第28話 油断の代償



 恐竜の階層を降りて猿の居る階層まで戻ってきた。

 悩んだのが馬鹿らしいくらい直ぐだった。


 この階層は頭で一発だから雑魚だ。

 さっさと殲滅して進もうと階段を降りて早々に二匹撃ち殺し、通路を先まで見渡せる場所で寝転んだ。

 押し寄せる猿をガンガン撃ち殺していくが、物凄い勢いで巨大魔石も減っていく。

 恐竜は数が少ないから良かったが猿は数が多い。

 流石に勿体無いという気持ちに駆られ、やり方を切り替えた。


 最初のやり方に戻し再開し、今回は安全だと分かっているので部屋を真っ直ぐ進んで分岐があろうと構わず高台を作り音を鳴らして呼び寄せた。

 一つ目の部屋の通路は三つ。

 だが一つは直ぐ近くに部屋があってそこで行き止まりだというのはわかっている。

 そこからは音がしないので敵が来る道は一本だけ。

 これは楽だと音を鳴らして呼び寄せ殲滅して移動する。


 次の部屋は通路が四つ伸びている。

 一つは来た道。

 もう一つは直ぐに行き止まりになるので実際に魔物が来るのは二つの通路。


 その程度なら無理はないだろうと寄ってくる猿を撃ち殺していくが、入ってくる魔物が三匹同時に重なり一匹を撃ち漏らした。


 部屋に入った猿はこちらに視線を向けて敵意を向ける。

 どうやら全身を隠していても気付かれている様子。

 当然か。目の前で発砲しているのだから。


 飛び上がる前に即殺しようと銃で頭部を打ちぬく僅かな間に、猿の口から白い息が吐き出されていた。

 頭部を打ちぬかれた事により中断されてすぐに倒れたが、知らない攻撃に背筋がゾッとして壁を二重にして白い息を防いだ。

 銃の隙間にある僅かな遊びも完全密封したので中まで入ってくることはなかった。


「あぶねぇ。遅い攻撃でよかったぁ……」


 口にした瞬間、パキパキと音とともに痛みを感じ下を見れば足が凍りついた。


 はっ?

 喰らってないだろ!?


 そう思いながらも見回せば胸の辺りまで防壁が真っ白に凍りついていた。


 二重にしてあるのに何でだよ!?


 そんな困惑に陥るがさっきの猿が最後ではない。

 まだ後一匹来る音がすると凍りついた足を無視してそいつに狙いを定める。

 幸い氷だからか痛みは少ない。

 これならば撃ち殺した後対処すれば大丈夫。

 そう自分に言い聞かせ、最後の一匹を撃ち殺す。


 バッーンと音を打ち鳴らし慣れた衝撃に足を踏ん張る。


 よし、倒した。

 これで足を暖めてとかせば、回復魔法で完治だ。


 そう思った瞬間、俺は尻餅を付いていた。

 下も凍りついているので尻が痛い。

 突いた手も凍りつきそうなほどだ。


 足の方も早く溶かさなければと目を向ければ、眼を疑う光景が広がっていた。


 膝から先が付いていなかった。

 俺の……足が……


「~~~~っ!?!?」


 何も考えが纏まらず声にならない声が漏れる。

 立っていた場所へとゆっくりと目を向ければ凍ったままの足がそこに残っていた。


「うぁ……うぁ……うぁぁぁぁぁっ!!!」


 余りの恐怖に足をばたつかせ後ずされば、下に叩きつけられた片足の脹脛の部分が欠けた。


「ふっ、ふっ、ふざけんなよっ!!!」


 急いで手に持ってくっ付けると予想外にもぴったりと引っ付いた。


 そこで思い浮かぶ。

 綺麗にくっ付けて回復魔法を掛ければくっ付くんじゃないか、と。


 この推測は割りと自信がある。

 前世でも氷付けにして保存して縫合手術でくっつけるって手法があったはずだ。

 それでも脂汗は止まらないが、震える体を何とか動かす事はできた。

 捕まる場所を作り出し腕のみの力で体を持ち上げて、ゆっくりと足をくっ付ける。


 そして腕の力のみで体を支え続け回復魔法陣を組んで起動させ、回復しながら極小のファイアーストームの魔方陣で凍った足をあぶり続ければ、思いの他氷は直ぐに溶け落ちた。

 回復速度はそれほど速くないので血は流れてしまうが、幸い今の所はまだ痛みが麻痺している。今はとにかく治療をと魔法を掛け続けた。


 暫く回復魔法を掛け続ければ外見上は完治したように見える程にはなったので足の指を動かしてみる。


 握って閉じて。


 よし!

 動いた!!

 動いたぞっ!!!


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 未だ嫌な汗が止まらないが、少し心が落ち着いた。

 次は足首だとゆっくりと動かすが問題はなさそうだ。


 治ったのか……?


 ゆっくりと体重を掛けていくが特に違和感は感じない。

 歩いてみるがそれでも問題ない。


「よかった……ちゃんと付いてる……」


 しゃがみこんで足を握り締めると涙がこぼれた。


「うっ……うっ……ううっ……うっ……」


 暫く声を殺して泣き続けその涙が収まり始めた頃、自分の馬鹿さ加減にふつふつと怒りが沸いてくる。


 なんて馬鹿なんだ俺は!


 この上の階層の魔物が部屋を埋め尽くす炎を吐いたというのにここの魔物がただの雑魚な筈ないだろうが……


 銃のお陰で倒せるからと調子に乗りすぎていた。

 ここからは消費を無視して遠距離で撃ち殺そう。


 もう節約なんてやっていられるかと寄ってくるのを全て遠距離で撃ち込んでいけば更に厄介なことを知る。

 白い毛が生えた部分には効かなかったのだ。

 毛の生えてない顔面と極端に薄くなっている頭部、それと魔石以外では倒せないという事実を今更ながらに知った。

 幸運にも、最初から弱点を突けていたらしい。

 まあ、頭部というのは真っ先に狙う場所ではあるが。


 そんなこんなで更に思い改めた俺は狙撃地点の確保から慎重に考えて行い、消費を無視して迅速に討伐していった。


 そうして最初に落ちてきた場所に辿り着いた時には巨大魔石は十五個になっていた。

 物凄い勢いで減ったが、後悔はない。

 ただ、残りの十五個を魔力霧散させてまで吸収するのは躊躇われた。

 とはいえ学校まで持って行っても見つかった時厄介だ。


 なら無理に持っていく事もないか。


 俺の強さがまだまだ足りない事は痛いほど思い知った。

 もうここには来たくないが、どうしても来なきゃいけない理由が二つある。


 一つ目は魔力硬化症。


 器を超える魔力を吸収した者は体内の魔力が固まり、死に至る病気。

 その器の成長には魔物の討伐が不可欠な上、現在の量も測定も出来ない。


 これは母さんが掛った病気。

 巨大魔石の魔力回復量を見るにこのまま討伐を止めれば俺も発症するだろう。

 割と発症まで時間があるから討伐さえ止めなければ大丈夫だとは思うが、下手をするとこの階層レベルじゃないと器の成長が追いつかないかもしれない。


 二つ目は当然、戦争の事だ。


 こんな雑魚のまま戦場になんて立ったら絶対に死ぬ。

 さっきみたいな思いはごめんなんだが、此処に来ないと決めても死ぬ確立は高い。


 その死は俺だけの話じゃない。ユリの命も掛かっている。


 うん、もう四十個以上吸収してるんだ。

 十五個でそこまで飛躍的に魔力が伸びる訳でもない。

 硬化症の事もある。

 一先ずここに置いて行こう。

 持って行くのは恐竜肉と猿の毛皮だけでいい。


 それでも本当はもう絶対に来たくないという思いから後ろ髪を引かれるが、魔石は保険として取っておくべきだと言い聞かせて背中から蜘蛛の足を参考にした棒を伸ばし、両側の壁に突き刺す。

 ゆっくりと体を持ち上げていけば、此処でも問題なく持ち上げることができた。

 やはり両側から突き刺して登っていけば行けそうだ。


 よし! この階層でもちゃんと上っていける!

 これならマジで帰れる!

 だが、焦っても良いことはない。

 慎重にだ。慎重に。

 安全に登っていこう。


 ガツガツと十の足を虫の様に動かし、突き刺しては体を持ち上げていく。


 安全に登っても割りといいペースで上がれている。

 このままだこのまま。


 おし! いける!

 一切滑りそうな感覚が無い!

 帰れる。帰れるんだ!


 歓喜から涙が零れそうになりながらも長い事上がり続ければ漸く俺が落ちた場所へと辿り着いた。

 かなり時間は掛かったが、俺は帰ってきた。

 生還したぞと拳を握る。


 いや、ここはまだダンジョンだ。

 今は一刻も早くここを出るんだ!


 そう考えた時にはもう既に走り出していた。

 出会う魔物は即殺して魔石も無視して走り去る。


 全力で走り続ければ直ぐに外の明かりが見えた。

 幸いまだ日も出ていて門も開いている。


 一刻も早く自室に戻りたい気持ちに駆られるが、素材を持っている以上見せに行かなければならない。

 解体場に入り手隙の男に肉と毛皮を見せ、肉は食用、毛皮は座布団として使うからと言って記録だけして貰った。


 急いで寮へと戻り自分の部屋に戻ると安堵から脱力し床に座り込んだ。


 暫くして持ち帰った恐竜の肉を冷蔵庫に入れ、猿の毛皮を床に置き、そわそわしてしまいながらもとりあえずと風呂へと入った。

 久しぶりの風呂でゆっくりしたいところだがそうもいかないとさっと上がり再び部屋を出る。


 そして一先ずはとアキトの部屋を訪ねた。 


「おい、アキト! 居るか?」

「えっ、その声はもしかしてルイかいっ!?」


 バンと勢いよく扉が開かれ、大きな音がなる。


「ええと、状況が分かるまで注目はされたくないんだ。

 一先ず入れて貰っていいか?」

「ああ、勿論。無事でよかったよ」


 さて、あれから俺の事はどう伝わって居るのやら……

 ファイアーストームに巻き込まれた奴はよくて大怪我、死んでいてもおかしくない。

 だがリストルが殺しがバレるリスクを受け入れてまで俺の事を話すとも考え難い。


 てかその前にアキトがそこら辺の事情知っていればいいんだけど。

 そう思いつつも、彼に問いかける。


「俺リストルに殺されかけたんだけど、学校にはどう伝わってるかわかるか?」

「や、やっぱりあの時のが尾を引いたんだ……ルイもついてないね。

 学校ではルイはダンジョンで死んだ扱いになってるよ。彼は関係なくね」


 そう言ってアキトが話してくれた内容を聞けば、失踪した日にダンジョンから戻ってない事が門でいつもやっている木札により判明し、捜索隊が出された。

 だが限界階層まで捜索しても見つからず捜索は打ち止めになり、死んだとされたそうだ。


「そうなってからユリちゃんがすごく荒れてね。

 リストルをボコボコにして大会を辞退して実家に帰っちゃったんだ」


 アキトはそこから推察してもしかしたらリストルが関わっているのかもと思って居たらしい。


「はぁっ!? ユリが実家に帰った!?

 いやいや、まだたった七日だぞ?」

「うん。一昨日ね。五日間くらい学校は常に修羅場だったよ」


 マジかよ……ってこの場合、俺これからどうしたらいいの?

 リストルのやつが居る以上、このまま学校に居るのは危険か?


「うーん、そこら辺は平民の僕にはわからないよ。

 そう言えばルイはランドールさんとも仲良くなかったっけ?」


 それなら彼女に聞いた方が早いとアキトは助言してくれた。


「リアーナさんは今大会出てるんじゃないの?」

「あぁ、うん。惜しかったけど予選決勝で負けたからもう大会は終わってるよ」


 あそっか。ユリが出なかったから……

 そういう事ならちょっと女子寮行って聞いてみるか。

 あそこならリストルに会う危険はないし。


「わかった。色々教えてくれてありがとな」

「えっ、あ、うん。その……助けてあげられないけど気をつけてね」


 申し訳なさそうに言うアキトにもう一度お礼を言ってその場を後にした。

 その足で女子寮に行き、寮母さんに俺がリアーナさんと話したいと言っていると伝えて貰えば、彼女は直ぐに出てきてくれた。


「ルイさん! 貴方、生きていたの!?」

「おう。リストルの所為で何度も死に掛けたけど」

「――っ!? ここで話す話じゃないわね。仕方ない。部屋に行くわよ」


 案内されるままに付いて行けば、彼女は部屋の前で足を止めノックする。

 ドアが開くと同時に中に入り俺は外に取り残されたが、直ぐに腕を引かれて中に入れられる。


「ル、ルイさん!?」

「いきなり悪いわね。きな臭い話になりそうだったから少し部屋を貸して頂戴」

「なるほど。お嬢様の部屋に入れる訳には参りませんね。畏まりました」


 やはり部屋の主はユキナさんだった。

 テーブルに案内され、紅茶を出されると直ぐに話が始まる。


「それで、何があったの?」

「ああ、それがな――――――――」


 俺はあの時を思い出し苛立ちを露にしたままに、リアーナさんに全てを説明した。

 と言っても落ちた後の事は下の階層に落とされて彷徨った末、登る方法を見つけて帰還したとしか伝えていない。

 巨大魔石の事とかを言ったら逆に信じて貰えないだろう。

 落ちた場所に偶々人の頭ほどの魔石が落ちてて、秘密兵器使って握り拳くらい大きな魔石を持つ魔物を倒しまくったなんて普通は信じられない。

 ユリでも疑うだろうと思えるほどにありえない話だ。


 そうして語り終えるとリアーナさんは深く溜息を吐いた。


「あいつ、本当にクズね」

「ええ。救いようがありません」


 今の様子を見るに何も知らなかった様だ。

 大会で近くに居たはずの彼女たちが知らないという事は学校には伝わっていないのか。


「それでさ……俺、逃げた方がいいのかな?」


 業腹だがよく考えてみると貴族と面と向かってやりあうのはリスクが高すぎる。

 正直殺したいほど恨んでいるが、死ぬと分かっていて特攻しても意味はない。


「そうね。大会を薦めてしまった私にも負い目があるし……

 いいわ。今回は手を貸してあげる」


 彼女は縦ロールの髪を弄りながらそう言って微笑んだ。

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