第55話 そんな事を言ってる場合じゃない
皆との挨拶を済ませた後、夜まで仮眠を取り閉門と同時にオルダムを出る。
はしゃぐラクの背に乗り一目散にラズベル……いや、ベルファストへと向かう。
本当は飛んで行きたい所だが、ラクを置いていく訳にもいかない。
流石に従魔は殺されないだろうから最後まで一緒に居たい。
……いや、最後までって死ぬ前提かよ。
思わず自分に突っ込みを入れて苦笑する。
死んじゃ駄目だろ。ユリを救うんだから。
そう自分を鼓舞しつつも、不安が拭えずラクに抱きつく。
「クゥン?」
「なんでもないよ。それにしても本気のラクは速いな!」
気持ちを切り替えたいという思いもあったが、荷車を引いていない全力の獣魔は本当に速かった。
この調子なら朝の開門を待つまでありそうだ。
その予感は的中し、前回二日掛けた道程は十二時間と掛からずに成し遂げられた。
門番に一声掛けてから門の前でラクを枕に再び仮眠を取りながら開門を待つ。
そして開門と同時にお城へと走った。
そこまで急ぐ必要はないのだろうが、一刻も早くユリシアに会いたかった。先の危険を知らせ、対策を話し合い活路を見出して安心を得たかった。
そんな思いに押され一分一秒を惜しんだ。
数ヶ月振りに城の外壁の前に立つ。
門番も変わらず同じ人だ。
「おお、キミはこの間の……」
「はい。ハンターの資格を得て参りました。取次ぎ願えますか?」
「あっ……いや、すまない。
前回の話も覚えているのだが、その、キミを通す訳にはいかないのだ。
辺境伯様のご命令でね……」
えっ……いやいや、なんでよ!?
あそっか。キョウコちゃんから伝言貰ってたわ。
ユリに近づくなって……
余りに異常な事が起こり過ぎたからすっかり忘れてたわ。
もうこうなったら形振り構ってる場合じゃないな。
コーネリアさんたちの威光を借りよう。
「えっと、コーネリア王女殿下に取次ぎお願いできませんか。
彼女に参戦を願われてここに居るので。
ってあれ……ベルファストに戻ったのだから、ラズベル将軍では……?」
言い間違えちゃったのかなと視線を向ければ、彼は眉を顰めていた。
「……キミは何を言っている。大丈夫か?
咎めねばならぬのに流石に荒唐無稽過ぎて正気を疑ってしまうぞ」
はっ!?
まさか二人が着いてない?
てかそれ以前に、王女の事も知らされていないとなるとユリの親父さんまで情報が伝わってないのか?
ルド叔父さーん! しっかりしてよ!!
ここ大事な所だってば!
門番に話が通ってないってどういうこと?
よく考えればまだ到着してないのはおかしくない。
俺は一日遅れの出発とはいえ三日以上掛かる所を二時間で済ませたのだから。
奈落で一日潰れたことや、ラズベルまでラクに乗ってきた分を差し引いても今日か明日到着するってのが妥当だ。
その到着予定の人の名前が出てもまったくわかっていないってのはどうなの?
いや、待てよ。一先ずは公にしない方向で話が進んでる可能性もあるか。
ルド叔父さんが付いてれば良いだけの話しだし。
けどこのままじゃ埒が明かない。
うーん、どうしよう。
もうこうなったら物で釣れる可能性に賭けるしかないか……
「えーと……じゃあ、これを献上するんで繋いで貰えませんかね?」
収納魔法から元々贈呈する予定だったエリクサーを百本出して再び門番に問う。
流石にエリクサーの効果はわかっていた様子。魔法陣から物が出て来たことに驚いて他の兵と顔を見合わせている。
「もう俺が参戦することは確定してるんです。
なんで何が何でも情報を貰えないと困るんですよ」
お願いします、と頭を下げる。
「一先ず、兵舎にて対応を仰ぐ。私に出来るのはそこまでだ。
良い返事が貰えずともそれで納得してくれ」
「わかりました。こちらも一先ずはそれで引き下がります」
これで駄目なら打つ手が無いし、コーネリアさんたちの到着を待つしかない。
逸る気持ちにそう言い聞かせそわそわしながら伝えに行ってくれた門番さんを待つ。
暫く待てば再びあの人が現れた。
確か騎士団長のルーズベルトさん、だったよな。
「お久しぶりです。約束通り来たのですが……?」
「あぁぁぁ……すまない。一先ずこちらへ。
先ずは不本意ながらもこうなってしまった経緯から説明させてくれ」
キョウコちゃんから聞いているが取り合えず少しでも懐に入って情報を貰いたい。
ユリシアの事でも戦争の事でも構わない。
騎士団長なら色々知っているだろうという目論見で彼の後を付いていく。
連れて来られたのは兵舎の二階。恐らく騎士団長執務室って所だろう。
対面テーブルに座るよう促され腰を落ち着ける。
「そのだな……
キミの言葉をユリシア様に伝えることが出来なかったことを謝罪させてくれ。
すまなかった」
「ああ、大丈夫です。話は将軍が送り込んだキョウコちゃんから聞いてますから」
そう告げると彼は首を傾げた。
「であれば何故またこれを……?」
「そりゃ、彼女を守る為には必要だからですよ。前回のも含め好きに使ってください」
「いいのか、これはそんな気楽に渡せる物じゃ……」
「大丈夫です。わかって出してますから。
間違いなくエリクサーだってレスタール王からも言われました」
「――――っ!?」
彼は確証を得ている訳じゃなかったのか、エリクサーという言葉に強い反応を示す。
「ルド叔父さんから二万の兵が攻めてくると聞きました。必要でしょう?」
「ルド、叔父さんだと……もしかしてキミは、ルドルフの身内なのか……?」
育ての親なので当然直ぐに肯定し、叔父さんも重要人物を連れてこの地に向かっている事も同時に伝えると彼は喜色を浮かべて立ち上がる。
「そ、そうか! であればキミはラズベルの人間。身内だ。もう一度話を通そう!
今回はもっと強く言わせて貰う。いや、絶対に頷かせてみせる!」
そう言って彼は立ち上がり「そこで待っててくれ!」と足早に出て行った。
ルド叔父さんと面識も深そうな口ぶりだった。
聞いて居た話だとラズベル軍のトップはレスタールに任命権があったからレスタールの人かとも思っていたが、どうやら違ったらしい。
そんな事を考えながら待っていれば、険しい顔をした男が入ってきた。
もしかして……この人がユリのお父さん!?
有り得ないほどに似てねぇ……てか怖い……
「おめぇがルイか?」
「は、はいぃ……」
頬を引きつらせるルーズベルトさんなどお構い無しにソファーにドサリと腰を下ろすラズベル将軍。
「それで……てめぇユリシアをどこにやった……」
「はっ? どこに……やった……? どういうことですかっ!?」
余りに予想外の言葉に声を荒げ立ち上がってしまい「すみません」と謝罪して腰を下ろすが、失礼をした程度で流せる話じゃないのでもう一度尋ねた。
「もしかして、ユリが居なくなったということですか……?」
「ちっ、お前じゃねぇのか……しかし舐められたもんだなぁ、ユリだと!?」
先ほどよりも更に険しい表情になっていたが、恐怖は一つも無かった。
それどころではないのだ。
『お前じゃねぇのか』この言葉でユリが帰っていないことが確定したのだから。
「そんな話を言っている場合じゃないんですよ!!
もし、居なくなったのであればあいつの行く先は戦場なんです!」
「ああ? 何を言っているんだおめえは……
今のユリシアがそこまでして戦場に出るはずねぇだろうが」
……駄目だ。この人は何にもわかってない。
と俺はラズベル将軍に向かっていままでのユリの努力を捲くし立てるように伝えた。
家族を、父親を守りたいと出来もしない人との情を利用して戦場に戦力を集めようとしたり、平民の俺に頭を下げて魔装の習得を請い願ったり、ずっとラズベルを救おうと努力し続けていた事を。
「だから、手遅れになる前に探し出さなきゃいけないんですよ!」
「俺が、探してないわきゃねぇだろうが!!
出せる手はもう全部出してんに決まってんだろ!!」
テーブル越しに乗り出し胸倉を掴まれ声を荒げてきたが、頭の中はユリをどう探すかで一杯だった。
「なら、俺も探します。ユリの従魔ふぅを貸してください。
もしかしたらあの子なら匂いでユリを追えるかも知れません」
彼女がふぅを戦場に連れて行く筈が無いからここにいる筈だ。
「何言ってやがんだ? 誰がてめぇを認めるなんて言ったよ!」
「じゃあ、これで依頼します。ふぅを貸してください」と胸倉を掴まれたまま収納魔法を起動して追加でエリクサーを百本出す。
「ああ?」と言いながらも収納魔法を見た瞬間、目を見開いて動きを止めた。
「足りませんか?」と報酬で貰った大金貨袋を一袋口を開けて差し出す。
四袋貰ったので一つ大金貨五百枚だ。軽く獣魔数百匹は買えるだろう。
それを差し出せば彼は少し気圧された様に身を引いたが、それでも不快そうにこちらを睨み付ける。
今、詰まらない貴族の体裁に縛られている場合か、と俺も彼を睨みつけた。
俺が下手に出ているのはユリシアの為だ。
彼女が危険に晒されているこの状況で遜るつもりは無い。
「まだ、足りないんですか?」と強い視線を返しながらも収納魔法を起動すれば後ろから「待った」と騎士団長ルーズベルトさんから声が掛かる。
「魔獣の管理は私の管轄だ。私の権限で許可する。
だからユリシア様を連れ帰って来てほしい」
「はい、先ずはラクとふぅ次第ですがそれが駄目でも絶対に探し出します」
彼が「じゃあ、従魔の元まで案内しよう」と言ってくれたので、部屋を後にした。
「あれ、全財産だろう? いいのかい?」
「構いません。全財産くらいでユリが助かるなら出しますよ。
まあ、運用がふざけたものなら流石に怒りますけど……」
「ははは、キミは凄いね。逆にこちらは情けない限りだ。
辺境伯はベルファストを失ってから心の寄り所が家族だけになってしまってね……
昔は全方面で頼れる人だったんだけど、すっかり捻くれてしまった」
失ってってラズベル辺境伯の領地じゃん。
ああ、そうか。元々将軍だったのだから、自国を失った側か。
ただのヤクザ系バカ親父かと思ってたけど、ちゃんと落ち着いて話せば少しはわかる人なのか?
いや、わかる人だろ。
だってあの天使の親だもの。
うん、トンビが鷹を生むとは言うが、汚物からは綺麗なものはそうそう育たないだろ。
だって汚れは移るもの。
なんて無理やりに将軍を悪く思わない様に心に落とし込む。
俺がユリの親父さんを悪く言ったらユリが悲しむしな。
「ああ、ここだよ。
キミの従魔もこちらに連れてきてある。どれかはわかるかい?」
「はい、勿論。ラク、ふぅ! おいで!」
ラクとふぅが入れられている小屋の戸を開けて声を掛ければ一目散に走ってきて顔をこすり付けてくる。
いつもの様に要らないと顔を背けるまで二人の魔石に魔力を入れる。
「ふぅ、久しぶり。早速で悪いんだけどユリに会いに行きたいんだ。
ラクの背に乗って付いて行くから一緒に探してくれないか?」
そう問いかければ何故かラクの背に付いている獣具を噛んで引っ張るふぅ。
仲良しのこいつらのそんな姿を初めて見たので驚いたが見ていれば何をしたいのかが直ぐにわかった。
「オンオン!」
「ウォン!」
どうやら、自分が乗せたいと思っている様子。
それがわかると『貸してよぉ』とふぅがおねだりし『やめろっての』とラクが言っているのがわかってほっこりする。
ラクが怒ってるが、それでふぅのやる気が出るならと予備の獣具を出してふぅの背にも装着した。
それを気に入らないと吼えるラク。
「お前は来るとき沢山乗っただろ。順番だ。
いや、ユリを見つけたらふぅに乗るのはユリだからラクも頑張って探してくれ」
「ウー、ウォンウォン!」
その言葉に跳ねる様に立ち上がったのはふぅだ。早く行こうと尻尾をぶんぶん振り回す。
「驚いた。もしかしてキミの獣魔は言葉を理解するのかい?」
「いえ、簡単な意思疎通程度ですよ。
主人の所へ行こうとしてるってのはわかっていると思います」
「厳しく訓練を受けた魔獣は感情を露にしないからこんな光景は始めて見た」
なにやら困惑を見せるルーズベルトさんだが、直ぐに動き出したい俺は「では、行って来ます」とふぅの背に乗った。
「ウゥゥゥ」と不快そうに唸り続けるラクだが、颯爽と飛び出したふぅに置いていかれるかと駆け出す。
「おいおい、めっちゃ速いけどちゃんとユリの匂い追えてるのか?」
「「ウォン!」」
あら、なんか自信気だな。この調子なら直ぐに見つかりそうだ。
今行くぞ、ユリ!
俺はふぅの背に乗ったまま、ダールトン方面である西門の方へと移動した。
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