第43話 エリクサー



 一晩明ければ珍しく俺の部屋に来客が訪れまくった。

 昨日組んだパーティーメンバー全員だ。

 俺もその後の討伐がどうなったのか気になっていたので聞いてみたが、特に問題は起きずに近場の殲滅が終わり終了したそうだ。

 オーガジェネラルが数体残っていたが、町の防衛としてハンターたちと一緒に戻った領主の騎士が討伐したらしい。

 まあ、終了と言っても学生だけで大人たちは大半が今も討伐に出ているらしいが。


 聞きたかった話が聞けて「そっか……よかった」と一息吐けばアミが意味わからん事を口にした。


「ねぇ、ルイ君がオーガキングを倒したって本当!?」

「待て待て待て! あんな化け物倒せるかぁ!

 オーウェン先生が倒したんだよ。俺は補佐!」


 アミの問いかけに「あの人めちゃくちゃ強いぞ」付け加えればヒロキが面白くない顔をした。


「けど、オーガジェネラルは倒したのでしょう。どのくらいやったの?」


 リアーナさんの問いかけに首を傾げる。

 一々数なんて数える余裕がなかったので詳細はわからないのだ。


「ええと、守って貰いながらだけど五十くらいは倒したかな?」

「「「ええええ!!」」」


 って驚かれても安全地帯から狙撃しただけだからなぁ。

 いや、キングに限っては一瞬で飛んできたから安全じゃないか。


「それで、その後はどうなったの?」


「それがよぉ……」とナオミの声に領主邸に連れて行かれ宴会に参加する流れになってしまったと愚痴る。

 結果的には良かったのだが、最初は生きた心地がしなかった。


「ふーん。機会があれば話してみたいとうちの父も言っていたわ。会いに来る?」

「やめてくれ。リアーナさんの家って侯爵家なんだろ? 恐ろし過ぎるわ」

「あらあら。折角お嬢様が必死にアプローチしたと言うのに」

「違うわよ。やめなさい」


 余りに流れるような否定に周囲から笑いが漏れる。

 まあ、俺的にもそれはあり得ないってわかってるけどな。


「それで……あの野郎はどうやってキングを倒したんだ?」

「あの野郎って……ヒロキはどうしてそこまで先生を嫌っているんだい?」


 待て、その質問は危険だ。

 アキト、そこを掘り下げてはいけない。

 えっと、話を流さねば……


「あぁ……あの人はデリカシーがないからな。空気読めないし。

 良い人ではあるんだけど……俺も領主邸に置いていかれたし」


 そうしてアキトの問いかけを流しつつも、先生の戦いぶりを事細かに説明した。


「兎に角速い。無駄がなく一直線に敵を屠るんだよ。

 通り抜けたと思ったらいつの間にかジェネラルが真っ二つってくらいにさ」

「そんなに凄い人が担任なら師事を得ないのは勿体無いね!」


 アキトが珍しく興奮して剣術を教えてもらいたいと言い出した。

 また危険な話題を、とも思うが正直それは良い案だ。

 なのでヒロキにも一言だけ言っておくことにした。


「それは俺もお勧めする。

 何があったかは知らないが、アミとか今後できるだろう大切な人とかの為に己を殺してでも教えを受けた方が良いくらいだ。無理にとは言わないけど」


 ……本当は知ってるけど。

 これは掘り返していい話ではないので秘密だ。


「そ、そんなに凄かったのかよ……?」

「ああ。この国全体でも上位者だってよ」

「そ、そうかよ……」


 凄い葛藤が見て取れる。

 アミはそこまで思ってないのかヒロキを見て苦笑していた。


「そ、そう言えば、ルイさんて卒業したらどうするんですかぁ?」


 入れない話題がきつかったのか、キョウコちゃんがそんな問いかけを投げた。


「いやぁ、ラズベルの兵士に志願しようと思ってたんだけど……」

「「あら、やめたの?」」


 ナオミとリアーナさんが揃って同じ言葉を発する。


「いや、騎士になれるかもしれなくてさ……まだわからんけど」

「「「えっ!?」」」


 皆の驚きの声にまあそうだよなぁと苦笑する。 


「それはオルダムの騎士になるって事?」

「いや、オーウェン先生みたく王家直轄の方」

「それって、貴族になるってことじゃん! 

 そんなことできるの!?」


 俺の発言にリアーナさんですらビックリしている様子だが、そんな目を向けられてもできるかどうかはオルダム子爵次第なのでなんとも言えない。


 だがこの話が通れば本当にちゃんとした貴族に成る訳だ。


 どこかの貴族家に入って騎士に任命された者はどこどこの家の騎士と名乗るが、国に任命された場合、騎士爵家当主と名乗る事になる。

 それほどに大きく違う話なのだ。

 

「まあ、王様にポーションとか献上してお伺いを立てるってだけだよ。

 別にダメでもそれほど損はないしな」


 ポーションが減るくらいだ。

 あんなのまた討伐すればいいだけ……って周期がわからなきゃ無理じゃね?

 数時間で猿に食いつぶされてすぐなくなるよな。

 それに卒業したらあのダンジョン入れないんじゃ?

 む。そう考えると卒業前にもう一度ゲットしたい所だけど……

 あっ、それならオルダム子爵に相談して卒業後も入る許可を貰えばいいか。

 ゲットしたポーションは山分けでって言えば喜んでくれるだろう。


「もしそのお話が通ったとして、遠い辺境の地の領主でも任されたらどうする気なのですか?」


 ポーションのことを考えていたら、いきなりユキナさんに斜め上の問いかけをされて思考が止まる。


「へっ? 騎士爵程度に領地は与えないでしょ」

「いいえ。村規模なら十分有り得るけど……?」

「有り得るの? そこんとこ詳しく!」


 えっ……だって先生は領主じゃないじゃん。

 学校で教師やってるだけだよ。


「そもそもあなたは貴族を何だと思っているの。

 国の運営に従事する中枢の者たちなのよ。

 何の仕事もしないで許されるのは多大な功績を成した名誉貴族くらいだわ」

「ちなみに、オーウェン先生は?」

「あの人は今回みたいな大討伐でのみ功績を挙げたから少し特殊な立ち位置ね。

 でもそのうち呼び出されるんじゃないかしら。近衛騎士団とか王国騎士団に」


 そうなのか……

 まあでもそりゃそうか。

 権力を下さい。でも国の為には働きませんは通用しないよな。


 そう考えると、辺境の地の領主が一番美味しくないか?

 のんびり領地運営やって魔物から守ってやればいいだけだろ?

 ユリがそれを受け入れてくれるかはわからないけど、そもそも付き合ってる訳でもない。

 どちらにしても今の目標はラズベルを救ってユリに恩返しをすることだ。


 そう考えると騎士団に入るのはダメだな。ラズベルへの応援なんていけなそう。

 領主なら金使ってハンター雇えば多少留守にしても何とかなりそうだし。


 って、そもそも俺が領主に成る事なんてないか。


「まあ、取らぬ狸の皮算用ってやつだ。まだ何も決まってないしな」

「そうだな。ルイが貴族って似合わねぇし無理だろ」


 ヒロキ、お前も人の事言えないからな?

 なんて返せば裾を引かれてキョウコちゃんヘ視線を向ける。


「と、言う事は卒業後のラズベル行きはとりあえず中止なんですね?」

「いや、行くよ。どっちにしても行く。兵に成るかは置いておいても」


 だって、行くって約束しちゃったもの。

 外から参戦するのか、兵士になるのか、はっきり伝えなきゃじゃん。


「でも何で……あ、キョウコちゃんラズベルの人なの?」

「えっと……はい、まあそうです」


 そっか。故郷が戦争中じゃ色々不安だろうなぁ。

 けど、俺が行ったところでじゃない?


「あら、明かすって事はどんな指示を受けているかも言えますの?」


 ん……?

 何の話だ?


「一応辺境伯様からも言ってもいいとは言われていますが……」


 はっ?

 ちょっと待って。ラズベルの人って辺境伯の事だったの!?


 と驚いて強い視線を向ければ彼女は言い難そうに口を開く。


「その……ユリシア様に絶対に近づけるなと。

 辺境伯様はお嬢様を大変溺愛しておりまして……」

「えっ!? マジですか……」

「はい。マジです。一緒に居て阻止しろと申し付けられています」


 関係ないヒロキたちですら気まずそうで微妙な沈黙が流れる。


「貴方、それをルイさんに話してしまって良かったの?」

「その、お伝えしないで操るような真似をするのも……

 本当に全てを明かしても構わないと言われておりますから」

「それは、随分変わった趣向ね……」


 そりゃそうだ。

 普通なら言わずにすれ違う様に誘導させるもんだもんな。


 てかそういう事かぁ!

 やっぱり嫌われてたのかぁ……


「うーん。どうすれば認めてくれるかねぇ。

 キョウコちゃんはどう思う?」

「えーと、凄く難しいです。

 ベストカップルと噂されていたと伝えただけで大激怒でしたから……」


 えっ!?

 そんな噂されてたの!?

 いや、確かに一時期キャーキャー言われてたけども……


「そう言えば、プレゼントしたポーションはどうなりましたの?

 ユリシア嬢にプレゼントを贈ったと聞きましたけど。

 渡してないなら使っておりませんわよね?」


 いや、戦争の為に送った物だし使ってくれていいんだけど。

 確かに常識的に考えたらダメだよな。

 プレゼントされた人に確認せずに他の人が使っちゃ……


「えっ!? いえ、それは……どう、ですかねぇ……?」

「ああ、反応でわかる。どうやら使ったみたいだね。

 キョウコちゃんは素直でわかり易い子だなぁ」

「そうね。これだけわかりやすい子は早々いないわ。

 少しユリシア嬢に似ているかも」


 確かに、慌てふためいて髪を弄る辺りは同じだな。


「ルイさん、そのプレゼント取り返せたら少し貰えないかしら。

 ついでに文句を付けて差し上げますわよ?」

「いやいやいや、全然使って貰っていいから!

 そもそも文句を付けるつもりなんてないからね!?」

「あら、王家に献上できるほどの物なのでしょう。

 幾らなんでも筋が通らないわ。

 今後の関係の為にも嫌味くらいは言うべきよ」


 そう言われてもなぁ。

 もしユリが受け入れてくれたとして、その時にユリの親父さんと俺が喧嘩してたら悲しむだろうし。

 元々戦争で使ってもらうつもりで送った物だ。

 でも何でリアーナさんが……

 ああ、ポーションを分けて欲しいって言ってんじゃんね。


「ああ、エリクサーと同等って言われたポーションが欲しいのね。

 十本くらいならいいよ?」

「はい? エリクサーと同等ですって……?」

「えっと、子爵様がそう言ってたよ。

 あとポーション製作をしてくれた奴も言ってたな。

 その時はうっそだぁって笑い飛ばしたけど」

「お幾らですの?」

「えっ、いいよ。あげるあげる。お世話になったし」


 結局銃のコピーもさせてあげてないしな。

 その時の分のお礼にどうぞと箱から出して十本渡した。

 ついでにもう十本出してヒロキたちにも渡す。


「お前らも持っとけ。一口飲めば全回復するから便利だぞ」

「マジか。サンキューな!」

「ははは、折角頑張って回復魔法を覚えたんだけどね……

 まあでも有り難く使わせて貰うよ」

「どんな味がするのかしら……」

「ねぇこれ、売ったらダメかな?」


 おいこらぁ。

 人の気持ちをお金にするんじゃありません!

 まあ、どうしてもお金に困ったならいいけどさ。

 あとナオミ、甘くてかなり美味いぞ!


 これで残り丁度百五十本。

 子爵に五十本持って行って王様に百本献上する予定だから丁度無くなる。

 もう次が出来ているだろうし。今日にでも第三校舎に確認に行くか。


「これ、本当に頂いていいのかしら……ねぇユキナ?」

「いえ、これだけの物ですとタダというのは余り宜しくはないかと。

 ですが本物であれば替わりに出せる物がありません」

「いや、持ち主がいいって言ってんだからいいじゃんさ。

 名目は命の恩人って事で!」


 ぶっちゃけ、あのまま怒りに任せてリストルぶっ殺してたらマジで罪人にされてただろうしな。

 止めてくれて最後まで付き合ってくれた彼女もまた恩人なのだ。


「じゃあ、頂くわね。ありがと……」


 少しもじもじしながらもお礼を言うリアーナさんは大変可愛らしかった。


「まあ! お嬢様がデレました!

 ルイさん、これがお返しでどうですか?」

「ユキナ……貴方、いい加減にしなさいよ?」


 なるほど。

 俺の時も厄介だったが彼女は自分の主人でも容赦無くからかうらしい。


「そう言えばキョウコちゃんはこれからどうするの?

 俺はどっちにしても卒業後に一度行く事になるけど……」

「ええと……その旨を連絡させて貰ってもいいですか?

 その後の指示を得なければ、このままご一緒させて頂くか後を付けるかするしかありませんので……」


 なるほどね。


「んじゃよぉ。会いに行きますお義父さんとか伝言頼めばいいんじゃね?」


 と、ヒロキがふざけた事を言い出した。


「よくねぇわ! それでもしユリに否定でもされたらどうするんだよ!

 悲しさと恥ずかしさで生きていけなくなるだろ!?」

「その、私としても怖くてそんな言葉は書けません」


 取り合えず卒業後に行くだろう事を報告するだけということで話がまとまった頃にはお昼を回っていた。


 ポーション作成を依頼しに行く用事があると伝えると皆も興味を示したので、昼食をナオミに作って貰って食事を終えた後全員で第三校舎へと向かった。

 案の定、仕事が速い魔道具の彼女はポーションを追加で百仕上げていたのでそれを貰いつつも追加金を渡す。


「割とポーションが入り用になったから速度を上げて欲しいんだ。

 追加で金貨二十枚渡すから外注でも何でもしてもっと量を作れないかな?」

「へぇ、儲かりそうだね。ビン作成だけならやった事があるよ。

 僕にも噛ませてくれないかい」

「くっ、俺には何かないのか……お前以外まともな仕事が来ないんだ」


 どうやら、杖の彼が手伝ってくれるらしく彼女と相談している。

 そっちは任せるとして、皮装備の仕事かぁ……


「そのさ……もう一着同じコート作って欲しいのと、あの皮を大きな一枚のシートに加工って出来ない?」

「そんなのあの魔道具があれば簡単だ。だが今回は工賃を取るぞ?」

「うん、勿論。まだ物は持ってきてないけど取ってきたら頼みたい」


 そう。あの猿の皮は物凄い装備だった。

 あのオーガキングの攻撃ですら通さなかったのだから。

 普通の装備なら爪に裂かれて胴体真っ二つだっただろう。

 そんな素材だからこそストックを作りたかった。

 最終的に雑に折り畳んでマントって事にすれば持ち出せるだろうしな。


 いや、もう隠す必要ないんだし素材を解体場に出して必要分を装備として貰えばいいだけか。


「それで、あの魔道具は使ったのかい?」

「ああ、オーガジェネラルが真っ二つだった。キングの腕も落とすほどにヤバい。

 完璧な仕事だよ。ありがとうな」

「ふは、ふははは、そうだろう? そうなる様に調整しまくったんだからね!」


 その話にわいわいとアキトやヒロキが混ざり、女性陣は瓶作りを見学したりして割と楽しい時間を過ごせた。


 その後、俺はポーション百五十本を持って領主の館に赴き、使用人さんに伝言付きで渡してもらった。




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