第44話 叔父さんの爆弾発言



 次の日、何故か寮に育ての親であるルドルフ叔父さんが訪ねてきた。

 急な来訪に驚きながらも中へと入ってもらい話を聞く。


「ルイ、そろそろいいんじゃないか?

 うちに戻ってきてもさ……」


 開口一番、叔父さんはそんな事を言い出した。


「え……ど、どういう事。

 確かに卒業は決まったけどまだ少し先だよ……?」

「えっ?」


 いやいや、えって言いたいのはこっち。

 ハンターになっても普通戻らないよね?

 そりゃ、顔出しには行くし、育ててくれたお礼もいつかはするつもりだけど。


「ははは、見栄を張らなくていいんだぞ。

 討伐祭もあった事だし、強化も使えないお前じゃ厳しいのはわかっただろう?」

「いや、もう使えるけど?」


 強化の魔方陣を表に出して叔父さんに見せた。


「ルイ……お前それ、どうしたの?」

「クラスメイトで仲良くなった人が無償で教えてくれたんだ」


 叔父さんは表情を歪め苦い顔を見せた。

 こんな表情は初めて見る。

 いつも温厚で優しく微笑んでいる人だ。

 俺はどうしても理解できなくて直接聞くことにした。


「心配してくれるのは嬉しいんだけど、どうしてそこまで反対するの?」


 ハンターは羨望を浴びる職業だ。

 仮に弱くとも人間性に問題が無ければ町に貢献している者として無碍に扱う人は早々居ない。

 死ぬ可能性はあるが、それは大半が無茶をした場合だ。

 学生が監督無しでダンジョンに行っても大多数が生き残れるくらいには安全だ。

 死んでしまうのはリストルたちの様な奴に殺されたり、常識から外れた無茶をしたりした場合が殆どだろう。

 まあ、俺には両方当てはまるのだけども。


 ああ、だから心配なのか?

 叔父さんの家では無茶をしてきたつもりはないが、もしそう言われたら言い返せないな……


「お前の母さんの遺言なんだ。危ない事はして欲しくないってな」


 ああ、そっちか。

 確かに母さんは心配性だった。

 でも、仮に母さんが生きてても反対を押し切ったと思う。

 それくらい成りたいって思ってたからあれほど修行したんだし。

 それに今はもう他にも大きな理由が出来てしまった。


「そっか。でもごめん。もう諦められない理由が出来たんだ」

「ユーナ様の遺言でも……か?」

「えっ、ユーナ……様?」


 何故母さんに敬称をとまじまじと叔父さんを覗き見れば彼は失敗したと言わんばかりに口を押さえていた。


「ええと、ルド叔父さん、そろそろどういう事か話してくれないかな。

 ユリシアって子に教えて貰って気がついたんだけど、色々隠してるよね?」

「――――っ!?」


 叔父さんは驚いた様子で顔を上げた。


「ユリシアというと……ラズベルのか?」

「そう。俺に魔法を教えてくれた人だよ」

「じゃあ、俺がもうルイの叔父じゃないことも知っているんだな……」


 はっ!? 何それ!?

 いやいや、知らないけど!?


 あまりの困惑に固まっているとルド叔父さんはそのまま話を続けた。


「俺が受けた命令はお前を守り育てる事だ。

 まあ、今では俺の意思でもあるが……」

「えっ、いや、意味わかんないんだけど……」

「まっ、嫌だよな。

 他人だってわかった奴にそんな事を言われても」


 そう言って彼は寂しげな顔を見せる。


 ちょっと叔父さんやめてよ!

 そんな意味深に言われても俺に解読する力はないから!


「ちゃうちゃう! そうじゃない! 叔父さんは家族だよ?

 俺が意味わかんないのは命令ってところ!

 いい加減全部話してってば!」

「そ、そうなのか?

 だが詳しく知らないなら忘れた方がいい。全ては終わった事だ」

 

 詳しくもなにも何も知らないの!

 けど話の流れ的にそれ言ったら好都合って言い出しそうだな。


 えっと終わった事か……

 母さん繋がりの話だろ?

 てか、その前に母さんは人に命令する感じの人じゃない。

 母さんからならお願いされたと成る筈だ。


 ……てことは父親の事か?

 それしか俺に繋がる他の人物が思い当たらない。

 まあ、知らない人の可能性もあるだろうけども。


「終わった事でも家族である叔父さんの口から聞いておきたい。

 やっぱり俺の父親の話だよね?」

「そうか……やはり将軍は知っていたのか……ルイが陛下の子だと……」


 うん? 将軍……?

 ああ! ユリの親父さんか!


「ちょ、ちょっと待った! 陛下? はっ? それ、俺の親父の話なの?」

「むっ、知らなかったのか!?」

「いや、うん。知ってた。てか俺が王子とか違和感がね?

 でも大体は知ってたから全部教えて」


 ここまで来てお預けは堪らんと知ったかぶりをして続きをせがむ。

 叔父さんは長い葛藤の末、一つ頷き口を開いた。


「ルイ殿下、今からお伝えする事は誰にも言ってはなりません。

 お約束して頂けますか?」

「えっと、それはいいけど普通に話してよ。

 叔父さんは俺にとっては父親みたいなもんなんだからさ……」

「……わかった。ありがとう、ルイ。

 だが心して聞くんだ……

 お前はな、今は亡きベルファスト王国の王子様だったんだ」


 ほう……俺、元王子なのか。

 そりゃ本当なら凄いな。

 いや、亡国の王子って凄いのか?

 今は完全に実権から外れて何の権力もない一般庶民だよ? 

 逆にこの国にとっては反乱分子の種でしかないよな……


 あれ?

 これ、悪い意味で凄いんじゃ?


「今じゃ枷にしかならないから知らなくていい無駄な情報って事?」

「間違っては、いない……な。

 ベルファストに思い入れの無いルイから見たらそう言うのも無理はないか。

 しかしこれだけは忘れないでくれ。

 ロイス陛下はお前を捨てた訳じゃない。助ける為に涙をのんで離れたのだ」


 俺の父親か。

 あの嘘の吐けないぽわぽわした母さんも俺たちを守って亡くなったと言っていた。

 だからこそ、そこは疑っていない。

 母さんすぐ顔に出る人だったからな。

 話をする時の顔で想い合っていただろう事はわかっていた。


 なので叔父さんの言葉に素直に頷くとそのまま併合前に何があったのかを話してくれた。


 十数年前の当時もミルドラド王国の領地ダールトンと戦争をしていたそうだ。

 それだけじゃなく、ここレスタール王国とも仲良くはなかったらしい。

 手詰まり感を覚えた最後の王、つまり俺の親父は比較的マシなレスタール王国の傘下に入ると決めた。

 だが、レスタール国王は受け入れる条件に親父の首を所望した。

 この国としては象徴を残して置けば都合よく利用した後、独立するのが落ちだと考えたのだろう。

 当然ベルファストの臣下は猛反対して一時は話が白紙に戻ったのだが、レスタールとしても無血開城で明け渡されるのは魅力的だったらしく、最終的に国外追放でも構わないとの提案が出された。

 その代わり、軍事のトップの任命権をレスタール国王に預ける事や、他にも数点条件を追加され、軍事や金の流れ物資の流れなどを監視され続けているそうだ。

 

 それを蹴ればダールトンに落とされ民が大量虐殺される事も考えられた為、泣く泣く条件を飲み併合を決めたのだと言う。

 そして国を追放されると成った時に叔父さんは親父に俺の事を頼まれたのだそうな。


「なら親父はまだ生きてるの?」

「いや、すまない。陛下ももう亡くなられている……」


 どうやら親父は国外追放となってから、ダールトンに潜み内からダメージを与えてやろうと色々やったらしい。

 その後レスタール王国から監視として付いていた者から、死んだとの報告が入ったそうだ。


 そうして全てを聞いてみたのだが一番聞きたかった何故強化魔法を秘密にしていたのかというのがわからなかった。

 ルド叔父さんが変な勘違いをして飛んでもない話が飛び出したが、ユリシアから教えてもらったのはそっちだ。


 流石にそこを内緒にしていたのはちょっと怒ってるからね?

 絶対教材関連も強化の事が乗ってないのを選んだでしょ!


 そう言って問い質せば彼は素直に認めて頭を下げた。

 そっちは母さんからのお願いだったらしい。 


「俺はもういいけどユメにまで隠すなんて、あいつが将来馬鹿にされるだけだよ?」

「いや……その……ユメは全て知っている。

 俺が死んでもルイを守って貰う為に王都のハンター学院に通ってるんだ」

「はぁぁぁぁ!? ユメも知ってたの!?

 てかあいつが俺を守る為に王都のハンター学院行ってるって嘘でしょぉ?」


 ユメが俺の為に人生使うなんて了承する筈がない。

 あの己の欲望に忠実なユメが……

 てか、叔父さんがユメをハンターにさせるなんて嘘だろ?


「いや、本当だ。あの子も了承している。

 だからこそルイには余計に危ない事をして欲しくないんだ」


 ああ、そうか。

 そっちが本題だな?

 叔父さんとしては俺もユメも家に戻してほのぼの暮らしたいって所か。

 ユメのこと大好きだもんなぁ。

 まあ、俺としても一応は可愛い妹だけどもそればかりは頷けない。


「そう言われてもなぁ……俺、やるべき事ができちゃったし……

 その、親父の命令は無かった事にして貰えない?」

「それはできない。陛下の最後のお言葉なのだ。

 恩義を返す為にもそこだけは曲げられない」

「でも、俺ユリに誓っちゃったんだ。一緒にラズベルを守るって」


 そう言った瞬間、叔父さんは目を見開いた。


「いや、俺からだよ。

 ユリは危ないことをしないでって最後まで言ってたし」


 彼女に悪感情を持たれても嫌なのでしっかりと事実を伝えるが、叔父さんは反応を示さない。

 どうしたんだと見ていれば、叔父さんは目に涙を溜めていた。


「あぁ、何も伝えずともルイ殿下もベルファストを守りたいと仰って下さった。

 貴方は間違いなく、ロイス陛下の御子です……」

「ちょ、だからそういうのやめてってば!

 自分の父親にいきなりガチで畏まられた状況を想像してよ。嫌でしょ?」

「はは、それは確かに……ちょっと嫌だな」


 もう勘弁してよと苦笑いながら返し、ユメの事や叔母さんが元気してるかという雑談を交わしていく。

 その話が落ち着いた頃、先ほどの話を纏めた。


「まあそんな訳で俺は俺の為にラズベルを守る為に動くつもり。

 だから、叔父さんもユメも自分の為に自由に生きてよ」


 自分でも戦場に出るなんて無謀だとは思うけど、ここは曲げられない。

 大反対されるかと思ったけど何やらいい風に捉えてくれたっぽいし、これで大団円だ。


「何を言っている。ルイが立つと決めたのだ。私が先陣を切らぬ訳がないだろう」

「ちょっと待った。その前にルド叔父さん、戦えるの?」


 あんた、農夫でしょうよ。

 あれ……でも農夫が国王に息子を頼むなんて言われないよな……

 もしかしてこの人……


「今更か。これでも昔はベルファストで名の知れた騎士だったのだぞ?」

「はぁ? マジで戦えるの!? この裏切り者ぉ!

 どうしてさりげなく戦い方教えてくれなかったの!?」


 ちょっとちょっと!

 更なる裏切り発覚だよ。もぉ!


「いや、そこはずっと迷っていたのだ。

 だが、ユーナ様の再三に渡るお願いが頭に過ぎってな」


 む……母さんのお願いと言われると怒るに怒れない。

 ぐぬぬと葛藤していれば、叔父さんは「すまなかった」と頭を下げた。


「もういいよ。俺ももう四十階層回れるくらいには強くなったし」


 呆れ顔で謝罪を受け入れたのだが、叔父さんは小首を傾げた後笑い出した。


「はっはっは、オルダムのダンジョンとはいえ四十階層とは随分と大きく出たな。

 だがそういう嘘はいけないぞ。四十という事は今四階層か?」

「いや、嘘じゃないから。もうとっくに評価超過で卒業決まってるからね」


 いやいやいや、本当だよ。と真面目に訴えたのだが、わかったわかったと言いながらも信じるつもりはないらしい。


「何にせよ、ベルファスト防衛は私に任せておけ。

 ルイの想いの分まで戦って来てやるから」

「だーかーらぁぁ! 俺が行くって約束してるんだってば!」

「むっ、できれば戦時中はオルダムに居てほしい所だが……

 まあ将軍がルイを戦場に出す筈がないし、行ったところで変わらんか」


 うん?

 なんか叔父さんまた勘違いしてんな。

 まあ、行っていいって言い出したんだからそれでいいか。


「てか叔父さん、ユメはどうすんの。

 まさかあいつまで戦場に連れ出すとか言わないよね?」

「勿論そんなことは断じて許さん。

 ユメはルイの傍付きとして居させるつもりだ。戦場には出さないさ」


 いや、傍付きって……

 ユメを傍に置いても俺が我侭聞く未来しか見えないんだけど?

 いやまあ、あいつが他でハンターやって生きてく方が危なっかしくて怖いか。


「色々物申したいところではあるけど、良く考えたらユメがハンターになるなら近くに居てもらった方が安心だわ」


 色々危なっかしいし。


「ははは、そうでもないぞ。ユメは俺の娘だけあって才能はあるからな。

 だがいくら血の繋がりが無いとはいえ、手を出すのは許さんからな?」


 いや色々とそうじゃねぇ。

 でもほのぼのしながらも何かズレてるこの感じがルド叔父さんだわ。


 それから暫く雑談した後叔父さんは帰って行った。

 長い事話して結構いい時間になってしまったのでラクと戯れることに。


 てか、俺が元王子とか言われてもねぇ。

 いや、忘れよ。マジで害にしかならなそうだ。


 うん。そんな事実はなかった。

 俺は一般庶民。そうやって生きてきた。

 

 母さんも、多分親父も俺が背負うような事は望んでないだろうしな。


「なっ、ラク!」

「オンッ!」


 わしゃわしゃと頭を揉み解してやれば、お返しと言わんばかりに舐めまわされた。

 そして散歩に行きたいとつぶらな瞳を向けられ、仕方がないとラクに乗って獣魔用のトラックを駆け回った。

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