第58話 頑固者


 ぐっすり睡眠をとって今日はヒロキたちの元へ。

 先ずは居場所を知ろうと従軍治療師が勤める詰め所の救護所へと移動。

 そこには部位欠損した患者が大量に居た。


 なるほど、こりゃヒロキのお爺さんが頼みに来る訳だ。

 恐らく、最初に渡した百本のエリクサーはもう使った後だろう。多少は残しているかもしれないが、流石に使ったはずだ。

 それでも百名を超える患者が居た。


 こっそりとエリクサーの瓶を百本出す。

 これを渡せば残り三百程度。戦争の物資と考えると心許ない数だ。

 しかしここの患者を無くせばヒロキのお爺さんも帰ることに同意してくれるだろうと、医師に声を掛ける。


「すみません、治療の手伝いをしたいのですが」

「すまんが、治療魔法が使えねば何もできんよ。気持ちはありがたいがね」

「いえ、これを使おうと思います」


 エリクサーさえ見せれば直ぐわかるだろうと瓶を見せたのだが「赤い色……それは、なんの薬だね?」と聞き返された。

 どうやら、存在を明かしてはいない様子。

 そりゃそうか。使う相手は選ばないといけなくなる事態だもんな。

 ここに居るのは恐らく回復魔法で我慢させなければいけない新米たちなのだろう。

 そう思いつつも「見ていてください」と声を掛け、静止を無視してほんの少量を手首から先を失った青年に飲ませた。

 当然の様に一瞬で再生し、手を動かし動作確認をする彼。


「凄い……その薬はいったい……助かりました。ありがとうございます!」

「ま、待ちたまえ! いくらなんでもありえない! それはなんなのだ!!」


 医師が大声を出したことで注目が集まるが、彼らを連れ一先ず端へと移動した。


「これはそこまで数があるものじゃないんです。一先ずここに居る人は治しますが、もう手に入らない希少な物なので広めないで下さい。理由はわかりますよね?」


 二人に告げれば青年は直ぐに納得したが、医師の方が生成方法を知りたいと切実な顔で詰め寄る。


「ダンジョン深層のもう手に入らない素材を一品使っただけの代物です」

「そんな……これからどんどん患者は増えるのです! どうにかなりませんか!?」


 申し訳ないけど、無い物は無いと再度告げ、せめて節約して使う為飲ませる分量を把握して下さいと彼を引きつれて飲ませていった。

 きっちり分量を量れば一本で平均十人ほどが完全に回復した。

 まだ八十本以上余っている。それを医師に預け「大切に使ってください」とお願いした。


 その後、治療した面々に口外しないで欲しいというお願いを彼が率先して行ってくれた。

 ありがとうございましたと深々と頭を下げられ終了モードになったのだが、俺の本題はそこじゃない。

 ヒロキのお母さんのことなんて何も知らないので兵士の娘さんで三十代くらいの女性が治療師として来る予定になってないかと問いかけた。


「ええ、その方なら恐らくそちらの……」と彼は一人の女性に視線を向けた。

 そこには二十代にしか見えない若々しく綺麗な女性が立っていた。


「あの、私が何か?」と困った顔で問う彼女に「少しお話が」と連れ出し、表まで来て貰った。


「初めまして、俺はヒロキとアミの友人でルイと申します」


 そう言って頭を下げれば「まぁまぁ! キミがルイ君なのね? 私もお礼を言いたかったところなのよ!」と手を握られぶんぶんと振り回す。


「それでその……不躾な話なのですが、仕事は無くなったと思うのであいつら連れてオルダムに帰って欲しいんです。ここは危険ですから……」

「もしかして、それであんな高価そうな薬を使ってくれたの?」


「はい、まあ……」と苦笑すると突如抱きしめられた。

 いや、こんな所で抱きしめられても困るんだが!

 いや、場所の問題じゃないんだけど、場所も悪いんだ。


 混乱してそんな事を考えている間に後ろから声がした。

 知っている声に冷や汗がだらだらと流れる。


「ちょ、母ちゃん何しらねぇ男に抱きついてんだよ!!」


 ちょ、このタイミングでヒロキの声が聞こえてきても困るんですが!?


「あらあら、ルイ君はお友達でしょ?」

「待てヒロキ、違うんだこれは! 先ずは話をしよう!」

「って、なんだルイかよ。

 母ちゃんも誰でもかんでも抱きつくの止めろよ! 恥ずかしいだろ!!」


 お、おおう。よかった変な勘違いされては居ない様子。

 どうやらオーウェン先生のお陰で変な耐性がついているみたいだ。


「と、取り合えず離してください。お願いします……」

「あらあら、ごめんなさいね。

 良いお友達持ったなぁって思ったら嬉しくなっちゃって」


 そうして離して貰った頃には先生やアミも近くに来ていた。

「あっ、ルイ君だぁ」と軽い感じに手を上げるアミにこちらも手を上げて応える。


「そ、そんな事よりこれで仕事は無くなった筈です。

 だから避難して欲しいんですよ」


 そう伝えるが、ヒロキのお母さんは困り顔で「そう言われてもねぇ」と受け入れられない様子を見せた。


「仕事が無くなったって?」と視線を向けるヒロキに、あげたポーションを使って患者を全て治療したことを告げた。


「マジかよ! んじゃ、もう居る理由ねぇな! 帰るぞ!」

「そう簡単には帰れませーん! 言ったでしょ。お父さんに親孝行するのが目的なの。怪我人一杯治療して少しでも生き残る可能性を上げてあげたいのよ……」


 中の様子を確認してきた先生が「あれを使ったのか……だが助かる」とこちらに呟き「サユリ、親父さんの所へ行くぞ」と言葉を続けた。


 見るからに先生もヒロキも避難賛成派。これなら恐らく丸く収まるだろうその場を後にしようと思ったのだが先生に首根っこを掴まれた。


「説得する側はいくら居てもいい。ちょっと付き合え」

「わりぃな。でもホント助かる!」


 先生とヒロキが視線を合わせて連携してるだと!?

 いつの間に仲良くなったんだ?


 そんな困惑を浮かべながらも移動して救護所から兵舎へと。

 隣り合わせなのでほんの少し歩く程度で目的地に到着した。


 お爺さんを呼んで貰って待っていれば、想像よりもかなり若い中年男性が出てきた。ヒロキのお母さんといい、若く見える家系なのかなとどうでもいいことに思考を裂いている間に説明から説得まで進んでいく。


「そう、だな……元々言っていることが無茶だという事もわかっている。

 そこまでしてくれたなら十分だ。ありがとうな、サユリ」


 そこで表情が緩む一行だったが、ヒロキのお母さんはそれを悠々とぶち壊す。


「あら、帰るなんて言ってないわよ。私自身がまだ何もしてないもの。

 力になるって決めたの。決めた以上はやるわ!」

「サユリ……情けない父ですまん……」


 彼は娘の言葉に感動して涙ぐむが、先生が間に割り込む。


「半端な力は何の役にも立たない。ここでお前が出来ることは治療だけだ。

 患者は居ない今、どう力になると言うつもりだ」

「あら、待ってればすぐくるわよ。戦時中なんだもの」

「お前、折角ルイが貴重な薬使ってくれたってのに!」


 ヒロキが激情して話に入るが「誰がお前よ!」と頬を抓られて持ち上げられている。あれは痛そうだ。

 流石元ハンター、お仕置きの仕方も厳しい。


「サユリ……気持ちは十分受け取った。本当にもう十分だ。

 お前が良い相手に巡り合えたのを見て安心したよ」


 サユリさんは頭を撫でられながらも悲痛な顔で「嫌よ。帰らないわよ」と突っぱねる。


「ねぇ、お母さん、お爺ちゃんも連れて帰ろうよ!

 オルダムで一緒に暮らせばいいじゃん!」


 いや、流石にここでオルダムに帰ろうと騒ぐのは拙いだろと思うが伝えるのが遅かった。

 騒ぐアミの声に「兵舎の前で何の騒ぎだ」と人が出てきてしまう。

 あちゃぁ、と視線を向ければ出てきたのはルーズベルトさんだった。

 ちょっと貴方騎士団長でしょ。

 あんたが暇な筈ないんだけど!?

 そう思いながらも驚愕の視線を向ければこちらに気がついて彼は目を剥く。


「こ、これは殿下……いや、もう陛下と言った方が?」

「ちょ、ちょ、ちょ! ちょっと待って下さい!」


 彼の腕を取り、木陰に連れ込んで「俺は戦争が終わったら一般人に戻るつもりだから内緒で!」と強く伝えた。


「流石にそれは無理ですが……その前にこれは何の騒ぎです。兵舎の前でオルダムに避難しようと言われましては流石に捨て置けないのですが……」


 そりゃそうだ。場所が悪かった。


 彼の言葉に納得しつつも、事のあらましを説明すれば「なるほど。まあ治療師一人くらい殿下が齎してくれた物を思えばなんてことはありません」と騎士団長もこちら側についてくれた。


 そうして再びお爺さんの前へと移動したのだが……


「おや……聖騎士オーウェン殿ではありませんか。貴方が何故ここに?」と頬を引きつらせたルーズベルトさんが問いかけた。

 聖騎士という言葉にヒロキがピクリと羨ましそうに反応を示す。


 悪いな。

 その称号、俺も持ってる。と密かにほくそ笑む。


「あ、いや、これは私用でだな……彼女が婚約相手なんだ」と気まずそうに返す先生。


 ルーズベルトさんは驚いた顔を見せるが「いや、何にせよここでは拙い」と場所が応接室へと移される。


 出されたお茶を飲みつつ話し合いが行われ「ならばサユリ殿が戻れば帰って頂けるのだな」と先生との話が進んでいく。


「それは勿論。王命も無しに参戦する訳にはいきませんから」

「はっはっは、参戦するなと言われているの間違いでは?」


 先生は視線を逸らし押し黙る。


「大丈夫ですよ先生。俺は陛下から直接聞いています。

 レスタール国すら落ちそうな現状で男爵位を持つ人を巻き込もうとなんてしませんから」

「はっ? 何でレスタールが落ちるなんて話になんだよ?」


 困惑したヒロキに情勢を説明する。


「考えてもみろよ。ミルドラドと帝国が手を組んだのなら国力的に主導は帝国だ。

 帝国はミルドラドを与させ、レスタールに手を出すなと脅しをかけてベルファストを落とそうとしてるんだぞ。

 仮にベルファストを制圧した後、レスタールを放って置くと思うか?

 その三国を手中に収めれば半島は全て帝国の物だ。隣接国が無くなれば兵を無駄に置く必要もないから他に戦力持って行き放題。

 侵略大好きな帝国がここまで動きを見せて攻めて来ない筈がないんだよ」


 ま、俺も最近知った話だけども。


「はっ! いくらあっちも大国って言ってもうちが負ける筈ねぇだろ!」

「それがな……オルダム子爵は今戦えば負けるって言ってた。

 だからこそのベルファスト返還だって」

「で、殿下! それはまだ公表しておりませんので……!」


 あ、やべっ、もしかしてラズベルである利点をギリギリまで利用しようとしてた感じか?

 まあ、知れたのが身内の場でよかった。


「ねぇルイ君……殿下ってどういうこと?」


 あっ……ちょっと……?

 俺の方はちゃんと秘密って言ってあったよね?


 と視線を向けるが彼は流れるように逸らした。

 まあいいか。別に知られたところでこいつらなら変に態度を変えたりしないだろ。


「あー、そのだな……俺、生まれはベルファストの王族だったらしい。

 滅びた国だからってずっと秘密にされてたんだ。つい最近育ての親に教えられてな」


 先生が目を見開いて固まり、ヒロキの爺さんはぴちっと姿勢を正し、他の面々はポカンとした顔を見せた。


「うっそぉ! 王子様って事? ねぇ、そういうこと!?」

「いや、継ぐ気は無いよ。けどまあそういうことかな?」


 と答えればアミの目が若干鈍く光って見えた。

 ああ、お前の魂胆はわかるよ。うん。お金だろ?

 全てわかっているんだぞと見返せばヒロキが「待てっての!」と声を荒げる。

 うん? 嫉妬かなと視線を向けた。


「んなことはどうだっていいだろ!!

 もしレスタールが負けたら俺達はどうなるんだよ!?」


 ああ、ガチの方だった。

 そりゃ当然の疑問だわなと俺の予想を答える。


「ハンターだから強制参戦時に死ぬか、生き残れても降伏後に奴隷、ですよね?」


 と、正確なところはわからないので知ってそうな二人に視線を向ける。

 ルーズベルトさんは「それが普通ですね」と肯定し先生も「まあ、そうかもな」と濁しながらも肯定した。


「じゃあ、何で動き出さねぇんだよ!?」

「陛下はちゃんと動いて下さってるぞ。抗う準備させてるってよ」

「で、殿下、その、レスタール王を親しそうに陛下と呼ぶのはちょっと……」


 なんでですか。

 他国相手だって陛下って呼ぶでしょう?

 えっ、普通は自国と差を付けるものだ?

 そんなこと言われたってこの国まだ王様居ないじゃないですか。


 そんな言い合いを繰り広げていればヒロキが頭を掻き毟って興奮していた。


「何でお前ら、命が脅かされてんのにのほほんとしてんだよ!

 皆死んじまうかもしれないって話なんだろ!?」

「はっはっは、威勢が良いな少年。

 だが、我らは生まれた時からずっと脅かされ続けている。今更なのだよ」


 その発言に返す言葉を失い少し押し黙ったが「先生、鍛えてくれるんだよな?」と強い視線を先生に向ける。


「お前が戦場に出るのは困るんだが……まあ鍛えはするさ。約束だからな」


 そうして彼らは帰る空気を匂わせた。

 はぁ、やっと説得が終わった。

 他の皆も『あ、もう部屋出る感じかな』と腰を浮かす。


「私、帰るなんて言ってませんからね!」


 その時、サユリさんに全員の視線が集中し、彼女の父親でさえも困惑した顔を向けた。


 うん。これはもう俺には打つ手がない。

 後は任せた。とヒロキの肩を叩きその場を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る