第24話 深い、深い穴の底


 背中に強い風圧を感じ、見上げれば瞬く間に天井が離れ小さくなっていく。

 物凄い勢いで落ちていた。


 本能で拙いと感じ咄嗟に大きな傘を作り出す。


 急激に減速し逃げ場を失った力に振り子の様に振り回されるが、装備の延長上に作り出した為振り落とされる心配だけはない。


 これなら落下でダメージを負うことはなさそうだ。

 そんな安堵を感じる間もなく胸に激痛が走った。


 これはヤバい。かなり拙い痛み方。


 気が遠くなりそうな激痛に焦って回復魔法陣を作り上げ、出力全開で掛け続ける。

 この痛みから脱したい、その一心で。


 だがこの時俺は重大なことを失念していた。

 この間にもダンジョンの階層を降り続けているという最悪な事実を。


 長い事落下中左右に揺られながらも回復を掛け続け、体が治り呼吸が落ち着いた頃底に着きどさりと落ちた。

 その瞬間思い出す。


 ――――――――俺は十一階層からどれだけ落ちたんだ!?


 最低でも数十階層は落下しただろうという現実に愕然とするがそれならば余計に立ち止まってはいられない。

 ある程度痛みが引いた事を確認して回復魔法止めて立ち上がる。


「ヤバい。今すぐ上がらなきゃ死ぬ」


 今のところ見える範囲には魔物がいない。

 今すぐこの場を去れば問題ないと心を落ち着け上がる方法を思案する。


 魔力操作には自信があるが、それでも遠く離れた場所に魔法で作った物を置いておく事はできない。精々二十五メートルが限界だ。

 だから棒を伸ばしながらそれに捕まって上がろうなんてやっても操作限界を超えれば具現化した棒は制御距離を越えた場所から霧散してしまう。

 横に伸ばして壁に当てても引っかかりがなく固定されてはくれない。


 試しにカギ爪を作って打ち付けてみるが、体重を支えられる程は刺さらない。

 だからと言ってこのまま止まってずっと考えて居る訳にもいかない。


 先ずは身を隠さねばと上まで行くのは無理だとわかっていながらも台を作りあげ十メートルほど上がった所で足場を広げた。

 足のめちゃくちゃ長いテーブルの上に立っている状態だ。

 これなら伏せている俺の姿は通路からは当然のこと、支柱すらも見えない。

 

「これで魔力はバックパック一つ分を残してほぼほぼゼロか」


 残ったバックパックの中身を出して魔力量は満タンになってくれて少し安心したが、如何せん巨大テーブルの所為で大半の魔力が持っていかれた。

 まあ、解除した際には戻ってくるから無くなったという訳ではないが。


 今のところ足音も聞こえないしまだ大丈夫だ。


 そうして一息つくと、リストルへの怒りが再燃する。


「あの野郎……絶対に殺す」


 あいつは取り巻きに指示して後ろに下がっていたからファイアーストームには巻き込めなかっただろう。

 もしこのまま死ねばあいつがユリと一緒に大会に出ることになってしまう。

 己の命の方が大切ではあるがそっちも絶対に嫌だ。

 だから何としてでもここから生還しなければならない。


 だがここから上がれないことにはどうにもならない。


 壁に凹凸があってくれればいくらでもやりようがあったが、何故か驚くほど綺麗に垂直の壁。

 チャレンジもせずに諦めるつもりはないが登るのは難しそうに思える。

 此処からが無理となると、ダンジョンの階段を上がっていく事になるがそっちの方が不可能だ。


 落ちた感覚的に五十階層以下が妥当。間違っても三十階層付近はありえない。

 落下した時間的に七十階層よりも下とかでも可笑しくない。


 空中で回復魔法を掛けていた時間などを思い出そうとするが、強い動揺と痛みで焦っていた為景色が流れ続けた時間など思い出せもしない。


 暫く思考に耽ってみたが、それを思い出したところで階層を正確に計れるでもないと考えるのを止めた。

 それよりも、魔物への対策を考えるべきだろう。

 運良くこの部屋には居なかったが何時来てもおかしくないのだから。


 普通の銃は間違いなく通用しないだろう。

 出力全開の魔法でも死なないと考えるべきだ。

 奇襲が成功して一発当てれても倒せなければそこで終わり。


 そう考えると分が悪過ぎる。


 いや、待てよ……

 銃の威力を限界まで上げたらワンチャンあるんじゃないか?

 あの時の試作品を使えば……


 そう。俺は銃作成時に威力を上げる為に巨大化にチャレンジした事があった。

 魔力消費の問題でお蔵入りするしかなかったあれならもしかしたら……


 よし、今すぐ作ろう。

 それを取り敢えず手元に置きつつ此処から上がる手段を考えよう。

 ここに何時魔物が来るとも限らないんだし。


 そうして口径の大きな銃を作り出した。

 前回の試作品よりもさらに大きくしたバージョン。

 瞬時に出せるほど慣れてはいないが何度か作った事もあるので作成は容易だ。

 そうして出来上がったのは銃弾が瓶ほどに大きなもはや大砲としか言えない代物。

 底の方は爆発に耐える為に太くなっていて、火薬も割合的にかなり増やしてある。


 威力は凄まじいが、魔力消費が大きすぎて話にならないと却下した作品。

 あまりの爆音の所為で一度しか試せなかったが、それを更に強化したこれならきっと効いてくれる筈。


 前の俺では魔力を全て当てても一発で魔力が切れたほどの物を更に二回り大きくした物を作成してみた。


 バックパックのお陰で数日分の魔力があるが撃てて五発ってところだ。

 まあ、この魔力で作った高台に大半を持っていかれている所為だが。

 消せば二十発以上撃っても余裕だろう。


 二十発。

 そう考えると一撃で魔石さえ砕ければこの場の死守くらいはいけそうな気もする。

 命中精度には自信がある。先制攻撃さえできれば当てられる。 


「大丈夫。やれる、やれる、なんとかなる、大丈夫」


 なんて憶測に憶測を重ねた想像だと理解した上で心を守る為に呟く。

 正直怖い。怖すぎる。だが考えてはダメだ。

 この恐怖に飲まれたら動けなくなるという事は理解しているから。


 待て、何で戦う事を前提で考えてんだよ俺!

 これは保険だろ!?

 そうだ。上に登る手立てを考えるの先だ……


 それから聴力強化で索敵を続けながらも上がる方法をじっと考え続けた。


 吸盤を作って貼り付いて登る。杭を打ちつけ足場にして登る。

 等と色々考えてみたが不可能だった。

 吸盤は張り付かない。杭は固定される前に壁が割れてしまうし、どうしても音が出る。


 魔力操作で棒でも伸ばして登って行ければ楽なのだがそれも無理だ。

 そう、魔力操作限界の二十五メートル置きの何処かに足場を作れなければ登っていく事は不可能なのだ。


 ダメだ。テンパって思考がループしてる、と絶望している時足音が聞こえてきた。

 聴覚強化してギリギリ聴こえる程度なのでまだ遠いが、確実に近づいてきていた。

 ペタペタペタと素足で歩いている様な音がなり続ける。


 身を隠そうと台の上をボックス状に変えて全身を隠す。

 この部屋への入り口を狙える場所に穴を開け銃を通して通路全域程度は狙える僅かな遊びのみを残し穴を塞ぐ。

 スコープを向こう側まで通す必要があったので外から見れば銃砲がかなり突き出している状態。

 不安定なので壁に支えの棒を伸ばし、テーブルの足も広げて安定させた。


 注意が向いてこちらに真っ先に飛び掛って来ないかが心配だが部屋に入る瞬間は無防備だろう。

 照準のピントも不安しかないが、距離が近すぎるくらいだからきっと大丈夫。


 ペタペタペタ


 ペタペタペタ


 遅い。来るなら早く来い!


 心臓の音が五月蝿いと思うほどに鳴り響く。

 確実に近寄ってきているが、聴力強化の出力を上げまくっていたから早く気が付きすぎた。

 緊張でどうにかなってしまいそうだ。

 聴力が良過ぎるのもこういう時逆に辛い。


 そして、とうとう音がダイレクトに聞こえ始め、そろそろ足から見えてくる頃だとスコープを覗き集中する。


 高々十数メートル程度の距離。

 絶対に外さない。


 狙いは当然魔石。


 魔石さえ砕けば確実に倒せる。

 材質は同じなんだからきっと砕ける。大丈夫。


 くそっ、こっちは逃げられないんだから早く来いっての!


 その瞬間、人の素足に近い形の足が見えたが、次の一歩で白い毛に覆われている脹脛が見えて我を取り戻す。


 そして胸が見え魔石が見えた。


 きたっ!


 ズドォーンと凄まじい破裂音を響かせて体にも強い衝撃が来る。

 強化していても体が持っていかれそうな衝撃。壁に支えを付けていなければ間違いなく台ごと吹き飛ばされていた。

 試射では持って試す気にはなれなかったので想定外の事態だが何とか耐えられた。


 そんな事より、魔物は!?


 胸に穴を開けた猿の様な魔物が仰向けで倒れている。

 目を見開いて倒れた魔物の胸元を見詰めれば、確かに砕けていた。


「よし! よっしゃ!」


 と声を上げたは良いが、次の瞬間パタパタパタと今度は走る音が聞こえてくる。

 その音は一つではない。

 ユリみたく何匹居るかなんて判別できないが様々な場所から音が聞こえる事だけはわかる。


「やべぇ、結構な数が来る。こんな破裂音させればしょうがねぇけど……」


 マジかよ……


 冷や汗が流れる。

 数的に足場を削らなければ撃てないが、撃たない選択肢はない。


「問題は足場を削るだけで足りるか、だな……」


 そう考えているうちに次がきた。

 今度は走って寄ってきている。

 魔石を狙える時間は一瞬。


 部屋の中に入られたらその先どうなるかはわからない。

 もし足場の支柱を攻撃される様な事になれば高確率で終わる。

 その前に見えずとも探知されてひとっ飛びで此処に攻撃してくるかもしれない。

 梯子も付いてない十メートルの高台に居るとはいえ不安しかない。


 絶対に外す訳にはいかないと目をギラつかせる。


 凄い速度で音が近づいてくる。

 ……これ音の近づく速さからしてめちゃくちゃ速くないか?


 体が見えたそう思った瞬間にトリガーに指を掛け黒い物が見えた瞬間に撃ったつもりだったが着弾がずれる。

 魔物の速度が余りに速すぎた。

 動くものを狙うのに慣れてきていたが予想を大きく超える速度だった。


 やべぇ、外した!!

 拙い拙い拙い!


 もう一度撃って魔石を砕かなければ、と思うがうつぶせで倒れ頭が割れていた。


「あっ、倒せて……る?」


 かなり予想外なことだった。

 こんな深層の魔物にまともに通用する筈がない。

 そう思って居たのだが頭でも良いなら難易度は低い。


「もしかしたらそこまでは落ちていないのか?」


 少し気持ちが落ち着きホッとするがまだまだ沢山来ている。

 もう次が来ると台を削り魔力を回復して構え、今度は最初から頭を狙って撃ち込む。

 しっかりと頭を貫通して地面に弾が刺さっていた。


 大丈夫だ。やれる。

 こんな楽でいいなら数を減らしてからゆっくり上を目指す方法を考える事ができるかもしれない。


 なんて考えは都合が良過ぎるか。

 どう考えてもその前に魔力が切れる……


 そう、これほど大きな塊を飛ばしっぱなしにするのだ。魔装を付けてなくても直ぐに魔力切れになるのはわかりきった事だった。

 玉さえ回収できれば良いんだけど、こんな階層で二十メートル以内で倒し続けるなんて只の自殺行為だ。

 まあ今回は逃げ場がなかったから結構近距離ではあるのだけど……


 そう考えた瞬間、目の前に銃弾が目に入る。

 頭を貫いて地面に刺さった銃弾だ。


「あっ、そうか。至近距離で上から下に撃ってるから制御範囲内なのか。

 これなら回収し放題じゃん!!」


 良く考えれば、通路側の壁に張り付き身を隠しているのだからかなり近かった。

 地面に突き刺さる角度らしく、全てその場に残ってくれている。

 焦り過ぎて意識の外から外れていた。

 銃を構えたまま上から魔物や地面に刺さっている銃弾を魔力に戻して回収する。


「マジかよ!? 入り口で止まるみたいだし、これなら外さなければやれるぞ?」


 そう、同じ場所で中を確認する為に一度止まる為、狙いやすかった。

 少なくとも、俺がミスらない間は上に登る方法を考え続ける時間を得た。


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