第61話 王女たちの奮闘



 ベルファスト城、王族専用の応接間にてコーネリアの事務的な声が響き続けていた。


「ルドルフ、ドーラ家呼び戻しの首尾は如何でしたか?」

「はっ、ドーラ家当主は即座に要請に応えて下さいました。

 しかし、他家で受けてくれたのは一つだけでした……」

「そう、二割以下ですか……十五年ともなれば仕方ありませんが……」


 十五年経って国が再興するから死にに来いと言われても頷く者など早々居ない。

 逆に受けてくれた者たちにはとても感謝しているコーネリアだが、現実は残酷だ。

 兵力差が一つも埋まらないことに苛立ちも感じていた。


「どうしましょう。侯爵、ハンターの募集の方は?」

「そちらも芳しくありませんな。殿下のお陰で依頼料を大きく上げられたので多少は増えましたが、恐らく追加で二百集まれば良い方でしょう」


 現在、方々へと駆けずり回って戦力増強に努めているが、千九百だった兵士の総数が二千百迄増えた程度だ。

 それも、その中の百はルイが使ったエリクサーに寄る者。

 四日という短期間で百を集めたと言えば聞こえはいいが、これは主に報酬を引き上げたことで集まったレスタールのハンターたち。

 ベルファストのハンターはもう既に徴兵されている。

 これ以上、集めようが無いのが現状だった。


「どこかの傭兵団と契約できれば良いのですが……」

「無理でしょうな。傭兵団は情報をきっちり集めます。

 当たらせては居ますが敵側にならまだしもこちら側には付かないでしょう」

「当たっているならよいのです。結果は厳しくとも動かねば奇跡も起きません」


 それで、と彼女はルドルフの方へと視線を戻す。


「メアリの方はどうですか?」

「はっ! 南部地域はまだ感触が悪くないらしく、多少は望めそうだと文が届きました。ですが、やはり百程度が限度かと」

「そうですか! いいのです。少しでも覆していけば。

 増やせば増やすほど集まりやすくなりますから」


 そう、必ず負けるという数ではなく、この数なら守るくらいはできるのではと思えるまで膨らめばその後の集まり易さに大きな違いが出る。

 可能性があると言えるところまで持っていければこれほどに断られることはなかっただろう。

 彼女の目的はハンターではない。旧ベルファスト軍だ。

 彼らは強い。ベルファストで歴代最強と言われた兵士たちだ。

 その者らに一人でも多く戻ってきて貰うことが勝率を引き上げる要だと考えた。


「ああ、お爺様がいらっしゃってくれれば……私では打開策をこれ以上打ち出せません……」


 コーネリアの祖父は若くして継いだロイスをサポートしていたが、国を明け渡す二年ほど前に戦争で討たれていた。

 その時、従軍していたアーベイン侯爵は彼女に深く頭を下げる。


「ごめんなさい。私は罠に落ちた不甲斐ない身なのに気を使わせてしまいました。

 生き残り抗い続けた貴方たちは私よりも遥かに立派なのに……」

「姫様……寛大なるお言葉、かたじけない!」


 顔を上げたものの、後悔の念に強く目を瞑る侯爵。

 その時、誰何も無しに戸が開いた。


「戻ったわ。ああ、もう!! 使えないったらないわ!!

 三つも断られるなんて思わなかった!! 伯爵家が国の危機に何が生活がよ!!」


 戻って早々、声を荒げるユノン。

 しかし、その声に皆驚いた顔を彼女に向けた。


「わかっているわ! 悪かったわよ。けど、頑張ったけど無理だったの!」

「そうではないわ。貴方、どれほど周ったの」

「予定通り、士爵家から何から十二よ。何よ、サボったと思ってるの!?」


 その声に「おお!」と歓喜の声が上る。

 予想外の反応にユノンは「はぁ?」と訝しげな視線を送った。


「ルドルフが回った家は八割断られたのよ。ユノン、良く頑張ってくれたわ」

「やはり、姫自らがというのが大きいのでしょうな!」

「はぁぁぁぁ!? それはどことどこよ!! 行ってくるわ!」


 お待ちなさいと姉に止められ座らされるユノン。

 情報の刷りあわせを行い、進んではいるものの芳しくなく、今は質より数で大きく見せることが必要だが、その手が無いと相談を持ちかける。


「うぐぐぐ……そうね。確かにそう。

 でもレスタールもハンターも駄目だとなるともうお手上げじゃない。

 いや、数だけ偽れればいいなら……」

「ユノン、何か良い手が!?」


 彼女は思いついたものの、口にするのも憚られるのか不快感を露に口を引き絞る。


「民に、ハンターに偽装して貰う。ハンター証発行は国でいくらでも出来るのだから……」


「それは……」と言葉を止めるコーネリア。


 ハンター証を与えるということは、殺される対象に入れという事。

 それも戦力としてではなく張りぼての見せ掛けとして。


「非道な事はわかっているわ!!

 けど、もう民から一緒に戦ってくれる人を募るしか無いじゃない!」

「であれば、ベルファスト貴族の身内を全て集めましょう。

 私らの家族は負ければ戦後に処される身。

 勝率を上げる為と言えば反発もそう上がらない筈です」

「ですがそれは……」


 アーベイン侯爵は充血ながらも力強い目で王女二人を見据える。

 その決意の篭った目に二人の目も潤んでいく。


「……お姉さまはこういうの言えないだろうから私が言うわ。

 どうかお願いします。アーベイン侯爵」


 彼女は涙を零しながらも深く、深く侯爵に頭を下げた。


「承り申した。しかし、悲嘆に暮れる必要はございませぬ。

 我らにはルイ殿下がいらっしゃる。

 あのお方は神童という言葉で収まる次元を越えている。

 まさに神の采配! 負ける気など毛頭御座らぬ!!!」


 彼は声を張り上げ、充血させた赤い瞳で獰猛にニカっと笑う。

 王女二人は涙腺を決壊させたまま「そうね」と微笑む。

 王女付きや侯爵付きの者たちも涙を流し心を一つにした筈なのだが、この場で一人全く場に沿わぬ困惑の表情をしている者が居た。


「お待ち下さい! 今のお言葉はルイを戦場に出すような口ぶりでは!!

 あの子は戦えません! ユーナ様の願いで何も教えずに育てたのですよ!?

 ルイを、ルイを死にに行かせるおつもりですかっ!!」


 バンとテーブルを強く叩き声を荒げるルドルフ。


「それはただあんたがルイの足を引っ張ったってだけの話よ。

 あの子は物凄く強いわ。

 あんた……いいえ、我らでは誰一人足元にも及ばない程に。

 だからルドルフ、あんたが教えなかったから弱い何て道理は無いの」

「姫殿下! お言葉ですが、ルイには経験が無い!

 もし力があったとしても戦場になんて出すべきではありません!」


 戦場に出すべきじゃない。そんな事は誰にとっても当たり前の共通認識だった。

 王位を継ぐ正当後継者なのだから。

 しかし、状況が許さないのも誰もが知っていること。

 侯爵は鬼の様に顔を赤く染めてルドルフと睨み合う。


「その様な事!! 貴様なぞに言われずともわかっておるわぁ!!

 しかしな、情けなくも我らには取れる選択肢が無いっ!

 その情けなさに己が入って無いとでも思うてか!!

 ここが落とされた後ルイ殿下がどうなるか、貴様もわかっておろうがっ!!」


 敗戦国の王族の末路は間違いなく死。

 このままでは負ける以上、生き残らせるには苦渋を噛み締めてでも参戦して頂かねばならないのだ、とルドルフに説く。


「それは違います!

 幸いにもルイはまだベルファスト王族だとバレてはいないんです!

 私は、ロイス陛下の御子だからこそ、今度は命を明け渡してでもお助けしたく!」


 一歩も引かぬルドルフの言葉は侯爵にも衝撃を与えた。

 気迫にではない。

 ロイスが自らの命を引き換えにしてその他全員の命を救ったからだ。

 レスタールの条約破りによりそれはご破算とされたが、そんな事など関係ない。

 王女二人にその認識は無いが、彼らにとってはロイスが自ら命を捧げ臣下から民まで救ったというのが共通認識だった。


 それを今度は自らの身でルイへと返そう。

 ルドルフのその声に言葉が止まるアーベイン侯爵だった。


 その沈黙を破ったのは王女ユノンだった。「はっ!!」と全力で鼻で笑うと立ち上がりルドルフを見下した。


「それこそあんたの我侭じゃない。私のルイは絶対にそんなこと望まないもの。

 あいつ言ったわよ。誰が止めても参戦するって。

 まあ止められるものなら止めて見なさい。

 あいつを止められる奴なんて存在しないわ」


「ふんっ」と今度は少しご機嫌に鼻を鳴らす。


「そう、ですわね。貴方、私のルイ様の強さを知ったら腰抜かすわよ」


 と、珍しくコーネリアすらも嘲笑するかのようにルドルフに告げた。


「お止めしてもよろしいんですね?」と彼は真剣な瞳でコーネリアを見据える。


「ええ、本当に構わないわ。

 私ね、レスタールの王都で離れた時、このまま逃げてくれたらいいなって思っていたの。

 でも、私よりも早く着いて誰よりも勝つ為に準備をしているの見て夢見ちゃったの。ふふ、今も見ている最中ね。

 この夢がいつ止められても文句は言わないわ。それがルイ様の意思ならば」


 恋する乙女の顔を見せるコーネリアに「私は文句あるわよ。もっと一緒に居たいもの」と言い放つ。


「でしたら、わたくしだって!

 ああ、ルイ様は今どうしていらっしゃるのでしょうか……」


 王女の御付きがコーネリアの前に膝を付き発言の許可を願う。

 彼女はそれに頷き、チナツが少し口を綻ばせながら口を開く。


「ルイ殿下でしたら、シュタール伯を連れて魔道具を開発中とか!

 伯爵の御付きから現段階でも凄い物が出来ているとの報告が!」

「まあ! もう、ですの!?」

「ふふ、流石ね……私の勇者なだけはあるわ」

「貴方のではありません!」

「いーえ、私のにするわ。これは譲らないわよ」


 ルドルフとの言など取るに足らぬと言わんばかりに言い争いをする姫たち。

 王女傍付きの報告を隣で聞いていた侯爵も「これは是非シュタール伯に聞きに行かねばな」と頬を緩ませる。

 その影でルドルフは思い詰めた顔を見せていた。


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