第47話 救助依頼



 早朝、まだ門が開く時間でもないのに呼び出されて出てきてみれば、門は領主パワーにより開いていた。

 これもコーネリア様を人目に付かせない為の配慮だろうか?


「おはようございます、ルイ様」

「おはようございます、コーネリア様」


 二人は昨日俺が買ったラフな女性服に着替えていて多少育ちが良さそうではあるがあからさまに目立つ外見ではなくなっていた。


「あら、もうわたしくめに敬称など要りませんわ。

 気軽に呼び捨ててくださいませんこと?」


 随分とパーソナルスペースが狭い、と言うか近い近い。

 腕を組み肩に頭を乗せ、火照った視線を向けられている。

 明らかに誘惑されている感じだ。

 えっ、いや、これ駄目でしょ……とチナツちゃんの方を見る。

 護衛騎士である彼女なら止めてくれるだろうと。

 だが、予想外にも頷いて返された。


「ええと、取り合えず中に行きましょう。相談したい話もありますし」

「はいっ! ルイ様!」


 この誘惑が冗談の可能性や利用したいからという可能性もあるが、もしもガチだった場合申し訳ないので先に身内だと明かすことにした。


 ダンジョンに入り、聴力強化で周囲に人が居ない事を確認してから彼女たちと向き合う。


「あの、その、聞いて欲しい話があるんです」

「はい! 何でしょう!?」

「多分……コーネリアさんはおばさんだと思うんですよ」

「――――お、おばっ!?!?

 はい? あのっ、私、まだ体は十六です……が?」


 おおう。目のハイライトが消えてしまった。

 待って! その目、怖いから!

 違うんだ!

 そうじゃないんだよ!


「ええと、そうではなくてですね……多分、俺の伯母上だと思われるんです。

 というか俺も父親が誰かを聞かされたのがつい最近だからあれなんだけど」

「はっ!? 父親、という事はまさかロイスちゃんの子ですか……?」

「えっと、はい……ルド叔父さんはそう言ってました」

「ルド……ルドルフ、ですか?」

「ああ、多分そうです。名前は一緒だし」


 そのまま俺の生い立ちを軽く話した。その過程で母さんの死を知って泣いてしまいそのまま縋りついて来たので胸を貸す。


「ごめんなさい。ルイ様のが辛い事なのに……」

「俺には時間がありましたから。

 それに、母の死を悼んでくれる人が居るのは素直に嬉しいです」


 うん。葬儀も寂しいもんだったからな。

 母さんも見守ってくれているならかなり喜んでいるだろう。


 そんな言葉を交わした後、同じ立場の者として何かあった時に相談に乗って欲しいとお願いした。


「勿論ですわ! わたくしを頼って欲しいくらいです!

 ですが……身内、だったのですかぁ……」

「俺にはそんな意識は無いんですけどね。実際そうらしいです」

「ではこれからも意識しない方向で行きましょう。

 年も変わりませんし何でも聞いてくださいね?」


 話も一段落着いて「じゃあ、行きましょうか」と声を掛けたのだが、何故かチナツちゃんが俺の前で片膝を付いた。


「ルイ殿下がロイス王太子殿下の御子とはいざ知らず、大変なご無礼を働いてしまい申し訳御座いませんでした」

「いやいや、だから、無礼も何もないんだって。

 俺は物心付いた時からずっと一般人なの。普通にしてくれた方が嬉しいからさ」

「素敵……ルイ殿下はお強いのに優しく清らかで、まるで物語の勇者様の様です」

「えっと……チナツちゃん?」

「で、殿下……」


 いや、そんなキスする雰囲気っぽく見上げられても……違うから!


「その、俺はもう想い人が居るのでそういうのは……」

「お、想い人、ですの? もう婚約を……?」


 えっと、コーネリアさんまで悲しそうな目で見詰めるのは止めて欲しいんだけど。


「いや、片思い……かな? 相手の親には嫌われてるみたい。

 ……って俺のことはいいじゃん! ほら、救助に行くんでしょ!?」


 そう、本題は同じく奈落に落とされた傍付きが宝箱に食われて居ないかを探しに行くのだ。

 元々十四人居て、二人が裏切り者だったので落ちたのが十二人。

 その中の四人はもう発見済み。

 移動中に二人亡くなったので残り六人が発見されていない状態だ。


「そうでした。

 その、ほぼほぼ不可能なのはわかっております。

 嫌な役目で申し訳御座いませんがよろしくお願い致します」


 二人とも今日の目的を思い出してくれたようで少し悲しそうな顔になってしまったがこちらではなく前を見る様になってくれた。

 ならば先を急ごうと荷車に乗って貰い、一目散に穴の前まで走り、荷車を気球に作り変えてそのまま穴へと落ちる。


「えっ……!? ねぇ!! 落ちてますよ!? 落ちてます!!」

「いや、だから下に行く為に来たんだし。

 同じく落とされた身として気持ちは重々わかるが」


 震えながら腕を掴んで離さないチナツちゃん。

 こちらに抱きついたままぶつぶつと呟いているコーネリアさん。


 二人とも一度死んだだけあってかなり重症のトラウマだ。

 俺は此処までではないが、それでも恐怖は身に染みている。聴力強化と共に望遠鏡にて下の様子の観察を続ける。

 ある程度下が近くなってきた所で固定して止まり、通路に爆発の魔法をぶち込む。


「なっ!? 何をなさっているのですか!?」

「いや、魔物の殺り残しが居ないかの確認だよ。

 これだけはしっかりやらないと危ないから」

「ふ、普通は逆なんですけど……」


 いや、それは殲滅できないくらい広い所とかの話でしょ。

 そう思いながらも居ないことを確認できたので下に降りて移動を開始する。


 そして直ぐに宝箱の階層へと降り、クリアリングを行う。


「トモエ、カヤ……」


 昨日、死体を残していった筈の何もない場所を見て呟くチナツちゃん。

 それがあの二人の名前なのだろう。


「魔物の死体を呑み込む時はただ便利だと思っていましたが、人が何事もなかったかのように吸収される様を見せられると背筋が凍りますわね」

「そうですね。きついなら俺一人でやりましょうか?」

「いいえ。お時間を取ってしまいすみませんでした。進んで下さい」


 それならばといつもの様に通路を進む。


「チナツちゃん、質問なんだけど……

 あの箱の魔物はどのくらいの距離になると襲い掛かってくるかわかる?」

「はい……私たちの時は箱を開けた時でした」

「動き出した後は離れた所に居た私たちの所にも襲い掛かって来ました」

「えっ!? 触れるまで動かないの!? 最高じゃん!」

「ルイ様、あれを侮ってはいけませんわ! 動きが見えない程に速いのです!」

「いや、うん。ここら辺の階層の魔物は全部そうだね。

 だから動く前にやるのが一番安全なんだよ」


 大きな声を上げてまでの忠告だったが、猿も恐竜もそうだと告げれば納得してくれたっぽい。

 そうしている間に次の部屋に着いた。

 二つ箱がここぞという場所に置いてある。


「ちなみに、さっき言ってたのはこういうことです」


 と、箱をレーザーガンでゆっくり横に一閃すれば、魔物は即死した。

 どうやら縦に切るより横に切った方が効くらしい。

 前回と違い暴れる間すらなかった。


「これは圧倒的、ですわね」

「まあ、これが凄いんですけどね?」


 レーザーガンの魔道具を見せて訂正を入れたがその瞬間にも魔法陣が光り、中身を散乱させていたのでそちらに近づく。

 中身は壊れた箱、魔石、後は人が使っていたであろう袋だ。


「これは?」

「私たちの物ではありません」


 彼女たちが首を横に振ったので中身を確認するが、服と保存食が入っているだけ。

 なので魔石を吸収し、箱を仕舞って次の魔物を探す。

 そして、四匹目を倒した時、人を食っていた魔物に当たった。

 すぐさまポーションを飲ませるが反応を示さない。

 体の損傷が激しすぎるのか、時間が経ち過ぎているのか、どちらにしても駄目そうだ。

 幸いと言っていいのか、この人も別口らしいので次へと向かう。

 そして十匹ほど倒した時、再び死体が出現した。


「ユノン! アオイ!」


 この子達がそうだと理解したはいいが思わず顔をしかめた。

 何故か片方は猿のブレスを食らって全身凍り付いた状態なのだ。

 仕方ないとそちらを放置してもう一人にポーションを飲ませると、一応体の再生はしてくれた。

 そのまま心臓マッサージと人工呼吸を開始する。


「ちょっとルイ様!? 何をなさっているのですかっ!?」

「止まってしまった心臓を動かす為の行為だ。

 死んだ直後ならまだ動く可能性があるんだよ。

 悪いけど、これは二人にもしたからね?」

「えっ……!?」


 チナツちゃんの声にそう返したものの考えたら魔力でどうとでもなると気がついた。

 だが命がかかってる以上、今やり方を変えるのも怖いと続行する。

 すると、彼女の心臓は再び動き呼吸も自発的に始めた。


「ふぅ。これで一先ず可能性が繋がった」

「えっ、助かったのでは……?」


 チナツの疑問に脳に障害が残る可能性や意識が戻らない可能性を説明したら青い顔になってしまった。

 だが、気休めを言っても仕方ない。

 それよりももう一人の全身氷付けで砕け散ってしまっている少女。

 恐らく、この子も王族だろう。

 コーネリアさんが着ていた服と同じものだし、彼女はその子を見つめて静かに涙を流したまま動かない。


「ユノン……」

「やってみるんで、少し離れててください」

「えっ……ですがこれではもう……」


 いや、俺の脚も普通にくっついたんだ。

 完全に凍っているからこそ可能性はある。

 先ずは割れた体をくっつける作業からだ。


「ルイ様……もう良いのです。

 人はそうなってしまってはもう生きては居られません」


 いや、キミは何を言っているのかな。

 凍ってなくても胴体真っ二つになっただけで生きていられないよ?

 そんな突っ込み入れてる場合じゃねぇか。


 問題はどうやって氷を溶かすかだ。


 自分に掛ける訳じゃないから火の魔法を使えば普通に燃やしてしまう。

 髪の毛とか普通に焼け落ちるだろう。ポーションで戻ったりするのだろうか?

 いやいや、駄目だったら気まず過ぎる。別の方法を考えよう。


 ならばウォーターウォールとファイアーウォールを同時起動すればいいか。

 熱湯ならば大丈夫だろ。

 いや、急激な温度差で割れて飛び散ったりしない?


 急激に解凍された少女の遺体が弾ける所を想像してしまった。

 怖すぎだろ……


 最初はゆっくり溶かすしかないな。

 ある程度溶けたら一気に溶かして人工呼吸開始か。


 そう予定を立てた頃には組み立て終わった。

 魔力で簡易風呂を作り水を張り、回復魔法二枚、火魔法の同時起動でユノンちゃんを溶かしていく。

 だが、やはり回復魔法では欠けてしまった場所の修復が追いつかず、血が流れる。

 なのでお湯にそのままポーションを流し込み、解凍を続けた。

 そしてある程度解凍が終わった時点で顔だけ出してポーションを飲ませ、魔力操作にて肺に空気を送り込み、心臓を収縮させる。


 時折り彼女の体に触れて体温を確認する。

 結構暖かくなってきたのでお湯から出す。

 もうこの時には自発的に呼吸を再開していた。


「おっしゃ! 俺に出来るのはここまでだ。後は運次第だね」

「そんな……本当に心臓が動いてる……

 これはもうどう考えても蘇生魔法では……?」


 いや、うん。俺もファンタジー世界にビックリだよ。

 普通どうやっても無理だよね。

 しかもいけるいけないの判定もよくわからんし。


「というか、アオイちゃん? の体を隠してあげた方がいいんじゃ……?」

「っ!? そ、そうでした! ルイ様は見てはいけません!」


 ちょっと、忘れてたのチナツちゃんでしょ?

 今回服持ってるのそっちなんだから。

 いや、俺も最初の時は忘れてたけども。

 このままでは再び起きた人に睨まれそうなので指摘させて貰ったが。


 ということで俺は少し離れて周辺の警戒をして、その間にユノンちゃんの体を拭いたり二人を着替えさせたりして貰った後、二人に当時の状況を教えて貰った。


 当時、お忍びでオルダムへと遊びに来ていたコーネリアさんとユノンさん。

 この地に来た理由はベルファスト城の禁書の中にあった奈落をこの目で見る事だった。勿論、穴の存在を確かめるということだ。

 彼女たちは勇者に憧れ、調べていく過程で奈落の事を知ったらしい。

 学者がそろそろ花の周期なので調べに行くという話しに乗っかった形だ。


 地図を頼りにその場所に近づくと実際にとてつもなく深い穴があった。

 軽く近づいて穴の中を見ようとした時、風魔法にて裏切り者二人を残して一行は全員奈落に落とされたのだそうだ。


「花の魔物がちゃんと沸いててくれてよかったですね」

「そうですね。それがなければイエティで全滅していました」


 彼女たち一行は花弁を使って退避し続けたが、花弁が残り少なくなり此処に降りることを余儀なくされたのだそうだ。

 

「それで、どうしてユノンさんたちとは別行動を?」

「その、食料確保の為に猿を残った花弁でこの階層の魔物をぶつけると連れて来たのです。

 止めたのですけど、何もしなければ食料が無くなって終わりだからと」


 うん?

 最初の部屋には箱の魔物は居なかったのかな?


「結局誰も戻らず、私たちも魔物とは思っていなかった箱を開けてしまい……」


 魔物とは思っていなかった……?

 そう言えば触った瞬間襲われたって言ってたな。

 楽に倒せそうなことが嬉しくて流しちゃったけど……


「えっ、いやいや、あの箱はどう考えても魔物でしょ!?

 あれに引っ掛かっちゃ駄目でしょ……こんな所にあるはずないじゃん!」


 と思わず突っ込みを入れれば思わぬ相手から返事が帰った。


「あなた……失礼な人ね……お姉さまを侮辱するのは、やめなさ……い」

「ユノン!?」

「殿下!?」


 おお! 辛そうだが意識ははっきりしている模様。

 どうやら成功した様だ。


「辛いならこれ、どうぞ」


 抱きしめて支えるコーネリアさんに残り一口分程度残ったポーションを渡せば、ユノンさんに飲ませ、彼女は完全復活した。


「利くわねこれ。

 それで、どうしてこの状態で知らない人間が増えているのかしら?」

「ユノン! 先ずはお礼からでしょう!?

 ルイ様が秘儀を使って貴方を生き返らせてくださったのよ!」

「生き返らせるって……そんなば……

 ――――っ!? なに、あの下半身……人の……よね?」


 彼女は何を馬鹿なことをと周囲を見渡しアオイさんの下半身を発見して動きを止めた。


「アオイのよ。貴方もあんな感じだったの」

「馬鹿言わないで。そんな状態でも助けられるならもはや神の御業よ」

「ええ、まさにそんな感じだったわ」

「いや、あの花弁がエリクサーの原料だったってだけの話しだからさ……」

「それだけではありません!!」


 ええ……そんなムキにならんでも……


「まあ、妹さんも助けられましたし今日の所は帰りますか?」

「帰るって……この階層に拠点に出来そうな場所なんてあるの?」

「ユノン、説明するから今は黙っていなさい。

 ルイ様にもご予定があるのに長引かせてしまうのは申し訳ありません。

 もう少しお願いできませんか?」

「はいはい。じゃあ、移動しようか。アオイさん運んで貰える?」


 それからはさくさくと箱討伐は行え、救助の方も三人発見して一人は息を吹き返したが、二人はそのままお亡くなりになった。

 その過程で何故かユノンさんがどんどん大人しくなっていった。

 結局箱を殲滅してしまったので救助活動は終わりにして、奈落から出たのだが、その時には一切喋らなくなってしまった。


 おかしいな。

 他は全員涙を流して喜んでたのに。


 ああ、もしかして時が過ぎてしまっている事に困惑しているのかな。

 二十数年程度とはいえ浦島太郎状態だもんな。普通に笑えないよな。


 この先の彼女の苦労を想い物思いに耽りながらも解体場で先日倒した猿を出せば、今度は刃が通らなくて解体が出来ないと騒ぎになった。

 仕方がないので皮の彼を呼んで皮剥ぎだけお願いした。

 コートや大きなシートを依頼するついでだったからか、「漸く持って来たか」と喜んで引き受けてくれたのでこちらも奮発して猿の皮加工費用を渡しておいた。


 箱の方も出したのだが「この箱をどうしろと言うんだ」と返されてしまった。

 魔物の死体だとは思われなかったらしい。


 そりゃそうか。

 只の壊れている高級な箱だもの。

 一応宝石っぽいのが沢山付いてるんだけど……

 まあ、提出して返されたんだから好きにさせて貰うか。


 そうしてコーネリアさんから出された救助依頼は達成され、一日が終わりを告げた。

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