第49話 彼の居る場所へ逝く為に……



「一人でも多くを道連れに」


 物騒なことを呟きながら夜の森を歩く少女がいた。

 その森はつい先日、撤退に追い込んだダールトン軍の一部が居残っている場所。

 近日山狩りを行うとされている予定地。


 少女はその森をふらふらと歩く。


「いいえ、駄目。ルイの所へ行きたいけどまだ駄目。

 せめてルイの偉業を世界に轟かせてからじゃないと……」


 虚ろな目で幽鬼の様に銃を片手に歩き続ける。

 そうして一刻が過ぎると、漸く彼女の耳に人が立てる音が届いた。

 夜の静けさの中で聴力強化をしている彼女は感知能力に長ける。

 一キロメートルは離れているであろう場所の音を聞き取り動き出す。


 気配を殺し最小限の音で素早く森を駆けていき、風が吹き抜けるように木々を揺らし、ふわりと大木の枝に舞い降りる。


 スコープ越しに音がした場所を覗けば、見張りであろう兵士の姿が見えた。

 その奥からは数十を超える人数の音が聞こえる。


「ルイ、すぐ逝きますからね……」


 呟くとともに引き金を引く。

 銃声が響き見張りが倒れ、確認する前から彼女は走り出していた。


「――っ!?」


 木々の間を抜け敵本陣が見え始めると急激に止まり木の影で身を隠す。


「―――? 向こう側で戦闘が始まった……?」


 彼女の耳に届いた音は明らかに戦闘で出るものだった。

 予想外の状況に迷いを見せる少女だが、すぐに乾いた笑いに変わる。


「はは……この期に及んでなんで私は身を潜めているの……好都合なだけ」


 ストンと地に降り立ち、銃を突き出したまま彼女は歩を進める。

 設営されたテントを見るに百近い数がいるだろうが構いもせず敵本陣を進んでいけば、目視で確認できる位置まで辿りついた。


 凡そ百対五十の兵士が切り結んでいる。


 その場所に一人ポツンと立つ場違いな少女は背を向けている敵兵を撃ち殺していく。

 そのスパンはルイにも劣らない程の速度。

 一発たりとも外さずに撃ち抜き続ける。

 殲滅はすぐだった。

 ものの数十秒でダールトン軍は殲滅され、残されたのはダールトン軍と戦っていた兵士五十のみ。

 一人たりとも欠けておらず明らかなる精鋭。

 その全員が彼女へと武器を向けていた。


「ラズベルの兵ってことでいいのか?」


 顔が見えぬほどに全身を専用武装で覆い隠した男が彼女に問う。


「ラズベル側ですが少し違います……私は英雄ルイの剣。彼との約束を果たしているだけ」


 そう告げて彼女は銃を下ろす。

 その様を見て大半の兵士も武器を下ろし、前に出た男は全身の武装を解いて少女に駆け寄った。

 反射的に彼女は銃を向け、緊迫が走る。


「ルイだと……まさか、オルダムのか? お前と同じくらいの?」

「――――っ!? ルイを知っているんですか!?」


 まさかの問いかけに彼女は目を見開き、数か月ぶりに強い感情を露わにした。

 強い動揺に完全に制御を失い、銃を霧散させ爆発の魔道具が地に落ちる。


「ははっ、その反応を見るに間違いなさそうだな。

 そうか、ちゃんと大きくなってんだな……」


 物言いから親しい間柄なのは見て取れる。男が目尻に涙を浮かべたのを見た彼女は青い顔で一歩後ずさった。


「ルイのこと、色々聞かせてくれ。俺の子なんだ……」

「えっ……ルイの……お父様……」

「ああ。ってなんで後ろ下がってんだよ。ルイの友達に何かする気はないぞ」


 優しい笑みを浮かべていた男は少女の様を見てゆっくりと表情が抜け落ちていく。


「まさか……ルイに何かあったのか?」


 青白い顔を見せる少女は両膝を付き頭を地に付けた。


「申し訳、ございません。ルイは……ルイは……」

「そ、それじゃ何もわからないだろ! 話してくれ!!」


 肩を掴まれ頭を上げさせられた少女は大粒の涙を零していたが、男もそれを気にしていられる状況ではなかった。

 肩を揺さぶり、すべてを話せと強く命じる。


 彼女は掠れた声を出しながら懺悔の様にくだりを話した。

 ずいぶん長い話となったのだが、男は地面に胡坐をかき黙って聞き続けた。


「リストル家のガキが横恋慕でだと……? は? そんなくだらない理由で……?

 ちくしょぉぉぉぉぉぉ!!! ルドルフはなにやってやがんだ!!

 なんで! なんで何も教えずに学院に入れてやがるんだよ!!

 クソがっ! やってやるよ! レスタールめぇぇぇぇぇぇ!!」


 鬼のように顔を赤くさせた彼の前に膝を付き一人の老兵が平伏して請う。

「ロイス様、どうかお気を確かに! 今は、今だけは堪えてください!」と。


「堪えろだと!? お前に子を殺された俺の気持ちが……!

 ――っ! いや、すまない。俺だけじゃ、ねぇんだよな……悪かった」


 一度は激高仕掛けたが、悲痛に顔を歪め彼は気を静めた。


「……リストル家だけは絶対に潰す。

 だがそれはベルファストを取り戻した後だ。それでいいな?」

「ありがとうございます。その時は共に先陣を切らせて頂きます」


 老兵の声に、後ろの兵士たちも揃って敬礼をし「当然我らも」と声が続く。

 その様に困惑を隠せない少女。

 守れなかった罪悪感から口を挟むことができないで居たが、大きく息を吐いたロイスから「それでなんで嬢ちゃんがルイの剣になるんだ?」と疑問が飛んだ。


「ルイと共にダールトンと戦うと誓い、この魔装を授かりました」


 彼女は銃を出現させロイスに見せる。


「さっきのか……嬢ちゃんはルイのこと好きだったのか?」


 その問いかけに彼女は少し不快そうに言葉を返す。


私のすべてです。一刻も早く約束を果たし後を追います」


 ロイスは悲しげな顔で少女を見やる。

 硬い意思が見て取れ小さく息を吐く。


「そうか……じゃあ一緒に来い。目的は同じだろ?」

「私が活躍したら、ルイの名を英雄として残して下さいますか?」

「ああ、勿論だ。望むならリストル家を潰すのにも連れてってやる」


 その声に彼女は即座に「お願いします」と返す。

 彼女は敵討ちを考えなかった訳ではない。

 仇討ちをするよりもルイが英雄として皆に称えられる世界を見たかっただけ。

 もしかしたら死んだ後の世界で二人で見られるかもしれないからと。

 ジュリアン・リストルを討つのは運よく生き残れたらと考えていたが、戦争で一人前に出続け生き残れる可能性はかなり低い。

 だからこの誘いは渡りに船だった。


「そうだ、穣ちゃん名前は?」

「ユリシアです。ユリシア・フォン・ラズベル」

「あ? ラズベル? 将軍の娘かよ! いや、そりゃ拙いな」

「家名は捨てると告げて家を出ました。それでもお父様が怖いですか?

 であれば私は単独で動きます……」

「いや、怖い怖くないの話ではなくてだな。

 まあ、一人にするよりは良いんだろうが……」


 そう言っている間にも彼女は一つお辞儀をしてその場を後にしようとしていた。

 それを老兵が引きとめ、ロイスが「わかったわかった」と諦めた顔で口にする。


「お守りはできないが、本当にいいんだな?」

「道半ばで逝くのは不服ですが、その時は私が至らなかったと受け入れます」


 そうして、ユリシアはベルファスト軍残党へと加わったのであった。

 ロイスが先王陛下と気が付かないままに。




 ◇◆◇◆◇



 その後一週間の時が流れ、ユリシアと旧ベルファスト軍の残した爪後がダールトンへと伝わる。


「何っ!? 斥候部隊が全滅だと!?」


 ミルドラド王国、宰相であり公爵でもあるイベック・ダールトンは来客中でありながらも急報を知らせた軍団長へと驚愕の視線を向け腰をあげる。


「はっ! 陣から離れラズベルの動向を伺っていた者からの報告で、生き残りは陣を離れ監視任務に当たっていた者のみ。僅か十名だと……」

「何故敵動向を探る為に出した斥候が奇襲を受けておるのだ!

 その馬鹿共は何をやっておった! ラズベル軍は今どこに居る!」


 急ぎ対応の方策をと声を上げるが、彼はまだ動いていませんと首を横に振る。

 その声に落ち着きを取り戻し彼は椅子へと座りなおす。


「あららぁ、まさか後手に回ってるんですかぁ?」


 二十代後半くらいであろう男の声はダールトン公爵を嘲笑うかのようあったが、公爵は急ぎ笑みを浮かべ平静を装う。


「まさかまさか! いや失礼した。しかし戦は水物でありますからな。

 至急の軍議が必要かと思った次第でありましてな。はっはっは」

「それは確かに。ですが陛下がお待ちになって居られます。

 いつまでも相手の動向を待たれても困るんですがねぇ?」


「皇帝陛下が……」と公爵は口を引き絞る。


「いつまでも様子見をするようでしたら……」

「っ!? わかり申した! 一万七千の精鋭を連れ、至急進軍致しましょう!」


 ですからどうか良しなに、と彼は頭を下げる。


「ほう、全体の七割以上か。間違いなく全軍だね。おわかり頂けた様で何より。

 早急に動くのであればこちらもお手伝いをしましょう。

 精鋭二千を援軍として出します。帝国の精鋭ですから期待していいですよ」

「そ、それはありがたい! これで迅速に皇帝陛下へと吉報と届けられる!」


 公爵はガタリと腰を上げ、握手の手を差し伸べるが彼はニコリと笑って返すのみ。

 出した手を苦い顔でしまう公爵。

 そんな彼を無視して男は立ち上がる。


「さて、久々の戦だ。

 ラズベルはレスタールを落とす前哨戦って意味では肩鳴らしに丁度いい相手だ……

 いや、ベルファスト軍だったな。そういう事にしておかないとね!」


 帝国はベルファスト併合を未だに認めていないからか、独り言でありながらも言い直し、公爵に声を掛けるでもなく弾ませた声を響かせて出て行く。

 彼を見送った後、ダールトン公爵はドアを睨み付けた。


「恥をかかせおってエストックのやつめ!

 帝国貴族は礼儀を知らんのか! 伯爵の分際で生意気な……

 しかしこれが成ればミルドラド全土は私の物。

 王に成れないことに不満はあるが、ベルクード帝国に反目すれば全てを奪われるだけ。

 うむ、これで良かったのだ。ダールトンはこれで安泰だ……」


 思い改め立ち上がった公爵は人を呼び軍儀の召集を掛けた。

 こうしてダールトン軍、ベルクード帝国軍、総勢一万九千の兵が二月後にラズベルへと進軍することが決まった。




 公爵邸を後にしたエストックは暇を持て余していた。


 そんな彼の所に訪れた公爵の使者は兵を集めるのに二ヶ月の時を要する為、開戦は二ヶ月後の予定だと告げた。

 それについてはエストックも了承するしかない。

 寧ろその人数を集めるのに二月ならば重畳だと嫌々ながらも理解を示している。

 しかし、このまま座して待つことも受け入れられないと使者へ視線を向ける。


「だけど、暇なんだよねぇ……

 僕さ、やるって決めたらすぐやらないと気がすまない派なんだ。

 どこかに切り殺していい奴居ない? ちゃんと戦える奴でさ」


 ダールトン公爵家からの使者に無茶振りをするエストックだが使いの者は顔色を変えずにその声に応じる。


「でしたら、旧ベルファスト軍の残党狩りは如何でしょうか。山賊と成り果てこちらもほとほと困っております故、討伐して頂けるのであれば有難く」

「はぁ? 旧ベルファストの残党って……まさか十五年も討伐できずに居るの?」


 自分に提案するのだから手が出せる範囲にいる。だというのに十五年もの間、野放しになっているという現状に彼は驚きの声を上げた。


「お恥ずかしながら……

 転々としていて事件が起こった時にはもう他所に行ってしまいますので。

 しかしラズベルが戦場となれば逃げては居られないでしょう。

 恐らくこちらの斥候を討ったのはその残党だと思われます」

「なるほど。開戦して一年、戻れるならもう戻ってる。だと言うのに参戦してるともなればラズベルとダールトンの中間辺りに潜んでいる可能性が高い、か」


 使者は彼の声に一つ頷き「依頼という訳ではございませんので後は伯爵様のご随意に」と一礼してその場を後にした。


「ふーん。報酬は無いけど好きにやっていいか。僕好みじゃん。

 十五年生き残った残党なら強いんだろうなぁ……よし! 行こう!」

「閣下、ゆっくり女でも抱いてましょうよ。マジで行くんですか?」


 また始まったと遠くを見つめる伯爵の側近。

 そんな彼をエストック伯は鋭く睨みつけた。


「は? ツトム君さぁ、お前、この僕に意見するの?」

「いえ、そんなつもりはっ! すぐ行きやしょう! 何人必要っすか?」


 ピシッと姿勢を正して彼の望みを全力で叶える方向で動く。


「うーん……斥候が百居たそうだから……五十で行くか。

 違いを見せ付けてやろうぜ?」

「なるほど。ダールトンの野郎に身の程を教えるんですね。

 わかりました。上位五十を集めさせてきます!」


 逃げるように部屋を出て行く彼を鼻で笑いながらも準備を始めた。


「ふふ、楽しみだ。先代皇帝すらも恐れたというベルファスト軍ね」


 彼はゆっくりと準備を整えた後、用意された屋敷を出て軽い足取りで馬車に乗る。


「あっ、また閣下が先に行っちまった!

 は、走れぇ! 絶対に見失うなよ!」


 後ろから聞こえるツトムの声にエストックはご機嫌で笑いを漏らした。

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