第32話 穴底のボス


 リストルの襲撃から二ヶ月。

 学校への説明はとうに終わり、周囲の証言から正当な防衛だったとすぐに認められた。

 本当に大丈夫なのだろうかと最初は思っていたが結果的に何も起こらず、教室内も平和な空間となり一人ダンジョンに篭る日々を送っていた。


 リアーナさんとはあれからダンジョンには行くことはなくなった。

 銃のコピーすらも求められていない。


 評価を稼ぎたい俺としても都合がいいが、あの時の事が尾を引いているのは一目瞭然だ。

 俺の人間性を見て離れて行ったのだろうと考えると凹む。


 まあ殺しに掛かってきたやつを殺しただけだから後悔はしていないし、甚振る行為をしたのはそれ相応の事をされたからだ。

 ただ、滅多打ちにされ命乞いをした人間を殺すという残酷さに拒絶反応を示すのもまた理解できる。


 だから寂しくはあるが致し方なしと結論づけて考えない事にした。


 そんなこんなでソロライフを満喫しながら階層を下へ下へと降りていた。

 どうやら、あの深層の戦いのお陰でかなり強くなっていた様だ。

 二十五階層まで降りても前衛として余裕で剣だけでやれる程だった。


 あそこ、どれだけ深いんだよ。


 と頬が引き吊る思いだが、強くなれた事は何よりありがたい。

 階層が急激に下がったことで借金も即行で返済できたし、良い速度でお金もたまってきている。


 卒業する時ラクを引き取る為にも頑張ってお金貯めなきゃな。


 そんな目標に向かって日々獲物を持ち帰っている。

 積載量も更に増やし、一日に二回往復する日々だ。


 そろそろラクを引き取れる金額が貯まる頃。


 何時になれば卒業試験が受けられそうかを知りたくて早朝からオーウェン先生の所にやってきていた。


「なにっ? お前、飛び級卒業するつもりなのか!?」

「えっと、まあそうですね。評価が足りれば……」

「評価の方はそろそろ貯まるが試験はかなり厳しいぞ。いや正直無理だ」


 彼は「なんてったってお前らの担任は俺だからな」と胸を張る。


 意味がわからず首を傾げれば、どうやら教員を一人倒すってのは自分の担任の事らしい。


「先生って強いの?」

「当たり前だろ。

 俺はこれでも強さで騎士爵を賜り、そのまま男爵まで上り詰めたんだからな」


 はぁ?

 そんなの絶対めちゃくちゃ強いじゃん。

 無理だろ?


「……なんでそんな人が教師やってんの!」

「大人には色々あるんだよ。

 そういや、安全になったってのにヒロキやアミとは組まないんだな?」


 え、何でそこで二人の名前が出るんだ?

 いや、確かにヒロキは驚くくらいに先生の事嫌ってたけど……

 そう思って理由を尋ねる。


「いや……その、あれだ。

 あいつらのお袋と体の関係を持っている所を見られちまってな」

「はぁぁぁぁ!? 何やっちゃってんの!!」


 そ、そりゃ怒るよ!

 俺だって母さんと知らんの男が寝てたらうわぁぁってなるわ!


「待て、遊びじゃないぞ。

 あいつらが独り立ちしたら結婚の約束してんだよ。

 俺たち……亡くなったヒロキたちの親父も含めて俺たちは昔組んでてな」


 先生は「昔からの馴染みなんだ」としみじみ語る。

 だからなんだと言いたいが、お互い想い合って結婚するなら良い事だ。

 けど、関係を知った最初がそれじゃ納得は出来ないだろうなぁ。


「まあ、俺の事はいい。あいつらが何言っても引くつもりもないしな。

 それより、お前今何階層行ってるんだ?

 評価の不正を疑われるほどに稼いでいるらしいが……」


 はぁ?

 俺、疑われてんの?


 と思わず声を張り上げれば、そんな話が職員室で少し出たが解体場に連日魔物を大量に持ってきていることが確認されて疑いは晴れているそうだ。

 よかったと息を吐いて問いにこたえる。


「今は二十五階層まで降りたよ。どこまで行ける様に成れば可能性ありそう?」

「へぇ、学生にしちゃやるじゃないか。

 まあ確かにそれくらいじゃなきゃ評価はたまんねぇよな。

 しかし、本当にお前入学時は弱かったのか?」


 いい加減しつこいと言い返しながらも肯定し、同じ質問を繰り返す。


「正確な強さはダンジョンの階層では計れないが、最低四十は越えないと話しにもならない。

 最初に言っておくが俺に勝とうと思っても無理だぞ。

 俺が何年ダンジョンに篭ったと思ってんだって話だ。

 ああ、もう二十年越えてるのか。歳を取ったもんだ……

 まあ学生の年齢では何をしても越えられない程度にはやってきたって事だ」

「そ、そう言われるとそうだよなぁ」


 逆に馬鹿にするなよって言われてしまうわな。

 それでも挑戦くらいはさせて貰いたいんだよな。

 いや、正直挑戦相手を変えさせて欲しい。


「ねぇ、評価一杯稼いだら他の先生と戦わせてくれたりしない?」

「ああん? そんなもん俺が決めれるはずないだろう。

 まあ校長に聞いてやってもいいが多分無理だぞ」

「おお! 聞いてくれるんだ? ありがとう先生!」

「……このくらいはいいさ。お前には悪い事をしたからな」


 ああ、カールスの件ね。

 もう気にしていないけども、聞いてくれるのはありがたい。 


「じゃあ、今日も頑張ってくるんで俺はこれで!」

「聞くだけだ。あんまり期待はするなよ」

「わかってまーす!」


 そうして一筋の希望を胸にダンジョンに向かう。

 急ぎ階層を駆け降り、十一階と辿り付いた時強い葛藤が生まれる。


 急速に強くなりたいならあそこに行くべきだ。

 巨大魔石も十五個残ってるし、硬化症の事もある。


 そうは思うもの、物凄く恐い。

 一発外したら死が待っている世界だ。


 だが、短期間で評価を大量に稼ぐには急成長が必須だ。

 先生が言っていた通り、四十階層へ行けるくらいの。


 冒険するべきか地道に行くべきか。


 深く悩み続けた結果、ここで行かなくても残り一年以上あるのだから恐らくどこかで行くことになるという結論が出た。

 リアーナさんの話だと戦争は一年以内に再開される可能性が高いらしいし。


 それで心配になってユリの所行きたくなって卒業したくなって穴の中へ。

 絶対そのパターンになる。

 だったらそこまで焦ってない今行く方がマシ、と行くことに決めた。


 そうしてやってきました行き止まりにある大穴。

 取り合えず着地地点に居るのかを調べなければと、望遠鏡を作り出して下を覗くと、おかしなモノが見えた。


 はぁ? 何だあれ……


 まるでバラの型を模した和菓子を部屋の大きさまで巨大化させたかの様なものが見える。

 

 ちょっと待て。置いてきた魔石も見当たらないんだが。


 と、隅から隅までゆっくり観察していけば一つだけ魔石が見えた。

 中心に。


 いやうん。わかってはいたけど、魔物だよな。

 

 ここから狙ってみるか?

 降りるならあれを倒してからじゃないと無理だし。


 そう考えている間に猿が入ってきて、警戒もなくその魔物に噛り付こうとしたが、その瞬間、床が半分に折れて猿の魔物は飲み込まれた。

 花の魔物は蕾状態で暫く咀嚼して居たが、急に動きを止め端の部分が凍りついた。


 あれは知っている。

 忘れるものかと睨みつけながらも猿が吐き出す白い息を思い出して身震いする。


 その後氷を砕きながら這い出てきた猿だが酷い満身創痍。

 毒があるのか顔が変色し足も腕も溶け落ちそうなほどダメージを負っていた。


 だが、猿は逃げるどころかその場で花の様な魔物に齧り付く。

 すると溶け落ちそうだった猿の手足が瞬時に元通りに戻った。


「はっ? どういうこと? レベルアップすると全回復するとか?」


 何ておかしな事を口に出したが即座に否定する。

 先ずまだ倒していないし、そんな話は聞いた事がない。

 可能性として高いのはあの魔物の体は強い回復効果を持った素材だという事。

 色々検証が必要だが、あそこまで高い回復効果を持つのならば是非とも欲しい。

 あれなら部位欠損も瞬時に直るレベルだ。


 地味に問題なのは学校への提出だが、食用で売り払わないのであれば寮内への持ち帰りは自由だ。

 ダンジョンで使う物も大丈夫だった筈。

 冷凍庫で卒業まで保存しておく事も出来るだろう。


 そんな事を考えている間に事態が動いた。


 魔物は再び大きく花弁を広げ、赤紫色に発光し始めた。

 その光はどんどん強くなるが猿は未だに花びらに齧りついている。


 部屋一杯に光が満ちた瞬間、光は地面へと吸収されて見たこともない魔法陣を浮かび上がらせた。

 初めて見る魔法陣に高揚し瞬時に模倣を試みるが、模倣仕切る前に発動してしまう。


 惜しい。あと少しで、そう思う間も無く光に驚き転がる。

 穴の周辺に準備して置いた魔装が光に当たった面が綺麗に刳り抜かれていた。


「こりゃ近くに居たら絶対死ぬわ」


 そんな感想を漏らしながらも天井がくり貫かれている理由を今更ながらに理解した。

 再び下がどうなったのかを確認すれば猿は欠片も存在しておらず、所々ダメージを負った花の魔物だけが残っていた。


 そこで俺は理解する。

 こいつら、勝手に戦って勝手に死ぬから巨大魔石があれほど落ちてたんだ、と。


 しかし、そう考えると思いつく事もある。

 落ちていた数を考えれば取りに行った奴も存在しそうだなと。


 鉄板で立ち入り禁止にされていたのだから穴の存在が知られている事はわかっていたが、実際に底まで降りた奴が居るとは思ってなかった。

 あの猿と銃無しで戦える奴が居るという事は戦争への参加は更に警戒度を上げないとだな。


 それはそうともう一匹猿が来てくれないかな。

 あの魔法陣をもう一度見たい。

 そんな思いで小銃で狙いを定め通路に打ち込み音を立てた。


 案の定音を頼りに猿が訪れた。

 今度は三匹だ。

 緑の触手に捕まれ触れた場所が変色していくが、猿は花弁を食べ続ける事で生存し続ける。

 飲み込まれず氷の息も吐かずだったが、暫く待てばまた赤い発光が始まり、魔法陣が描かれていく。

 直ぐに模倣を始め同じく魔法陣を作り上げていく。

 今回は最初から魔法陣のコピーに集中した為、最後まで作り上げられた。


 前回同様、強い光が立ち昇る。変わらずヤバそうな威力だ。

 まあ猿が消し炭になる時点で異常だけども。


 再び下を覗くと満身創痍な花の魔物が見える。


 やはり自分自身は回復していない。このまま続けば猿にやられるだろう。

 それは経験値が勿体無い。


 恐らくあれはボス。


 本来は最下層に一体沸く筈なんだが、魔石の大きさからして通常の魔物とは思えない。

 いや、ボスかどうかは置いておいて魔石の大きさがあれな以上、経験値がヤバいのは間違いない。 


「倒せるかどうかは別としても試さなきゃな」


 どんな攻撃を持っているかもわからない。

 だが、流石にこれだけ距離があれば大丈夫だろうと頬は緩んだ。

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