第27話 そんなに甘い話はなかった



 目覚めれば、俺はゴーレムの下敷きになっていた。

 何が起こったのかを思い出す。


 俺はあの時確かにゴーレムの魔石を砕いた筈。

 その後の記憶がない。


 だが、この状態を見れば一目瞭然だった。

 飛ぶような速度で飛んできたゴーレムがそのまま激突したのだろう。


 左腕の感覚がない。

 

 破壊された壁の瓦礫に倒れ伏すゴーレムを流し見てから起き上がろうとしたが、激痛が襲い掛かり叫び声を上げた。

 左腕が変な方向へと曲がっていて、胸が腫れて変色している。

 涙目になりながらも回復魔法を掛け治療を続ければ、ゆっくりと曲がった腕が元に戻っていく。

 完全に治り一切痛まなくなって漸く少し落ち着きを取り戻した。


 魔法って本当に凄いな。

 ユリ……お前のお陰で俺はまた生き延びたよ。


 涙と汗を拭いながら周囲を見渡せば、荷車や銃が消えていた。

 荷物が乱雑に転がっている。

 完全に意識を失った所為で霧散したのだろう。


「マジか……」


 この代償は大きい。

 魔装で作り上げた物全てが消えてしまった。

 鎧、荷車、超大型銃の損失。

 これだけで二日分以上の魔力を無駄にしてしまったのだ。


「ボーナスタイムどころかロシアンルーレットだったわ」


 巨大魔石を吸収して銃と荷車を作り直し、荷物を積みなおしながらこの階層の恐ろしさをかみ締めた。

 失敗はただ一つ、魔力はあるのに通常の魔装しか纏って居なかった事に尽きる。

 関節は仕方ないにしてもその他を厚くして纏っていれば多分意識も落ちてないしダメージをここまでは負って居なかっただろう。

 それで意識が落ちる程ならもう死んでいただろうしな。


 それはそうと、どうしよう。

 進むか戻るか。

 死角に二匹居るだけで確実に死ぬ。

 いや、今回は運がよかっただけで一匹でも十分死ねる。

 それほどの動きだった。


 ここに落とされてから接近されて襲い掛かられたのは二度目だが、恐竜の時は階段から顔を覗かせ火を吹いたので動いていない。


 あのゴーレム、強化全開でも一切対応できそうになかったな。

 それにただ踏み出して移動してきたのにぶつかっただけであれだ。

 魔石を砕けず拳を振り抜かれていたら間違いなく即死だ。

 わかっていたが改めて恐ろしさを実感し背筋が凍る。


 出会い頭に撃って体勢崩したはずなのに、もう一度トリガーを引く瞬間にはもう既に攻撃に入ってた。

 あの身体能力なら上に足場を作っても一瞬で上がって来られる。


 今まで部屋の中には三から六体ほど居た。

 死角に二体も十分有り得る。

 その前に一体でも十二分に危険だ……

 でも戻った所で後二日三日で次が沸く。


 どちらにしても凶悪過ぎる魔物に囲まれた状態なことにゾクリと背筋が凍り体が震える。


 このまま進むしかないのか?


 はぁ……空元気すらできなくなってきたな。

 こんな自問自答ばっかりでいい加減嫌になる。


 滲む涙を堪えながらも魔装の防具を厚めに作り、再び歩を進める。


 そうして進んでみれば、一匹たりとも知覚範囲内の死角で待ち受けてはいなかった。


 精神疲労は溜まったが階段も発見できたことに安堵し一先ず腰を落ち着ける。

 この階層は動かなければ安全だ。休むのは此処がベスト。

 そう結論付けて肉を焼き腹を満たして睡眠を取った。




 目が覚めて登り階段を見詰める。


「これで三日目か。普通なら間違いなく死んでるよな。

 てかこの先に進んでも普通なら死ぬ場所だ。あぁ……鬱になりそう」


 起き上がり体を解す。

 ベットのお陰か体調は悪くない。悪いのは気分だけだ。

 アドレナリンが出まくっていた初日は考える暇もなかったが、二日目、三日目と段々とマイナス方向にばかり考えるようになってきている。


 早くユリを見て癒されたいと再び動き出し階段を登ろうとするが、足を止めた。


「上に居るな」


 カツカツカツカツと今までとは一風変わった音が聞こえてくる。

 結構近い所から聞こえる音だ。部屋か直ぐ近くの通路にはいるだろう距離。


 動く魔物と考えると安心できる距離ではない。


 幸い、一匹だと思われる。場所が把握できるので先制は取れるだろう。

 音の方へと銃を向け、警戒を露にしながらもゆっくり階段を登る。


 後五つ階段を登れば上の階層へと辿り着く、という所で魔物が見えた。


「蜘蛛かよ……最悪だ。これはマジで最悪だ」


 至る所に糸が張り巡らされていて、一匹の筈が二匹居た。

 どうやら糸の上を歩いていて音がしなかっただけ様だ。


 もう一匹には気が付かれている。

 撃つしかないと敵意を向ける一匹へと最初に銃弾を撃ち出せば、弾は難なく貫通し部屋の壁へと突き刺さる。

 それと同時に床にボトリと蜘蛛は落下した。


 頭がはじけ飛んだ事に安堵して、次だと目を向ければ二匹目が目の前に居た。


 くそっ、あれだけ遠くに居たのに……


 銃口を向け、合わせたと同時に糸を吐かれた。

 避けられないが糸なら撃ち殺せれば大丈夫だと糸を無視して銃を撃つ。


 至近距離からの直撃に気持ち悪い顔が爆散した。


 硬直したまま「た、助かった」と声を漏らすが、糸を巻かれた箇所が地面に張り付いて動かせない。

 強化最大で力を入れても粘着が強すぎて剥がせない。

 関節まで固定されていて上手く力が入らず、完全にその場に固定されてしまった。


「これ、どうやって取ればいいんだ?」


 あ、地肌に付いてないんだから脱げばいいだけか。

 と糸の付いた魔装に触れないように脱いで一度魔力に戻し再び装着した。

 

「こういう時の定番はやっぱり火だよな?」


 と落ちた蜘蛛の糸をファイアーウォールで炙ってみれば割と簡単に焼け落ちた。

 なるほど。これならば一応焼き払いながら進めば探索は出来るな。


 ただ、壁から天井まで何処に居るかが把握できない魔物はかなり厄介だ。

 それにどうやら糸の上を歩く音は聞き取れないほどに小さいらしい。

 あと蜘蛛の糸が多すぎて焼き払うのにもかなり魔力を使いそう。


 つーか俺、虫苦手なんだよなぁ……


 まあゲンナリしてても意味はない。

 幸い、スピードはゴーレムと比べればかなり遅い。

 あれは動き出したら目視で追えないもの。


 と言ってもギリギリ目で追えるってだけで全力強化した俺とでも比べるのが馬鹿らしい程に段違いで速いんだけど。

 それでも死角に居るゴーレムよりは楽だ。


 そう、楽だからきっと大丈夫と不安定になってきた心を落ち着ける。


 一先ず弾と魔石回収しなきゃと階層を上がり、火の魔法で巣を焼き払い回収を終わらせる。


 どうやらここも音で寄ってくる感じではなさそうだ。

 所々で音は聞こえるがこっちに向かっている感じではない。


 ならばこちらから行くしかないと警戒しながら歩を進めると次の部屋は中が見えないほど蜘蛛の糸で雁字搦めになっていた。

 仕方ないと足を止めてふんだんに魔力を込めたファイアーボールをギリギリまで離れて打ち込む。


 着弾と同時に燃え上がり、派手に火の手を上げて糸が焼け落ちていくと、蜘蛛が一匹だけこちらに向かって走ってきた。

 まだかなり距離がある。

 さっきは威力過多だった様に見えた。

 まだ距離があるのでサイズダウンした銃を作り出し、頭を狙って撃つ。


「あ、大丈夫そう」


 すぐに後続が十匹以上わらわらと出てきて少し焦ったが、最初の一匹がひっくり返って動かなくなったのを確認してタンタンタンとテンポ良く打ち出す。


 撃ち終わると全て動かなくなったが、一応刀で切りつけて生存確認を入れる。

 思いっきり切り付けているのだが真っ二つにするのは無理そうだ。

 仕方ないと大きなハサミを作り首を落としていく。

 それすらも強化を使わないと切れなかった。


 それほどに銃の威力が強いという事か……

 そう結論付けて先へ進む。


 そこからは早かった。

 火で先制攻撃を入れれば怒って飛び出してくるのでそれを撃ち殺すだけ。

 魔力消費は少なくはないが、恐竜よりは大分マシだ。

 それを繰り返して進んでいけば直ぐに階段が見つかった。


「これで四階層攻略完了と。よし! これで希望が見えてきた!」


 ここで使った巨大魔石は三つ。

 まだ四十五個ある。


 上に行けば行くほど消費量が減っていくだろう事を鑑みれば足りそうだ。

 

 生き残れる。

 その可能性が大きく上昇した事で憂鬱な気分が一気に晴れた。

 上からも近場からは足音はしない。


「おっし! どんどん行くぞ!」


 階段を上がり、先へ先へと進んでいく。



 そして二回寝て起きる頃には、更に五階層上に上がっていた。

 その間に使った魔石も九つと消費量も減っている。

 順調に歩を進めてはいるのだが、一つ面倒な問題に直面した。


「寝られる場所がねぇ……」


 今まではある程度の所で引き返しゴーレムの階層で安全に睡眠を取っていたが、そろそろ次が沸く。

 もし起動範囲内で沸かれたら終わるので迂闊に寝床に使えなくなった。

 ゴーレムの階層ならば沸いた後にその部屋だけを殲滅すればいいが、一日遅れで蜘蛛も倒しているのでゴーレムが沸くのをきっちり待ってから寝ては蜘蛛も沸いてしまうだろう。


 だから他に眠れる場所を作る必要があった。 


 要するに、階層内全ての魔物の殲滅である。

 どうせなら此処より上の階層で猿の時と同じく上から撃ち殺して弾が回収できる所でやりたい。

 この先いくつ登るかわからない。

 そう考えるとどうしても先へ先へと進みたくなる。


 そんな思いで階層を上がれば、願い通りの階層だった。


 全長三メートルにも届かない程度の爬虫類っぽい魔物。

 天井の高すぎない通路。

 音で広範囲から集まってくる。


 俺の願いを全て叶えたかの様な階層だった。

 これならばと高台に上ろうとした時、何故か蜘蛛の魔物を思い出す。


 蜘蛛が壁を走り回る様。

 自由に壁を歩き回る蜘蛛……

 あれ……もしかして……


 と、魔装鎧の背中から蜘蛛の足の様なものを十本ほど部屋の端から端まで伸ばして壁に突き刺しながら体を持ち上げる。

 普通に体が持ち上がる。

 連続して行えばどんどん体が持ち上がっていく。


「うおおおおおおい!! 普通に登れんじゃねぇかぁぁぁ!!!」


 心のままに叫べば至る所から魔物が集まってくる音が聞こえる。

 拙いと思いながらも天井に張り付いて、いくつもの尖った棒を伸ばして体を固定する。


 そして、標準の倍程度の銃を構えた。

 この威力で討伐できる事は確認済み。後は外さない事。

 それだけでいい。と集中するが音だけでもかなり数が多そうだ。

 

 バタバタと忙しなく入ってくる巨大な蜥蜴をひたすら撃ち殺すが、殲滅が追いつかなくなり数匹に部屋に入られた。


 部屋の中に狙いを切り替えて入ったやつらを殲滅するが、後続もどんどん入ってくるので追いつかない。

 仕方なく飛び上がろうと屈んだやつを優先して撃つがとうとう飛ばれた。

 それも数匹同時だ。


 ヤバい。


 と思って天井から槍を生やしてやればそれに当たって落ちていく。

 それからも飛び跳ねてきたが、自ら槍に当たり傷ついただけだった。

 ホッとして冷静に狙っていけばすぐに殲滅が終わる。


 そして地面に降り立った時、自分の馬鹿さ加減に泣きたくなった。


 なんで音で寄ってくる所で全力で叫んじゃうんだよ俺!!!


 余りの危機管理能力の低さに絶望に暮れ膝を折るが、この先の事も考えなければいけない。

 戻れば上がれるがそう簡単な話ではなくなっているのだ。


 もう次が沸いてる頃合い。

 俺はどっち行けばいいのだろうか?


 心情的には下だ。


 何故なら上を目指してもまだまだ危険は付きまとう強さだし、どれだけ遠いかもわからない。

 下に戻るなら道が分かっているから戦闘回数が最小限に抑えられ、尚且つ早く帰れる。

 まあ、難易度は高いんだけど……特にゴーレムが。


 ここに落ちてから六回寝て起きてを繰り返しているのが日数で合っていれば大会告知の日から今日で七日。

 正確な日時は一切わからないが恐らく大会には間に合わないだろう。


 だが時間のズレがなければ王都に行く前にユリと会うくらいはできるかもしれない。だから一刻も早くここから出たい。

 そう考えて降りる方向で心を決め魔石を吸収した後直ぐに来た道を戻った。


 知っている道、知っている敵、そんな階層を進むのは凄い楽だった。

 通ってきた道にいたのは全て倒していたので魔物と会う事も殆どなかった。

 沸くまでの日数が長いのかゴーレムすらもまだ沸いていなかったのはかなり有り難い。

 後は恐竜さえ居なければほぼほぼ危険はないだろう。


 そう思って階層を降りたが、そうは問屋が卸さなかった。

 しっかりと沸いている。

 

 まあ、いいや。魔力節約の必要はなくなった。

 がんがん撃ってやればそれほど危険はない。


 そうして発見し次第撃ちまくれば全然余裕だった。

 無駄撃ちはしないと一発一発慎重に撃っていたからギリギリだったのだ。

 遠距離から乱射する勢いで打ち出せば直ぐに動かなくなった。


 その代わり結構な数が寄ってきたが、絶対に巨大魔石は余る。

 気にせずに行こうと歩を進めた。

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