第57話 二十数年ぶりの帰還
彼はむすっとした顔で王女二人を見据える。
「その将軍の徽章を付けているという事は貴方がランドルフですか?
面影が一つもありませんが……」
「貴方、どんだけ厳つくなってんのよ。確かに体が大きくはあったけど」
彼女たちの声に表情が段々と驚きに変わっていき、叔父さんへと視線を向けた。
「おい、ルドルフ。あの話、マジ……だったのか……?
俺はてっきりお前の頭がパーになったのかと……」
「失礼な……信じられないことではあるが会ってみて確信した。
当時のことを俺よりも鮮明に覚えていらっしゃる」
あっ、なるほど。叔父さんも信じ切れて無かったのか。
そりゃ、そんな面持ちで言われても将軍も信じないわな。
そうか。いくらメアリ叔母さんからの情報だからって騙されてる可能性の方を先に疑うよな。
「って事はあれか? こいつが陛下の忘れ形見ってふざけた話もマジか?」
「おい! 何度言えばわかる! そこは間違いない事実だと言っただろう!
陛下から直々に命を受け、この十余年、俺とメアリでユーナ様共々お守りしてきたんだよ。
ルイに王子だという秘密をバラしたのはお前の娘だと聞いたんだが?」
「馬鹿野郎! 何も言わずに出奔して十年以上音沙汰無かった奴にいきなりそんな事を言い出されても信じられるか!
俺はてっきりお前らがユリシアを使って何かする気かと……待て、俺の娘から……だと?」
あっ、それは俺の口から出任せ……
でも、なにやら将軍が物凄い葛藤している様子で話しに入れない。
もしかして最初から俺にキレてたのは王子の振りをして何かを企んでるって思われていたからか?
「そうか、だからあんなにユリシアは思い詰めて……クソッ」
将軍がかつかつとこちらに距離を詰めてきて少し身構えたが、彼はその場で膝を付き、土下座を始めた。
「殿下への数々のご無礼、真に申し訳なく!」
大声を上げ、勢い良く床に頭を叩きつけた。
「あの、今はそこを話している場合じゃないので……
その、大切な話がありますから取り合えず普通に座って下さい」
「ですが殿下にあれほどのことを……」
「いえ、そこら辺はお互い忘れましょう。
その……ユリシア嬢のご家族とは仲違いしたくないので」
うん、俺も朝はちょっと焦って感情的になり過ぎた。
ガン飛ばして足りねぇのかと札束ビンタしちゃったもんな。
まあやるしかない状況を作ったのは彼だけども。
「ご温情、痛み入ります」と再び頭を下げる彼に座って貰い、話し合いを再開する空気が流れた。
コーネリアさんに視線を向け、再開してくださいと一つ頷く。
「ランドルフ、ルーズベルト、心してお聞きなさい。
この度、レスタール王との会談の末、この地ベルファストは本来王太子の立場であるルイ様の元へ返還されました。
素直に喜ぶことはできませんが、もしここを乗り切ればベルファスト再興が叶います」
ちょっと?
俺にじゃないよ?
継がないって言ったよね?
彼女の耳元で訂正を入れるが、近すぎたのかビクンビクン肩を震わせ頬を赤くするばかりのコーネリアさん。
「う、う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
なっ、なんぞ!?
突如叫びだした将軍に驚いて思わず身構えたが、彼は眼を見開きながら涙を流していた。怖い。
ルーズベルト騎士団長も泣いていた。静かにシクシクと。
「喜んでばかりも居られませんよ。敵軍が十倍の数を集めたという話は聞きました。
レスタールは体の良い尻尾切りを行ったつもりでしょうが、これを乗り切れば完全な再興と言えます。レスタール王も迂闊には手を出せなくなるでしょう」
いや、手を出すって……レスタールを悪く思いすぎじゃね?
そんなに悪い人たちじゃなかったけど……
まあでも国を差し出してまで結んだ条約を破ったんだからこの反応が普通か。
「こちらの兵数はどの程度まで集められそうですか?」
「正直なところ開戦まで募集をかけても二千が良いところかと。
資金も心許ありませんのでそれ以上は……」
「そう、ですか……」
うん? 金があれば戦力増やせるの?
「ならこれも使ってください。どれほどの足しになるかはわかりませんが」
そう言って追加で収納魔法から大金貨を千枚出したら、壁際に控えていた叔父さんが声を上げた。
「ルイ……今どこから出したんだ?」
「ああ、魔法だよ。奈落の魔物から魔法を拝借した」
「――――っ!? 奈落の魔物からだと……
ルイ、お前まさか……奈落に行ったのか……?」
またこの説明か。
ああもう、面倒だなぁ……
と俺はユリシアとの出会いから今までをダイジェストに説明した。
カールスやリストルの件を話した時、ルド叔父さんが見たことない程キレた顔をしていたが、終わったことだからと話を進める。
「とまあそれは良いとして、資金ってどれくらい必要ですか?」
「この現状ですといくらあっても足りませんのであればあるだけ良いとしか……」
そ、それもそうか。
んじゃこっちも出せる分は全部渡しておこう。
金は第三の奴らとの契約金とかこれから頼む仕事もあるからもう出せないけど、素材ならいくらでも出せる。
「じゃあ、奈落の素材も出して置きます。それも活用して下さい」
「ですが、先ほどからのそれは全て殿下の私財では……もう既に再三に渡って出して頂いていますが」
「そうですけど、俺の目的はユリを守る事なので必要であれば全て出します。
というか奈落の魔物ならいくらでも取ってこれるのでお構いなく」
金銭面で俺が出せるものはこれで全てだと伝え、それよりもと続けた。
結構な出資もしたし、これからはある程度言いたいことは言わせてもらおうとこちらから話を始めた。
「戦争で一番重要なのは先ず第一に情報でしょう。
いつどの様にどこから攻めてくるかとかどれくらい調べがついていますか?」
「隠密部隊の情報では、ダールトン側の最寄町であるダクトに兵が集結し始めております。四日前でその数凡そ五千。
ですが物資の流れを見るに先発隊が出れるのは早くても来月の末だと……」
あら、あと一月とちょっとか。もう全然時間が無いんだな。
「ここに辿り着く前に拠点に出来る要塞はどれくらいありますか?」
「二つ、ですね。ここと、ここなのですが……」
見れば森の中の開けた場所に一つ。街道が森に入る場所に一つだ。
森の中を進軍されたら意味が無いのではと問いかけたが、大規模火災を一瞬で引き起こせるので森に大規模な軍を入れることは先ず無いとの事。
風の魔法と併用すれば、水の魔法でも防ぎ切れない熱風が発生するのだとか。
「要塞周辺に罠は?」
「罠、ですか……特には……
防壁に大型弩弓が多数設置されているくらいです」
バリスタみたいなもんかな?
「その防壁ってどのくらい持ちます?
魔力を多く込めたロックバレットとかも防げる感じですか?」
「ええ。魔石を動力とした障壁がありますので。
ただ、魔石が切れた瞬間一瞬で崩されるでしょうが」
なるほど。魔石は吸収してるから無いんだよな。
まあでも買い集めればある程度持たせられるのは朗報だな。
「ちなみに、二万という数字はどこから?」
そう尋ねれば将軍が答えてくれた。
「その、旧ベルファスト軍が作った村があるんですが、そいつらがダールトン軍とやりあった時に敵兵から聞き出したそうです。
ただ、捕まえて吐かせた言葉ではないので確証は無いと申しておりましたが、隠密部隊に確認を取らせたところ、大規模に兵が集まってきているのは間違いないようです」
うん?
それってさっき行ってきた場所ではと騎士団長へと視線を向けたが、どうやら情報源がそこからなのは彼も知らなかった様子。ムッとした顔で将軍を見ていた。
「わかりました。じゃあそのつもりでこっちでも準備してみます」
そう言って立ち上がり、素材はどこに置けばとルーズベルト騎士団長に尋ねれば案内してくれた。
皆興味があるのか全員ぞろぞろと付いて来ている。
ルーズベルトさんが解体作業員として兵を十名ほど集めたので結構な人数となった。
取り合えず在庫の七割くらいは渡してしまおうと、猿を一匹出したところで手を止めた。
「これ解体するのは道具から作らないと無理かも……解体できますかね?」
そう言って皮の硬さを伝えれば試しに刃を入れようとした騎士が首を横に振る。
「ですよねぇ。専用の道具を持ってる技師も呼び寄せていますからこれは後からにしましょう。
後、これなんですが、ミスリルってことで良いんですかね?」
ゴーレムをドンと出して団長に尋ねると魔力をゴーレムへと通してチェックしてくれた。
そんな確認方法があったのか。
「お、恐らくは……
しかし、これ全部がミスリルだとするととんでもない額だな……」
「じゃあ、これは加工できると思うので置いていきますね」
と、二十数体ほど残して六十体のゴーレムを出した。
「そんなまさか、これが全部ミスリルだとすると……」
絶句した騎士たち
「他にもこんなのがあるんですけど、使い道がわからないんですよねぇ」
恐竜、蜘蛛、爬虫類、蛇など一種類ずつ出して見せてみる。
一応戦った時に魔物が使った能力の情報なども一緒に。
「さすがはルイ様。禁書にもそれほどの情報など載っていませんでしたわ」
「そうね。貴方は私の誇りだわ」
それからも二人にべた褒めされ、気恥ずかしくなり今日はこの辺でと宿にでも向かおうとしたところで叔父さんに止められた。
「待てルイ、色々話を聞かせて貰うぞ。場合によっては説教をしなければならん」
「ちょ、俺はまだやることがあるんだよ。その後じゃ駄目?」
「駄目だ。お前の身の安全以上に優先されることはない!」
うぐ、普段平穏な叔父さんにこう強く言われると言い返し難い。
まあ、早くても来月だって話しだし、ヒロキたちの件は後でもいいか。
そして宛がわれた部屋で叔母さんと叔父さんに囲まれ、お説教という名の談笑が始まる。
「もぉ、ルイは危なっかしいんだから。駄目よ?」
「いつも何かあれば言えと言っているだろう。
危険を感じたら言ってくれなきゃ駄目だぞ?」
これが叔母さん叔父さんなりのお説教である。
だが「どうして言わなかったんだ」という言葉が続きそれには反論した。
「いや、信じてくれなかったじゃん。
四十階だって言ってるのに四階層とか馬鹿にして……」
「うっ……」
「ちょっとルドぉ?」
そうしてこちら側に回った叔母さんと一緒に叔父さんにお説教したりして時を過ごす。
「そうだ。王都でユメとは会ったの?
付いて来たら拙いと思って今回は会わなかったんだけど」
そう尋ねると二人揃って嫌な顔を見せた。
「それがな……事情を話したらこっちに来るって聞かなくってな……」
「一応最後まで絶対に来ちゃ駄目って言い聞かせたんだけど、あれは来るわね……」
ああ、そうか。まあそうだよなぁ。
状況を知れば来るよな。俺でも行くもの。
しかしどうしたもんかなぁ。
「あっ、そうだ。ハンターじゃなければ参戦できないじゃん。
逃がす手筈だけはしっかり整えて置けば大丈夫じゃない?」
「いや、あいつももう卒業なんだよ。ルイと同じだ」
「来月には資格が取れるからそのまま来るって言っててね」
えぇぇ……ユメが評価超過できるほど自力で強くなってるの?
教師を倒したってことだよな。
うわぁ。調子に乗ってそう……
説得が大変そうだ。
なんてわちゃわちゃと話していればラズベル将軍が部屋に訪れた。
将軍が再び頭を下げ「大変申し訳ございませんでした。責任を取って一兵卒からやり直す所存でございます」と何故か責任を取って役職を辞すと言い出した。
その瞬間、少し迷いが生じた。
ユリの安全に繋がるかもしれないと。
しかしその迷いは直ぐに消えた。
最近、ユリが心配過ぎて失念していたが、叔父さん、叔母さん、ユメは勿論、コーネリアさんたちも見捨てるのももう出来そうになくなってきている。
「そんなことよりも今はベルファストを守る為に全てを賭けて下さい」と自分にも言い聞かせるつもりで真剣に伝えれば困った顔を見せながらも一応は思い改めてくれた様子。
「それはそうと、今日ユリを捜索した件なんですが……」
そこで将軍にも村に入れず捜索が断念したことを伝えた。
「あの村に……ですか。しかしユリシアもあそこには立ち入れない筈。
いや、もしかしたらダールトンの斥候と戦っている時に出くわし身元不明として捕らえられた可能性も……」
そうか。どっちにもユリの匂いがあって討伐したであろう人たちの村に行っているならその可能性はある。
「殿下が怪しいと仰るなら、明日朝一番で行って確認してきます」
「お願いします。全てが勘違いの可能性もありますが、ふぅとラクに迷いはありませんでした。可能性はあると思いますので」
頭を下げて将軍にお願いして話し合いが終わる。
一緒にルド叔父さんたちも出て行って部屋に一人になった。
さて、寝るか。一昨日から徹夜からの仮眠なんて無茶したから結構しんどい。
そう思って布団に横になったが再び来客が。
今度は王女様方だ。
何故か添い寝すると言い出した。
アホかぁ! 寝られんわぁ! と二人を追い出しお布団へ。
流石にもう邪魔は入らないよなとぐったりしながら眠りに着いた。
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