第62話 風鈴傭兵団



 レスタール城、応接間。

 そこではレスタール国王の驚く声が上がり近衛兵が駆けつける事態が起こっていた。


「ほ、本当に生きておったか、ロイス王!!」

「ああ、実際に死の淵までは行ったがな。

 しかしレスタール王、これはどういう事だ?」


 駆けつけた近衛を下がらせ、落ち着きを取り戻したレスタール王。

 ロイスを対面に座らせ御付きで来たゲンゾウが後ろに立つ。

 彼の問いには思考を巡らせているレスタール王の代わりに宰相が答えた。


「条約の事であれば、大変申し訳なく思っている。

 しかし、レスタール全体を危機に陥らせてまでは出来ぬ。

 条約を破ることになってもな」

「おいおい、そりゃぁねぇだろ。こっちは国も人生も捧げたんだぞ?

 今からでもいい。条約の破りの件だけは水に流す。兵を貸してくれ!」


 頭を下げながら言うロイスの声にレスタール王と宰相は目を見合わせた。


「兵、と申したか?」

「この現状、それ以外に何がある!」

「条約破りの誹りは甘んじて受けよう。

 しかしそれができぬからと国を返した後に兵を送れと言われても頷ける訳が無かろう」


「この現状、それがどうあっても出来ぬからの返還なのだ」とレスタール王は憤りを見せた。


「返したって……ランドルフ……いや、ラズベル将軍にか?

 今更それで済ませようってのは流石に虫が良過ぎるんじゃねぇか?」

「何……おぬし、まだ国に帰っておらぬのか?

 コーネリア王女とユノン王女に直接返還したのだが?」


 その言葉に「あ”?」と汚い声が漏れた。

 ロイスからすればこの非常時に意味のわからぬ虚言で煙に巻こうとされたのだ。王族にあるまじき声が漏れても致し方無かった。


「なるほどな。謀りに来た訳ではなさそうだ」

「おいおい、こちらが謀られてる最中になんだそれは……」


 ロイスのみならずゲンゾウまで殺気立ち場が騒然とする。


「待たれよ!! 貴殿の姉は魔物にて時を止められていたそうだ。

 それを我が国のハンターが救出し、その流れで一度こちらへと足を運んで貰ったのだ。

 そちらのアーベイン侯爵がそれを認めたと言う。

 完全なる生き写しを見せられ、ベルファスト王家の短剣、アーベイン侯爵家の信任状を出されてはこちらも認めざるを得まい」

「アーベインが認めただと!? 何がどうなってやがる……」

「その様に混乱なされるなら一度国に帰って現状を確認されよ。

 こちらは一度足りとて虚言など申しておらぬ」


 暫く混乱を見せるロイスだが、直ぐに問題の解決にならないと結論を出した。


「待て。仮にそれが全て真実だとしてもだ。

 レスタールはベルファスト王家の私財すら全て没収しておいて、搾りかすを返して終わりですはどっちにしても無理があるよな?

 兵を出せないならせめて徴収した国庫の中身、後は現在まで民から搾り取った税は全て返還するべきじゃねぇか?」


 先ほどの受け答えでどうあっても兵を出さないことは理解した。

 であればせめてもの頼みの綱になるのは金だった。

 彼はどうにか少しでも引き出そうと捲くし立てた。


「金、であればもう既に返しておる。

 去年戦端が開かれたが、兵が送れぬこととなりせめて資金だけもとベルファストから徴収した分を全てそっくりそのまま送り返してある。税の完全免除も添えてな。

 流石に今日こんにちまでの税の方は返せぬ。

 ラズベルを含めた民の為に使い終わったものだからな」


 少し意外な話を聞かされ目を見開いたロイスだが、直ぐに鋭い視線に戻る。


「条約違反をしたんだから当然賠償金も出すよな?」

「国としては出せぬ。今表立ってそれを行えば諸侯からの信頼に影を差す。

 その影は帝国が付け入る隙になってしまうであろう……」


 レスタール王は目を閉じ、彼に深く頭を下げた。


「くっ……あんたら、本気でこれで全て終わりだと言うつもりなんだな?」


 歯を食いしばり、レスタール王と睨み合う。

 走る緊張の末、息を吐いたのはレスタール王の方だった。


「不義理を働いてしまったことは重々理解しておる……

 しかし情勢が許さぬのだ。わかっておろう、我が国さえも落とされるかの境だと。

 ミルドラド、帝国連合には今のベルファスト、レスタール連合では勝てぬのだ。

 わしとて約束を破る恥知らずでありたくはない。しかし、状況が許さぬ。

 今、準備も無いままに更に力を付けた帝国に本腰を上げられては終わりなのだ……」


 レスタール王は悔しさを滲ませたまま言い終えた。

 その姿にロイスは考えを少し改めるべきかと思考を巡らす。

 資金の流れなど、帰ればすぐ調べられること。すぐにバレる嘘を付くほど愚かな王ではない。

 切り捨て完全に白を切る腹積もりなら、最初から金は戻さなかっただろう。


 ならば次は情報だと認識を再び新たにする。


「それほどまでに帝国は強大になったってのか……?」

「そうか、貴殿があちらの情報まで耳に入れられぬのは当然であったな。

 すまぬ。つい昔の様に考えてしもうた。

 おい、帝国の資料を全てここに持って参れ!」


 レスタール王は執事に声を掛ける。いきなりの言葉に暫く待つこととなったが、驚くほどの量の資料が目の前に置かれた。


「目を通し、必要であれば持っていけ」

「あ、ああ……」


 彼も王だけに知っていた。

 この情報を得るのに、莫大な金が掛かっていることを。


「……切り捨てるつもりなんじゃねぇのかよ?」

「本来、王としてここは知らぬ存ぜぬを通すところであろうが……

 最近年端もいかぬ子供に孫の命を助けて貰っての。

 余りに濁りのない心に少し当てられたのかも知れぬ」


 そう返したレスタール王は、申し訳なさを滲ませた淡い笑みを見せた。

 帝国の資料に目を通せば通すほど、レスタールでも本当に危うい。

 十五年前と比べると、帝国の軍事力は大幅に跳ね上がっていた。 

 ベルファストが潰えれば約束を無かった事にしてもレスタールに不利益は無い。

 自国の安全を最優先に動くのは王の務め。

 自国の存亡が掛かった事態に義理人情で動く方が愚王である。


 ロイスはこれ以上言っても無駄だと理解し、口を開く。


「……わかったよ。レスタール王に悪意がなかったことだけは心に留め置く。

 まあ、知らぬ存ぜぬを通す気持ちもわかるさ。二万の兵が相手じゃな……」


 それは『手の取り合いを求めても次は無いだろ』という皮肉が込められていた。

 レスタール王も、そこまでの総力戦となっていることは知らず、表情を歪める。


「大規模な徴兵が行われているとは聞いて居たが、そうか……それほどか。

 ロイス王、ランドール領に風鈴という名の傭兵団が来ておる。

 折角ここまで来たのだ、会って行くと良い」


 これは助言だ、と真剣な澄ました表情での言葉。

 だがロイスには挑発にしか聞こえない。


「いや、そう言うなら資金寄越せよ……」


 そう、雇う金など無いのだ。資金提供を断られたのだから。


「おぬしなら、タダで受けてくれるかも知れぬぞ?」

「あ? それってまさか……」

「ロイス王よ……おぬし、随分荒んだのぉ。

 もう少し品を持って口を開け。そなたも王であろう」

「余計なお世話だ。しかし助言は感謝する。資料もな」


 ロイスは「生きていたらまた会おう」とレスタール王と握手を交わし、王宮を後にした。






 その後、帝国の情報を洗い直そうと資料を纏めた箱を開ければ大金貨五百枚が出て来た。


「はっ、手切れ金って訳かよ……」


 今は喉から手が出るほどに欲しかった物だが、不満を滲ませた目で金貨を見据えるロイス。

 後に可能性を残す為に友好的な態度で臨んだが、実際には腸が煮えくり返っていた。


「つー訳で、何の成果も得られませんでしたぁぁ」


 王城には一緒に行けなかったものの一行にはしっかり付いてきたユリシアは、まるっきりお茶らけたルイの様だと、少し複雑ながらも嬉しそうな顔でロイスを見やる。


「はぁぁ。レスタール王の言葉に添うのは遺憾ですが、品格を取り戻して下さい。

 国が返還されたのですから、名実共に陛下に王位が戻ったのですぞ」


「陛下! おめでとうございます!」と付いてきた四人の兵は歓喜の声を上げる。

 だが、ロイスは手をひらひらと上げ応えたもののゲンゾウに嫌な顔を向ける。


「仕方ねぇだろぉ。泣け無しの最後の一手に裏切られたんだからよぉ……」


 そう、風鈴傭兵団がどれだけの規模かは知らないが、十倍の戦力と戦って欲しいと頼んでも受けてくれる可能性も低ければ受けてくれたとしても焼け石に水。

 それでも会いに行かない手は無いと彼らは帝国の資料を頭に叩き込みながらもランドール侯爵領へと足を運んでいた。


「しっかし誰が風鈴を立ち上げたんだろうなぁ。行ってみるのが楽しみだ」

「レスタール王の口ぶりから十中八九ベルファストの人間でしょうからな」


 そうしてやって来たのはベルファストには一つもない程に大きな長期逗留宿。

 レスタール王の話ではランドール侯爵が私兵との軍事演習相手として雇っているそうだ。情報だけでなく契約を解除させる文すらも渡してくれた。

 ランドール侯爵側から契約解除という事は契約金満額を支払わなければいけない。

 そして纏まった金を貰った後なら風鈴も動きやすくなる。


 当然ランドール侯爵家の損失分は王家が補填することになる。

 恐らく、出来る限りの気遣いだったということだろう。


 宿の受付で、王印の入った封筒を見せ「風鈴のトップへ直接渡すから話を通してくれ」と頼んだ。

 勿論、これは侯爵に渡すものだが、長年の逃亡生活は彼に流れるような嘘を身に付けさせていた。

 王家の印が入った物を見せられ、拒める者は居ない。

 当然の様に部屋の前まで通され、店の者はノックと共に中に入り説明を行うと「どうぞ」と女性の声が聞こえた。

 店の者は頭を一つ下げると逃げる様に駆け出し仕事へと戻る。


 そこへ一歩足を踏み入れたロイスは「へっ」と間の抜けた声を漏らした。


「嘘っ……ロイス、陛下……?」

「イブ……だよな?」


 愛称で呼ばれた彼女は「陛下!!」と文字通り飛びつくと彼はそれを受け止める。


「おいおい、俺は風鈴の頭領って言ったんだぜ? もしかしてイブなのか?」

「はい。そんな事よりも陛下、ご無事で……ご無事で何よりで御座います……」


 彼女の上げた大声になんだなんだと人がぞろぞろと入ってくる。

 恐らく、風鈴のメンバーなのだろう。

 その中の数人がパクパクと口を動かし固まっている。


「こ、近衛騎士長!!」

「おい、そっちかよ!」

「ロ、ロイス陛下ぁぁ!?」


 一部の驚いて固まっていた団員たちが一斉に騒ぎ出す。それと同時に「姉御が男に抱きついているぞ」「許せん!」とぼそぼそと呟きが響く。

 傭兵団との接触だ。当然全員が聴力強化を行っている。

 御付きで来た兵士たちはぼそぼそと「許せないそうですよ陛下」などと茶化す声が小声でやり取りされていた。


「今は国の危機だぞ。んなことより、先ずはベルファストの話だ」


 ロイスが一括を入れるとベルファストと関係ない団員を除いて全ての者が「ハッ!」と姿勢を正して胸に手を当てる。


「そういうのはいい。イブ、ここには傭兵団に参戦要請に来た。

 敵は二万、無茶は承知だが受けてくれるか?」

「無論です! 元々、この傭兵団はダールトンへと潜伏した陛下の元へはせ参じる為のもの。亡くなったと聞かされ方向性は変わりましたが、志は変わっておりません」


 彼女の言葉で他のよくわかっていなかった団員たちも「あぁ、それで姉御が……元々ここでの契約が切れたらラズベルに行く予定だったもんな」と呟いている。


「そうか。ありがとう、イブ……」

「こちらこそ、生きていて下さってありがとうございます!」


 そうして話は一気に纏まり、風鈴傭兵団がロイスの傘下に加わる事となった。

 直ぐに情報の刷り合わせが行われる。


 ロイスの手勢は近衛五十、上級騎士が三十、風鈴傭兵団は総勢二百。上級騎士相当が十、上級兵士相当が百五十。四十が新米となる。

 イブリンはラズベルを頼らずロイスにそれだけの手勢が残っていることを手放しに褒めた。


「いや……これでも半分以下になっちまったんだ。

 皆、鬼神のごとく戦ってくれたんだがな」


 寂しそうに俯くロイス。

 慰めたいと手を伸ばすイブリンだが、壮絶だったであろう事は想像に容易く、掛ける言葉が見つからない。


「何度も申しておりますが俯くことはありませんぞ。

 意思を違えず、憎きダールトン兵を戦死者の百倍屠って来たのですからな!」


 ゲンゾウの言葉には少し誇張があるが、概ね事実であった。

 彼らはこの十五年で七千から八千の敵兵を屠り続けてきた。

 ダールトンが最近まで手を出せなかったのはまさに彼らのお陰だったのである。

 余りの偉業に心を震わせるイブリンたちだが、彼女はハッとした顔で表情を改めた。


「陛下が条約を無視してこの地に居るということは……ベルファストを取り戻す時が近い、という事で宜しいのですね!?」

「いいや、それはもう成った。レスタールが条約違反を認め、返還を決めたからな」

「「「おおおおおお!!」」」


 逗留宿が震えるほどの大声にロイスが手で制して止めさせる。


「しかし、戦争とは別口でも笑ってられねぇ不穏な話もある」


 ロイスはレスタール城で聞いた話だがと銘を打ち、自身の姉を騙っている奴が居るという話を周囲に告げる。

 彼は、レスタール王が認めざる得ない状況だったのを信じただけで、それが事実だなどとは毛頭思っていなかった。


「死刑ですね……」


 イブリンの言葉に全員が頷く。

 王族を名乗り国の乗っ取りを企むなどどう考えても極刑しかないと。


「いや、事はそう単純じゃ無いのかもしれない。

 あのアーベインが裏切るなんて思えねぇしな」

「そうですな。私も長い付き合いでしたが、私欲に走る男では御座いませぬ」


 結論を急いでしまった彼女は「……そうですね。失礼しました」と頭を下げた。


「こんな状況下での話しだ。乗っ取るってより何かしらの事情があるんだろうな。

 だからこそ、迂闊に戻る気はねぇ。

 こんな時にもしも内輪もめで国が割れでもしたら目も当てられねぇからな」

「なるほど。ラズベルの者たちで先ずは戦時に当たらせるんですね。

 陛下の部隊が後詰めというのはどちらにしても当然の流れなので良いかと」


 不穏分子が居るなら削れてくれた方が都合が良い、と息巻くイブリン。


「事情を知らぬ間にそこまでは決めきれねぇが、一先ず情報集めて様子見だな」


 これで一先ず話し合いは終わりだとロイスが告げると、イブリンの視線がユリシアへと向かう。


「陛下、私の時は年齢を理由に連れて行ってくれなかったと記憶しているのですが……?」


 ギロリと恐ろしい表情を向けられたロイスは危機を感じ口調を早める。


「違う違う違う! 訳ありなんだよ! 戦争に出る理由があるんだって!」


 またもルイに似たところを発見、とユリシアはときめいた顔でロイスを見上げる。


「この娘、メスの顔して陛下を見上げておりますが……?」

「だからちげぇって言ってんだろ! 俺の言葉はもう信じられないってのか?」

「女性関連限定であればはい、と……」


 落ち込むロイスをルイと重ねて「可愛い」と呟きながら見詰めるユリシア。

 その様に苛立ちを覚えるイブリン。


「はぁ、だから申し上げましたのに。女性の扱いは慎重になされと」


 ゲンゾウの声に御付きの兵士たちも続く。

 それに堪えられなくなりロイスが怒り出すまでそう時間は掛からなかった。

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