第53話 寄生する魔物


 連れて来られた先は天幕付きのベットが置かれた部屋。そこには目を覆いたくなる程に酷い状態の男性が横たわっていた。


 二十代前半程度の青年だと思われるが、状態が酷すぎて定かではない。何せ体中から紫色の触手の様なモノが至る所から生えているのだ。

 これは病気、というより魔物に寄生されていると言った方が正しいだろう。


「この方はウィル王太子殿下の長子、ライリー殿下である。ご無礼の無いように」

「えっと……これ、魔物ですよね……? エリクサーじゃ多分駄目ですよ?」

「無礼の無いようにと申したであろう!! 殿下を魔物とは何事だ!!」


 彼は突如武器を構えこちらに向けた。


「ちょ、ちょ、殿下が魔物などとは言ってませんって!!

 あの触手に言ってるんです!!

 あれはいくら病気になっても人が作り出せるものじゃないでしょう?

 エリクサーに期待されているようでしたから、無理かもしれないと伝えたかったんです!」


 だって、殿下は明らかに意識が無さそうなのに触手は普通に動いてるし。

 両手を挙げて降参ポーズを取っているが彼は剣を下ろしてくれない。

 誰か助けてぇーと視線を這わせれば国王陛下ともう一人中年の男が入ってきた。

 それに続いてメイドから医者っぽい人たちまで続く。


「魔物であれば魔石がある。

 症状の軽い時から調べているがそれは見当たらなかったのだ。

 エリクサーでは無理と申していたが、確証はあるのか?」


 陛下がそう言うとアルベールさんは漸く剣を下ろす。


「いえ、一応飲ませてみるのも手だとは思いますが恐らく完治はしないかと思います。

 エリクサーは使った感じ、正常な状態に戻す性質を持っているんですけど、魔物にも利きますから、それが生物ならそっちにも利いてしまうだろうなと……」

「キミはそれを知っていたからエリクサーでは完治しないだろうと踏んだのか。

 もっと情報があれば聞かせて欲しい。

 礼はするよ。息子を助ける突破口が欲しいのだ」


 すっと前に出てきた中年の男性はどうやら王太子様らしい。


「いえ、あの……俺は現状を何もわかっていないので……

 そもそも何故これが病気だと?」


 そう問いかければ医師っぽい白衣の男性が説明してくれた。

 最初は黒い斑点から始まり、それが疣のように膨らみどんどんと伸びていったのだそうだ。

 切り取っても本人に痛みは無いが、刺激を与えると進行が速くなるらしい。

 そして何より病気と断じたのは接触により移るからだと言う。


 彼がそう言うと、ベットの傍で待機しているメイドを呼び腕を見せた。

 ライリー殿下よりも細く小さいが触手が蠢いている。


「この状態であれば腕を落とせば治せる。だが、触れた者には移り続けるのだ……」


 ライリー殿下の発症が胸からで広がってからの発覚だった為、切除が出来なかったそうだ。

 メイドさんは泣きそうな顔で腕を隠したそうにしている。それを見て少しどうにかしてあげたいと言う気持ちが生まれた。


「その、試しに魔物だけに効く魔法を掛けてみてもいいですか?」とリスクしかない言葉を口に出してしまった。


「何っ……そんな魔法が……?」

「えーと、はい……」


 後ろ頭を掻きながらも肯定すると、陛下がメイドに「よいな?」と声を掛け彼女はそれに頷く。


「ええと、先ずは一瞬だけ。痛みがあれば教えてください」


 目を瞑りながらも頷くメイドさんを確認した後、光魔法を一瞬だけ起動させた。


「なっ!? なんて構築速度だ。これは確かに奈落から帰っただけはある……」


 後ろからの声に、そういう事言うの止めて欲しいと思いながらも腕を確認すれば、彼女の腕が完全に萎んでしまっていた。

 腕が途中からミイラの様になっていてとても痛々しい。


「痛みはありますか?」

「いえ、何も……ですが動きもしません……」


 差し出した腕を酷く震わせ、涙を流す彼女。

 一刻も早く正常な状態にともう一度光魔法を。今度は長く広範囲に掛けて直ぐに懐からエリクサーを出した。


「これを飲んで下さい」

「えっ……これはもしかして、殿下に飲んで頂く為の伝説の秘薬なのでは?」

「ああ、大丈夫ですよ。これは俺のですから。気にせずぐびっと」


 頷いて返す陛下を見たあと彼女は一口控えめに口にした。

 その瞬間、腕が元の状態に戻り、動かして状態を確認した彼女は再び泣き出してしまう。


「泣いてないで説明しないか! どうなのだ、症状はあるのか!?」

「いえ、腕の中で蠢く感覚は完全に消えました。今は何も……正常だと、思います」


 ズビズビ鼻を鳴らしながら答えるメイドの言葉を聞いた白衣の男は「おお!」と声を上げ、詰め寄ってくる。


「その魔法陣を見せろ! 何をしている!! 今すぐにだ!!」

「えっ……別にいいですけど……」


 と魔法陣を出した瞬間、「待て」と声が響く。陛下のものだ。


「ウィル、アルベール、ライリー付きのメイドを残し、お前たちは下がれ。

 ここからは国政に関わることだ」


 そう言って医者や他のメイドを下がらせた。

 完全に出て行った後、メイドが戸を閉めると陛下が頭を下げた。


「すまぬ。気が逸っただけなのだ、許してやってくれ」

「いや、大丈夫です。大丈夫ですから!!

 その、責められてる様な感じに困っただけですし……」

「であれは、ライリーも頼めるかい?」


 王太子殿下の声に頬が引きつる。症状の軽いメイドの腕であれだったのだ。

 いくらエリクサーとはいえライリー殿下が助かる確証などない。


「その……メイドさんの腕は見ましたよね?」

「ああ。だが用いるのが伝説の秘薬なのだからこれ以上の道はないだろう。

 進行速度を見るにもう時間が残されていないのだ。頼む」

「そう言われましても、素人ですし結果に責任も持てませんので……」

「わかっている。先ほどの事象を見た私の判断だ。責は負わせない……頼む!」


 マジか……魔法を教えてそっちでやってくれた方がありがたいのだけど……

 医師たちを追い出したのは何をやらせても一切効果が無かったからなのかな?

 そう考えるとこれ以上嫌ですって言うのはなぁ。責任を負わせないと言っているんだから見殺しと取られても致し方ない。


「……最善は尽くしますが、結果はわかりませんよ?」


 悲痛な顔で頷く王太子殿下を見て、逃げられないことを悟った俺は意識を改める。

 やるとなったら全力でやらねば、と。


 懐から五つのエリクサーを出し、魔装を手の様に伸ばしてライリー殿下を持ち上げる。

 触れたら移るということなので、接触は全て魔装で行う。

 申し訳程度に着せられていた服を全て脱がし宙に浮かべる。


「す、凄い。魔力で服を脱がすなど、どれほどの技量があればこれほど精密な動きが……」

「魔法も随分精密なものじゃな。習得だけでもなかなかに困難じゃろうに」


 アルベールさんが唖然と口にし、陛下たちが何かぼそぼそと話しているが今はこちらに全集中だ。


 先ずは光魔法の性能チェック。殿下には当たらない所で回復の魔法陣を作り光魔法を当てる。

 するとやはり魔法陣は一瞬で消え去った。

 己には影響を与えない筈だが、光魔法は別らしい。

 まあ自分の魔装でも消し去るんだからわかってたけど……


 仕方が無いので光が当たらない場所に回復魔法陣を浮かべた。

 患部に近ければ近いほど高い効果が得られるので出来るだけ近くする為に光の当たらないギリギリのラインで魔法陣を浮かべ、その状態をキープしながら蓋を開けたポーション瓶を口元で待機。

 口の中に魔装を突っ込みロート状にしてそのまま流し込める様にした。


 先ずは手足からと左足に向けて回復魔法の出力を上げながら光魔法を起動し、当てたままエリクサーを少量飲ませる。

 魔物にも効果を齎すのでエリクサーの効果が終わったと思われるまで光魔法の照射を続けた。

 体が何度も痙攣したものの光を止めれば、左足は正常な状態に戻っていた。


 エリクサーが効果を齎すという事はまだ死んでないのだと思われる。

 助かる可能性が高い。その事実に少し頬を緩めた。


 だが、触手が蠢いて再び足を侵食しようと動き出す。

 時間を与えては駄目だと左足にした時と同じ動作を高速で行っていく。

 

 右足、左腕、右腕、下腹部、胸と侵食を大きく上回る速度で触手の殲滅を試みる。

 エリクサーで触手が元通りになる不安もあったが、一瞬では浸食出来ない模様。

 これならばと急ぎ作業を進める。

 そしてとうとう頭だという所でロートが吐き出され口からエイリアンの様な物が飛び出し、続いて目からも目玉を押し出して触手が飛び出した。


「ひぃっ――――――――」


 メイドの小さな悲鳴が漏れる。

 一瞬、自分も気圧されそうになったが、ここで止まる訳にはいかないと続行する。


 口が無理なら無理やり体内に入れると魔装で注射器を作り喉に刺した。

 魔物に与えては意味がないとエリクサーを流し込みながら顔に光魔法を照射し続ける。

 十秒ほど経ち、ゆっくりと流し込んでいたエリクサーが切れる。

 他の部位よりも念入りにやったので魔物は息絶えた筈、と顔を見てみればこれまたイケメンな青年の寝姿が見えた。

 ならば残る問題はライリー殿下の容態だ。 

 直ぐに聴診器を作り出し、心臓が動いているかを確認する。


「ちっ……心臓が止まってる」

「――――っ!! ライリー!!」


 駆け寄ろうとする王太子殿下を止め、魔装にて心肺蘇生をと人工呼吸を始める。


「もうよい。心臓が止まっては無理だ。死者を弄ぶな……」


 陛下が止めろと言うが、コーネリアさんたちがこれで蘇生した以上止める訳にはいかないと数十秒続けた。

 すると彼の体がビクンと痙攣した。

 空かさず止めて心臓の動きと呼吸が再開されたかを確認すれば見事に蘇生が完了していた。


「ふぅぅぅぅ……」と大きく息を吐く。


 彼をベットに戻し、布団を掛けて彼の体を隠す。

 そして最後にもう一度エリクサーを飲ませようとした所で止められた。


「お前が全力を尽くしたのはわかっておる……責めるつもりはない」


 うん?

 いや、多分上手くいったと思うけど……いや、目を覚ましてくれなければわからないか。


「ううぅ……許してくれライリー……

 もっと早く魔物に取り付かれたと気がついていれば……」


「うぉぉぉぉぉ」と泣きながら殿下の体に縋り付く王太子殿下。


 ここまで行くと訂正し難い。目を覚ますかまではわからないのだから。

 しかし黙っている訳にもいかないと声を上げようと思ったらライリー殿下の目が開いた。


「こ、これは何事ですか……そうだ俺は病魔に犯されて……

 ―――――っ!? なりません父上、私の体に触れては!!

 えっ、体が、治っている……?」

「ラ、ライリー! い、生き返ったのか……!?」


「えっ……あっ、それほどに病魔が進行していたのですね……」そう言いながらも手で顔をぺたぺたと触り回し「ああ、本当に治っている」とボロボロと涙を流す。


「ありがとうございます……父上が治療師を見つけてきて下さったのですね。

 はは、本当に快調です……この通り、何とも! って裸なのか私は!!」


 ボロボロ泣きながらも起き上がろうとした殿下は布団を手繰り寄せて体を隠す。

 それを見て俺は再び大きく息を吐いた。


「ルイよ、本当に息の根が止まっていたのか……?」

「はい。コーネリア様たちもそうでした。

 同じ状態で助からなかった者もおりましたが、可能性がある以上はとお言葉を無視させて頂いたんです。すみません」

「な、何を謝る! 起こした奇跡に驚いておるだけだ……本当に、よかった」


 二人を優しい瞳で見据える陛下。 

 だが、一つ言って置かねばならないことがある。


「その、今こういうこと言うのはなんなんですが……完治した確証はありませんので、一応術後の経過を見ながら必要ならまた魔法を掛けてあげて下さい」


 そう告げれば、陛下は驚いた顔をされた。


「こちらでという事は陣を写してもよい、と言うのか?」

「ええ、勿論。それにこれから俺は当分ラズベルから離れられなくなると思いますから……」


 うん。元々求められれば献上してもいいと思ってたし。

 後々を考えてもレスタールがベルファストの敵に回ることは先ず無いだろ。

 てかそうなったらガチで終わるんだから恩を売る方がお得だ。

 最悪の事態が起きた時、秘密裏の亡命を目溢しして貰うとかできるかもしれないし。


「そうか。希望の爵位を与えられなんだというのに、すまぬな……」

「では、俺はこれで。一刻も早く行かなければいけませんので」


 と言ったものの「待て。時間は掛けぬからせめて礼くらいはさせろ」と呼び止められた。

 その後、応接間に移り特別なハンター証と特別指定の一部のダンジョンを除いた全てのダンジョンに入れる許可証、表彰状、聖騎士の勲章バッチを貰った。

 お金の報酬の方も増えて大金貨二千枚も頂いてしまった。


 千でも多かったのに二千て……多すぎる。前世換算で大凡二十億とかか?

 何? エリクサーって一本二千万円なの!?

 ああ、でも伝説級アイテムで国宝ならそのくらいは普通にするか。

 今まで縁が無い巨額すぎる金額だったから金銭感覚が追い付かないな。


 そんなに貰っていいのだろうかと不安になったが、起した奇跡を見るに妥当だと言われた。

 ちなみに、光魔法の権利は俺にある状態だ。

 レスタール国お墨付きの光魔法の権利書まで発行してくれた。


 つまり、光魔法の魔法陣を書に記して売りに出していいのは俺だけって事だ。

 国家として必要ならば使われるが、貴族や一般人には回さないという事らしい。

 物凄い財産を手に入れてしまった……


 こうして爵位は貰えなかったものの結構な実りのあったレスタール王との謁見は終わりを告げた。


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