第29話 決闘受諾



「待ってくれ! リアーナさんが負い目を感じる必要はねぇよ?」

「ルイさん、お嬢様は言外に貴方を助けたいとおっしゃっているのよ」


 ……いや、リアーナさん貴方にジト目向けてますよ?


「コホン。まあ、どちらでもいいわ。

 私は貴方が望むならば手を貸すと決めたの。後は貴方次第」

「ええと……先にプランを聞いてもいいかな?」


 彼女は「それもそうね」と言って顎に手を当てて考え始めた。

 そして三つのプランを並べる。


 一つ、ランドール家の手付きになって後ろ盾としこのまま此処に通う。

 二つ、ランドール領の学校に秘密裏に転入してそちらでハンターになる。

 三つ、リアーナ立会いの元、神聖決闘を正式に受けて決着をつける。


「あー、三が一番良いんだが、その後は平気なのか?」

「……そんな軽い気持ちならやめた方がいいわ。

 神聖決闘は端的に言うとただの殺し合いよ」

「いや、それはいいんだが後々家が出てきたりはしないのか……?」


 うん。殺し合いでいいなら都合がいい。

 あそこまでの事をされて人の命がとか言うほどお人よしじゃない。

 俺に対する申し訳なさから泣いて謝るならボコボコにする程度でもいいが、あれに限ってはそれはないので決闘になれば普通に殺すだろう。


 俺が心配なのは親が息子殺されたと乗り出して来るんじゃないかって事だ。


「絶対に出てこないとは言えないけど、少なくとも表立っては手を出せないわ。

 神聖決闘は禍根を残さない誓いを神に立てて行う決闘なの。

 もしその決闘を穢す真似をしたら教会がリストル家に異端審問を掛けるわ」


 うはっ、出た教会。こわっ!

 この世界の教会は武闘派だからなぁ。

 しかしそういう事ならやっちまうか?

 出来るならこの学校を卒業したいし。


「じゃあ、その線でお願いしていいか?」

「ええ、勿論よ。唾棄すべき貴族が消えるのは私にとっても都合が良いしね。

 ただ、本当に大丈夫なの? あれは腐っても学年三位よ?」

「ああ。前回もあいつには勝ってたしな。

 吹き飛ばされたのも上級生四人が一斉に魔法を撃ってきた所為だし」


 まあ後ろに地面があればそいつらにも勝ってた自信はある。

 あぁ、いやどうだろ。

 落ちる間ずっと治療してた訳だし回復が間に合わないか?

 うーん。

 魔法の撃ち合いは痛みわけだったしファイアーストームで何人が戦闘不能に陥っていたかに寄るな。

 回復しながらでも魔法は撃てるし。


「ふーん。貴方、それだけ強いのに何で弱い振りしていたの?」

「いや、振りはしてねぇよ。ユリのお陰でめちゃくちゃ急成長しただけ」


 そう言っても余り信じていなそうなのでここまでの事をリアーナさんに説明した。

 入学時は強化魔法さえも使えなかった事。

 ユリに全てを教えて貰い、魔装を教え返した事。

 

「だから俺にとってユリは大恩人であり尊敬できる師匠でもある訳だ」

「なるほど。それで素の身体能力が低かったのですね」

「ふーん。その要素を入れても信じ難いのだけれど一応は納得したわ」


 ユキナさんは納得してくれたみたいだけど、リアーナさんは今一信じられていない様子。


「まあ、どっちにしても一対一なら勝つ自信があるからそっちの心配はいらないぞ。

 強いて言うならリストルがその神聖決闘ってやつを受けるかどうかだな」


「俺のパンチ食らって立てなくなってたし」と付け加えれば彼女は「そこは大丈夫」と自信を持って頷いた。


「一度自分から決闘を申し込むと言った以上相手が受けると言えばやるしかないわ。 

 余りに時間が経過していたり、人が居ない場所で言っていたなら話は別だけどね」


 でもあいつが言ってた大会に出る条件とかもう関係なくなっちゃってるけど?


 何て思ったが、決闘とは本来言う事を聞かせる為とかそれほど軽いものではないらしい。

 今更条件がどうのと終わりにすることは出来ないのだそうだ。

 だから決闘など申し込む馬鹿な輩は早々居ないらしい。


「そっか。じゃあ、見返りも出せずに申し訳ないけどお願いしていいかな?」


 そう問いかければ、彼女は「任せなさい」と微笑んだ。 


 何か少しでもお返しできれば良いんだけど……

 あっ、あれがあるじゃん。


「ユキナさん、少し台所借りていいかな?

 せめてものお返ししたいから」

「あら、貴方そんなに料理得意なの?

 ユキナも得意だから寮生活でもいいもの食べてるわよ、私たち」

「ふっふっふ、料理の腕は落ちるだろうが食材の取って置きがあるのさ」


 ちょっと待っててと女子寮を飛び出して恐竜の肉を二キロほど持って戻ってきた。

 そして慣れた料理に取り掛かる。

 そしてレアで焼いてナオミから教わったのタレを掛けて差し出した。


「はい、お待ち!

 残った一キロは冷凍庫入れて置いたからよかったら後で食ってくれ」


 俺は自信満々に二人の前に恐竜の肉を差し出した。

 そして口を付けた二人は、揃って動きを止めた。

 強すぎる旨みに口の中が犯されるのに堪えて居るのだろう。


 わかるぞぉ。

 よぉくわかる。


 うんうんと頷いて彼女たちが落ち着くのを待つ。


「こ、これは何の肉なの?」

「名前はわからんが、落ちた先でゲットした肉だ。

 六日も彷徨ったが、それのお陰で欝に成らずに済んだまであるな」

「これ程上質な肉を私は知りません。一体なんの魔物でしょうか……」


 名前が分からないと知ると、二人は細かく切って一口、また一口と口に放り込み続けて三百グラムの肉がなくなるまで無言で食べ続けた。 

 そして食べ終わった後、じっとこちらを見上げる。


「いや、だからまだ一キロ以上あるから、食べたいならユキナさんが焼けば?」

「貴方はいいの……って毎日食べ続けていたのよね。ユキナ?」

「はいっ、調理して参ります!」


 彼女はさっと立ち上がり台所へと姿を消した。


「じゃあ、もう遅いし俺はこれで戻るな」

「ええ。では明日」

「おう。悪いけど宜しくな」


 片手を上げて「じゃ」と踵を返し男子寮へと戻ったのはいいが、ユリの話を聞く前に戻ってきてしまった。


「ヤバい、どちらかと言えばそっちの方が本題なのに……」


 肉の所為だ。

 あれの所為で途中から肉以外の話題を出せる空気じゃなかった。


 まあ、明日聞けばいいか。

 どちらにしても今日何か行動できる事がある訳でも無し。


 そうして布団に入れば、帰ってきた事を再び実感して心地よい眠りに着いた。





「き、貴様ぁ! 何故ここに居るっ!!」


 朝、教室にていつもの席に着けば教室に入ってきたリストルが声を張り上げた。


「ここの学生だからだ。なんだ? 居ちゃ拙いのか?」

「当たり前だ! 下民が! さっさと在るべき場所へと帰れ!」


 ははは、焦ってる焦ってる。

 アホだ。テンパって意味不明なこと言ってる。

 多分、自分が何言ってるかもわかってないぞこれ。


「その在るべき場所ってどこだよ。

 ああ、そうだ。お前俺に神聖決闘申し込んでいたよな。

 それ、受けてやるよ。今日の放課後でいいか?」

「……ほう。いいだろう。今度こそ在るべき場所へと送ってやる!」


 はっ?

 普通に受けたぞこいつ。

 マジか……

 まさか、僕本気じゃなかったから勝てるもんとか考えてないよな?

 まあいいや。

 これでリアーナの言った通り後腐れない殺し合いができそうだ。


「その神聖決闘、このリアーナ・ランドールが見届け人を引き受けて差し上げますわ。ルイさん、そうなると逃げられなくなるけど本当にいいのかしら?」

「あっ、勿論です。お願いします」

「なにっ!? そんな事は頼んでいないぞ、リアーナ嬢!」

「あら、神聖決闘の立会人は申し込まれた方が優先的に相手を立てられるのよ。

 リストルさんはその程度の事もご存知ないの?」


 リアーナさんのその言葉にリストルは顔を赤くして黙り込んだ。

 その顔には彼女への怒りだけでなく焦りも見える。


 ああ、わかった。


 呼び出して集団リンチで殺すつもりだったんだな。

 前回それで勝てたから今回も勝てると思っての事だろう。

 それを彼女に潰されたから焦ってやがんだな。


「皆さんもお聞きになられましたわね?

 放課後にルイさんとリストルさんの神聖決闘を執り行います。

 神聖決闘は人目をはばからず開かれたものとされています。

 宜しければ見に来て下さいませ」


 そう言って彼女はスカートを広げ一礼すると俺の隣の席に腰を下ろした。

 いつの間にか居たユキナさんもその隣に座る。


「これで彼は完全に逃げられません。

 もし逃げたら実家に居場所が無くなるほど恥となりますから」


 貴族社会ではそれほどに神聖決闘を重く見ていますので、とユキナさんがニヤリと口端を上げる。


「貴方の言通り勝つ前提で話を進めたけど本当に大丈夫なのよね?」

「ああ。大丈夫。仮に上級生連れてきて八対一になっても殺して良いなら簡単だ」


 まあ、今回は観客居るらしいし銃使うつもりないけど。


「そんな事より、ユリの話を聞かせて欲しいんだが……」

「そんな事って貴方ねぇ。自分の命がかかってるのよ?」

「自信はあるからな。それでユリは何で実家に帰ったんだ?」


 リアーナさんは呆れた視線を向けていたが、息を吐くと一昨日までのユリの様子を教えてくれた。

 居なくなった日から次の日の朝までダンジョンを探し回り、そのまま登校するとリストルを問い詰め思わせぶりに『探しても無駄ですよ。あの下民はもうとっくに死んでいるのですから』とにやけ面であいつが言った瞬間ユリがキレたそうだ。

 泣き叫びながらボコボコにして問い詰めたが彼は白を切り続け先生に止められた。

 その次の日、戦争が一段落したそうで実家からの迎えが来たそうだ。

 そして彼女は意気消沈したままに家の人に連れられていったのだとか。


「おお! 戦争が終わったのか!?」

「いいえ。一度追い返すことに成功しただけみたい。

 停戦要請も終戦要請もなかったそうよ。

 遅くとも一年もしない内にまた始まると言われているわ」


 そっか。

 どうにかして生きている事くらいは伝えてやりたいけど…… 


「手紙出せばユリまで届くかな?」

「それは無理でしょうね。彼女が貴方の名前を家に伝えていれば別ですけど……

 家名がないと民からの請願とかに紛れるから一々上までは通さないのよ」


 運が良ければ話が行く可能性があるが、読んだ人間が上の方の人でその者を知っているかを尋ねたりでもしない限りは渡らずに破棄されるだろうとのこと。

 何が何でも話を通そうと身内の知人に成りすます輩は稀に居るらしく警戒されているのだそうだ。

 だから基本的に通されるのは家名の確かな蝋印の押されたものに限られると言う。


「どうしても伝えたいなら実際に行く方がいいわ。

 流石に学友だと証明ができれば会えなくても話くらいは通して貰えるから」


 行くって言ってもなぁ。

 移動する為の金がない。

 今は兎に角頑張ってここを卒業する他ないのかね?


 はぁぁ。そりゃいくらなんでも長すぎるだろ……

 生きてるなら早く言えって怒られるだろうなぁ。


「……いい機会じゃない。どちらにしても身分的に厳しかったのだから」


 いや、そんな事はわかっているけどさ。

 それでも死んだ扱いのままってのは嫌じゃん……


 そうして話している間に授業は終わり、何故かオーウェン先生に呼び止められた。

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