第26話 ボーナスタイム



「そ、そんな馬鹿な……」


 まさか、決意表明の声に引き寄せられる魔物が居るとは思ってもみなかった。

 それはいい。

 俺の失態だ。仕方がない。


 だが、寄ってきた魔物の大きさが問題だ。

 それは高さ五メートル全長二十メートルくらいありそうな恐竜だった。


 階段の上から顔を突っ込みこちらを眺めている。


 作り出した壁に一体化させてある銃に付いているスコープから覗いているので俺の全身は隠れている。多分見つかっては居ないはず。

 このまま撃つかどうかは躊躇われたが、この上に行くのであれば銃が通じるかを試さなければいけない。

 

 魔石が狙えない以上、頭部への攻撃が効かなければこのまま食われて死ぬ事も十分有り得る。

 そう考えると体が震える。


 どうする?


 この最高火力の銃が通じなければ終わりだ。

 本当に試していいのか?

 気付かず引いてくれる可能性に賭けた方がいいんじゃないか?


 そう考えている間に恐竜は顔だけ階段から覗かせたまま息を大きく吸い込み、口を大きく開いた。


 なんだ?


 何をしようとしているのかわからず、訝しげに眉間に皺を寄せた瞬間視界全てが炎で埋め尽くされた。

 余りの驚きに銃弾を打ち出してしまい大きな音が響くが、それどころではない。


 急いで魔力で作った壁をボックス状に変化させて全体を塞げばスコープ越しに見えていた炎は直ぐに消え去り脱力した恐竜が映る。


「ハッ、ハッ、ハッ……」


 呼吸が浅くなり激しく打ち鳴らす心音を抑える様に胸に手を当てて膝を突く。


 炎吐くとか反則だろ!

 いや、ドラゴンであれば定番だけどもお前どう見ても恐竜だろ!?


 一瞬で部屋が炎で埋め尽くされる程ヤバい火力だった。

 何で上の魔物の方がヤバいんだよ!


 倒せる事がわかったのは朗報だが、あれじゃ高台に逃げようが何の意味もない。

 そもそも体長的にも無意味だがヤバい事には変わりがない。

 いくらボックスを作って身を隠そうと直ぐに蒸し焼きにされるだろう。

 いや、水魔法で守れば何とかなる……か?


 何にしても今日はもう休もう。

 いい加減疲れた……


 精根尽き果てて、部屋を一つ移動してからベットを作り横になった。

 布団は細く編み込まれたゴム素材で作っているのでそこまで寝心地は悪くない。

 そんな布団で横に成れば、疲れもあって熟睡はすぐだった。





 目が覚めて起き上がり、寝ていたベットを確認するが特に異常はない。

 ベットの大きさでも睡眠中に残したままにする事ができるとわかって安堵する。


 一先ず朝食にしようと階段のある部屋に移動して再び恐竜の死骸が目に付く。


 死体が残っているという事は短時間で起きてしまったようだ。

 それもそうか。こんな中短時間寝れただけでもちょっと意外だわ。

 体は一応すっきりしているのでそれはいいとして……


「ドラゴン肉が美味ってのは定番だよな?」


 朝から重そうだとも思うが肉しかないなら美味しそうな方を食うのは当然だ、と強化を使い恐竜の死骸を引っ張るが動きそうにない。

 音がしない事をしっかり確認してから階段を上がり、再びチェーンソーを作って尻尾を切り取った。


 今回は余りに簡単に切り落とせたので、ナイフで刃を入れてみれば皮も硬くはあるが普通に剥げた。

 それを一口サイズにして串焼きにする。


 流石に調味料はないので期待しては居なかったのだが、実食した瞬間ほっぺを抑えて転げまわった。


 長時間何も口に入れて居らず、味覚に驚いた時の感覚。

 昨日の飯を抜いた訳でもないのに何て旨みだ……

 余りの強い旨みに頭がおかしくなりそうだが、慣れてくると手と口が止まらなくなった。


 うまぁぁぁぁ!

 これはヤバい。焼いただけでこれは美味すぎる!!


 これはずっと食ってられる。大量に荷台に積み込もう。

 ナオミに持って帰ってやりたい一品だ。


 帰れればだが……と考えて上がり過ぎていたテンションが落ち着いた。

 下がりきってはいない。

 恐竜を倒せるとわかった以上、この先の階段も上がれる可能性が増したからだ。


 とはいえ階段を上がる前に準備だけはして置きたい。

 折角火耐性がある皮があるんだ。持って行かない手はないだろう。


 昨日倒した魔物だからもう消えているかもしれないがと積み上げた魔物を見に行けば、山が明らかに小さくなっているがまだ結構な数が残っていた。

 地面に付いているのから吸収されていってるのだろう。


 早速残っていた魔物の解体を再開する。


 やはり硬いがギリギリ剥げる。

 悪戦苦闘した後、一体に付きバスタオルの半分程度の大きさの皮が剥げた。


 ……仕方ないじゃん。

 頑張った方だよ。俺、解体初心者なんだし。


 そんな言い訳を並べ、他の魔物の死体も解体する。


 そうして数時間かけて十枚の皮が剥げた。

 どうやって身に纏うかと考えるが考えた末に俺はそれを荷台に装着した。

 

 臭く肉がこびり付いたそれを身に纏う気にはなれなかったのだ。

 身に纏う他にないなら使ったが、壁に付ければ変わらないだろうと防壁として使う事にした。


 荷台の壁に埋め込んでおけば変形させて壁にするのは容易。

 肉が焼けなかったのを鑑みればこれで一応対応策の一つには成ってくれることだろう。


 そうして少し苦戦しつつも荷車を階段の上に運んで探索をスタートさせた。


 出る魔物が大きいからか一部屋一部屋がめちゃくちゃ大きい。

 通路まで五倍以上の広さだ。


 おっと、そんな事を考えている場合じゃない。

 

 と、走り通路の近くに布陣する。

 幸い此処は一本道。通路も長いから狙い放題だ。

 先ずは銃弾の回収は諦めてここから安全に狙撃しよう。


 昨日、効く事は確認できたが安定して一発で倒せるかはわからない。

 そこの確認からだと、爆発魔法で呼び寄せるが、足音だけでもドン、ドン、ドン、ドンと振動が来るほどに大きな音がする。


 これだけ響くなら下からでも聞こえそうなものだが、昨日はこんな音聞こえなかった。

 普段はお淑やかに歩くのか、なんて馬鹿なことを考えていたら見えてきた。


 先手必勝、と見えた瞬間頭に打ち込む。

 一応魔石も確認できたが、前傾姿勢だと顎で隠れる為安定して打ち抜くのは難しそうだから頭を狙った。


 激しく重い発砲音と共に恐竜の頭は上に弾かれそのまま倒れたが、直ぐに頭を振って立ち上がりふら付きながらも立ち上がった。


「はぁ? 嘘だろ!?」


 いや、大丈夫だ。効いてる。

 最良の結果ではないが、まだ詰んではいない。


 そう考えて再びトリガーに指を掛ける。

 頭では確殺できないとわかった以上これ以上の接近は許したくないと、魔石を狙う。

 幸い顎が上がっている。これなら外さないとトリガーを引く。


 バッーンと相変わらずけたたましい音を上げて銃弾は発射された。

 その玉は当然の様に魔石へと吸い込まれ恐竜は再び倒れた。


「ふぅ、危機は脱したけどこりゃちょっと不味いな」


 顎を下げている状態では狙えない以上、引き寄せて倒すのは危険すぎる。

 かと言って全弾回収できないのは厳しすぎる。


「まあ、今回集まってくるのはやるしかないけど……」


 と、続いてやってくる恐竜を撃ち殺し続けた。

 その数十四匹。ひたすら魔石を狙い続けたが、全段命中とはいかず四十発以上の回収不可の弾を撃ち出してしまった。


 使った巨大魔石は三つ。

 集まって来たのを倒しただけで五日分の魔力が飛んだ。


 弾を回収できた下の階層では魔石一つで五十匹やれた事を考えると十分の一以下。

 効率はこの際いいにしてもこのペースだと魔力が持たない。

 早急に打開策を考える必要があった。


 幸い炎は対策できてる。

 もし攻撃すらも魔装でどうにかできるならどうとでもなるが……


 魔力はあるんだし、馬鹿みたいに厚い重装甲にしてみるか?


 ただ、そうなると仕舞い切れない程の魔力を保持する必要がある。

 あの恐竜の攻撃を喰らう前提なら厚み一メートル以上の箱型にしたいし。


 いや、待てよ……

 それほどの厚みにしてどうやって視界確保するんだ?

 それにそれだけ分厚くするなら銃を通す穴にかなりの遊びがないと狙えない。

 近くで倒すなら狙える範囲を広げる必要があるしな。


 そう考えると色々難しい。


 壁じゃなくて鎧にしても厚くし過ぎたらどうやっても関節曲げられないしな。

 ああ、でも相手は馬鹿でかいんだし丸太ほどの鉄格子作ればいいか。

 一撃なら耐えられるんじゃないか?

 火はあの皮でどうにかなるんだし。

 いや、ダメだったらアウトなんだからそれはちょっと怖いな。


 てか、試すまで正解がわからないのに全てに命懸けってなんだよこの状況……

 それもこれもあのクズ野郎の所為だ。


 リストルの野郎……絶対に許さん……


 再びふつふつとリストルへの怒りが再燃するが、ユリの事を考えた瞬間、それが霧散する。


 あぁ、今頃ユリはどうしてるかなぁ。

 怒ってるかな。心配してくれてるかな。

 泣いてないといいけど……


 現実逃避気味に彼女の事を考えるが、泣いているかもしれないと思うと動き出さなきゃと心が急かされ対策もないままに歩を進めた。

 そうして部屋を二つ進めば階段があった。

 当然登り階段だ。

 下の階では最後の最後だった為に思い掛けない幸運に顔が綻ぶ。


 これはチャンスだと耳を澄ませながらも階段を上がっていく。

 音が無かった通り、階段を登った先に魔物は居ない。


 いや……それ以前に一切の音がしない。

 何故、と思いながらも聴力強化を強めたが一切音が聞こえない。


 その事に強い不安を覚えた。

 もし、音を立てずに移動する魔物だとかなりの高確率で死ぬからだ。


 だが、ここまで来て確認もせずに引き返すというのも有り得ない。

 戻ったところで帰れないのだから。

 せめて確認してからだと試しに通路前を確保し音を立ててみる。


 ズドォーーン


 爆発魔法の大きな音が木霊するが、他の音が一切聞こえてこない。

 念のため数分そのままで待つが何も起こらなかった。


「音には反応しないのか……」


 仕方ないと歩を進める。

 通路の角で毎回緊張に冷や汗を流しながらもクリアリングして進んでいくと、遠くに見える部屋に石像が立っていた。


 いや、石じゃない。

 銀色の金属で出来た像だ。


 ああ、わかった。

 全てわかった。


 絶対あれだ、とスコープで胸元を覗く。

 すると確かにそこには魔石があった。


「あれ……これ、ボーナスタイムじゃね?」


 余りの好機に一人ごちるが、よくよく考えてみれば遠くから狙うと魔力消費が多すぎるし、近づけば動き出すだろう。

 そう考えると余り良くはなかった。


 とはいえあれだけ剥き出しの場所であれば簡単に狙えるだろうと、銃を構え照準を合わせながらじりじりと近寄るがなかなか動き出さない。


 残り三十メートルを切ったがまだ動かない。制御範囲内に収まるラインまで来れてしまった。

 その瞬間、即座に魔石を狙って撃てば数メートル後ろに飛びそのまま倒れた。


「あ、やっぱりボーナスタイムだわ」


 近寄って銃弾を回収し砕けた魔石を吸収した時気がついた。


「……本体に殆ど傷が入ってねぇ」


 他の魔物は貫通するか、硬い部分でも肉を大きく抉る程度はダメージを与えていたにも拘らず魔石の奥が僅かに凹んでいる程度。

 要するにこいつの弱点は魔石だけってことだ。

 もし手で魔石を守られでもしたらそれだけで倒す事が不可能になる。


 これは何としても動き出す前に即殺しないと拙い。


 だが、制御範囲に入ってもまだ動き出さないのであれば問題ない。

 仮に弾かれて何処かに飛んで行っても一瞬で霧散する訳じゃない。数が居てもテンポ良く狙撃して直ぐに回収すれば大部分は戻ってくるだろう。


 これなら怖い事はないと立ち上がって部屋を見回した時冷や汗を掻いた。

 一匹だと思っていたのに部屋の奥の方に後二匹居たのだ。


 一切音も気配もないって怖いな。

 もし、通路からの死角に居て動き出したらと思うと本当に怖い。


 まあ、今は射程外っぽいから問題ないけども。


 と、さくさくと一撃で倒して魔石と弾を回収する。

 そうして曲がり角では出来るだけ離れて視界を確保しながら探索を進める。


 そして五つ目の部屋に入った時、部屋入り口の直ぐ横にゴーレムが居て起動を許してしまった。

 狙いはそっちのけで兎に角当たればいいと即座に打ち出す。

 その弾は肩に当たりゴーレムの体がぐらつくが、倒れるまでには至らない。


 魔石を砕いた時は吹き飛ぶのになんでだよ!?


 心の中で突っ込みを入れながらもたたらを踏む時間を稼げたなら、と再び狙い即座に撃ち出す。


 魔石を狙って撃った瞬間には、もう既にゴーレムは拳を振りかぶりこちらに踏み出そうとしていた。

 まだ間に合う。この距離で狙いが外れる事はない。

 とそのまま撃ち出したその後を見据えた。


 ゴーレムがぶれる様にこちらへ踏み出した瞬間、魔石が砕け散る様を確認した。


 よし勝った!


 そう思った瞬間、強い衝撃に襲われ意識が落ちた。


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