第46話 まさか身内だったとは


 

 穴底の部屋に戻る途中、色々と寄り道をして積み上げてあった猿の死体を回収したり、倒して転がしたままだった恐竜から尻尾を回収したりして大騒ぎされたがもう魔物は殲滅してあるので然程時間はかかっていない。


「あのお花の魔物は……当然居りませんわよね」

「そう言えば、二年周期だと言っておりましたね……」

「しかしイエティまでを一掃なされるなんてルイ様は本当にお強いのですね」


 二人の会話に気になる発言があり振り返り足を止めた。


「花の魔物が二年周期って本当?」

「ええ。学者の話しでは、ですが……

 何せ此処へと降りて戻ったのは勇者と英雄の二人だけという話ですから」


 ん? 勇者とか気に成るワードが出てきたんですけど……

 いや待て、話を聞くにしてもダンジョンを出てからだろ。


 と、遊園地のアトラクションの様な安全バーが付いている椅子を用意して真ん中に座り二人に視線を送る。


「んじゃ、持ち上げるから二人も此処に座って」


 二人は恐る恐るではありながらも腰を下ろしたので安全バーを下ろして魔装を延ばし椅子ごと持ち上げていく。

 最近は六本でさくさく上がっていたが、今日は重量があるので十二本ほど足を伸ばしての上昇だ。

 他にも、気球の形を作り、風魔法で上がっていく手法も使えるようになったが、あれは結構怖いのでこっちを選んだのだ。

 勢い良すぎてクルクル回るし、魔法陣は空中に固定で出すものなので気球が上がった分置いていかれてしまう。

 魔法陣を移動させながら起動し続けるのは物凄い大変なのだ。


「今の人はこんな複雑な制御が一般的にできるのですか?」

「いや、俺くらいらしいね。ずっと制御の練習しかしてこなかったから」

「そもそも、魔力で作った物を動かすだけでも大変なのに、三人を持ち上げる程に力を加えるなんて……これほどの技術、私も初めて見ました」

「お、おう。これは俺の遊び道具でもあるから……」


 うん。思い描けば物が出来るのだ。

 クリエイターの端くれだった俺は当然興奮してどはまりしましたとも。

 材質まである程度選べるんだからもう夢が広がり過ぎて寝るのが勿体無く思える日々すらあったからな。


 少し照れくさい思いをしながらもガツガツと風を感じる程に良いペースで上昇していく。


 数十分の時を経て、無事十一階層へと辿り着いた。

 二人はポカンとした顔で辺りを見回している。


「本当に、戻ってきてしまいました」

「はい。帰還は不可能と言われた奈落から、いとも容易く……」


 同じく落とされた身として気持ちはわかるが、感傷に浸っている場合ではない。

 恐らくもう外はいい時間だから。


 彼女たちには早く決めて貰わなければいけない。

 門で事情を話すのか、それともオルダムに入らずラズベルへと向かうのか。

 食料支援くらいならするけどと提案しつつも問いかけた。


「で、どうする?」

「その、もし街中での活動が許された場合、お金を貸して頂けたりは……」

「ああ、そのくらい全然いいよ。

 もしあれならラズベル行く予定あるしその時一緒に行く?」


 まあ、それもこれも町に入れたらだけど。


 と注釈を入れたが二人は頬を緩ませてオルダムで事情を話す方向を選んだので門で事情を話したのだが、門兵も亡国ベルファストのお姫様と言われてしまってはどう対応していいか判断が付かない。

 取り合えず領主様へと指示を仰ぐまでは待って欲しいと告げられた。


 結構かかりそうだと思い、一先ず彼女たちから離れ町の中へ。

 街中で服や飯を買って彼女たちの元へと戻る。


「も、戻ってきて下さったのですか!?」

「うん、領主様の所で貰えるかもだけど、いきなりの事だし時間が掛かると思うから。

 既にお腹空いてるでしょ?」


 そんな話をしつつも買ってきた物を渡した。

 

「ルイ様には本当にお世話になってしまって……

 事が落ち着き次第、しっかりとお礼をさせて頂きたく存じますわ」

「うーん、気持ちだけで大丈夫だよ。まあどちらにせよ無理のない程度でね?」


 どうやら二人からは結構な信頼を勝ち取ってしまったらしく、キラキラとした目を向けられている。

 まあ立ち食いもなんだからとテーブルや椅子を並べて談笑しながら飲み食いしていれば少し呆れた顔した門兵さんがこちらにやってきた。


「子爵様がお会いになるそうだ。宿の心配も要らないと仰っていた。

 ルイ、キミが責任を持って連れてくるようにとの仰せだ」


 と、そう言われたものの馬車も御者も用意されていてただ一緒に同行するだけだった。






 恐らく、俺にも話があるのだろう。

 そう思って気楽な気持ちで向かったのだが、オルダム子爵は一目でわかる程にピリピリした空気を放っていた。


 特に不躾な扱いな訳でもなく懇切丁寧。

 だからこそガチな空気が伝わってくる。


 お互い、名乗りから社交辞令の言葉まで口にし、漸くことの本題に移る。


「どうやら、本物の様ですな……コーネリア王女殿下」

「ええ。実際に老け込んだ貴方を見せられてこちらも眩暈がしてきそうよ。

 本当に、ベルファストは滅んだのね……」

「滅んだなどと……止めてくだされ人聞きの悪い。併合したのですぞ。

 ダールトンから守る為にロイス・フォン・ベルファスト王がそう決断したのです」


 彼女は「そう、ロイスちゃんが……」と呟き目を伏せたが、息を吐き気を取り直す。


「貴方、相変わらず堅苦しいのは苦手そうね。

 もう王女ではないのだし気兼ねなく話して下さって結構よ。

 それで、貴方に聞くのもおかしな話ですけど、それほど酷い状況でしたの……?」


 問いかけられたオルダム子爵は深く頷き、当時の状況を彼女に伝えた。

 どうやら、王女殿下が奈落に落とされた件も関連している話だった。


「そ、それほど内部にまでダールトンの間者が!?」

「それで私たちは同郷の者に奈落に落とされるなんて間抜けな羽目にあったのね」

「名立たる騎士の半数近くが動けなくなるか殺されるかしたと聞いた。

 しかしまさかうちの領地でも暗殺が行われていたなど夢にも思わなんだ……」


 何も言わずに頭を下げる子爵に王女様も『頭を上げてください。これは完全にこちらの不手際ですわ』と首を横に振った。


 あれ……ベルファストの王女でオルダム子爵と知己ってことは……

 もしかして親父の姉とか妹ってことか?


 いや待て。ここでその話題は危険だろ。


 うん。俺は一般人。

 そうそう。早く用件済ませてお暇しよ。

 話してる感じ彼女たちに危険は無さそうだし。


「それで、俺は何の為に呼ばれたので?」


 何やら王女様は感傷に浸っているのでこっそりと俺への用向きを子爵様へと問いかけた。


「ああ、陛下への目通りが適ったのでな。

 問題が無ければ男爵位までは与えても構わないと仰っていた」


 子爵様は「大層喜ばれていたぞ」と肩を叩き軽く告げるが、俺はそれどころではなかった。


 だ、男爵!?

 マジでなれちゃうの?

 男爵家当主ならユリとの結婚もワンチャンあるんじゃないか!?

 いやしかしユリの親父さんに嫌われてるんだよなぁ。


 そんなことを考えていると子爵は思わせぶりに会話を止めて視線を向けてきた。


「それは良いとして、だ……

 まさか、エリクサーの出所が奈落のボスとはなぁ。

 いや、その貴重さを鑑みれば妥当なんだがよぉ。

 学生が奈落でボス討伐なんて前代未聞どころじゃないぞ?」

「あら、ルイ様はまだ表に出ていらっしゃらないお方なのですか?」

「ああ、つい最近オーガキング討伐でデビューしたばかりだな。

 オーウェンとこいつ二人で倒しちまってよ。たまげたぜ。

 それでルイ、エリクサーの素材は定期的に持って来れそうか?」


 ああ、二年後らしいし無理かなぁ。

 と思いつつ情報源のコーネリアさんに視線を向ける。


「無理よ。私も落とされた時に見たけど、沸いた瞬間にイエティと戦い始めるの。

 一日と経たず倒され、イエティに食い尽くされるわ」


 あれを討伐するなら毎日張り込まないと無理だと彼女は言う。

 俺も全くの同意見なので子爵に向かって一つ頷くが彼は訝しげにコーネリアさんに視線を向ける。


「人様の領地のダンジョンだってのに随分詳しいじゃねぇかコーネリア様よぉ?」

「あら、六十年前はうちの領地でしたのをお忘れかしら?

 オホホ、少々教養が足りていませんことよ」

「そりゃぁ是非色々教えて頂きたいもんだ。ああ、後もう今年で八十六年だぞ」


 マジか。オルダムはベルファストの領地だったのかぁ。

 歴史の授業じゃやんなかったけど、都合の悪い話なんかな?


「その、話がそれだけなら俺そろそろ帰りたいんですけど……」

「あらルイ様、積もるお話もありますし今晩は一緒に居て下さらないかしら?」

「馬鹿野郎! 思い切り途中だろうが!

 コーネリア様もうちの民を誘惑しないで頂たいのだが!」


 いや、その、途中なら途中で続けて欲しいのだけど……と素直には言えず「素材はコーネリアさんの言われた通りですね」と、ぼそりと告げて様子を見る。


「その周辺の魔物はどうなんだ。

 もう使ってるんだろ。その上着とかよぉ?」

「あー、はい。まあ……火の耐性が凄いですね」

「ほぉ! オーガキングの攻撃を通さねぇだけじゃなく火の耐性もかよ」

「ええ。これなら数を流せますよ。俺が居る間は」

「そうかそうか! じゃあ王都に行くまで出来るだけ頼むわ!」


 そうは言うものの、王都へ向かうのは一週間後らしい。

 そんなに直ぐだと数を卸せないがどうせ帰ってくるんだから後でいいかと自己完結してもういいかと視線を向ける。


「お待ちください!

 ルイ様! もう少し、もう少しお付き合い下さいませ!」


 突如向けられた強い口調に驚きつつも「構いませんけど?」と彼女を見返す。


「その、他の者も救助して頂きたいのです。

 依頼料もすぐには支払えませんがどうにか工面して見せます。

 危険は重々承知ですが、どうか……どうかお願い致します」

「え、いや、別に構いませんけど。

 どうせやりに行きますし……じゃあ一緒に行きます?」


 あれ? なんでそんなに驚いた顔してるの。

 ああ、まだ戦ってるところ見せてないっけ。

 遠くから一方的に攻撃するだけだから安全なんだよ?


「お前、軽いなぁ……そこはもう少し引っ張って恩を着せる所だ。

 そのくらいは学んどかないと後々苦労するぞ?」


 と、子爵様は困った顔を見せるが、ちょっと待って欲しい。


「えっ、子爵様もそれが出来るタイプじゃないですよね?」

「馬鹿野郎! 業とやってないだけだっ!!

 重い不幸に遭った者や、子供相手にそんな恥ずかしい真似が出来るかぁ!」

「ふふふ、昔から苦手そうでしたわね?」

「違うわ! 昔苦手、だったんだよぉ!

 もういい、お前らはもう寝ろ!」


 小間使いであろう少年に「部屋へ案内してやれ」と子爵が顎でドアを指せば彼は懇切丁寧に「ご案内いたします」と子爵よりも優雅に頭を下げた。

 その様にチナツちゃんまでもが笑いを堪えながら退室していった。 


「明日の朝、迎えにくればいいんですかね?」

「いいや、王宮へ連絡を入れるまでは下手に歩かせたくねぇな。

 馬車で送り、寮へ使いをやる。お前も触れ回るなよ」


 あれ……王宮って大丈夫なん?

 元王子が厄介な立場だと考えていたばかりじゃないか。

 元王女もそこまで変わらないよな。


「彼女って、結構危ない立ち位置だったりします?」

「……面倒だが危ないって程じゃねぇだろ。状況によっては監視が付く程度だ」


 おお!

 そりゃ良いことを聞いた。

 俺の事がバレてもその程度で済むならそれほどビビる必要はなさそうだ。


「それはよかったです。

 王都行きの件、申し訳ないんですけどお世話になります」

「おう。こっちもエリクサー沢山貰っちまったからな。

 そのくらい気兼ねなく任せていい。出発は来週の頭だ。忘れるな」


 彼はそう言うと少し疲れた顔でシッシと手の甲を払う。

 俺はやっと帰れるともう一度頭を下げて部屋を出れば、先ほどの少年が立っていて「どうぞ」と後ろを続けば表の門まで案内された。


 馬車まで用意してくれたのだが、俺一人なら必要ないので丁重に断り、町をぶらつきながら寮へと帰った。

 気が付けば午前様。こんな時間に戻ってくるのは初めてだ。

 本来なら十時過ぎた時点で既に無断外泊としてマイナス評価を付けられるのだが、俺には関係無い。

 当直の守衛さんに止められたので領主にお呼ばれしていたことを告げてから自室に戻り横になる。


 いや、今日は濃い一日だったなぁ。

 まさか二十年前の人を復活させることになってその上その人が叔母さんだったなんて……


 コーネリアさんかぁ……

 あの人は大半のことなら俺の味方になってくれそうだし、同じ立場だし、言ってみようかな……甥っ子らしいと。

 そうすれば多分色々とアドバイスもらえると思う。


 いや、逆に内緒にしておいた方がいいか?

 もしレスタール国に知られたら男爵のポストがふいになってしまう可能性があるし。


 でも、レスタール国の中央が腐ってる可能性とかも考慮すると元王女クラスの情報は貴重と言える。

 ある程度人となりを確認して大丈夫そうなら相談してみよう。

 どうせ、ルド叔父さんと会っちゃえばそこから漏れるだろうし。


 さて、そうと決まればさっさと寝ないと寝る時間が無くなっちまうな。


 そうして長かった一日が終わった。

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