第48話 意思の宿る眼差し
次の日、再びコーネリアさんたちに呼び出された。
話がしたいということなので宿の一室を借りてそこで腰を落ちつける。
安宿なのでぼろいテーブルしかなかったから高級感溢れるソファー付きの対面テーブルを魔装で作って座って貰った。
「申し訳御座いません。
こちらからお願いしたのに、場所まで用意して頂いてしまって」
「そんな、このくらい身内なんですから気にしないで下さい。
それより話しって何ですか?」
「はい……本日のお話は他でもない我が国の戦争の事で御座います」
我が国って……
いや、一日二日で切り替えられないのも当然か。
もう説明してあるのだから訂正はいいやと頷いて話を進めると、ルド叔父さんに渡りをつけて欲しいということだった。
「うん? 将軍の所へ直接行くんじゃ駄目なの?」
「馬鹿ね。門番が私たちのことを知らない世代なら良くて門前払い。普通に詐称で投獄ものよ」
「ユノン! 口の利き方に気をつけなさいっ!」
コーネリアさんに怒られてしゅんとするユノンさん。
だが俺としては彼女くらいの方が日常の言葉遣いだ「気兼ねない感じの方が俺は好きだからそのままでお願いします」と素直に返し、話を戻した。
「でもそうかぁ。それで顔繋ぎが出来る人を探しているのか……」
「はい。今の世がどうなっているのかもわからない以上、不用意に王家の紋を使うのも躊躇いを覚えるのです」
「うーん。でもそれ、オルダム子爵じゃ駄目なの?」
「いえ、世話になって居てあれなのですが、あの方は敵ではありませんが味方でもありませんので……」
「あら、レスタール王へ突き出すと言っているのだからあいつは敵だわ!
お姉様、いくら言葉を繕ってもこれは事実よ!?」
「レスタールに身を置くならば一度目通りしないと拙いと言われただけでしょ。
実際に行ってみなければまだ真意はわからないわ」
あら、なんか拗れてる?
その割には御者さんの監視が付いてるとはいえ普通に出てこれているし……
まあ、ルド叔父さんを紹介するのはいいか。叔父さんはどう考えてもそっち側だもんな。
ただ、ルド叔父さんは先に行くって言ってラズベル行っちゃったんだよな。
一応連絡先も聞いてるし手紙を送ることは出来ると思うけど……
王都へ向かうのは来週頭だろ。間に合うのか?
そんな疑問を彼女たちにぶつけてみた。
「はい、元より間に合うとは思っておりません。
ですが少しくらい時の流れで変わっていたとしてもルドルフであれば言った通り動いてくれる筈ですから」
仮にレスタール王家に言い掛かりを付けられ囚われの身になったしまった場合の保険として連絡を取っておきたいのだとか。
「まあ、あの子なら変わってなければ安心だけど……
そもそもロイスの長子である貴方が顔繋ぎも出来ないってどんな状況よ!
本来であれば次期国王なのよ!? もう忠義の欠片も残ってないって訳!?」
おおう……なんかめっちゃ怒ってる。
けど、仕方ないじゃんね。何も知らされてなかったんだから。
いきなり立ち上がったユノンさんの肩を押さえつけたコーネリアさんが彼女を諌める。
「お止めなさいっ!! 事情は説明したでしょう!?」
「けどっ! これではあまりにルイが不憫じゃないっ!!」
ユノンは涙を滲ませて姉を睨み、俺を指差している。
そんな彼女をコーネリアさんは優しく抱きとめた。
あれ……俺に対して情けないって怒ってたんじゃないの?
「えっと、よくわからないんですけど……俺は今の状況に不満は無いですよ」
「なんでよぉ……不満にくらい思いなさいよぉ……」
おおう、なんかこの可愛くむくれる感じユメっぽい。
まあ、なんか俺の為に怒ってくれてたみたいだし頭でも撫でとくか、と頭に手を置いたら抱き止めていたコーネリアさんをポイしてこっちに抱き付いてきた。
信じられないと彼女に驚愕の視線を送るコーネリアさん。
「まあ、心配しなくても大丈夫だよ。
親から地位を貰わなくても男爵くらいまでは決まってるらしいから」
苦笑しながらも、ある程度の地位は自力で獲得できそうだと報告する。
「えっ、レスタール王国の……ですの?」
「うん。そりゃそうでしょ。ミルドラドはくれるって言われてもお断りかなぁ」
「そうではなく!
レスタールの側に立つ、という事ですかっ!?」
側も何も……ベルファストなんてもうないじゃない。
十数年経ってる話しなんだよなぁ。彼女たちには実感できないだろうけど。
「いや、どっちの側も何もないじゃん。
それでも強いて言うならラズベルの側に立つ、かな?」
うん。戦争も加勢するつもりだし。
「あっ……そう、なりますわよね。ごめんなさい」
スッとユノンちゃんをどかして頭を下げるコーネリアさん。
頭を近づけてチラチラと見上げてくる所を見るに多分、撫でろという事だろうと要望に応えて撫でたが、まだ本題に入っていないことを思い出した。
「あ、あれ? そう言えば戦争の話をしに来たって言ってたよね……」
「はい。昨日、子爵から話を聞いて幾つか調べねば成らぬ事ができましたの」
どうやら、在野に散ったベルファストの騎士を再び集めたいのだそうだ。
ベルファストからラズベルに名前を変える時、四割以上の騎士がラズベルを去ったらしく、その騎士たちを集められれば再度独立することも夢じゃないのだと語る。
彼女たちはベルファストの再建を願っているみたいだ。
まあ、当然っちゃ当然な想いなんだろうけど、周囲が賛同するかね?
「えっと、自分たちでは守りきれないから明け渡したって学んだよ。
独立するって言うけどそこに大儀はあるの?」
「じゃあルイはこのままレスタールに国を明け渡したままでいいと言うの!?」
「いや、ラズベルの人が虐げられているならまだしも、このまま幸せに過ごせるならいいんじゃない?」
「「――――っ!?」」
えっ!?
何ビックリした顔して……
怒っちゃったのか?
「まあ加担はしないけど止めもしないよ。
ラズベルに戦力が集まるのは好都合だし」
そうして纏めればやはりルド叔父さんの手助けが欲しいと言う。
「んじゃ、メアリ叔母さんの所行ってみようか。
町外れだけどそこまで遠くもないからさ」
「メアリ……そう、ルドルフ君はメアリ様と一緒になったのね?」
「アオイ、知っているの?」と問いかけるユノンさんの声に「うちの宗家のお嬢様です」と答えた。
ユノンさんはその声に「ああ、あの子ね! アーベイン侯爵家の……」とほくそ笑む。
どうやら都合がいいらしい。
なんか面倒を掛けそうだ。
心の中でメアリ叔母さんにごめんと呟きながらも、獣車でうちへと移動する。
獣車を走らせること一時間、漸く俺の育った家が見えてきた。
まだそれほど離れてた訳でもないのに懐かしいな。
やっぱり実家は安心する。
「こんな辺鄙な所で……」
「ご苦労をなされたのですね……」
「一般人よりも下じゃない……」
「ルイ様が貧民暮らしなんて……」
皆絶望感溢れる顔で俺を見る。
はぁ? ここは俺の心のオアシスの一つなんですけど!?
虐めですか?
お金持ちマウントですか?
「まともな家も用意できませんでしたの!? 何なのですかこの体たらくは!」
ちょっとちょっと、人の家をそう馬鹿にするもんじゃないぞ、と思っていたら額に青筋を浮かべた叔母さんがコーネリアさんの後ろに立っていた。
「ルイちゃぁん、誰かしらぁ、この失礼なお嬢様方はぁ……」
「あら、私の事も思い出せない? メアリお嬢様?」
「えっ……アオ……ちゃん? 嘘でしょ?」
「ええ、アオお姉ちゃんよ!
こちらはコーネリア王女殿下とユノン王女殿下。
幼かったとはいえ、貴方もご挨拶は何度かしたでしょう?」
ドヤァと胸を張るアオイさんだが、叔母さんは目を回しそうな程に混乱している。
「ルイちゃん、これはどういうことなの?」
一歩二歩と後ずさってこちらに助けを求める叔母さん。
仕方がないので「少々お待ちを」と一行を待たせ叔母さんと家に入り、経緯を説明した。
死んだ人を生き返らせたなんて言っても信じて貰えないだろうから魔物に時を止められていてそこから開放したと説明した。
「これは一大事だわ! ルドに知らせなきゃ……!」
「うん。でもその前に皆と話をしようね?」
「そ、そうね。ルイちゃん、助けてね? 私、こういう経験少ないのよ」
「はいはい、大丈夫だからね」と叔母さんを宥めて皆さんを招きいれた。
すると叔母さんが王女様に向かって颯爽と膝を付き、俺を見上げる。
何……?
ああ、俺も真似しろってこと?
と膝を付いてみたが、即効で二人に止められた。
叔母さんも『そうじゃないでしょ!!』って言いたそうな顔でこちらを見ている。
「ルイ様? この場で一番偉いのは貴方なのですよ?」
「そうよ。王太子なの。自覚して頂戴」
「えーと、それは違うと言いたいところだけど……じゃあ取り合えず、座る?」
魔力で人数分の椅子を用意して着席を促す。
「ではメアリ、混乱している所悪いのだけど私たちの時が止められていた間何があったのかを話してくれるかしら。
オルダム子爵にざっと聞いたのだけど、貴方の方が詳しいでしょう?」
「はっ! 畏まりました!」
叔母さんは途中途中思案に耽りながらもゆっくりと年代を追って順に説明していった。
まず王女二人が失踪して一年もしないうちに当時の王、俺の祖父に当たる人が暗殺されたそうだ。
それによりまだ十代の親父に王位が巡ってきたそうな。
ただ曽祖父がまだ健在だったので、相談役を担って貰い一応は上手く回っていたそうだ。
暗殺を手引きした内通者を炙り出し、粛々と城内の正常化が行われた。
そして尋問により余りに裏切り者が多い理由はすぐに判明した。
家族を人質に取られていたのだ。
それもその殆どがレスタール国を経由しミルドラド国へと連れて行かれてしまっていた。
当然、借金などでっち上げたものだし、ベルファストには奴隷制度なんて無い。
だからこれは周囲に夜逃げと思わせる為の工作。
連れて行かれた人々は実際には攫われたのだが衛兵の纏め役に間者が数人混ざっていた事で発覚が遅れに遅れて、裏切者の手引きにより大勢の者が拉致されてしまったそうな。
そうして戦時中で騎士たちが少ない中、地位は低いが勇猛で戦争に出ていた騎士の家族ばかりが姿を消した。
長期の戦争が一段落して兵士たちが戻ったことで戦に出ていた兵士たちも知ることになり、戦えないと姿を消したり自ら命を絶つ者まで居たと言う。
そこまでであればまだ持ち直せたが、人質の安全を盾に脅されベルファストに敵対した騎士たちにより事態が悪化した。
その他にも民への扇動、衛兵の暴走などで治安が荒れに荒れ、次本格的に攻めてきたら落とされるくらいにまで内部をぼろぼろにされ、レスタールを頼る事に決めたのだそうだ。
「何故そこまでされるまで止められなかったのよ!!」
「まんまと罠に嵌った私たちがそれを言う資格はないわ……」
「そうだったわね」とユノンさんはがっくりと肩を落とした。
「けど、そういった理由なら恨みを晴らしたい者は多い筈よね?」
「はい。ですが、そういった者はラズベルを去っておりません。
新たに探し出すとなると難しいかと……」
「そうね。でもどこかで生きては居るはずなのよ。
お父様の時代は歴代最強と言われるほどに精強だったのだもの」
って言われてもなぁ。
一番居る可能性が高い場所は簡単には探しに行けない所だしな。
なんて呟けばこちらに視線が集まる。
「えっ、何? 何処だって?
いや、痕跡探すなら先ずは家族が連れて行かれた場所だろ?」
そう、ダールトンだ。
録でもない目に遭って居そうだが、だからこそ助けに行こうとするだろう。
己の力に自信があればあるほどに。
俺なら絶対に行くもの。
「その調査は何度も行われていたわ。けど、良い話しは聞かなかったわね。
ベルファストから攫ってきた奴隷は余所者には売らないように言い付けられていたみたい」
叔母さんの声に思わず考え込んでしまった。
ユリが連れて行かれたらなんて考えたら背筋が凍る。
そんな何でもありのクズな国じゃ何をしてきても不思議じゃない。
ヤバい。
即刻殲滅しなくては……
「やっぱりダールトンは滅ぼさなきゃ駄目だ。うん。殲滅だわ」
「ルイ様が立ち上がって下さるならベルファストは安泰ですわっ!」
「いや待って。ラズベルね?」
と返すが王女たちは護衛たちと『勝ったなガハハ』と笑いあっている。
流石にもう騎士一人分くらいの活躍をする自信はあるが、その程度だ。
王女様たちは目算が甘すぎるなぁ。
まあ、十代半ばの少女じゃ仕方ないけども。
「ではメアリ、ルドルフへ伝えて下さい。
二日後、オルダム子爵の要請でレスタール王宮へと向かわなければならなくなりました。その後、自由があればベルファストへと向かうつもりですが、できればその前に合流したいと」
「二日後、ですか……王都まで四日……うん、行けそうね。
わかりました。このままルドルフの元へ向かい、ラズベルで合流した後、王都へ向かいます」
「ええ、ですが無茶はなりません。
ラズベル将軍に事情を伝え、事を慎重に運びなさいね」
「はい。ご配慮、感謝致します」
話が着くと、王女一行はそろそろ戻らねばならないと、獣車で子爵邸へと戻っていった。
俺は久々に自宅へ帰ってきたのでもう少し居ると言って残った。
「その、ルイちゃん……怒ってる?」
叔母さんは恐る恐ると子供のような視線を向けてきた。
「怒ってるよぉ? いくら母さんの頼みとはいえハンター目指してる奴に強化魔法隠すってどんないじめだよ……全く」
「だってユーナちゃんがそれでもお願いって言うんだもん……」
あ、叔母さんは変わらずちゃん付けなのね。
「むぅ、母さんか。なら仕方ないか。母さんだし……」
と、全てを諦めた。
俺から見ても素敵なお母さんだったのだが、完璧とは程遠い人だったから。
あの人は脳みそお花畑……とまでは言わないがそれに近いものがあった。
特に俺の安全の話になると意固地になってしまうのだ。
「ごめんなさい。けど、これからは私も気持ちを改めるわ。一緒に戦うからね!」
「はっ? いやいや、叔母さんはここで大人しくしててよ!?
ルド叔父さんに怒られちゃうでしょ! 戦場は危険なんだから!」
「あら、ルドなら大丈夫よ。最後まで一緒に抗うって決めてるもの」
いやいやいや、やめてってば!
そう説得するが「ルイちゃんは心配しなくていいの」と暖簾に腕押し状態だ。
駄目だと言い返そうとするが、叔母さんに真剣に見つめられ言葉が止まる。
「あのね、私たちだって故郷を捨てた訳じゃないのよ。
王命を賜って離れただけでベルファストを守る為に戦う覚悟は決まってるの」
そう言った叔母さんの瞳には見たことが無いほどに強い意志が宿っていた。
「けど、ベルファストはもう無いんだから……」
「あら、人が消えた訳じゃないのよ。意思は残っているわ。私がそうな様に……」
確固たる意思の宿った切実な瞳。
どうやら叔父さんも叔母さんも意思が固そうだ。
俺がどうこう言って変わるものじゃないと理解させられてしまった。
「わかったよ。
けど、参戦していいのはどうしようもなくなった時の防衛だけだからね?」
「あら、そもそもうちは侵略戦争なんてしたことないのよ?」
「そういうことじゃなくて! 死なないでって言ってんの!!」
「うふふ、ありがと。ルイちゃんが良い子に育ってくれて嬉しいわ!」
いや、だからそうじゃなくてだな……
と思いつつもいつもの叔母さんに安心して思わず頬が緩んでしまった。
そうして話を終えて帰宅したのだが、色々動き出してしまった事実に心が少し重くなる。
恐らくこれからコーネリアさんたちを御輿に独立運動が始まるだろう。
ダールトンとの戦争だってまだ続いているっていうのに。
ユリが変なことに巻き込まれないといいけど……
様々な不安が過ぎりながらも寮で一人眠りに就いた。
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