第56話 香りを追って……



 西門を出て暫く走ると、突如ラクとふぅが森の中へと突っ込んだ。

 二匹同時に森の中を選んだ事に安堵する。ちゃんと匂いを追っているのだろうと。


「近いのか?」

「クゥン……」

「ウォッ」


 何やら自信なさ気だが、暫く行くと力強く吼えた。

 森の中の少し開けた場所でラクとふぅは匂いを嗅ぎまわる。

 どうやら、ここに居たのは確からしい……


 見渡せば簡易テントのキャンプ場。その奥の方には地面が黒ずんだ場所が見える。

 恐らく、これは完全に固まった血だろう。

 そこにユリが居たと思うと背筋が凍る。


「ここで途切れているのか?」


 二匹は別々に歩き回り地面を嗅いで回るとふぅがラクに向かって吼え、走り出す。

 よかった。きっと匂いが続いているんだ。

 そう思って進んで行った先にも同じ様な血の後があった。

 ラズベルからミルドラド方面に続く道、そのど真ん中に明らかなる戦闘の痕跡が見受けられた。


 またか……もしかしてこれ全部ユリがやったのか……?

 いや、いくらユリでもそれはないか。


 そう思っていれば今度は再び動き出すまでが早かった。

 自信を持って今度は道を走ってラズベル方面へと戻って走る。よかった。この先に進んだ訳では無さそうだ。

 ふぅがユリの匂いを追ってくれているならだけど。


 いや疑ってどうする。ラクもふぅも真剣だし、二匹とも同じ意思の元に動いている事くらいは見て取れる。

 

 早く、見つかってくれ。


 そう願いながら手綱をぎゅっと握り締めた。




 匂いを頼りに辿り着いたのは小さな村だった。

 その入り口で門番に止められたが、ふぅもラクもこちらを見て一つ吼えた。


「あの、人を探しているんです。村の中を通るだけでもいいんでお願いします」

「駄目だ駄目だ! ここは余所者を入れないって決まってんだ。

 だからお前の探し人はここにはいねぇよ」


 そうは言うがふぅの瞳は真っ直ぐ村の中を見たままだ。


「ルーズベルト騎士団長から捜索を頼まれているんです。

 ここで止められてしまうと困るんですよ!」

「……その証は? いや、偽装の可能性もある。探したいなら本人連れて来い。

 そこまで証明出来れば監視付きだが通してやる」


 本人って無茶言うなよ。

 こんな状況下で騎士団長がおいそれと外出なんてできねぇっての。

 こうなったら強行突破してやるか……?

 いや、ラクたちに攻撃が行ったらと考えると怖いな。

 ……進路的にこっちに戻ってきているんだからここで無理をするべきじゃないか。


「わかりました。出直します。ですがその前にもう一つ」

「なんだよ。何を言っても入れねぇぞ」


 悪態をつく彼に、近々ダールトン軍が大軍で攻めてくる可能性が高いので、最低でも迅速に逃げれる準備を。

 できるのであれば前もって南に避難した方がいいと忠告をした。


「お、おう。忠告は感謝する。まあ、逃げる気もねぇけど……」


 こちらの言葉に毒気を抜かれた様子で返した彼に「では」とその場を後にする。

 そのままベルファスト城に戻り、騎士団長に捜索の状況を説明した。


「ちょっと待て。森の中に潜んでいた敵が何者かに討伐されていたというのは把握していたが、道沿いでも同じ様なものがあったのか?」

「はい。見た感じ森の中と同程度の戦闘跡地って感じでしたし、死体も一切見当たりませんでした」


 それはそれとして、と前置きをしてふぅが村の中を目指していたのに余所者は入れられないと止められてしまったがどうしたらいいか、と相談した。


「寄りにもよってその村とはなぁ……確かに余所者を入れることはないだろう。

 その村はな―――――――――」


 話を聞いていけば、俺が生まれる前の戦争時にダールトンに無理やり連れて行かれた者たちの村だそうだ。

 出奔した元ベルファスト兵士たちが直接救出に行って救い出し、戻ってきてそこに住み着いたと言う。


 レスタールも信じられないのでラズベルにも与さない。

 そんな者たちが寄り添って作った村なのだそうだ。


「だがそうか……その血の跡はやはり出て行った奴らが……

 ここは俺がもう一度直接行って説得してみるか」


 呟きを聞くに、ユリではなく戦力のことだけを考えている様だ。

 騎士団長なのだから当然だが、ユリの事を忘れられては困る。


「その、行くならユリのことも……」

「ああ、勿論だ。しかし余り期待はしないでくれ。

 あそこで下手を打てば武力衝突になる」


 そう言って彼はあの村の状況を語る。

 あそこは半治外法権状態となっているそうだ。

 レスタール王国への併合を認めておらず、ラズベルの領軍ですら立ち入りを拒むほどで一度は一触即発な事態に陥ったこともあるそうだ。

 あの村の住人の三分の一は上級兵士の更に上をいく上級騎士だと言う。

 それも百人程度でダールトンから家族を取り返し続けている様な猛者たち。 

 仮に武力衝突となればかなりの痛手を受けるだろうと語る。


「あらら。それじゃ将軍は怒り狂ったんじゃないですか?」

「あはは、キミはそう思うだろうね。

 けど、あの人家族が関わらなければ割りと温厚なんだ。 

 最初から辺境伯は家族を取り返してやれなかったのに納税はしてくれてるんだから自由にさせてやれよと言っていたよ。まあ、それはそれでダメなんだけどね」


 その時、門番の兵士が慌しく兵舎へと駆け込んできた。


「団長! 大変です!!」

「なんだ騒々しい。何があった」


 まさかもうダールトン軍が来たとか!?

 と不安になったが門番がそれを伝えにくる事はないかと気持ちを落ち着けた。


「それが……王女殿下が……取り合えずお越しになって下さい!!」

「あ、コーネリアさんが来たんだ……」


 そう口をつけばルーズベルト騎士団長が「コーネリア、王女殿下、だと……?」と訝しげな表情を作った。

 完全に信じていない顔だ。

 まあ、仕方ないか。二十年以上前に死んだとされた人だもんな。


「先ずは会って頂いた方が早いでしょう。

 ルド叔父さんが連れてくる重要人物と言っていたのが彼女たちです」


 報告に来た者に「ルドルフも一緒なのか?」と問いかけ「はい……」頷く兵士。

 だからこそ全てが嘘だと断じることも出来ずと混乱した様を見せる。


「わかった。行けば確認できるんだ。直ぐに行こう。

 ルイ、キミも来てくれ。色々知っていそうだからな」


 後に付いて門まで同行すれば王女様方ご一行とルド叔父さんメアリ叔母さんが居た。

 唖然と彼らを見回したルーズベルトさんはルド叔父さんの腕を引く。


「ルドルフ……これはどういうことだ?

 何故、これほどに生き写しな方たちが居る……」

「将軍から聞いてないのか? いや、これには俺も本当に驚いたがな……」


 腫れ物過ぎて触れない、そんな空気を醸し出したルーズベルトさんがルド叔父さんと内緒話をするが、ユノンさん煩わしいと言わんばかりに前に出た。


「モジモジしてるのは変わらないのね! まさか、私の顔を忘れていないわよね?」

「いえ、勿論覚えては居ますが……変わらな過ぎて有り得ないと言いますか……」


 それはそう。本当なら四十超えている御年の筈だもの。

 そんな言葉にユノンさんがキッと鋭い視線を向ける。


「そう、じゃあ記憶で証明するわ!!

 あれは貴方が十歳のお披露目の時だったかしら――――――――」


 と、彼女はルーズベルトさんが緊張し過ぎてスピーチを失敗して泣き出した様を詳細に語ったが、それは途中でコーネリアさんに止められた。


「そんな事よりルイ様、何故私たちよりも先に……?」

「ああ、高速の移動手段があるんです。単独でしか無理なんですけど」


 幽霊でも見た様な顔を向けられたので説明したが今度は悲痛な顔をされた。


「戦力が十倍だってわかって何で来るのよ……」とユノンさんが悲しそうな顔で言葉を続けた事で視線の意味を理解した。


 でもそれ、皆一緒だよな?

 そう思っているのも束の間、周囲から引っ切り無しに言葉が続く。


「そうだ。ルイ、ここは駄目だ! 直ぐにオルダムに避難するんだ!」

「そうよ、危険なの。ここは私たちに任せて頂戴」

「そうです。いくらルイ様が強いと言えど戦力差が十倍では……」


 いや、皆してごちゃごちゃ言われても、とルーズベルトさんに視線を向ければ、「一先ず移動しましょう」と城の中へと案内された。

 初めて入るお城の内部を興味深々に見渡しながら付いて行く。

 彼がこちらに、と部屋の戸を開けるが王女二人の足が止まる。


「まだ、疑っているのですか? それとも、あの部屋はもうありませんの?」


 どういうことだろうかと部屋を覗くが、普通に綺麗な応接間だ。


「いえ、その、私にはそちらを使う権限がありませんので……」

「まあ良いでしょう。では、ランドルフを呼んで頂けますか?」


 続いて部屋に入れば、王女二人にこちらへと座らされ両隣に彼女たちが座る。

 アオイさんやチナツたちが後ろに控え、壁際に叔父さん叔母さんが立った。

『あれ、俺の場所ここで良いの?』と不安を覚えて立ち上がろうとしたがユノンさんに止められた。


「いや、でも俺明かすつもりとか無いし……ちょっと発言力くれれば十分だから壁際でいいよ」


 うん。ユリを探す権限とその後の自分とユリの配置を弄れればそれでいい。

 いや、負け戦になりそうなんだから、もっと自由に動けないとか?

 邪魔にならなそうなことなら何でもやるべきだろうし。


「いいえ。貴方が下に扱われるのは我慢ならないわ。悪いけど駄目よ?」


 おおう、どっちにしても隠すという選択肢は無いらしい。

「わかった。けど親父の後は継がないよ?」とそこだけは譲れないからねと意思表示をしっかりしておく。

 内政とか小難しい事が苦手な俺が成ってはいけないポジションだ。

 トップが無能なのは罪だと言うし。


「……それも駄目、と言いたいけど今はいいわ。

 貴方の育った状況も聞いたし切り替えられないのもわかったもの」


 やっぱりコーネリアさんも同じ気持ちなのだろうかと視線を送れば、何故か手を握られた。


「大丈夫ですわ。私がサポート致します」

「私もよ。臆することなんて無いの。堂々としてなさい」


 いや、そうじゃないんだけど……まあいいか。

 意思表示はちゃんとしたし。


 その時、戸が開きラズベル将軍が入ってきた。

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