に合うから慎重にと伝えておくか。

 斥候とかが来る可能性とかもあるし、見張りの強化は必要だろ。


 そう思い、再びフォンデール砦へと降り立つ。

 それだけで全員が作業を止めて整列した。


「邪魔してすみません。ですが伝えねばならないことが出来ました」


 と、開戦日を伝え作業はゆっくり慎重にでいいから監視強化を、と頼んだ。

 凄い緊張させてしまったみたいなので「報告通りなら貴方たちはゆっくりやっても軍を見ることなく戻る事になるでしょう。大丈夫ですから慎重に」と言い聞かせた。

 そう。彼らは兵士だが、砦防衛には加わらない予定だ。

 その言葉で少し平静を取り戻したみたいなので安心して作業を任せた。


 その後、ダールトン軍の動向を探る為、ダクトという町を目指して飛ぶ。

 暫く飛ぶと町の明かりが見えた。

 町の外に物凄い数のテントが立ち並び、大勢の兵士が集まっているのが伺える。

 それは良いのだが……

 もう既に、進軍を開始している様に見える。

 いや、今移動が始まった。そんな様だ。


 整列した部隊が少しずつ街道へと出て歩き出している。


「やべ、今さっき大丈夫って言ったばかりなのに。

 そんな言ってる場合じゃねぇか」


 上空から確認したのち回れ右してスピードを上げる。

 ダクトとベルファストの距離は割りと近い。

 他国の町だというのにオルダムと変わらない距離だ。

 フォンデール砦までとなると更に近い。


 あ、オルダムも他国だった。

 ああ、ベルファストの小ささよ……

 まあ南部には割りと広がっているけども。


 ええと、三日くらいと言ってたよな。

 砦までって事で半分の時間だとして一日半か。

 工期が明日までとなると一応ギリギリ間に合うな。


 ならば先ずは報告、連絡、相談だな。

 こっちも出陣して貰わないと間に合わなくなる。

 人数が少ないし、上級騎士ばかりだから速度はあがるだろうけど。


 大丈夫、予定外だけど大丈夫と言い聞かせベルファスト城へと戻る。

 即座に将軍を呼んで貰うと、騎士団長と叔父さん叔母さんも付いてきた。都合が良いと事情を説明する。


「ダールトン軍が今さっきダクトを出ました。こちらも出ないと拙そうです」

「むっ、その様な報告は来ておりませんが……」


 ルーズベルトさんが訝しげに首を傾げ困惑する様子を見せる。

 気持ちはわかるけどマジなんだ。


「待ってくれ。この子は自由に空を飛べるんだ。ルイ、見てきたんだろ?」


 叔父さんが居てくれて助かった。すぐさま「見たよこの目で」と頷く。


「徒歩でしたから余裕があると思いますが、ゆっくりはしていられないでしょう?」

「いえ、もう動き出したのであれば猶予はありません!

 急がせましょう! 殿下もご一緒に?」


 将軍は一つ頷くと、傍付きに連絡に行ってもらう指示を飛ばしながらも、俺の予定を問う。


「いえ、俺は飛び回り、斥候が居ないかを確認します。

 地雷の成否が勝敗を分けますんで場所を把握される訳にはいきませんから」

「ルイ、俺も連れて行け。一人では無理だ」


 叔父さんの声に頷く。

 聴力強化ができるのであれば心強い。

 奈落二回程度じゃ強さはそこまで上がってないだろうが、銃を渡して共に撃てばいい。

 銃に関しては弾丸を鍛冶屋に作成して貰ってある。

 それならば魔力で相殺できないのでまともに当てればほぼ勝ちだ。

 エリクサーは向こうには無いしな。


 後は予定通り、斥候が先行してないかの確認。

 けど、一々止まらないと風の音で聞こえないから面倒なんだよな。

 もう日が落ちているというのに。

 今日、寝れないだろうな俺は……


 愚痴を浮かべながら夜の空を飛び回る。

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