第52話 えっ、ちょっと待って。なんで?



 コーネリアさんたちとメアリ叔母さんを会わせてから七日が過ぎ、ルド叔父さんも彼女らに会わせる事ができた。

 止められる心配もしていたが、子爵様は特に何も言わずに了承してくれた。

 叔父さんが知らない人まで連れて来て居たので俺は遠慮させて貰ったけども。

 そして先ずは王女たちからと二人が先に呼ばれた所までは何の問題もなかった。


 しかし……その会談で有り得ない事が起きた。

 何故かレスタール王がラズベルをベルファストに返還すると言ってきたそうだ。


 どこか放心した様子のコーネリアさんにその話しを聞かされ、子爵にも確認を取りに行けば間違いなくそう仰ったと認めた。


 理由は併合時の約定を守ることができなかったからベルファスト王族へと国を返還するというもの。


 だが、それはどう見ても建前だ。

 今のベルファストには何の力も無い。

 レスタール国がラズベルの全権を持っているに等しい以上、返す必要性が無い。

 確かに約定を破ってしまったという事実は周辺国に対してイメージが宜しくないが、先を見越したとしてもこの状況下。話も出来ない国と思われる程じゃない。

 レスタールの統治は悪いものではないから民心だってそう悪くはない筈だ。

 

 何故、と首を傾げていれば子爵が「王女たちには言うなよ。と言っても俺の推測だが」と前置きをして軽く説明してくれた。


「この沙汰は恐らく帝国に対しての時間稼ぎだろう。

 ミルドラドが帝国と手を組んだのはもう確実だからな。

 今あそことまともに遣り合えば恐らく守り切ることすら難しい。

 ベルファストを国に戻し、十全に動ける様にしてこちらが準備をする間、少しでも奮闘して貰いたいって所だろう。

 同時に帝国がレスタールへと仕掛ける大儀も一応は奪えるからな。

 ベルファストだって姫が帰ってきて国が再興されたとなれば在野に散った兵士たちが集まる可能性もあるからお互い都合が良いんだよ。

 まあ実際はそんなに甘くはねぇが、どっちにしても失うならば戻してやった方が良いという判断が下ったんだろう」


 なるほど……条約反故の責任を取って返還した方がレスタールにとって利がある状況になったのか。


 ちょっと待った!

 ミルドラド全土どころか、バックに付いた帝国とも戦うことになるのか?

 ベルファスト単独で?

 ラズベル領しかない小国が?

 これ相当ヤバイ話じゃねぇか!!


「待ってください!!

 レスタールでも負ける相手ってベルファストじゃ勝ち目無いですよね!?」

「ああ、ねぇな。そんでお前の事をどうするかで陛下も困っていらっしゃった」


 どうやら、ラズベルの南部地域の一角を任せるつもりだったらしい。

 理由はラズベルの領地内であれば、参戦した所で問題は無いから。

 その地域は併合後にラズベル領でありながら一時王家預かりになっていたので、人を送り込めて言い訳が利く地だったのだ。

 だが、返還となればもうベルファストのもの。

 当然そこの人事権などレスタールにありはしない。

 

 俺の目的がラズベルを守る事な以上、今爵位を授ける訳にはいかなくなってしまったのだそうだ。

 

「悪いが、参戦する気が変わらないのであれば授爵の件は無しだ。

 別の褒美となるだろう」


 そんなことはどうでもいい。

 ベルファストが負けるということはユリが殺されるということ。

 ラズベル辺境伯としてもベルファストの将軍としても討つ対象のど真ん中。

 一緒に参戦したラズベル家の実子が許される筈がないのだから。 

 どんなに良く転がっても奴隷落ち。死刑が濃厚なのは俺でもわかる。

 だがそんな事実は受け入れられない。


「子爵様、その、ユリシアを助ける方法はありませんか……?」

「わりぃが俺には無理だ。こうなっちまったらうちでの受け入れは絶対に出来ない。

 レスタール王国の存続に関わるレベルの話だからな」


 そんな……オルダムにすら逃げ込めないんじゃもうどうにも……


「諦めろ。お前ならレスタールに居る事を選べば嫁も選び放題は間違いねぇ」

「無理です。少なくとも限界までは守ります」

「即答かよ……勿体ねぇなぁ。

 時間さえありゃ、国内最強の英雄になれるほどだってのに」

 

 時間があれば最強か……時を止められればなぁ。

 いやそんな事が出来る時点で勝てるけども。 


「一先ずわかりました……その、褒美はお金でお願いします」

「そりゃ直接言え。お前の謁見は予定通り明日だ」


 そう告げられて与えられた部屋へと戻れば、コーネリアさんとユノンさんが緊張した面持ちで待っていた。


「その、ルイ様……状況は頗る悪いと伺っております。

 それでも共に戦って頂けるのでしょうか?」

「ああ、うん。出来る限りはやる。というか何が何でもユリは助ける」


 そう告げた事で二人の表情が少し晴れやかなものと変化した。

 と言っても俺一人が頑張った所でなぁ……


「ルド叔父さんから話聞いてるよね? 今どんな状況なの?」


 元々一兵卒として参戦するつもりだったので何も考えてなかったけど、ベルファストへと国が返還されたのならばコーネリアさんたちにも発言力が出てくる筈。

 まだ新米の俺とユリの配属先くらいなら頼めば指定して貰えるかもしれない。

 守り切らなければ意味が無いので安全な城の中とまでは言わないが、俺の魔装が十全に威力を発揮するのは後衛部隊。

 幸いユリも銃を使える。そこから永遠と援護すれば割と有効なサポートが出来る筈だ。


 そう考えての問いかけだったが、かなり厳しい現実を突き付けられた。

 まだ裏取りができてない情報ではあるが、二万の兵力を集めている最中だとか。


 前世よりも圧倒的に総人口が少なく量より質なこの世界、四千も居れば国家規模の大軍と言えた。

 この世界で二万というのは大国の全兵力レベルの大軍だ。


「ベルファストの兵力は……?」

「現状、千九百だそうよ。絶望的ね。妙に対応が緩いと思った……

 騙されたのよっ!! トカゲの尻尾切りだったってこと!!」


 ユノンさんが涙目で悪態をつく。

 国返還よりも条約遂行を願い出たそうだが、受け入れて貰えなかったそうだ。


 はぁ……厳しいのはわかってたけど、十倍以上かよ。

 こりゃ無理だな。どこかのタイミングでユリと知り合い連れて逃げるか?

 いや、それこそ無理か。

 死ぬ危険を受け入れてでも家族を守りたいとユリが願うから俺も参戦を決めたんだし。

 叔父さんや叔母さん、コーネリアさんたちも逃げられないだろうしなぁ。


「んじゃ、明日、謁見が終わったら俺もラズベルに向かうから先に行って準備を宜しく。と言っても何の準備をしたらいいのかわからんけど……」

「それでしたら共に参ってもよろしいのでは……いえ、そうですね。わかりました」


 チナツたちまですっかりお通夜ムードになり、解散となった。

 突如突き付けられた余りに厳しい現実に、俺自身も上手く思考が回らないままに一晩を明かした。





 レスタール城、謁見の間にて俺は王様を両膝を付いて見上げていた。

 ちなみに平民はこれが当たり前で片膝でいいのは騎士以上の身分から。

 ハンターであっても両膝を付いて平服するのが常識となっている。


 そんな状況下、俺はレスタール王から参戦を思い直せと責め立てられていた。

 勝ち目が消えた今、前途ある若者が無為に死ぬ道を選ぶなと。


「ほう、おぬしはどうあってもラズベル……いや、ベルファストから参戦すると」

「はい。絶対に助けたい恩人が居るんです。

 元々それが目的でここまで鍛えたものですから……」


 真摯に告げて再び頭を下げれば「もうよい」と漸く諦めの言葉が出た。


「そこまでの意思が在るのであれば致し方あるまい。

 しかし、それでは爵位を与えることはできん。

 褒美はそれ以外の物となるが構わぬな?」

「はい。それは子爵様からも伺いました。それでお願いが――――――――」


 王様に物申すという重圧に耐えながらも昨晩考えていたことを実行に移す為に願い出た。

 それはこの場でハンター証と同時にダンジョンの入場許可証の発行だ。

 ハンター証はもう貰える事は決まっているがまだ後一月ある。

 ダンジョンの許可証は今後も学校のダンジョンに入れる様にする為。

 早期に力を手に入れるならあの奈落は必須だから。


「確かに出入りを制限しているダンジョンはある。しかしそれはちと望み過ぎだ。

 バックパックを求めているのだろうが、これは国力にも直結するでな」

「あ、いえ……オルダムのダンジョンに入れればそれで……」

「むっ……そうか、あそこは学生専用じゃったか。オルダム限定であればいいだろう。

 その替わり得た物の半分はレスタール国に渡して貰うが構わぬか?」

「はい! 十分です! ありがとうございます!」


 おっしゃぁ!!

 半分も持ってっていいならかなり有難い。

 オルダムで卸すだろうから一杯流せば協力してくれた子爵への恩返しにもなるし。


「しかし、エリクサー百本に褒美がそれだけでは格好が付かぬ。

 大金貨千と一等聖騎士勲章を授けよう」


 せ、千枚とかすごっ!

 ってちょっと待った。聖騎士……?

 それって貴族って事になるんじゃ……拙いんじゃないの?


「あの、ラズベルに参戦する俺がこの国で騎士になったらご迷惑がかかるのでは?」

「いいや、勲章であれば問題ない。勲章と爵位は別物だ。

 聖騎士は本来騎士に与える称号だが、ハンターに与えた事もあるものだ」


 その言葉を聞いてホッとした。

 俺の所為でレスタールが戦争になったなんてなったらと考えたらゾッとするわ。


「しかし、本物のエリクサーとは凄い物よな。

 効果の程を見て腰を抜かす所だったぞ。のう、聖騎士アルベール」

「はい。私からもルイ殿に感謝を。よもや失った視力までもが戻るとは……」


 陛下に一番近い所を守っている近衛騎士が一歩前に出てこちらに頭を下げた。話を聞くに失明していたらしい。

 どうやら回復魔法では失明を治せないらしい。初めて知った。


「あはは、自分も何度も驚かされました。

 毒にも利くっぽいですしお貴族様方にも重宝しそうですよね」


 そう言った瞬間、色々な所からクワッと強い視線を浴びた。

 それどころか、レスタール王は立ち上がる程だ。

 拙いことを言ってしまったかもしれない。


「ほう……試した事があるのか?」

「はい。その素材の効果を知ったのが魔物から毒を受けこのままでは死ぬとなった時でしたから……他の毒に効くかはわかりませんが……」


 気後れしながらもちゃんとその一回しか試していないことを告げた。

 これならばきっと利かなくても俺の所為にはならないはず。


「これにて謁見は終了とする。場所を移す。アルベール、案内を」

「はっ!!」


 えっ、何それ聞いてない!


 同じく貴族枠で参列していたオルダム子爵に助けてと視線を向けたが、彼は顎でクイクイとアルベールさんを指して付いていけと指示を送る。

 そんなぁ……と仕方なしにアルベールさんの後ろを付いていった。

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